広い世界へ
リンクは、目覚めてすぐに訪れた城下町にやってきていた。あちこちを旅して回ったが、未だ夢で見たことの情報は掴めていない。やはり杞憂だったかと思い始めているほどである。ここでも大した情報は得られず、そろそろ後にしようかと考え始めていた。ふと、2人のボコブリンが目に入った。どこか不自然な様子が気になって眺めていると、あっちこっちで話しかけている。
“何をしているんだろう?”
リンクは不思議に思って観察を続けた。どの存在にも邪険に扱われている。何を話しているのか気になり、少し近づいた。すると、その2人に見つかってしまった。例に漏れず、2人は話しかけてくる。
「(お願いします、お願いします、頼みたいことがあるんです。)」
「(お願いします、お願いします、すごく困っているんです。)」
リンクはどうしようかと迷った。助けてあげたいのはやまやまだが、厄介事に首を突っ込むと、悪化させる可能性が極めて高い。それでは本末転倒である。リンクは申し訳なく思いながら、首を振った。しかし、
「(お願いします、お願いします、話だけでも聞いてください。)」
「(お願いします、お願いします、誰も相手にしてくれないんです。)」
ボコブリン達は必死だ。リンクは不憫に思い、とりあえず話を聞くことにした。腰に手を当て、身振りで促す。
「(……!!ありがとうございます!)」
ボコブリン2人は話し始めた。話によると、彼等は、この城下町から一番近いデスマウンテンの麓に隠された集落に住んでいる種族らしい。城が必要な薬草を採り尽くしてしまい、大変困っているのだそうだ。薬草が採れるのは、デスマウンテンの地中部分なのだが、そこへ行くための道を城の者が閉鎖してしまい、新たに手に入れることができずにいるとのこと。
「(ですから、薬草を取り戻すのを手伝ってほしいのです!)」
「(城には絶対に残っているはずなのです!)」
それを聞いたリンクは、内心ため息を吐いた。つまりは盗みを手伝えという話である。リンクは辺りを見渡した。自身の声を知る存在は周りにいなさそうだ。それを確認して、リンクは口を開いた。
「悪いけど、盗みに入るのは賛成できない。」
すると、2人は不満そうな顔をして、何も言わずに去っていった。
“……可哀想な話ではあったけど……それで犯罪に手を染めるのもな……。”
自身のやったことは棚に上げて何を言うか、と思わなくもなかったが、それは置いておいて、あのボコブリン2人が実行しないように見張るべきかと後をつけた。だが、その必要はすぐになくなった。リンクと別れた直後、その2人は逮捕されたのだ。どうやら迷惑罪に引っかかったらしい。騒ぎながら引っ張られていく2人を、リンクは思案しながら見つめていた。
その日の夜。リンクは牢に忍び込んでいた。するすると牢の中を進み、件のボコブリン2人の前に姿を現した。
「(な、なんだよ!俺達を笑いにきたか!)」
ボコブリン2人はリンクを覚えていたようだ。苛々とリンクを威嚇する。リンクは口元に人差し指を当てた。
「静かに。ばれると色々不味いから。」
訝しむような顔をしていたが、2人は大人しくなった。それを確認して、リンクは口を開く。
「急ぐから、用件だけ言うね。迷惑罪は、反省が認められればすぐに出してもらえるみたい。だから、悪いことはしないと約束して、出してもらって。それから、何もせずに住処に帰るんだ。」
「(なんだと!)」
当然のように、ボコブリン達は憤った。
「解決策は考えてあげる。」
間髪入れずにリンクは言った。すると、ボコブリン達はポカンとした顔をした。
「オレは、先に君達の住処に行くね。」
「(え?)」
ボコブリン達は唖然としていた。だが、あまり長居はできない。リンクは伝えるだけ伝えると、問い返しも無視し、踵を返した。牢からさっさとお暇すると、彼等の住処を目指した。
デスマウンテンに辿り着いたリンクは、麓から山を見上げていた。
“デスマウンテンがあった時代は多いからなぁ……。これは……いつの時代だっけ……。”
