墜ちた先

来なくていいという言葉は完全に無視され、裏事情を知った三人は何度もリンクを訪ねてきた。三人曰く、怪しまれない程度だそうだが、それが本当か疑わしい。訪問の度にリンクは呆れたり心配したりしたが、三人はどこ吹く風だった。かくいうリンクも、三人のおかげで精神的に安定してきており、強く言えなかった。そんなある日。

「最近さ、ハイラルおかしいんだよ。」

いつものようにファイやナビィと入ってきたダークリンクは、唐突にそう言った。

「おかしい?」

リンクは疑問符を浮かべて問い返す。かったるそうにしながら、ダークリンクは頷いた。

「あぁ。なんか混乱してるみたいでさ。原因は分かんねぇみたいだけど。」

そこまで聞いて、リンクは自分の立場を思い出した。それは自分が聞いてはいけない内容のはずだ。

「ふーん……。」

リンクは慌てて無関心を装った。何も考えないようにする。

「ガノンドロフ様やゼルダ姫の手に負えないって話だ。」

まだ話を続けるダークリンクのことは、見なかった。

「そっか。大変なんだね……。」

それだけを言うと、

「ま、お前には関係ないか。」

ダークリンクはそれ以上話すことを諦めたらしい。ダークリンクに目を戻すと、肩を竦めていた。別の話題に変わっていく。だが、リンクはあまり話に集中出来ず、どこか上の空だった。もちろん、そんな素振りは一切見せないよう努めたが。三人が帰った後、リンクは先程止めた思考を動かし始めた。

“ゼルダやガノンドロフの手に負えないような何かが起こっている……?一体何が……。”

リンクは首を激しく振った。

“考えても仕方ない。オレは、破壊者だ。何もできない。してはいけない。ゼルダやガノンドロフ達だけで乗り越えるべきだ。”

リンクは固く目を瞑り、自分に言い聞かせる。何度も同じ言葉を繰り返すが、やがて、リンクは歯軋りした。

“だからといって、じっとしていていいのだろうか。オレには何も出来ないのか?”

何もしないことに対して、リンクは納得できなかった。リンクは前にある鉄格子を見やった。

“だけどここから出られないしな。”

リンクは再び激しく首を振り、今考えたことを全力で否定した。

“いやいや、出ちゃダメだ。オレがここから出たら、余計に混乱する可能性がある。じゃなくて、絶対混乱に陥る。”

リンクは気を落ち着かせるように深呼吸した。落ち着くと、だけど、と再び思考が放置するなと言い出す。そうすると、リンクは必死になってその考えを打ち消さなければならなかった。

しばらくリンクは葛藤していた。出てはいけない、出るべきだ、その2つの思いがぶつかり合う。結論を出せたのは、明け方だった。

葛藤の結果、リンクは牢の外にいた。牢からは、ファイの挙げた方法の1つを使わせてもらって脱出した。牢から出てみると、そこは知らない場所だった。女神軍と魔王軍は、2度の闘いが行われた中間地点に城を構えたと、報告の声に聞いていた。もしかしてそこだろうか。リンクは近くの窓から外を見る。ここからは脱出できそうにない。頭の中を駆け巡る数々の言い訳を締め出し、リンクは外へ出られる場所を探して歩き出した。だが、すぐに脱獄の情報が出回ってしまったらしい。警備が厳しくなった。自分を探す声、走り回る音がひっきりなしにしている。一先ずリンクは陰に隠れた。

“一筋縄ではいかないな。さて、どうしようか。”

リンクが辺りをうかがっていた時だった。

「……お前な、行動が早すぎるんだよ。」

後ろから低い声がした。ここは分かりやすい場所だったか。何故自分は後ろをとられているのか。リンクは気落ちしながら振り返った。そこにはダークリンクが渋い顔をして立っていた。リンクの顔を見て、ダークリンクはため息を吐いた。

