墜ちた先

「その格好でか?」

その声音は厳しいものではなく、予想していたどの言葉とも違った。だからリンクは安心した。だが、それ以上は言わせてはいけないと思った。自分を引き留めようとしてくれているのは分かった。ダークリンクに罪を犯させてはいけない。リンクはダークリンクと目を合わせた。

「止めちゃダメだよ。オレは、」

「スタルキッドは間違いなく疑われるな。上手く誤魔化しても、後ろ指は指される。」

リンクを遮り、ダークリンクは早口で言った。リンクは虚を突かれたが、すぐにダークリンクの言いたいことを理解した。動揺し、顔を青くする。

「そんな、オレ、服……。どうしよう……戻らなきゃいけないのに……。」

リンクは呆然としながら、自分の着ている服を眺めた。

「なぁ。ここに居たらダメなのか?」

後ろからかけられた言葉は、甘美な誘惑だった。だが、それは乗ってはいけない誘いだ。リンクは必死にその誘惑を振り払う。

「何言ってるの……。だってオレは、」

「世界を襲った、ってか?だから何だよ?」

なんとか紡いだ言葉も、ダークリンクの前では効力を持ちそうになかった。

「何って……。」

弱々しく反論を試みるが、言葉が続かない。

「あんなじめじめしたところに閉じ込められて、責められ続けることもないだろ。」

リンクはフルフルと首を振った。

「罰は、受けなきゃ……。」

泣きそうになるのを必死でこらえる。

「もう十分受けただろ。」

優しい言葉に、心が折れそうになる。

「それは、オレが決めることじゃない……。」

流されまいと、現実を自分に突き付けた。

「俺は納得できねぇ。お前は悪くないとは言わないが、完全な悪ではない。むしろ……対立してた奴ら、つまり、俺らの方がよっぽど罪は重い。」

「そんなことない!」

即座にリンクは否定する。ダークリンクのリンクを掴む手に力が入った。

「ねぇって?平和を壊す行動には変わりねぇよな?もっというと、お前の行動を引き起こしたのは、対立を深めた俺らだ。最初からお前の言うこと聞いとけば、この平和な世界は作れた可能性がある。」

「違う、違うよ、ダーク……。」

首を振りながら、必死に否定する。あれは我儘な自分が悪いのだ。今の平和な世界を待てず、駄々をこねたのだ。あの行動を否定する気はないが、正当化できないのはよく分かっている。

「違わねぇ。」

だが、ダークリンクは力強くリンクの考えを否定する。そして、リンクが口を開く間もなく、言葉を続けた。

「お前は、俺達全員の罪を一人で背負ったにすぎない。」

リンクはただただ首を振った。

「なんでまだ、苦しまなきゃいけないんだよ。」

ダークリンクの声こそが苦しそうだった。リンクは、自身を掴むダークリンクの手に掴まれていない方の手を重ねた。

「オレは、大丈夫。大丈夫だから……。」

「少しくらい平穏な生活を送ってもいいんじゃないか?」

ダークリンクはリンクの言葉をスルーし、またしても甘い誘惑をする。リンクは力なく首を振った。

「まぁ、お前の言う通り、真実がばれたら、また亀裂が入るかもしれない。それをお前が望まないことは知ってる。お前が望むなら、俺達は黙っているしかない。そうすると、お前は隠れて生きるしかない。不自由は強いられる。……だけど、あそこよりマシだと思うぞ。」

リンクは浅く息を吸った。

「オレは、」

「世界は大丈夫だ。もう、肩の荷を下ろせば?」

リンクは動けなかった。

「自分で見たくねぇ?お前が作った、平和な世界。」

思考がしばしフリーズした。ツー、と知らず知らずのうちに涙が頬を伝っていた。考えないようにしていたことを、ダークリンクが暴いてしまった。リンクは爪先を眺め、口元をわななかせる。

「………………見たい。」

とうとう、心の底で感じていた本当の望みを口に出してしまった。溢れてきた本音を押さえ込むことができなかった。感情に流されそうになりながら俯いていると、頭に重みが乗った。ダークリンクが撫でてくれていた。

「だろ?じゃあ、外にいないとな?」

リンクは小さく頷いた。

「それじゃ、これからの話。しばらくお前、スタルキッドな。」

「へ?」

意味を理解できず、リンクは動きを止める。自分がしばらくスタルキッドとはどういうことだ?そういえば今、自分はスタルキッドの格好をしている。つまり、この格好を続けるということか?そうすると……

“スタルキッド達に迷惑をかけることになる!!”