リンクはかぶりを振った。いつの時代にしても、ボコブリンの住処など覚えがない。魔王陣営のことには疎いことを痛感しつつ、隠されているらしい集落を探した。
デスマウンテンを探索すること数時間。リンクはどうにか集落を見つけることができた。フードを深く被った上で集落にお邪魔し、情報収集をする。見知らぬリンクに対し、歓迎する者、訝しむ者、反応は様々だった。話を聞いて回った結果、城下町で会ったボコブリン達の話に間違いはないことが分かった。強いて補足するならば、薬の用途が、成人前に必ず患う病気の治療ということくらいか。病に倒れたボコブリンにも会ったが、状態はよろしくない。急いだ方がよさそうだ。リンクは薬草の特長と、薬草が入手できる場所の詳細を聞き出すと、すぐさまそこへ向かった。安全な道は確かに塞がれていた。しかし、リンクに諦めるつもりなど毛頭ない。リンクは辺りを散策し、他の手立てを探した。目的地に繋がっていると思しき空洞を見つける。下を見るとマグマがぐつぐついっていた。しかし、リンクには関係ない。カギツメロープやフックショットを駆使し、奥に進んだ。その道中、地面を圧迫し、悪影響しかないであろう物体を見つけたので、ちゃちゃっと破壊しておいた。溶岩があちこちから吹き出る洞窟を通り抜けると、地中深くの位置なのに、光の入る場所に辿り着いた。そこには植物が生い茂っている。リンクは、不思議な光景にしばし唖然とした。だが、すぐに目的を思い出し、薬草の採集に取りかかった。
無事に薬草を入手し、集落まで戻ってくると、入口に城下町で会ったボコブリン2人が立ち尽くしていた。リンクは首を傾げながら2人に近づいた。近寄って気付いたが、集落の入口が岩で塞がれている。入口の上部は崩れておらず、自然災害とは考えにくかった。リンクがおろおろしている2人に何があったのか聞くと、城に攻められたのだと言う。真偽はともかく、中の住人が心配だ。とりあえずその2人はそこで待たせ、リンクは崖をよじ登った。集落に入れる場所を探し出すと、上方から中に入り込んだ。集落は壊滅状態だった。リンクは、はやる気持ちを抑えながら、隅々まで確認して回った。だが、住民はどこにも見当たらない。
「誰か!返事して!!」
とうとうリンクは、なりふり構わず叫んだ。しかし、辺りは静まり返っている。しばらく叫びながら辺りを探したが、状況は変わらなかった。
「どうしてこんなことに……。」
リンクが俯いたその時。目の端で何かが動いた。ハッとしてそちらに顔を向ける。ゴトゴトと、地に落ちた平たい岩が揺れている。突然の出来事に呆然としながらその岩を眺めていると、突如、岩がずれた。ギョッとして数歩下がり、反射的に剣と盾を構える。岩の下に穴があったらしい。突如現れた穴を注意深く見据えていると、ひょっこりとボコブリンが顔を出した。それは、この集落で出会ったボコブリンの一人だった。
「(ひぃっ!まだ敵が、)」
「よかったぁ……。」
リンクはそのボコブリンを見て力を抜いた。ボコブリンを再び確認すると、チラチラと剣に視線が向いていた。そこでリンクは武器を構えたままであることに気付いた。慌てて武器をしまう。
「驚かせてごめんね。つい癖で……。他のみんなは無事?」
ピクリと反応したボコブリンは、警戒したような顔になった。
「(アンタもしかして、昨日来ていた人間か?奴らの仲間じゃなかったのか?)」
言い方に棘を感じた。だが、内容に見当がつかず、リンクは首を傾げるしかない。とはいえ、自身が信用されていないことは明白だった。この状態で情報を得るのは難しそうだ。一先ず、本来の目的を果たすことにし、リンクは採ってきた薬草を取り出した。
「これ、必要なボコブリンに届けてくれる?」
リンクが薬草を差し出すと、ボコブリンの顔がポカンとしたものに変わった。
「オレは一度外に出るね。城下町に居た2人が締め出されちゃっているから、連れて来るよ。連れてきたら、何があったのか、話してくれると嬉しいな。」