「脱獄聞いた時はメッチャ焦った。こっちにも準備ってもんがあるんだよ。」

リンクは目をパチクリさせ、首を傾げた。

「準備……?悪いけど、オレ、誰かの手を借りる気は」

「借りとけや!」

ダークリンクはイライラと鋭く、しかし小声で叫ぶと、リンクの手を掴んだ。そうかと思えば、人の目を掻い潜って移動する。リンクがあたふたしている間に、近くの小部屋に連れ込まれていた。

「子供の姿になれ。」

「え?」

唐突に言われた言葉を理解できず、リンクはポカンとダークリンクを見た。

「早くしろ。」

だが、ダークリンクは短く要求するばかりだ。

「一体何を」

「早く。」

リンクの疑問に答えるつもりはないらしい。ダークリンクはただただリンクを急かした。リンクは困惑しながらも、渋々子供の姿になった。すると、ダークリンクはあるものを差し出した。リンクはそれを見て驚愕した。

「これは、スタルキッドの、」

「着替えろ。急げ、時間がない。」

ダークリンクが差し出していたのは、スタルキッドが身に付けているものだった。だが、それについても説明する気はないようだ。リンクは反論を諦め、大人しく従った。リンクが服を脱ぐなり、ダークリンクはそれを燃やしていた。

“もう何も言わない……。”

リンクは服を着ながらため息を吐いた。しかし、その決意はすぐに崩れることになる。

「そんでこれな。」

ダークリンクは、また別のものを差し出した。それはスタルキッドの顔そのものだった。リンクはそれを見てゾッとする。

「これ……仮面?」

ダークリンクは不思議そうな顔をした。

「仮面?お面って聞いてるが、なんか違いがあんのか?あぁ、そういえば、命はかかってないって伝えろって言われてたな。」

これについては説明してくれた。それほどリンクは酷い顔をしていたのかもしれない。だが、それを聞いてリンクは安心する。スタルキッドのお面をつけた。

「すげぇな。普通の顔にしか見えねぇ。」

ダークリンクが感嘆したのも束の間、すぐに真剣な顔になった。

「今から口きくなよ。着いてこい。」

そう言ったダークリンクはさっさと部屋を出た。慌ててリンクもダークリンクに続く。城の中は騒がしい。大変なことになっているなと他人事のように思いながら、リンクはダークリンクについて行った。そうして辿り着いたのは、スタルキッドの小集団のところだった。

「いいかみんな。作戦通りだからナ。」

「おー!!」

一人のスタルキッドが言うと、スタルキッド達は散っていく。残ったリーダー格のスタルキッドに、ダークリンクは近づいていった。

「こいつ任せたぞ。」

「ヒヒッ。わかってる。任せろ。」

ギョッとしてリンクが口を開こうとすると、間髪入れずにダークリンクが言った。

「しゃべんなっつうてるだろ。後でそっちに行く。そこで説明してやる。俺は今離れられない。怪しまれるからな。落ち着いてからだから、時間がかかると思うが、それまで待ってろ。」

言うだけ言うと、リンクが何の反応も出来ないうちにダークリンクは行ってしまった。

「何も言うナ。着いてきて。」

リーダー格のスタルキッドはもう一度念を押すと、軽やかに歩き出した。そのスタルキッドが誰なのか、リンクは分かっていた。迷いの森で友達になり、それから幾度と関わりのあったスタルキッドだ。スタルキッドを巻き込んで良いものか、リンクは迷った。しかし、少し進んだところでスタルキッドは足を止め、早くと言わんばかりにこちらを見ている。ここに留まったところで出来ることはない。意を決して、リンクはスタルキッドの後を追った。





こうして、リンクは騒ぎに紛れて城を後にし、森の中に連れてこられた。そして、新しい仲間として紹介され、スタルキッドの住処に押し込まれた。それから何日か経過した。未だ話すことを許されず、外にも出してもらえない。非常に歯痒い思いをした。しかし、待っていろと言われていたので大人しくしていた。大人しくしていたのだが、何の情報も与えられない現状は落ち着かない。

“世界に危機が迫っているのだから、一刻も早く行動に移さないといけないのに……!!”

