広い世界へ

女の子の言う青いネックレスをなんとか取り戻したリンクは(小ネタ参照)、城下町にやってきていた。ハイリア湖が広大な上、キマロキやマラドーが絡んでいて、非常に骨が折れる依頼だった。なんだかんだで時間がかかり、今や約束の日の夕方である。

“まだいるだろうか……。いやでも、行かないと。”

リンクは急ぎ足で約束の場所に向かう。疲れ切った体を叱責し、ふらつかないよう堪えながら進んだ。やっとの思いで酒場の前に辿り着いた。リンクは一度、息を整えるために立ち止まる。酒場の中からは、人の声が漏れ聞こえていた。

“……やけに騒がしいな。”

ぼんやりとそう思いながら、リンクは扉を開いた。喧騒の中に入ると、

「あ!来た!!」

件の女の子が走り寄ってきた。ぱぁっと顔を輝かせている。それを確認して、リンクは方膝をついた。

「……遅くなって、ごめんね。」

まだ待っていてくれたことに安堵しながら、リンクは女の子の手に約束の品を乗せた。嬉々として女の子はそれを見つめている。そうかと思えば、明るい顔をリンクに向けた。

「ありがとうっ!!」

とても嬉しそうな声だった。喜んでもらえたことに満足し、リンクは立ち上がった。

「あなたのせいだったのね。」

突然、女性の金切声がした。声の方を見ると、女の子の母親がリンクを睨みつけていた。

「娘が勝手にいなくなって、大騒動だったの。やっと見つけたと思ったらこんな酒場だし。その上、あなたと約束したと言って全く動かない!大体ね、その忌ま忌ましいものがなくなって、清々していたの。それのせいで……っ!!」

邪な力が暴走していたらしいことは、リンクも聞き及んでいた。しかし、それもハイリア湖で解決済である。

「それにはもう邪悪な力は残ってないよ。だから大、っ!」

リンクは母親を安心させようと思ったが、最後まで言えないうちに、パシン!と叩かれた。その力は大して強くなかったはずだが、弱っていたリンクは堪えきれず倒れ込んだ。

「そんなことどうでもいいのよ!!勝手なことをしないで!!」

ヒステリックになった母親は、更に手を上げようとした。それを

「ママ!」

と女の子が割って入ってくれた。

「なんて酷いことするの!?ママなんて、大っ嫌い!!」

そうかと思いきや、女の子は酒場から出ていってしまった。母親は慌てて女の子を追いかけていった。意外とダメージを喰らってしまったリンクはしばらく蹲っていた。しかし、そうしてはいられないので、力を振り絞って起き上がった。朦朧としながら、他の人に頭を下げる。

「……お騒がせ、しました。」

そして、リンクは扉に向かった。

「待ちな!」

誰かが叫ぶ声がする。リンクは、テルマの声かな、とぼんやりと思った。しかし、足は止めない。すると、ガッと強く腕を掴まれた。リンクが犯人を見ると、それはラフレルだった。ラフレルは険しい顔をしている。

“あ……しまった。”

どこか遠くでそう思うが、どうしようもない。

「お前……リンクだな?」

やはり正体がばれていた。リンクは無言で返す。すると、ラフレルは何かに気付いた顔をした。険しさを残しながらも、何とも言えない微妙な顔に変わる。

「少し休んだ方がいい。我々も、その状態で城に引き渡すほど鬼ではない。」

“それをさせてはいけない。”

鈍い頭でそう結論づけると、リンクはラフレルの手を振り解いた。

「……そんなことをしたら、反逆者、だよ。」

リンクはそれだけを告げ、反論される前に外に出た。



リンクがのそのそと歩きながら大通りに出ると、先程のゾーラ族の親子がいそいそと建物に入って行くのが見えた。それを確認して、リンクは出口に向かって歩き出す。日暮れとはいえ、まだそんなに遅い時間ではない。しかし、辺りは閑散としていた。

“そういえば、さっきの親子もなんだか急いでいたっけ。”

リンクが人気のない不自然さに気付いた時。カーン、カーンと鐘の音がした。リンクは立ち止まって音の方を見る。

“鐘……?そんなのあったんだ。でも今まで鳴っていたっけ……。”

突然衝撃を受けた。声を出すこともできず、吹き飛ばされる。何かに激突したのが分かった。だが、リンクに分かったのはそこまでだった。





リンクが意識を戻すと、自分はベッドの上にいた。最後がどうとか思い出せない。だが、少し眠ったことで、朦朧としていた頭はすっきりしていた。状況を把握できないながらも、リンクはベッドから降りた。話し声が聞こえる。リンクはそちらに寄っていき、聞き耳を立てた。

「リンクは鐘が鳴った後、生き物に反応してやつらが出てくることを知らなかったのか。」

“この声……聞いたことがある……。”