出てきたボコブリンは固まってしまって動かなかった。リンクが薬草をその手に握らせても、目を丸くしてリンクを見るばかりである。リンクは困ったなと思いながら、一度外に戻った。
リンクが入口に戻ると、件の2人が憔悴しきった顔で待っていた。一先ず、生存者の存在を伝え、2人を安心させる。そして、一緒に中へ行こうと誘った。方法が崖登りであると聞き、2人は目を白黒させたが、リンクがせっつくと、諦めたように崖を登り始めた。危なっかしいところはあったが、リンクがしっかりフォローしたので、無事に集落に辿り着いた。集落に戻ると、先程薬草を手渡したボコブリンと、もう一人、年老いたボコブリンがリンク達を出迎えた。
「(長老!!)」
一緒に来た2人はそう叫ぶと、年老いた方のボコブリンに駆け寄った。
「(ごめんなさい、ごめんなさい、上手くいきませんでした!)」
「(すみません、すみません、お力になれずすみません!)」
長老と呼ばれたボコブリンは、きょとんとした顔をした。そうかと思うと、苦笑をリンクに寄越す。リンクも、この2人に薬草について伝えなかったことに思い至り、頭を掻いた。長老ボコブリンは柔らかい笑みを2人に向けた。
「(お前達はよくやってくれたよ。強力な助っ人を見つけ出してくれた。)」
「(え?)」
城下町にいた二人は目を点にしている。
「(そこにいる人間が、薬草を持ち帰ってきてくれた。病人は回復に向かっている。)」
「(本当ですか!)」
城下町の二人はへなへなと崩れ落ちた。かなり責任を感じていたのだろう。リンクは薬草のことを教えて安心させてあげるべきだったと反省した。
「あれで足りる?」
長老はリンクに向かって頭を下げた。
「(この度はありがとうございました。あれだけあれば十分です。次の薬草が生えてくるまで、繋ぐことができます。)」
丁寧に挨拶をする長老に、リンクは慌てた。
「そんなに畏まらないで。オレ、そんな風にされていい存在じゃないから。」
長老は顔を上げた。優しい顔をしていた。
「ところで、何があったのか教えてくれる?」
「我々も正直なところ、何が起こったのか分かっていないのですが……。」
長老が話した内容でも、城に攻められたということだった。そして、以前同様、密かに暮らしていく予定で、外との繋がりは断つつもりとまで長老は言った。
“そんな寂しい決断をしてしまうなんて……。”
リンクは心を痛めたが、その決断をさせたのは外部の存在である。彼等が決めたことに口出しするわけにもいかない。
「オレでよければ、手伝えることはある?」
長老はゆっくりと首を振った。
「(幸い、我々はこのような事態のために準備がありました。今更外の存在の手を煩わせる必要はありません。)」
そう言われれば、リンクにできることは何もない。
「そっか。君達に平穏な日々が戻ることを祈っているね。」
リンクはその地を後にした。
デスマウンテンを出て、当てもなく歩いていると、ハイリア湖に辿り着いた。オカリナの時代、黄昏の時代、騎士の時代、3つのハイリア湖が融合しているこの地は、壮大である。橋の上から巨大な湖を眺めていた時、ふと泣き声が聞こえた。リンクは気になって、音源を探す。すると、大泣きしているゾーラ族の女の子を発見した。話しかけようとして、リンクは足を止めた。自身は破壊者だ。もし気付かれてしまえば、更に怯えさせるかもしれない。そう思うと、リンクは躊躇した。だが、そのゾーラ族の女の子はあまりにも不憫な様子だ。困ったなと思いながら、泣いている女の子を注意深く確認すると、見覚えのないゾーラ族だった。それならばと意を決し、リンクは彼女に近付いた。ある程度の距離を保って話しかける。
「どうしたの?」
ハッとしたように女の子は顔を上げた。そうかと思うと、次の瞬間には距離を詰めてリンクに縋り付いていた。ギクリとしたが、振り払うわけにもいかない。リンクはされるがままになっていた。
「あのね聞いて!私の大事な物が、ちっちゃいオッサンにとられちゃったの!」
その子は息つく暇もなく訴えた。だが、何のことやらさっぱり分からない。リンクは順を追って聞くことにした。
