墜ちた先
しばらく泣き続けて、ようやく落ち着いたリンク。どれくらいの時間が経ったか分からない。ハァ、ハァと息も荒くなっていた。俯いたまま、ゆっくりと呼吸を整える。心の中では負の感情が渦巻いていたが、声には出ていなかった。だから、ファイもナビィもダークリンクもそこまで理解しなかったはずだ。だが、本当は泣きたかった、それに気づいてくれたことは心強かった。頑張ったねと言ってくれたことは、嬉しすぎて上手く表現できない。やはり自分は弱い。こうやって手を差し伸べてもらえないと―――――。
スッ、と冷たいものがリンクを襲った。リンクが涙を流し、半狂乱になっていたのは、決して短い時間ではない。今の間に、ファイもナビィもダークリンクもいなくなってしまったかもしれない。一人残されたことを知るのが怖くて、リンクは顔を上げられなかった。
“……そうあるべき、なんだけど。”
体が震えそうになる。自嘲でもして、気を奮い立たせようとしたが、上手く出来ない。身を固くして、リンクはじっと耐えた。
「ちゃんといるヨ。」
突然響いた声。リンクはガバッと顔をあげた。ナビィも、ファイも、ダークリンクもそこにいた。何か温かいものがリンクの中で湧き上がってくる。ふわりとナビィが鉄格子をくぐり抜け、リンクの側へ向かってきた。そこでリンクはハッと我に返った。仰け反って、リンクは後退する。
「来ちゃダメだ!!」
リンクはナビィを制止するが、ナビィは止まることなく、ついにリンクの目の前まで来てしまった。
「リンク。大丈夫だヨ。」
リンクは力なく首を横に振った。
「大丈夫なの!」
ナビィの力強い声にリンクはビクリとする。
「だけど、オレは、」
視線をさ迷わせながら、リンクは弱々しく反論しようとする。だが、ナビィは最後まで言わせてくれなかった。
「リンクの考えていることが正しいか、アタシ達が判断してあげる。だから、教えて?リンクがこの世界に来てから、見たこと、感じたこと、実際に行動したこと、全部。」
リンクはやはりフルフルと首を振った。これ以上、甘える気はなかった。
「じゃあ、アタシの質問に答えてヨ。リンクが目覚めたのはどんな場所だった?」
「え?」
リンクがポカンとナビィを見たのも束の間。ナビィはリンクにタックルし始めた。何度も、何度も。それはまるで、初めて会ったあの時のように。
「目覚めた場所よ、場、所!アンタ、とんでもない寝坊助だったけど、一体どんな場所で起きたわけ!?」
「ちょっ、待っ、ナビィ!」
リンクは思わず身を庇った。困惑しながらナビィに抗議するが。
「さっさと答えなさい!」
ナビィは聞く耳を持たない。困ったなと思う反面、懐かしいと思う自分に嫌気が差す。かつてもよく見たナビィの姿だった。だから、こうなったらナビィは、リンクが答えるまで延々と続けることもよく分かっている。
「痛っ、わ、分かったから!えっと、オレが目覚めたのは――」
リンクはしどろもどろになりながらも、仕方なくナビィの質問に答えた。ナビィは、コメントを入れつつ、的確な質問でリンクの辿った道を蘇らせた。話がトライフォースを奪った辺りに差し掛かる頃には、リンクは落ち着きを取り戻していた。そして、ナビィの思惑も察していた。リンクはナビィの意図を汲み、トライフォースを奪った後のことを語った。ナビィの口車に乗せられた形だが、リンクの口は軽くなっていた。頑なに隠そうとしていた真意と一緒に、自分が何を祈り、何をしたかを話した。
「ゼルダやガノンドロフに負けた後、オレはトライフォースを持ったまま逃げるつもりだったんだけど。協定が結ばれた以上、トライフォースは力を与えてくれなくて。失敗しちゃった。……こんなことになるくらいなら、事故に見せかけて死ぬべきだったな……。」
その言葉でリンクは話を締めた。何故、死ではなく逃亡を選んだのかと、苦笑が漏れる。リンクが三人に目を戻すと、三人は言葉を失っていた。呆然とリンクを見るばかりである。
“こんな変なことを聞いたらこの反応も当然か。”
リンクは苦笑いしながら三人の様子を見ていた。それにしても、人に聞いてもらうのは絶大な効果があったらしい。リンクは弱り切っていた精神状態を立て直せていた。
「オレからも質問していい?」
「……何?」
ごくりとナビィが唾を飲みながら、内容を促した。
「オレの襲撃で、死んだやつはいる?」