更に数日が経ち、ついにそう結論づけると、痺れを切らしたリンクは、こっそりスタルキッドの住処を抜け出した。住処から外に出ると、黒い人がやってくるのが見えた。リンクはそこで固まる。それはダークリンクだった。タイミングが良いのか悪いのか、丁度来たところのようだ。ダークリンクもリンクに気付いた。足を止め、リンクをじっと観察している。やがて、ダークリンクは足音荒くリンクに近付いてきた。

「待ってろと言っただろうが、ああ゛?」

目の前にいるスタルキッドもどきがリンクであると見破ったらしい。ダークリンクはリンクの襟首を掴んで威嚇した。

“オレは話してもいいのだろうか。”

されるがままになりながら、リンクはぼんやりとそんなことを考えていた。

「チッ。来いや。」

ダークリンクは苛々とリンクを放し、歩き出した。断る理由がなかったので、リンクはダークリンクについていく。するとそこには祠があり、二人は中へ入った。そこは力の試練の祠で、広々とした空間が広がるばかりだった。ダークリンクは奥の間を覗くと言った。

「誰もいないな。ここなら話していいぞ。入り口はそこしかないし、誰か来たらすぐに分かるからな。」

ダークリンクが戻ってくるのを眺めながら、何から聞くべきか、とリンクは思った。欲しい情報がありすぎて、いざ話していいと言われても咄嗟に言葉が出なかった。

「……あの、さ。状況が全然分からないんだけど。」

おずおずとリンクは口を開いた。すると、あ、とダークリンクは言った。

「1つ最初に訂正しておく。この世の中、混乱なんてしてないぞ。」

「え?」

リンクは目を点にして、ダークリンクを眺めた。ダークリンクの言っていることがよく分からない。すると、ダークリンクはとんでもないことを宣った。

「世界は平和そのものだ。」

「へ?……はぁぁぁああ!?」

ダークリンクにはっきりと告げられ、今度はきちんと理解した。リンクは後ろにのけ反り、目を大きく見開いた。

「ちょ……待っ……ど、どういうこと……!?」

リンクはしどろもどろになっていた。それを見て、ダークリンクはニヤリと笑った。

「わーるいなぁ?あぁ言えば出てくるだろうと思って引っ掻けた。」

おどけたようにダークリンクは言うが、リンクには悪ふざけにしか感じられない。

「ひ、引っ掻けた、って……。じゃあ!?」

落ち着きなく視線を彷徨わせたが、嫌な結論を導き出したと同時に、ダークリンクに勢い良く顔を向けた。だが、ダークリンクはそれに反応を返さず、やれやれと言ったように両手を挙げた。

「だけどお前の反応悪いし、不発で終わったと思ってたんだがなぁ。不意討ちとかねぇよ。マジで準備しといてよかった。」

ダークリンクは軽く頭を振り、しみじみとしている。だが、今、ダークリンクの感想などどうでもいい。

「オレ、何のために出てきたの……?むしろ、混乱させただけ……。」

リンクは項垂れた。とぼとぼと入り口に足を進める。すると、強く腕を掴まれ、リンクは動けなくなった。言わずもがな、犯人はダークリンクである。

「おい、どこに行く?」

ダークリンクの声は低かった。

「……戻らなきゃ。」

絞り出すように、リンクは言った。

「あ゛?どこにだよ?」

こいつは何を言っているんだ、と思っているのはよく分かった。当然だろう。ダークリンクは色々根回しをして助けてくれたのだ。しかし、外に出てもできることはなかった。それを知った今、外にいていい理由はない。

「……城。」

蚊の鳴くような声で言うと、ダークリンクから怒気が溢れたのが分かった。リンクは乾いた笑いを漏らす。

「……今度は何されるんだろう、オレ……。」

ダークリンクは何も言わない。ふと、リンクは自分の腕が小刻みに動いていることに気付いた。自分の震えを押さえるため、身を固くする。

「脱走なんかして、ただでは済まされない……。」

こんな弱音を吐くなんて、甘えすぎだと思うものの、言わずにはいられなかった。ダークリンクからはまだ何も返ってこない。もう何も言う気はないのだろうか、もしかしたらまた叱責がくるのだろうか、とリンクは怯えた。
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