「ええと……大事な物って何?」
「青いネックレス!ハイリア湖で迷子になっちゃったときにね、せーれー様がくれたの!」
「せ、精霊様……。」
リンクは冷や汗をかいた。精霊なのだから、本来は良いものである。しかし、破壊者となった自分には、好ましい相手ではないだろう。早くも幸先が暗くなるのを感じながら、リンクは話を続けた。
「そのネックレスを誰にとられたのか、詳しく教えてくれる?」
「あのね、あのね――」
盗人の特徴は、毛がオレンジ・緑のシルクハットを2つ被っている・とにかく偉そう、だそうだ。リンクはその特徴を聞き、顔が引き攣らないように苦労した。心当たりがあるのが、悲しいところだ。更に聞き出した情報によると、女の子は女神陣営の城下町に住んでいるらしいが、はるばるここまで追いかけてきたようだ。盗人はハイリア湖に降りて行ったが、ここは黄昏時代側だったので、それ以上追うことができなかったらしい。女の子が足止めを喰らったことに、リンクは正直安堵する。そこへ大人のゾーラ族が現れた。どうやら女の子の母親らしい。連れ帰ろうと母親が説得するが、女の子は頑として聞かない。見かねたリンクは探すと申し出た。すると、女の子は跳んで喜んだ。一方母親は、胡散臭そうにしている。だが、最終的には素っ気なく、お願いするとだけ言った。そう言ったかと思うと、すぐさま母親は女の子を引っ張って帰ろうとしていた。しかし、女の子は母親を振り切って、再びリンクにしがみついてきた。リンクは身を固くする。
「絶対、見つけてね。」
女の子は真剣な顔をしていた。それを見て、リンクは小さく頷いた。そして、母親に聞こえないように囁く。
「城下町にテルマという人が運営している酒場があるんだ。1週間後、そこに持って行くね。」
女の子は顔をぱぁーと明るくさせると、嬉々として帰って行った。それを見送ると、さて、とリンクはハイリア湖を見下ろした。
“嫌な予感しかしないな……。”
そうは言っても、リンクに探す以外の選択肢などあるわけがない。リンクはハイリア湖に降りて行った。
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“何をしているんだろう?”
リンクは不思議に思って観察を続けた。どの存在にも邪険に扱われている。何を話しているのか気になり、少し近づいた。すると、その2人に見つかってしまった。例に漏れず、2人は話しかけてくる。
「(お願いします、お願いします、頼みたいことがあるんです。)」
「(お願いします、お願いします、すごく困っているんです。)」
リンクはどうしようかと迷った。助けてあげたいのはやまやまだが、厄介事に首を突っ込むと、悪化させる可能性が極めて高い。それでは本末転倒である。リンクは申し訳なく思いながら、首を振った。しかし、
「(お願いします、お願いします、話だけでも聞いてください。)」
「(お願いします、お願いします、誰も相手にしてくれないんです。)」
ボコブリン達は必死だ。リンクは不憫に思い、とりあえず話を聞くことにした。腰に手を当て、身振りで促す。
「(……!!ありがとうございます!)」
ボコブリン2人は話し始めた。話によると、彼等は、この城下町から一番近いデスマウンテンの麓に隠された集落に住んでいる種族らしい。城が必要な薬草を採り尽くしてしまい、大変困っているのだそうだ。薬草が採れるのは、デスマウンテンの地中部分なのだが、そこへ行くための道を城の者が閉鎖してしまい、新たに手に入れることができずにいるとのこと。
「(ですから、薬草を取り戻すのを手伝ってほしいのです!)」
「(城には絶対に残っているはずなのです!)」
それを聞いたリンクは、内心ため息を吐いた。つまりは盗みを手伝えという話である。リンクは辺りを見渡した。自身の声を知る存在は周りにいなさそうだ。それを確認して、リンクは口を開いた。
「悪いけど、盗みに入るのは賛成できない。」
すると、2人は不満そうな顔をして、何も言わずに去っていった。