「それ、は……」
「いません。」
言い淀むナビィに対し、きっぱりと言い切ったファイ。リンクはどちらを信じるべきか分からなかった。困った顔で二人を見比べる。すると、ファイが口を開いた。
「上層部のみが知る情報です。マスターの襲撃後、両軍は協定を結びましたが、混乱も多く。衝突も少なくありませんでした。死者が出ることも度々。しかし、混乱時に衝突の事実が判明すれば、協力が上手くいきません。その為、衝突による死者は、マスターの攻撃によるものとされました。あの時の死者は全て衝突の結果によるもので、マスターの攻撃で亡くなった者は存在しません。」
それを聞いて、リンクは安堵した。
「そっか。良かった……。」
だが、逆に困惑する者がいた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。それって、つまり、濡れ衣……!?」
ナビィの声は震えていた
「そうなりますね。」
ファイは淡々と答える。
「酷い、酷すぎるよ!!」
“やっぱりナビィは優しいな。”
ナビィの叫びに対し、リンクはそう思うと同時に、止めないと、と思った。
「ナビィ。」
リンクはナビィに呼び掛ける。
「信じらんない!!」
だが、ナビィは簡単に止まらない。
「なんで!なんでよ!?」
叫ぶナビィの声は悲痛だった。
「ナビィ!!」
仕方なく、リンクはきつめに呼び掛けた。興奮していたナビィは我に返ったのか、ひとまず落ち着いた。
「いいんだ、ナビィ。」
リンクはナビィに微笑みかけた。
「よくない!!」
当然のように、ナビィからは反論が返ってくる。リンクはそれでも微笑みながらナビィを宥めた。
「いいんだよ。それが今の世界を作るために必要だったんだ。そのためなら、オレの名前くらい、いくらでも使ったらいいんだ。」
「そんなの……。」
ナビィはしょんぼりしていた。リンクはナビィに手を伸ばし、軽く撫でた。
「ごめんね。ナビィは優しいから認められないと思うけど、受け入れて。」
とうとうナビィは押し黙った。リンクは手を戻し、少し俯く。真意を話してしまったが、そうすると、彼等に頼まなければならないことがある。リンクは小さく深呼吸をすると、口を開いた。
「……ナビィ、ファイ。それとダークも。お願いがあるんだ。」
それぞれがリンクに顔を向けた。
「このこと、誰にも言わないでほしい。」
「……おい、」
ダークリンクが低い声を出した。だが、何も言わせないうちにリンクは次の言葉を続けた。
「難しいのは分かっている。こんなこと聞いちゃって、抱え込むことがどれだけ大変かも。だけど、漏れたらどうなるか、予測つかないんだ。この和平が仕組まれたものだと知られたら、もしかしたら……。」
世界の混沌だけは避けたい。知ってもらえたことはとても嬉しかった。きっと他のみんなにも知ってもらえれば、自分は随分と救われるだろう。だが、その代償と考えられることが大きすぎた。
「それはただのお前の妄想。漏れたところで何だって言うんだよ。」
ダークリンクが苛々と聞いた。どうやら事の重大さを分かっていないようだ。リンクはあまり口に出したくなかったが、説明するべく口を開いた。
「女神軍と魔王軍はずっと敵対してきた。積もり積もったお互いへの不満は計り知れない。だけど、オレという別の憎悪対象ができた。かつてお互いに向いていた不満のベクトルは今、オレに向いている。もし、オレの真意が漏れてしまったら、優しい人はオレを不満の対象から外してくれるだろう。だけど……そうしたら、その負の感情は、一体どこに行くの?」
ダークリンクはパチクリと目を瞬かせた。
「どこって、そんなの……消えちゃうだけでしょ?」
ナビィも不思議そうにしている。
「……それなら、いいんだけどね。」
リンクは硬い顔で言った。
「じゃあどうなるって言うんだよ!」
ダークリンクが怒鳴った。リンクはそれには答えず、ファイに目を向けた。ファイは頷く。
「もともと向いていた方向へ戻る可能性、80%……。」
ダークリンクとナビィが息を飲んだ。反論しようとする素振りは見せるが、妙案が浮かばないらしく、口を開くことはなかった。
「だからお願い。ここだけの秘密にしておいて。」
リンクは再び頼み込んだ。三人は黙り込む。こうなったら、とリンクは正座した。すると、
