小ネタ集

ゾーラ族の少女の依頼を受け、ハイリア湖に降りたリンク。湖の畔を駆け回り、ようやく宙に浮く小さい存在を見つけた。そいつは、こそこそと洞窟に入って行く。それを盗人だと判断し、リンクは洞窟へ向かった。洞窟に近付くと、リンクよりも先に大柄な人物が洞窟に入って行くのが見えた。

“複数犯……?”

厄介だなと思いながら、リンクも洞窟の中に入る。中はひんやりとしていた。

「見つけたぞ!キマロキ!!」

突然、洞窟内に声が響いた。それを聞いてリンクがまず思ったのは、

“あぁ、やっぱり。”

だった。嫌な予感は当たるものだと思いながら、リンクは歩みを進める。

「げっ、キサマ、もうここまで来たのか……!」

憎々し気な声が聞こえてきた。随分近くなっている。リンクは陰に隠れ、様子をうかがった。先程入っていったと思われる大柄な人物がリンクに背を向けている。よくある旅人のマントを羽織っており、誰かは判別できそうにない。その奥でキマロキが宙に浮きながら地団駄を踏んでいた。

「今度は何を企んでいる?次はないと魔王にも脅されていたはずだ。」

大柄な人物が言った。どうやら仲間ではなかったらしい。それにしても、とリンクは思う。

“聞き覚えのある声だな。”

はて誰の声だったかと思いながら、リンクは弓矢を構えた。

「ハーン!あんな腰抜けなんぞ知らん!今度こそマラドー様がこの世を支配するのだ!」

リンクは思わず眉を顰めた。ここで考え直してもらわねばと思いながら、音を立てないように弓矢を構えた。キマロキに対峙している人が、やれやれと首を振ったのが見えた。

「キマロキ……この世界に来てから何回目の企みだ?いい加減諦めろ。」

「フン、小癪な!」

キマロキが魔力の塊を作り出した。リンクはその魔力の塊が飛んでくる前に射止めようと矢を放つ。

「あいたっ!」

矢は見事キマロキに命中。キマロキが怯んだと同時に、キマロキの前にいた人がキマロキに突進した。だが、キマロキはスルリと抜け出し、捕まらなかった。

「チッ、他にも邪魔が!」

キマロキは叫ぶと、サーとこの場を逃げ出した。

「待てっ!」

キマロキの追手らしい人は走り出した。一連の動きの際、追手の顔が見えた。それが誰かを見て、リンクは頭を抱えたくなった。追手はディーゴだった。

“嘘でしょ……。”

だが、ここで引き下がるわけにはいかない。リンクは仕方なく彼等を追いかけた。



少し行ったところでディーゴに追いついた。ディーゴは別れ道の前で立ち往生していた。リンクが足を止めると、ディーゴはこちらに気付いたらしい。ゆっくりとこちらを振り向いた。胡散臭そうな顔でリンクを見ている。

「お前、何者だ?」

リンクは無言を貫いた。ディーゴのことはとりあえず無視し、奥を観察する。

「何故キマロキを攻撃した。」

ディーゴは平静な声で質問を続けている。リンクはチラリとディーゴに顔を向けたが、フードを深く被り直して、歩みを進めた。

「何故キマロキを追っている。」

追い抜く時に、ディーゴが諦め悪く質問を重ねた。流石にこれ以上のだんまりは難しいと判断したリンクは、ディーゴに背を向けたまま口を開いた。

「盗まれたものを取り返したい。」

言い捨てると、リンクは正しい道に入って行った。この洞窟がどこなのか、リンクは思い出していた。奥に進むにつれ、ひんやりを通り越して寒気を感じる場所。氷の洞窟だ。この世界ではハイリア湖に入口があったらしい。こんなところでキマロキは一体何をしようとしているのか。リンクは首を傾げた。そしてふと、自分以外の足音が鳴っていることに気付く。リンクは後ろを盗み見て、ため息を吐いた。ディーゴが着いてきていた。

「……何。」

リンクは、出来るだけ声から特徴を消し、言葉少なに聞いた。

「キマロキを追うならば、手を組まないか?」

リンクは足を止めた。少し後ろを振り返り、首を傾げる。ディーゴは挑発的な顔をリンクに向けていた。

“ディーゴが何を考えているのか分からない……。オレ、どう見ても不審者だと思うのに、協力しようって気になったの?”