“……可哀想な話ではあったけど……それで犯罪に手を染めるのもな……。”
自身のやったことは棚に上げて何を言うか、と思わなくもなかったが、それは置いておいて、あのボコブリン2人が実行しないように見張るべきかと後をつけた。だが、その必要はすぐになくなった。リンクと別れた直後、その2人は逮捕されたのだ。どうやら迷惑罪に引っかかったらしい。騒ぎながら引っ張られていく2人を、リンクは思案しながら見つめていた。
その日の夜。リンクは牢に忍び込んでいた。するすると牢の中を進み、件のボコブリン2人の前に姿を現した。
「(な、なんだよ!俺達を笑いにきたか!)」
ボコブリン2人はリンクを覚えていたようだ。苛々とリンクを威嚇する。リンクは口元に人差し指を当てた。
「静かに。ばれると色々不味いから。」
訝しむような顔をしていたが、2人は大人しくなった。それを確認して、リンクは口を開く。
「急ぐから、用件だけ言うね。迷惑罪は、反省が認められればすぐに出してもらえるみたい。だから、悪いことはしないと約束して、出してもらって。それから、何もせずに住処に帰るんだ。」
「(なんだと!)」
当然のように、ボコブリン達は憤った。
「解決策は考えてあげる。」
間髪入れずにリンクは言った。すると、ボコブリン達はポカンとした顔をした。
「オレは、先に君達の住処に行くね。」
「(え?)」
ボコブリン達は唖然としていた。だが、あまり長居はできない。リンクは伝えるだけ伝えると、問い返しも無視し、踵を返した。牢からさっさとお暇すると、彼等の住処を目指した。
デスマウンテンに辿り着いたリンクは、麓から山を見上げていた。
“デスマウンテンがあった時代は多いからなぁ……。これは……いつの時代だっけ……。”
リンクはかぶりを振った。いつの時代にしても、ボコブリンの住処など覚えがない。魔王陣営のことには疎いことを痛感しつつ、隠されているらしい集落を探した。
デスマウンテンを探索すること数時間。リンクはどうにか集落を見つけることができた。フードを深く被った上で集落にお邪魔し、情報収集をする。見知らぬリンクに対し、歓迎する者、訝しむ者、反応は様々だった。話を聞いて回った結果、城下町で会ったボコブリン達の話に間違いはないことが分かった。強いて補足するならば、薬の用途が、成人前に必ず患う病気の治療ということくらいか。病に倒れたボコブリンにも会ったが、状態はよろしくない。急いだ方がよさそうだ。リンクは薬草の特長と、薬草が入手できる場所の詳細を聞き出すと、すぐさまそこへ向かった。安全な道は確かに塞がれていた。しかし、リンクに諦めるつもりなど毛頭ない。リンクは辺りを散策し、他の手立てを探した。目的地に繋がっていると思しき空洞を見つける。下を見るとマグマがぐつぐついっていた。しかし、リンクには関係ない。カギツメロープやフックショットを駆使し、奥に進んだ。その道中、地面を圧迫し、悪影響しかないであろう物体を見つけたので、ちゃちゃっと破壊しておいた。溶岩があちこちから吹き出る洞窟を通り抜けると、地中深くの位置なのに、光の入る場所に辿り着いた。そこには植物が生い茂っている。リンクは、不思議な光景にしばし唖然とした。だが、すぐに目的を思い出し、薬草の採集に取りかかった。
無事に薬草を入手し、集落まで戻ってくると、入口に城下町で会ったボコブリン2人が立ち尽くしていた。リンクは首を傾げながら2人に近づいた。近寄って気付いたが、集落の入口が岩で塞がれている。入口の上部は崩れておらず、自然災害とは考えにくかった。リンクがおろおろしている2人に何があったのか聞くと、城に攻められたのだと言う。真偽はともかく、中の住人が心配だ。とりあえずその2人はそこで待たせ、リンクは崖をよじ登った。集落に入れる場所を探し出すと、上方から中に入り込んだ。集落は壊滅状態だった。リンクは、はやる気持ちを抑えながら、隅々まで確認して回った。だが、住民はどこにも見当たらない。
「誰か!返事して!!」