「分かりました。ファイはマスターのお望みのままに。」
ファイが早口で同意を示した。リンクはファイに向かってにっこり笑った。
「…!ありがとう。」
リンクはナビィに目を向ける。
「…分かったヨ。リンクがそこまで言うなら……。」
渋々、ではあったが、ナビィも了承した。
「ありがと、ナビィ。」
リンクはナビィに笑いかけた。さて、残るはダークリンクだけだ。ダークリンクを見やるが、ダークリンクに動く気配がない。リンクはとうとう土下座した。
「お願いします。」
やはり、ダークリンクに動きがない。
「…そこまでして守りたいか。」
しばらくして、その言葉が聞こえてきた。
「うん。」
リンクは頭を下げたまま肯定した。また間を置いて、ダークリンクの声がする。
「お前は、含まれないんだぞ。幸せになる方に。」
ダークリンクの声が震えていた気がした。リンクは小さく深呼吸した。
「我が儘で世界を襲ったオレに、幸せになる権利はないよ。」
リンクは顔を下げていて良かったと思った。自分がどんな顔をしているか、分からなかった。
「………!なんでまたお前はそういう……!!」
ダークリンクの声が苦しそうなものになった。
「お願いします。みんなには黙っていてください。」
リンクはただ、お願いした。いつかのように、頼み込むしかなかった。しかし、ダークリンクは尚も悩んでいるようだ。
「顔、上げてくれ。」
ダークリンクの言葉が聞こえるが、リンクは顔を上げない。
「頼むから。」
ダークリンクの声がどこか弱々しい。だが、そんなことに構う余裕はなかった。
「お願いします。」
リンクはそれだけを繰り返した。ダークリンクから悔しそうな呻き声が漏れた。
「分かった、分かったから!言わなきゃいいんだろ!!だから顔を上げろ!!」
ダークリンクがついに折れた。そこでリンクはようやく顔を上げた。自身の顔に満面の笑みが広がっていることは、自覚していた。
「ダーク、ありがとう!」
リンクとは対照的に、ダークリンクは苦しそうな顔をしていた。悔しそうに顔を背ける。
「さてと。そろそろ戻った方がいいよ。ちょっと長居しすぎたんじゃない?あぁ……ここにはもう来なくていいからね。」
リンクが真面目に言うと、ダークリンクから再び怒気が溢れた。
「ああ゛?テメェ、さっきから勝手なことばかりぬかしてんじゃねぇぞ。」
“あぁ、これを勝手なことって言ってくれるんだね。”
リンクは嬉しく思ったが、それはダメなことだと自分に言い聞かせた。
「君達がオレのせいで弾かれるなんて、見たくないんだ。」
他者の目がどうとか倫理とか言っても、優しい彼らが自分を優先してくれるのは目に見えていた。だからリンクは、自分の気持ちを優先してくれと頼んだ。
「大丈夫よ、リンク。その辺はアンタより上手だから。」
だが、ナビィは悪びれもせずにとんでもないことを言う。
「いや、そもそも冒険しないで。」
頭が痛い気がしてきた。納得させるにはどうすればいいか、頭を回転させる。
「マスター。ファイ達を信じてください。大丈夫です。」
しかし、ファイにそう言われると、本当に大丈夫な気がして反論する気が失せてしまう。
「だけど……、」
それでも、なんとか口を開くが、
「おーおー、こいつらにあれだけ信じて貰っといて、自分は信じないのか。不誠実な勇者だなぁ?」
ダークリンクに遮られた。茶々を入れるような言い方は以前と同じで、また涙腺が緩みそうになる。
「……悪いけど、その挑発に乗るわけには」
リンクがやっとの思いで口を開いたのに、
「お前は、色々考えすぎだ。こっちのことは自分で何とかするから、心配すんな。」
と、ダークリンクに言い切られてしまった。もう、リンクは反論できなかった。
「……うん。」
リンクは小さく頷いた。
「さーて、そろそろ戻るか。またな、お人好し。」
ダークリンクが歩き出した。ナビィはリンクの回りを一周してから、名残惜しそうに鉄格子を擦り抜けて外へ行く。ファイは頭を下げてからダークリンクを追って入り口へ向かっていった。三人の背中を目で追いながら、小さく口を開く。
「変なことを教えちゃって、ごめんね。」
三人にその言葉が届いたかは分からなかった。扉の閉まる音が今まで以上に大きく聞こえ、リンクは身を震わせた。
“君達の言動がどれだけ嬉しかったか、分かっている……?”