ゆったりとした男性の声。なんだか懐かしい。

「おそらく。」

続けて、女性の固い声がした。

「やつらが出現してから1時間でいなくなればいいが……。」

再び1つ目の声が聞こえた。そこでリンクは、声の主を思い出した。

“アウール先生の、声だ……。”

リンクは動けなくなった。声を知っていた時点で気付くべきだったが、知り合いがそこにいる。破壊者の自分にどんな反応をするのだろうか。リンクは、話の輪の中に出ていくべきか、判断がつかなかった。

「最悪の想定をしておいた方がいいね。」

第三者の声がした。この声も知っている。だが、アウールとは結び付かなかった。

「もしリンク君が傷をつけられていたら、やつらは彼を探して暴れ出す。」

“傷……?”

そこでリンクは自分の状況を思い出した。そういえば、何かに攻撃されたのだった。ベッドにはアウール達が運んでくれたと考えるのが筋だ。それに、言われてみれば、背中が痛い。リンクは服をずらし、部屋にあった鏡に背中を映した。

“傷ってこれかな?”

「そうなると、」

リンクは勢いよく扉の方を見た。

“この声、モイの声……!”

流石に育ての親はすぐ分かった。そして、モイと残りの二人は上手く繋がった。

「やつらは獲物を八つ裂きにするまで収まらないな。室内にいれば安全だが……。」

モイの声を聞きながら、リンクは記憶のピースを当て嵌めていく。一人目はアッシュで、もう一人がシャッドだ。その3人がいたことで、状況把握も進んだ。3人はきっと、自身を追いかけてきたのだ。テルマの酒場でも警戒されていた。当然のことだろう。だが、非常事態が起こり、一先ず助けてくれたといったところか。そこに何らかの事情でアウールが居合わせたのだろう。リンクは服を直しながら、扉の方に近づき、再び聞き耳を立てた。

「いや、やつらは傷つけた相手を探し出す能力を持っている。ここもすぐに特定され、襲撃されるだろう。」

アッシュの声がした。緊迫している。

「建物を破壊されれば室内ではなくなる。我々も無事では済まない。」

唸るようなアウールの声。リンクは、彼等を巻き込んでしまったことに気付き、歯軋りした。

「それを回避するにはどうすれば……。」

シャッドのおろおろとした声が聞こえた。

「倒すにも、やつらは無敵だ。どんな攻撃も効かない。」

モイの言葉を最後に、彼等は黙り込んだ。リンクは先程聞き流した情報を再生し、整理する。

“城下町は、夜になると出てくる敵に悩まされていた。オレはそいつらを刺激し、攻撃された。そして、モイやシャッド、アッシュ、後、どういうわけかアウール先生もオレを助けてくれた。だけど、オレは、つけられてはいけない傷をつけられていた。解決するには……。”

リンクは意を決すると、扉を開いた。リンクが想定したとおりの4人がこちらに背を向けて頭を悩ませていた。リンクは彼等に声をかけた。

「つまり、オレが出て行けばいいんだね。」

4人は驚いたように振り返った。リンクは思わず身を固める。

「お前、大丈夫なのか?」

だが、予想に反して、モイは心配そうな様子だった。リンクはホッとした。しかし、同時に心苦しく思った。

「オレを心配するなんて、お人好しだね。いや……助けたらダメでしょ、オレなんか。」

4人は苦しそうな顔をする。そんな顔をさせたのは紛れもなく自分で、胸が痛い。リンクはそんな4人を見ていられなくて、本題に話を戻した。

「確認させて。外にいるというやつらは、もうすぐ凶暴化して、オレを探し始める。」

「それはお前に傷があった場合の話だ。」

アッシュは相変わらずポーカーフェイスだ。それを見てリンクはなんだか安心する。しかし、アッシュの言葉には、リンクは苦笑して見せるしかない。

「それ、あるみたいなんだよね。だから、やつらが凶暴化するのは時間の問題。解決するには、オレがやつらに殺されるか、街から出るか、その2択。」

リンクは扉に向かって歩き出した。

「待って!今の時間でも外に出ればやつらは襲ってくるよ!」

シャッドが叫んだ。心配してくれることにリンクは驚いた。だが、それ以上に胸がポカポカした。リンクは微笑みながら振り返った。

「どの道1時間経てば襲われるんでしょ?あ、その1時間まで後どれくらい?」

「30分……いや、20分くらいだと考えた方がいい。しかし、何故?」

アウールがなんとも言えない顔で言った。

「本来の1時間で事が済めば、少しは不安に思わなくていいでしょ?」

リンクは扉に辿り着き、ドアノブに手をかけた。

「オレと会ってしまったこと、知られないようにね。」

そして、扉を開いた。外は雨が降っていて、真っ暗だ。目を凝らせば、言っていたやつらが我が物顔で歩いているのが見える。リンクは外の様子を見つめたまま、動きを止めた。しばし逡巡した後、勇気を振り絞って、音に言葉を乗せた。