「何か不服か?」

ディーゴが不思議そうな顔を見せた。リンクはディーゴから顔を逸らした。

「君のメリットは何?」

鼻で笑う声が後ろから聞こえた。

「俺のメリットを気にするか。なるほど、俺も随分と疑われたものだな。」

ディーゴの歩く音が聞こえる。リンクが様子をうかがっていると、ディーゴはリンクの正面にやってきた。思わずリンクは、フードを押さえ、後ずさる。すると、ディーゴは肩をすくめた。

「そう警戒してくれるな。訳アリなのはお互い様だ。」

リンクは黙ってディーゴを盗み見た。ディーゴはニヤリと笑った。

「俺みたいなのですら警戒するということは、お前は孤立無援状態か?」

リンクは動くことができなかった。ディーゴは肩をすくめる。

「知っている奴は知っている話だが。俺は女神側とも魔王側とも過去にいろいろあってな。今はキマロキのお守りをすることでバランスを保っている。」

ディーゴはフッと笑った。

「心配するな。過去のいざこざは追及しないのが今のマナーだ。」

リンクは唇を噛んだ。残念ながら、自分の罪は過去ではない。だが、そんなことは口が裂けても言えないので、リンクは黙っていた。

「まだ手を組む気にならないか?」

「君の、メリット。」

「あぁ、そうだったな。」

ディーゴはやれやれといったように両手を挙げた。

「先に述べたように、俺はキマロキのお守りをしている。キマロキを捕まえることは俺にとっては何よりも有益だ。」

「何故、こちらの協力が必要?」

ディーゴは黙り込んだ。さっきまでの朗らかな様子は影を潜めている。やがて、ディーゴは鋭い目でリンクを射抜いた。

「お前、かなり力があるだろう。先程の奇襲、なかなかできるものではない。」

リンクは無言で返した。

「実はキマロキは一人じゃない。中にマラドーを宿らせている。」

リンクは大きく反応してしまった。ディーゴはそれを目ざとく見つけたようだ。眉をひそめている。

「マラドーを知っている?もしや俺と同時代出身者か?」

リンクは何も答えなかった。

「……ノーコメント、か。いいだろう、追及しないと言ったのは俺の方だ。」

再度、ディーゴは肩をすくめた。

「残念ながら、俺一人ではマラドーを宿らせるキマロキを抑えられない。」

リンクは首を傾げた。

「今まで抑えられていたのに?」

ディーゴは顔を歪めた。

「本来、一人ではないからな。」

ため息交じりにディーゴが言った。協力を要請するからには経緯を説明すると、ディーゴはキマロキとマラドーについて語り始めた。



魔王軍と女神軍の戦争勃発前、魔王軍は最初からまとまっていたわけではなかった。とりわけ、魔王ガノンドロフが存在しない時代を生きたマラドーは強く反発し、対立した。当時、マラドーは封印されていない完全な力を持っていたが、ガノンドロフには及ばず、ガノンドロフの支配下に入った。この時、再度盾突かないよう力を奪われ、マラドーは実体を保つことができなくなった。苦肉の策として、生前のようにキマロキに憑依したが、マラドーは疲れやすくなっており、今でもキマロキの意識が前面に出ることが多い。キマロキは憑依されてもマラドーに従っており、マラドーの意のままに動いている。和平締結以前、マラドーとキマロキは事あるごとに反乱を起こしていたが、ガノンドロフに敵うことはなく、見張りを付けられて抑えられていた。和平締結後、安寧の世界に不満を覚えたマラドーとキマロキは、懲りもせず問題を起こした。真っ先に抑えにかかったのは、過去に因縁を持つディーゴだった。その時にガノンドロフに目を付けられ、マラドーとキマロキのお目付け役にディーゴが抜擢された。ディーゴはそれ以降、従前見張り役だったファントムガノンと共に、マラドーとキマロキに目を光らせている。



「問題児とは言え、キマロキやマラドーの自由を奪うのはこの世界では御法度だ。だからある程度自由にさせている。最近まで特段問題もなかったのだが……先程ファントムガノンが怪我してな。しばらく動けないらしい。」

ディーゴはそう話を締めくくった。それを聞いたリンクは、顎に手を当てて考え込む。リンクとしては、協力が得られるならばかなりありがたい。しかし、身バレした時のデメリットが大きすぎる。訳アリなのは承知してくれるようだが、身の保証にはならない。世界の平和が確認できた今、そろそろ幽閉生活に戻るべきなのかもしれないが、現在依頼を受けている身である。せめて、ネックレスをゾーラ族の女の子に届けるまでは捕まる訳にはいかない。だが。

“キマロキとマラドーを放置するのは不味い。”