リンクは口元を押さえて蹲った。頬を温かいものが伝う。
“もう、どれだけ泣くんだよ、オレ……。これ以上はダメだから。甘えすぎだから……。”
涙を流しながらも、リンクの口元は緩んでいた。リンクがこんなに穏やかな気分になれたのは、随分と久しぶりのことだった。
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スッ、と冷たいものがリンクを襲った。リンクが涙を流し、半狂乱になっていたのは、決して短い時間ではない。今の間に、ファイもナビィもダークリンクもいなくなってしまったかもしれない。一人残されたことを知るのが怖くて、リンクは顔を上げられなかった。
“……そうあるべき、なんだけど。”
体が震えそうになる。自嘲でもして、気を奮い立たせようとしたが、上手く出来ない。身を固くして、リンクはじっと耐えた。
「ちゃんといるヨ。」
突然響いた声。リンクはガバッと顔をあげた。ナビィも、ファイも、ダークリンクもそこにいた。何か温かいものがリンクの中で湧き上がってくる。ふわりとナビィが鉄格子をくぐり抜け、リンクの側へ向かってきた。そこでリンクはハッと我に返った。仰け反って、リンクは後退する。
「来ちゃダメだ!!」
リンクはナビィを制止するが、ナビィは止まることなく、ついにリンクの目の前まで来てしまった。
「リンク。大丈夫だヨ。」
リンクは力なく首を横に振った。
「大丈夫なの!」
ナビィの力強い声にリンクはビクリとする。
「だけど、オレは、」
視線をさ迷わせながら、リンクは弱々しく反論しようとする。だが、ナビィは最後まで言わせてくれなかった。
「リンクの考えていることが正しいか、アタシ達が判断してあげる。だから、教えて?リンクがこの世界に来てから、見たこと、感じたこと、実際に行動したこと、全部。」
リンクはやはりフルフルと首を振った。これ以上、甘える気はなかった。
「じゃあ、アタシの質問に答えてヨ。リンクが目覚めたのはどんな場所だった?」
「え?」
リンクがポカンとナビィを見たのも束の間。ナビィはリンクにタックルし始めた。何度も、何度も。それはまるで、初めて会ったあの時のように。
「目覚めた場所よ、場、所!アンタ、とんでもない寝坊助だったけど、一体どんな場所で起きたわけ!?」
「ちょっ、待っ、ナビィ!」
リンクは思わず身を庇った。困惑しながらナビィに抗議するが。
「さっさと答えなさい!」
ナビィは聞く耳を持たない。困ったなと思う反面、懐かしいと思う自分に嫌気が差す。かつてもよく見たナビィの姿だった。だから、こうなったらナビィは、リンクが答えるまで延々と続けることもよく分かっている。
「痛っ、わ、分かったから!えっと、オレが目覚めたのは――」
リンクはしどろもどろになりながらも、仕方なくナビィの質問に答えた。ナビィは、コメントを入れつつ、的確な質問でリンクの辿った道を蘇らせた。話がトライフォースを奪った辺りに差し掛かる頃には、リンクは落ち着きを取り戻していた。そして、ナビィの思惑も察していた。リンクはナビィの意図を汲み、トライフォースを奪った後のことを語った。ナビィの口車に乗せられた形だが、リンクの口は軽くなっていた。頑なに隠そうとしていた真意と一緒に、自分が何を祈り、何をしたかを話した。
「ゼルダやガノンドロフに負けた後、オレはトライフォースを持ったまま逃げるつもりだったんだけど。協定が結ばれた以上、トライフォースは力を与えてくれなくて。失敗しちゃった。……こんなことになるくらいなら、事故に見せかけて死ぬべきだったな……。」
その言葉でリンクは話を締めた。何故、死ではなく逃亡を選んだのかと、苦笑が漏れる。リンクが三人に目を戻すと、三人は言葉を失っていた。呆然とリンクを見るばかりである。
“こんな変なことを聞いたらこの反応も当然か。”
リンクは苦笑いしながら三人の様子を見ていた。それにしても、人に聞いてもらうのは絶大な効果があったらしい。リンクは弱り切っていた精神状態を立て直せていた。
「オレからも質問していい?」
「……何?」
ごくりとナビィが唾を飲みながら、内容を促した。
「オレの襲撃で、死んだやつはいる?」
「それ、は……」
「いません。」
言い淀むナビィに対し、きっぱりと言い切ったファイ。リンクはどちらを信じるべきか分からなかった。困った顔で二人を見比べる。すると、ファイが口を開いた。