「助けてくれてありがとう。嬉しかった。」

彼らの顔は見なかった。何かを言われる前に外へ飛び出す。途端に外をうろついていたやつらが凶暴化した。

“なんだかサイレンみたいだ。”

リンクはやつらを横目に見ながら走り出した。



出口の門が見えてきた。あと少しで城下町から出られる。そんなとき、門の前に変わった光を放つ物体を見つけた。どう見ても自然のものではない。リンクは何の気なしにそれへ手を伸ばした。それは、ふわぁと不思議な光を放ちながら、リンクの手に収まった。次の瞬間、強い殺気を感じ取った。リンクはさっと横っ飛びする。リンクのいた地面に傷がついたのが見えた。攻撃の出処を確認すると、さっきからリンクを襲ってきていたやつの仕業だった。

“さっきより強くなった……?”

集めろ、本能がリンクの中で訴えかける。リンクは門をチラリと見た。ここで城下町を出てしまえば、自分は助かる。こいつらの暴走も収まる。逆に城下町に留まれば、自身の生命が危うくなるばかりか、街の人の恐怖に怯える時間が長くなる。いくら解決できるかもしれないとはいえ、可能性が高いわけではない。だが………

“これを放置するのも、いただけない、か。”
解決できるかもしれないならば、動かないわけにはいかない。リンクはそう結論づけると、門に背を向けた。そして、雨足が強まる中、やつらから逃げつつ、怪しく光る物体を求めて城下町を駆け回った。



中央広場で光る物体を手にしたとき、甲高い声が辺りに響き渡った。リンクが驚いて辺りを見渡していると、集めた光る物体がひとりでに宙に浮かんだ。不思議に思いながらそれを見つめていると、集めた物体は1つになり、強い光を放ち始めた。それに伴うかのように、雷が鳴り始める。嫌な気配を感じとり、リンクは武器を構えた。いつの間にか、リンクを追っていたやつらはいなくなっていた。光の中から、巨大なヤツが現れる。どうやらこれが親玉らしい。

「何が目的!?」

リンクは雷に負けじと叫んだ。しかし、返答はない。

「どうしてここを襲った!?」

再度問いかけるが、やはり何も返ってこなかった。それどころか、リンクに向かって長い腕を降り下ろしてきた。リンクはそれを避け、距離をとる。

「どうして何も答えない!?」

またしてもリンクが問いを発すると、そいつはうざったそうに腕を振り回した。それを避けながら、リンクは内心ため息をついた。出来れば戦いという手段をとりたくない。ここで暴力にものを言わせれば、新たな対立構造が生まれてしまうかもしれないからだ。しかし、会話が成立しなければ話にならない。リンクはキッと親玉を見据えた。

“現状で戦闘が嫌と言うのは、我が儘、かな。”

現に、親玉はリンクに対して攻撃を繰り返している。戦闘は始まってしまったと判断すべきだろう。

“好き放題やってくれたみたいだから、お灸を据えたい気持ちもあるし……。”

とうとう、リンクは平和的解決を諦めた。剣を持ち直すと、リンクは親玉にかかっていった。



リンクが戦闘中に見つけた弱点を強く斬りつけた。すると突然、そいつの体が淡く光り始めた。今度は何だと思いながら、用心深くそいつを観察する。そいつがゆっくりと上昇し始めた。場所を変える気かと思い、引き留めるためにフックショットを取り出す。

「(やっと、帰れる……。)」

しかし、そいつの発した言葉は戦意のないものだった。リンクはポカンとしてそいつを見つめる。そいつの体が下部から消え始めた。リンクは心配になったが、そいつの様子を見る限り、害はなさそうである。むしろ、とても安らかな様子だった。そいつが消え去り、辺りが静まり返った。気づけば、雷は治まっており、雨も弱くなっていた。

“さて、ここから出ないと。”

武具をしまい、リンクが踵を返そうとした時。急に力が抜けた。為す術もなく、その場に崩れ落ちる。本当は、城下町に辿り着いた時点で限界だった。その状態のまま動き回ったせいで、体力が尽きたらしい。

“まずい……。”

朦朧とする意識の中で、リンクは危機感を募らせる。このまま倒れていればどうなるかなど、火を見るより明らかだ。だが、とっくに限界を超えていた体は、どんなに鞭打とうが動きそうになかった。それどころか、意識を繋ぐことも難しくなっていた。

“ダメ、だ……このまま、じゃ……。”

必死に抗うも、最終的に意識を手放すしかなかった。気を失ったリンクを覆い隠すように、雨がしとしとと降り続けていた。





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