とうとうリンクは、なりふり構わず叫んだ。しかし、辺りは静まり返っている。しばらく叫びながら辺りを探したが、状況は変わらなかった。
「どうしてこんなことに……。」
リンクが俯いたその時。目の端で何かが動いた。ハッとしてそちらに顔を向ける。ゴトゴトと、地に落ちた平たい岩が揺れている。突然の出来事に呆然としながらその岩を眺めていると、突如、岩がずれた。ギョッとして数歩下がり、反射的に剣と盾を構える。岩の下に穴があったらしい。突如現れた穴を注意深く見据えていると、ひょっこりとボコブリンが顔を出した。それは、この集落で出会ったボコブリンの一人だった。
「(ひぃっ!まだ敵が、)」
「よかったぁ……。」
リンクはそのボコブリンを見て力を抜いた。ボコブリンを再び確認すると、チラチラと剣に視線が向いていた。そこでリンクは武器を構えたままであることに気付いた。慌てて武器をしまう。
「驚かせてごめんね。つい癖で……。他のみんなは無事?」
ピクリと反応したボコブリンは、警戒したような顔になった。
「(アンタもしかして、昨日来ていた人間か?奴らの仲間じゃなかったのか?)」
言い方に棘を感じた。だが、内容に見当がつかず、リンクは首を傾げるしかない。とはいえ、自身が信用されていないことは明白だった。この状態で情報を得るのは難しそうだ。一先ず、本来の目的を果たすことにし、リンクは採ってきた薬草を取り出した。
「これ、必要なボコブリンに届けてくれる?」
リンクが薬草を差し出すと、ボコブリンの顔がポカンとしたものに変わった。
「オレは一度外に出るね。城下町に居た2人が締め出されちゃっているから、連れて来るよ。連れてきたら、何があったのか、話してくれると嬉しいな。」
出てきたボコブリンは固まってしまって動かなかった。リンクが薬草をその手に握らせても、目を丸くしてリンクを見るばかりである。リンクは困ったなと思いながら、一度外に戻った。
リンクが入口に戻ると、件の2人が憔悴しきった顔で待っていた。一先ず、生存者の存在を伝え、2人を安心させる。そして、一緒に中へ行こうと誘った。方法が崖登りであると聞き、2人は目を白黒させたが、リンクがせっつくと、諦めたように崖を登り始めた。危なっかしいところはあったが、リンクがしっかりフォローしたので、無事に集落に辿り着いた。集落に戻ると、先程薬草を手渡したボコブリンと、もう一人、年老いたボコブリンがリンク達を出迎えた。
「(長老!!)」
一緒に来た2人はそう叫ぶと、年老いた方のボコブリンに駆け寄った。
「(ごめんなさい、ごめんなさい、上手くいきませんでした!)」
「(すみません、すみません、お力になれずすみません!)」
長老と呼ばれたボコブリンは、きょとんとした顔をした。そうかと思うと、苦笑をリンクに寄越す。リンクも、この2人に薬草について伝えなかったことに思い至り、頭を掻いた。長老ボコブリンは柔らかい笑みを2人に向けた。
「(お前達はよくやってくれたよ。強力な助っ人を見つけ出してくれた。)」
「(え?)」
城下町にいた二人は目を点にしている。
「(そこにいる人間が、薬草を持ち帰ってきてくれた。病人は回復に向かっている。)」
「(本当ですか!)」
城下町の二人はへなへなと崩れ落ちた。かなり責任を感じていたのだろう。リンクは薬草のことを教えて安心させてあげるべきだったと反省した。
「あれで足りる?」
長老はリンクに向かって頭を下げた。
「(この度はありがとうございました。あれだけあれば十分です。次の薬草が生えてくるまで、繋ぐことができます。)」
丁寧に挨拶をする長老に、リンクは慌てた。
「そんなに畏まらないで。オレ、そんな風にされていい存在じゃないから。」
長老は顔を上げた。優しい顔をしていた。
「ところで、何があったのか教えてくれる?」
「我々も正直なところ、何が起こったのか分かっていないのですが……。」
長老が話した内容でも、城に攻められたということだった。そして、以前同様、密かに暮らしていく予定で、外との繋がりは断つつもりとまで長老は言った。