「上層部のみが知る情報です。マスターの襲撃後、両軍は協定を結びましたが、混乱も多く。衝突も少なくありませんでした。死者が出ることも度々。しかし、混乱時に衝突の事実が判明すれば、協力が上手くいきません。その為、衝突による死者は、マスターの攻撃によるものとされました。あの時の死者は全て衝突の結果によるもので、マスターの攻撃で亡くなった者は存在しません。」
それを聞いて、リンクは安堵した。
「そっか。良かった……。」
だが、逆に困惑する者がいた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。それって、つまり、濡れ衣……!?」
ナビィの声は震えていた
「そうなりますね。」
ファイは淡々と答える。
「酷い、酷すぎるよ!!」
“やっぱりナビィは優しいな。”
ナビィの叫びに対し、リンクはそう思うと同時に、止めないと、と思った。
「ナビィ。」
リンクはナビィに呼び掛ける。
「信じらんない!!」
だが、ナビィは簡単に止まらない。
「なんで!なんでよ!?」
叫ぶナビィの声は悲痛だった。
「ナビィ!!」
仕方なく、リンクはきつめに呼び掛けた。興奮していたナビィは我に返ったのか、ひとまず落ち着いた。
「いいんだ、ナビィ。」
リンクはナビィに微笑みかけた。
「よくない!!」
当然のように、ナビィからは反論が返ってくる。リンクはそれでも微笑みながらナビィを宥めた。
「いいんだよ。それが今の世界を作るために必要だったんだ。そのためなら、オレの名前くらい、いくらでも使ったらいいんだ。」
「そんなの……。」
ナビィはしょんぼりしていた。リンクはナビィに手を伸ばし、軽く撫でた。
「ごめんね。ナビィは優しいから認められないと思うけど、受け入れて。」
とうとうナビィは押し黙った。リンクは手を戻し、少し俯く。真意を話してしまったが、そうすると、彼等に頼まなければならないことがある。リンクは小さく深呼吸をすると、口を開いた。
「……ナビィ、ファイ。それとダークも。お願いがあるんだ。」
それぞれがリンクに顔を向けた。
「このこと、誰にも言わないでほしい。」
「……おい、」
ダークリンクが低い声を出した。だが、何も言わせないうちにリンクは次の言葉を続けた。
「難しいのは分かっている。こんなこと聞いちゃって、抱え込むことがどれだけ大変かも。だけど、漏れたらどうなるか、予測つかないんだ。この和平が仕組まれたものだと知られたら、もしかしたら……。」
世界の混沌だけは避けたい。知ってもらえたことはとても嬉しかった。きっと他のみんなにも知ってもらえれば、自分は随分と救われるだろう。だが、その代償と考えられることが大きすぎた。
「それはただのお前の妄想。漏れたところで何だって言うんだよ。」
ダークリンクが苛々と聞いた。どうやら事の重大さを分かっていないようだ。リンクはあまり口に出したくなかったが、説明するべく口を開いた。
「女神軍と魔王軍はずっと敵対してきた。積もり積もったお互いへの不満は計り知れない。だけど、オレという別の憎悪対象ができた。かつてお互いに向いていた不満のベクトルは今、オレに向いている。もし、オレの真意が漏れてしまったら、優しい人はオレを不満の対象から外してくれるだろう。だけど……そうしたら、その負の感情は、一体どこに行くの?」
ダークリンクはパチクリと目を瞬かせた。
「どこって、そんなの……消えちゃうだけでしょ?」
ナビィも不思議そうにしている。
「……それなら、いいんだけどね。」
リンクは硬い顔で言った。
「じゃあどうなるって言うんだよ!」
ダークリンクが怒鳴った。リンクはそれには答えず、ファイに目を向けた。ファイは頷く。
「もともと向いていた方向へ戻る可能性、80%……。」
ダークリンクとナビィが息を飲んだ。反論しようとする素振りは見せるが、妙案が浮かばないらしく、口を開くことはなかった。
「だからお願い。ここだけの秘密にしておいて。」
リンクは再び頼み込んだ。三人は黙り込む。こうなったら、とリンクは正座した。すると、
「分かりました。ファイはマスターのお望みのままに。」
ファイが早口で同意を示した。リンクはファイに向かってにっこり笑った。
「…!ありがとう。」
リンクはナビィに目を向ける。
「…分かったヨ。リンクがそこまで言うなら……。」
渋々、ではあったが、ナビィも了承した。
「ありがと、ナビィ。」