キマロキはマラドーによる支配の世を目指すと言っていた。それは阻止しなければならない。ディーゴ達に任せていいのかもしれないが、丸投げは性に合わない。リンクは一人苦笑した。結局、選択肢など最初から1つだったかとリンクは諦めた。

「協力、してもいい。」

ディーゴの顔から険しさが消えた。

「ただし、キマロキとマラドーを止めるところまで。それ以上は無理。」

「いいだろう。」

ディーゴは手を差し出した。握手を求められているのだ。リンクは躊躇した。その様子を見ても、ディーゴは不審がることもなく待ってくれていた。リンクは恐る恐る手を差し出す。ディーゴの手に触れると、力強く握られた。

「よろしくな、見知らぬ旅人。」



その後、リンクとディーゴは情報を共有した。氷の洞窟を知っていると伝えれば、道はリンクに任せてくれた。そうして、最奥に辿り着く。そこでは、マラドーが力を溜めているところだった。

「何をしている!」

ディーゴが叫ぶ。マラドーは鬱陶しそうにディーゴを見た。すると、ポンとキマロキの姿に変わった。

「お前はいつもいつも邪魔をする!黙って見ていろ!マラドー様がそう仰せだ!!」

再びマラドーの姿が目の前にあった。そうかと思うと、マラドーは襲い掛かってきた。

“話で解決できそうにないな、これ……。”

リンクは内心がっくりとする。ディーゴを盗み見ると、既に武器を構えていた。

「旅人、こうなったあいつらは弱めないとまともに話も出来ん。本気で行けよ。並大抵の攻撃は効かないからな。」

リンクは小さく頷くと、弓矢を取り出した。光の力を矢に込める。ディーゴは一瞬、ほんの一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに顔を引き締め、マラドーにかかっていった。



リンクとディーゴの協力により、マラドーはぐったりとしていた。すると、マラドーの姿がキマロキに変わる。

「お、おのれ、ディーゴ……。」

ディーゴはキマロキを摘み上げた。

「これでまたマラドーもしばらく動けなくなってしまったな。いい加減懲りたらどうだ。」

ディーゴが言うが、キマロキはバタバタと抵抗していた。

「うるさい!こんな、平和な、世の中など、我々には、必要、ないのだ!マラドー様が、全て、なのだ!」

キマロキは、言葉の合間合間にも蹴りやパンチを繰り出している。ディーゴはやれやれと言った様子で、それが当たらないようキマロキを離していた。ディーゴは一つ、ため息を落とす。

「……お前の好物、食えなくなっても知らんぞ。」

ピタリと、キマロキは動きを止めた。

「そ、そんなものない!」

キマロキがしらばっくれているのは、傍から見てよく分かった。

「マロンも怒っていたからな。」

ディーゴが言い捨てると、キマロキはビクンと大きく反応した。

「だ、ダメだ!まさかマロンに言ったのか!?マラドー様もロンロン牛乳を飲めないのは困るとおっしゃっているぞ!!」

「だったら大人しくしていろ。」

ディーゴはまたため息を吐いている。リンクは一連の会話を聞きながら、少し引いていた。

“マロンって、あのマロンだよね?なんでキマロキやマラドーを手懐けているの……?”

キマロキはディーゴに宙ぶらりんにされたまま、俯いた。

「チッ。あいつの言うとおりにすれば、全て上手くいくはずだったのに。」

ボソリとしたキマロキの言葉が耳に入った。リンクは驚いて、キマロキに目を向ける。

「黒幕が他にいるの?」

口をついて、質問が飛び出していた。

「フン!誰かの言いなりになんぞなっておらん!」

「だけど、今の言い方、」

ふと、リンクは痛い視線を感じた。そちらを見ると、ディーゴが青ざめた顔でこちらを見ていた。そこで、自分が素で話していたことに気付く。

「お前、まさか、」

そこまで聞いて、リンクはその場を逃げ出した。



氷の洞窟を出て、辺りを見渡す。他に入り込めそうな場所があった。そこが何かは知らないが、背に腹はかえられない。リンクはそこへ潜り込んだ。奥に進むと、綺麗な場所だった。奥には水が沸き、キラキラと妖精が舞っている。なんと、逃げ込んだ先は精霊の泉だった。

“不味い……!”