穏やかな気分が一気にどこかへ飛んでいった。ダークリンクの手を振り払い、ガバッとダークリンクの方に向いた。

「ちょっと待って!これからのことは自分で」

「お前、絶対変なこと考えるから却下。」

リンクが叫ぶも、ダークリンクは容赦なく斬り捨てた。

「もう世界を壊すとか馬鹿なことしないから!」

リンクはダークリンクに訴える。すると、ダークリンクの顔が般若のようになった。

「この期に及んでまだ言うか!やってもないことぬかすな!!つうか、俺が心配してんのはそれだ!変に自分を追い込むな!!」

ダークリンクが怒鳴る。リンクも負けていられない。ダークリンクに掴みかからん勢いで声を張り上げた。

「これ以上迷惑かけられない!って、そうだ!」

ふと、大変なことを思い出した。リンクは顔を真っ青にして叫ぶ。

「君達、オレなんか助けて大丈夫なの!?」

「あー、大丈夫じゃねぇな。」

ダークリンクは腕を組んだ。

「仲良く御尋ね者ですんだらラッキー、みたいな?」

リンクは目を大きく見開き、首をフルフルと振り、視線を彷徨わせた。落ち着きなく動き回る。

「そ、そんな!!御尋ね者!?」

「嘘だよそんな狼狽えんな。」

非常に早口な言葉が聞こえ、ダークリンクを見やる。すると、ダークリンクはリンクに白い目を向けていた。ダークリンクは溜息を吐くと、元の調子で続けた。

「安心しろ。お前を助けた奴はいないことになってる。オレ達のことはばれていない。」

それを聞いて、リンクはひどく安心した。ホッと胸に手を当てる。

「あぁ……よかった……。」

「だけど、この先ばれたらやばいんだよな。だから、お前、残れな?」

ピクリとリンクは身じろぎした。ダークリンクの言うことは最もだ。外に居れば、捜査は続行され、何かの拍子で露見するリスクはなくならない。リンクは頷きかけて、慌てて動きを止めた。

「いやいや待って、おかしいから。逆でしょう。」

ばれるのが困るのは分かるが、残っていいことなどない。

「オレ、消えるから。誰にも迷惑かけないところに消えるから。」

ダークリンクはため息を吐いた。

「だから、その格好で?」

呆れたようなセリフに、リンクは首を振った。

「ちゃんと着替えるよ。スタルキッド達には迷惑かけない。」

「どこで?」

間髪入れずにダークリンクから問いが発せられる。

「それ、は……。」

何の準備もないリンクは、答えに詰まるしかなかった。

「新しい服はどう調達する?」

更なる問いに、リンクは反論できなかった。

「ミスったらお前が避けたい事態になるんだからな。」

厳しいダークリンクの指摘に、リンクは小さく何度か頷いた。

「分かってる。へまはしない。」

「ここを出ることは、迷惑かけるやつを増大させるリスクがあることも理解した上だな?」

リンクはまた動きを止めた。ダークリンクの言う通りであるが、そこまで考えが至っていなかった。

「知ってるか?お前今、けっこういいポジションにいるんだぞ。」

リンクは無言でダークリンクを見る。すると、ダークリンクは指折り数えながら説明を始めた。

「スタルキッドの格好は姿を隠すのにもってこい。お前は森育ちで身も軽いから、スタルキッドのフリができる。ここには食料も寝床もある。お前がスタルキッドに紛れていることを知っているのは、俺とお前を連れてきたスタルキッドのみ。あ、ちなみにあいつ、俺らの時代のスタルキッドな。お前と友達だとか言ってたぞ。」

ダークリンクの説明は、説得力があった。あった、が。

“それを受け入れちゃいけない。それはオレにとって都合がいいだけ。スタルキッドにとってじゃない。”

「抜け出してもメリットはなし。ま、お前の考える迷惑はなくなるのかもしれないが。いや、もしもが起こったら、迷惑なんてもんじゃすまねぇぞ。リスクを冒す価値はねぇ。」

それを言われると、リンクは弱かった。

「今は甘えとけよ。それに、お前が思っているほど迷惑がってもないさ。」

リンクは唇を強く噛む。

“どうしてそう言い切れるんだろう。大体、もし、オレがここにいるのが知られたら、それこそ大変なことになってしまう……。”

ダークリンクは眉を顰めた。

「なんだよ、まだ納得できねぇ?」

ダークリンクは少し首を傾げた。

「あ、ばれたら、とか考えてるな?」

リンクはビクリと反応してしまった。

“何で分かるの……。”

心の中で毒つく。

「その危険は常につきまとう。森を出ようが残ろうが同じだ。諦めろ。」

ダークリンクはそう言うと、黙り込んだ。ここから先は、自分で結論を出せと言うことだろう。リンクは思考を巡らせた。自分の考え、ダークリンクが言ったこと、世界のみんなが思うであろうこと、スタルキッドのこと、いろいろな観点からダークリンクの提案について考える。リンクは暫く決心できずにいた。ふと、ダークリンクに目を向けると、彼は真剣な顔でこちらを見ながら、辛抱強く待ってくれていた。それを見て、リンクはようやく決心できた。小さく笑みをこぼす。