リンクはナビィに笑いかけた。さて、残るはダークリンクだけだ。ダークリンクを見やるが、ダークリンクに動く気配がない。リンクはとうとう土下座した。
「お願いします。」
やはり、ダークリンクに動きがない。
「…そこまでして守りたいか。」
しばらくして、その言葉が聞こえてきた。
「うん。」
リンクは頭を下げたまま肯定した。また間を置いて、ダークリンクの声がする。
「お前は、含まれないんだぞ。幸せになる方に。」
ダークリンクの声が震えていた気がした。リンクは小さく深呼吸した。
「我が儘で世界を襲ったオレに、幸せになる権利はないよ。」
リンクは顔を下げていて良かったと思った。自分がどんな顔をしているか、分からなかった。
「………!なんでまたお前はそういう……!!」
ダークリンクの声が苦しそうなものになった。
「お願いします。みんなには黙っていてください。」
リンクはただ、お願いした。いつかのように、頼み込むしかなかった。しかし、ダークリンクは尚も悩んでいるようだ。
「顔、上げてくれ。」
ダークリンクの言葉が聞こえるが、リンクは顔を上げない。
「頼むから。」
ダークリンクの声がどこか弱々しい。だが、そんなことに構う余裕はなかった。
「お願いします。」
リンクはそれだけを繰り返した。ダークリンクから悔しそうな呻き声が漏れた。
「分かった、分かったから!言わなきゃいいんだろ!!だから顔を上げろ!!」
ダークリンクがついに折れた。そこでリンクはようやく顔を上げた。自身の顔に満面の笑みが広がっていることは、自覚していた。
「ダーク、ありがとう!」
リンクとは対照的に、ダークリンクは苦しそうな顔をしていた。悔しそうに顔を背ける。
「さてと。そろそろ戻った方がいいよ。ちょっと長居しすぎたんじゃない?あぁ……ここにはもう来なくていいからね。」
リンクが真面目に言うと、ダークリンクから再び怒気が溢れた。
「ああ゛?テメェ、さっきから勝手なことばかりぬかしてんじゃねぇぞ。」
“あぁ、これを勝手なことって言ってくれるんだね。”
リンクは嬉しく思ったが、それはダメなことだと自分に言い聞かせた。
「君達がオレのせいで弾かれるなんて、見たくないんだ。」
他者の目がどうとか倫理とか言っても、優しい彼らが自分を優先してくれるのは目に見えていた。だからリンクは、自分の気持ちを優先してくれと頼んだ。
「大丈夫よ、リンク。その辺はアンタより上手だから。」
だが、ナビィは悪びれもせずにとんでもないことを言う。
「いや、そもそも冒険しないで。」
頭が痛い気がしてきた。納得させるにはどうすればいいか、頭を回転させる。
「マスター。ファイ達を信じてください。大丈夫です。」
しかし、ファイにそう言われると、本当に大丈夫な気がして反論する気が失せてしまう。
「だけど……、」
それでも、なんとか口を開くが、
「おーおー、こいつらにあれだけ信じて貰っといて、自分は信じないのか。不誠実な勇者だなぁ?」
ダークリンクに遮られた。茶々を入れるような言い方は以前と同じで、また涙腺が緩みそうになる。
「……悪いけど、その挑発に乗るわけには」
リンクがやっとの思いで口を開いたのに、
「お前は、色々考えすぎだ。こっちのことは自分で何とかするから、心配すんな。」
と、ダークリンクに言い切られてしまった。もう、リンクは反論できなかった。
「……うん。」
リンクは小さく頷いた。
「さーて、そろそろ戻るか。またな、お人好し。」
ダークリンクが歩き出した。ナビィはリンクの回りを一周してから、名残惜しそうに鉄格子を擦り抜けて外へ行く。ファイは頭を下げてからダークリンクを追って入り口へ向かっていった。三人の背中を目で追いながら、小さく口を開く。
「変なことを教えちゃって、ごめんね。」
三人にその言葉が届いたかは分からなかった。扉の閉まる音が今まで以上に大きく聞こえ、リンクは身を震わせた。
“君達の言動がどれだけ嬉しかったか、分かっている……?”
リンクは口元を押さえて蹲った。頬を温かいものが伝う。
“もう、どれだけ泣くんだよ、オレ……。これ以上はダメだから。甘えすぎだから……。”
涙を流しながらも、リンクの口元は緩んでいた。リンクがこんなに穏やかな気分になれたのは、随分と久しぶりのことだった。
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