リンクは踵を返した。しかし、時既に遅しだった。振り向いた先に精霊ラネールが姿を現していた。リンクは後ずさる。足場がなくなりかけて、リンクは慌てて足を戻した。後ろに泉。前に精霊。左右に道はなし。四面楚歌である。冷たいものが背を伝った。

「リンク……。」

精霊が眩く輝いた。リンクは身を庇う――。



結局、ラネールはリンクを捕らえなかった。リンクのしでかしたことには一切触れず、ただ頼みがあると、守りの粉を託したのだ。どうやら、キマロキ&マラドーのせいで、水属性の護りが危うくなっていたらしい。体よく厄介ごとを押し付けられた気もしなくはないが、リンクは依頼、すなわちキマロキが設置した機械を壊し、そこへ守りの粉を振り掛ける仕事を引き受け、再度広大なハイリア湖を走り回ったのだった。



最後の場所に守りの粉を振りかけ、リンクははたと思い出した。

「あ、ネックレス返してもらっていない……!」

「これか?」

声が聞こえて、リンクは固まった。

“見つかった……!”

もうとっくにこの地を離れていると思っていたのに、とリンクは歯嚙みした。恐る恐る、声のした方に顔を向ける。ディーゴが一人で立っていた。件のネックレスと思われる物を掲げている。リンクはどうすることも出来ずに、ディーゴを見詰めた。ディーゴは少し首を傾げると、何を思ったか、

「ここには俺だけだ。キマロキとマラドーなら、回復したファントムガノンに預けた。」

とそれはそれで安心できない情報をくれた。やはりリンクが黙ったままでいると、ディーゴはフッと笑った。そうかと思うと、ネックレスをリンクに投げて寄越した。リンクは慌ててそれをキャッチする。

「それは渡しておく。」

リンクが顔を上げると、ディーゴは既に背を向けていた。

「ゾーラ族の娘から奪ったものらしい。お前の探し物はそれだろう。」

そう言うと、ディーゴは歩き始めた。だが、少し進んで、ピタと足を止めた。少しこちらを振り返る。

「幸運を。見知らぬ旅人よ。」

返事をする間もなく、ディーゴはスタスタと歩み去っていった。それを見送り、リンクはへなへなと崩れ落ちた。

「………ありがとう。」

聞こえないと分かっていながら、リンクは小さく呟いた。ディーゴに感謝せずにはいられなかった。しばらくリンクは動けずにいた。

「ここにおったか、リンク。」

突然、上空から声がかかった。ビクリと大きく反応し、ガバッと声の方を見る。竜の姿のラネールがいた。

“同じ名前の存在は転生していたって、精霊もなんだね……。”
現実逃避に近いことを考えながら、リンクはラネールを見つめた。

「水の護りが元に戻ったのを感じ取った。これで依頼は終了だ。」

そろり、そろり、とリンクは後ずさった。

「あの、オレ、届けなければいけないものがあって、」

「お主、何か嫌なものを持っているな。」

「……嫌なもの?」

ピタリ、リンクは動きを止めて眉を顰めた。ラネールが反応するような物は持っていない。あるとすれば件のネックレスだが、もともとそれはハイリア湖の精霊、つまりラネールが与えたもののはずで、嫌悪感はないだろう。

「左様。暴走した力を感じる。」

リンクはギクリとした。もしかしたら、キマロキやマラドーが何かしたのかもしれない。念のために見てもらおうと、リンクはネックレスを取り出した。

「これ、君がゾーラ族の女の子にあげたものだよね?もしかして、何かおかしい?」

ラネールはずいと顔を近づけ、ネックレスを観察した。

「力が暴走しているのはこれだ。しかし……これは我の与り知るものではない。」

「え?」

リンクはポカンとしてラネールを見つめた。ラネールはしばらくリンクをじっと見つめていたが、やがて、とある方向に首を向けた。

「あちらの方向に魔人が住んでいると聞いたことがある。」

「……魔人?」

何だそれはと思いながら、リンクは問い返した。

「魔王側の精霊のような存在、と言えばわかりやすいかの。おそらくそれが与えたネックレスだろう。そのまま持ち主に返さぬ方がいい。」

ラネールはリンクから離れた。少し目を細める。

「お主の助力、感謝する。」

そう言ったかと思うと、ラネールは空高く飛んでいった。リンクは呆然とそれを見送った。ハッと我に返ると、ラネールの助言に従い、魔人を探した。訪ねた魔人は気さくな存在だった。ネックレスを見せると、進んで浄化を行なってくれ、再度ゾーラ族の女の子に渡してほしいと頼んできた。リンクをリンクだと気付いていたかは定かではないが、最後までお咎めはなかった。事が上手く運び過ぎているのではと思ったが、約束の日が迫っているため深く考える時間はない。次々と発生したイベントのおかげで疲労が溜まっていたが、疲れきった体に鞭打ち、城下町まで走った。



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