「これだけお膳立てしてもらって、断るのも失礼、だよね。」

ダークリンクの顔が明るくなった気がした。リンクはダークリンクに微笑みかける。

「ありがとう、ダーク。オレ、スタルキッド達にお世話になるよ。」

「はぁ……。やっと言ったか。」

ダークリンクは脱力し、ホッとしたように息を吐いた。しばらくその体勢でいたが、ダークリンクは再び口を開く。

「……なぁ。」

「ん?何?」

何だか清々しい気持ちで、リンクはダークリンクを促した。すると、ダークリンクはまた、真剣な顔をリンクに向けた。

「色々と制約があって、のびのびと暮らせないとは思うがな。少しはエンジョイしろよ、お前の生活。」

リンクはクスリと笑みをこぼした。

「うん、分かってる。」

その声が明るかったことは否定しない。

「後ろめたいとかお前は思うんだろうが。少しでもお前が幸せなら、
………………………ナビィやファイは喜ぶ。」

なおも嬉しい言葉を続けるダークリンクに、リンクの気分はどんどん上がる。

「分かってるってば。」

楽し気な声色を隠しも出来ず、リンクは答えた。ダークリンクはそれでも満足しないらしい。難しい顔でしばらくリンクを見つめていた。やがて、顔を背けてしまう。

“……?どうしたんだろう?”

リンクが不思議に思ってダークリンクを眺めていると。

「…………………………………俺も。」

たっぷり間を開けて、微かな声が聞こえた。リンクはそれを聞いて、目を丸くした。ダークリンクの顔はうかがえない。だが、本気でそう思ってくれているのは分かった。リンクはしばらく目をパチクリさせていたが、満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう。」

“あぁ、こんなに嬉しいことはないよ、ダーク。”

リンクはしばらくニコニコとしていた。





二人はスタルキッドの住処に戻った。すると、入口の前に一人立っていた。二人を見つけ、近づいてくる。それは、友達のスタルキッドだった。

「勝手にいなくなるナ。心配したゾ。」

リンクは胸の前で両手を合わせた。

「悪いな。少し借りてた。……話はついた。こいつを頼む。」

ダークリンクの言葉と共に、リンクは頭を下げた。

「ここで暮らすってことだナ?大丈夫ダ。責任もって守る。」

リンクはたじろぐ。ダークリンクは悪戯っぽく笑い、リンクの頭に手を置いた。

「あぁ、頼む。しっかり守ってやってくれ。」

リンクはパシパシとダークリンクを叩いて抗議した。それを適当にあしらうと、急にダークリンクは真剣な顔をした。

「ちゃんと見張っててくれ。こいつが馬鹿なことをしないように。」

リンクは動きを止め、ダークリンクを見上げた。

“あの真実は、ダークを傷つけてしまったかもしれない……。”

ダークリンクはリンクの神妙な様子に気づいたらしい。小さくため息を吐くと、リンクの頭に手を乗せた。だが、それは握り拳で、グリグリと頭を攻撃された。

「なんて空気醸し出してんだよ。大丈夫だ。心配することは何もねぇって。」

ダークリンクは攻撃を止め、スタルキッドに向き合った。リンクは頭を押さえ、しゃがみこんだ。恨みがましい目をダークリンクに向けるが、ダークリンクに気付かれることはなかった。

「じゃ、マジで頼むな。俺はこいつを探す任務を受けてるから、これから旅に出る。」

リンクは驚いて立ち上がった。

「この後、ここにはいなかったと報告書を出すから、しばらく偵察は来ないだろう。ま、来ても誤魔化せるよな?」

「もちろんダ。」

リンクの様子に構うことなく、二人の会話は進む。

「こいつは今までみたいに喋れない設定を通すから、面倒見てやってくれ。」

「りょーかいダ。」

ダークリンクがこちらに顔を向けた。するとまた、小さくため息を吐いた。自分が今、どんな風に見えているのか分からなかったが、問題ないようには見えなかったらしい。取り繕うことは出来なかった。ただ、ダークリンクが心配で、すごく不安だった。

「そんな寂しそうにすんなよ。俺がいないとダメとか赤ん坊みたいだな?」

ダークリンクはふざけたように言った。だが、リンクはそんな風に誤魔化したくなかった。リンクはダークリンクに抱きついた。

「………ごめん。」

小さく、小さく、ダークリンクにしか聞こえない声で呟いた。

「……大丈夫だっての。」

ダークリンクが頭を撫でるのが分かった。だが、それは長くはない時間で、ダークリンクはリンクを離れさせると、

「じゃーな。後はよろしくー。」

と残し、森を後にしてしまった。




こうして、しばらくリンクはスタルキッドとして生活することになった。






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