“そんな寂しい決断をしてしまうなんて……。”
リンクは心を痛めたが、その決断をさせたのは外部の存在である。彼等が決めたことに口出しするわけにもいかない。
「オレでよければ、手伝えることはある?」
長老はゆっくりと首を振った。
「(幸い、我々はこのような事態のために準備がありました。今更外の存在の手を煩わせる必要はありません。)」
そう言われれば、リンクにできることは何もない。
「そっか。君達に平穏な日々が戻ることを祈っているね。」
リンクはその地を後にした。
デスマウンテンを出て、当てもなく歩いていると、ハイリア湖に辿り着いた。オカリナの時代、黄昏の時代、騎士の時代、3つのハイリア湖が融合しているこの地は、壮大である。橋の上から巨大な湖を眺めていた時、ふと泣き声が聞こえた。リンクは気になって、音源を探す。すると、大泣きしているゾーラ族の女の子を発見した。話しかけようとして、リンクは足を止めた。自身は破壊者だ。もし気付かれてしまえば、更に怯えさせるかもしれない。そう思うと、リンクは躊躇した。だが、そのゾーラ族の女の子はあまりにも不憫な様子だ。困ったなと思いながら、泣いている女の子を注意深く確認すると、見覚えのないゾーラ族だった。それならばと意を決し、リンクは彼女に近付いた。ある程度の距離を保って話しかける。
「どうしたの?」
ハッとしたように女の子は顔を上げた。そうかと思うと、次の瞬間には距離を詰めてリンクに縋り付いていた。ギクリとしたが、振り払うわけにもいかない。リンクはされるがままになっていた。
「あのね聞いて!私の大事な物が、ちっちゃいオッサンにとられちゃったの!」
その子は息つく暇もなく訴えた。だが、何のことやらさっぱり分からない。リンクは順を追って聞くことにした。
「ええと……大事な物って何?」
「青いネックレス!ハイリア湖で迷子になっちゃったときにね、せーれー様がくれたの!」
「せ、精霊様……。」
リンクは冷や汗をかいた。精霊なのだから、本来は良いものである。しかし、破壊者となった自分には、好ましい相手ではないだろう。早くも幸先が暗くなるのを感じながら、リンクは話を続けた。
「そのネックレスを誰にとられたのか、詳しく教えてくれる?」
「あのね、あのね――」
盗人の特徴は、毛がオレンジ・緑のシルクハットを2つ被っている・とにかく偉そう、だそうだ。リンクはその特徴を聞き、顔が引き攣らないように苦労した。心当たりがあるのが、悲しいところだ。更に聞き出した情報によると、女の子は女神陣営の城下町に住んでいるらしいが、はるばるここまで追いかけてきたようだ。盗人はハイリア湖に降りて行ったが、ここは黄昏時代側だったので、それ以上追うことができなかったらしい。女の子が足止めを喰らったことに、リンクは正直安堵する。そこへ大人のゾーラ族が現れた。どうやら女の子の母親らしい。連れ帰ろうと母親が説得するが、女の子は頑として聞かない。見かねたリンクは探すと申し出た。すると、女の子は跳んで喜んだ。一方母親は、胡散臭そうにしている。だが、最終的には素っ気なく、お願いするとだけ言った。そう言ったかと思うと、すぐさま母親は女の子を引っ張って帰ろうとしていた。しかし、女の子は母親を振り切って、再びリンクにしがみついてきた。リンクは身を固くする。
「絶対、見つけてね。」
女の子は真剣な顔をしていた。それを見て、リンクは小さく頷いた。そして、母親に聞こえないように囁く。
「城下町にテルマという人が運営している酒場があるんだ。1週間後、そこに持って行くね。」
女の子は顔をぱぁーと明るくさせると、嬉々として帰って行った。それを見送ると、さて、とリンクはハイリア湖を見下ろした。
“嫌な予感しかしないな……。”
そうは言っても、リンクに探す以外の選択肢などあるわけがない。リンクはハイリア湖に降りて行った。
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