墜ちた先
代り映えのしない日々を送っていたある日、遠くで扉の開く音がした。食事の時間ではない。おかしいなと思いながらも、リンクは膝を抱えて蹲ったまま空気に身を任せていた。誰かが牢の前まで来たのが気配で分かる。リンクはそっと、やって来た人物を腕の隙間から盗み見た。
“……ナビィにファイ、それとダークか……。”
リンクにとっては懐かしい相手だった。そういえば、ファイとナビィはこの世界では初対面だなと、どこか遠くで思う。だがすぐに、彼等が懐古のために来たわけではないことを思い出し、体制を崩すことなく心の準備をした。
「リンク。」
ナビィの声が聞こえた。リンクは懐かしい声に目元が熱くなるのを感じ、目を固く瞑った。
“あぁ……不味いな。参ってる。”
「リンク。」
再びナビィの呼び掛けが聞こえたが、それに応じることなく、更に強く膝に顔を埋めた。
「リンク!」
ナビィの声がきつくなった。リンクは唇をギュッと噛み、覚悟を決めた。
「ちょっと!わざわざ来てあげたのに、顔も上げないワケ!?」
とうとうナビィが怒鳴った。それでもリンクは俯いたままでいた。
「いい加減に、」
「怒りに身を任せると、話が難航する可能性95%。一度落ち着くことを推奨します。」
ナビィが更に怒鳴ろうとするのを、至って冷静な声が遮った。ファイだ。それはそれでかつてを思い出させる様子で、胸が軋んだ。
「……!……ゴメン。」
ナビィは我に返ったらしく、大人しくなった。
“あぁ、ファイは一番厄介かも。”
思うように事を運ぶためには、怒りに我を忘れてもらった方が都合がいい。常に冷静に物事を分析するファイは、強敵と言えるだろう。リンクは気を引き締めた。
「ねぇリンク。話がしたいの。顔を上げて?」
リンクは無視を決め込んだ。ここはナビィを怒らせた方が得策だろうと思ってのことだった。沈黙がその場を支配する。
「マスターが顔を上げないのは、我々を恐れているからである可能性80%。」
間が空いたかと思えば、訳のわからない言葉が聞こえた。半ば図星なところもあり、リンクは誤魔化すために顔を上げ、ファイを睨み付けた。
「勝手なことを言わないで。」
すると、ファイは澄ました顔でこう言った。
「と、言えば、我々を見る可能性95%。」
リンクは更に鋭くファイを睨んだ。厄介で強敵だから気を付けなければと思った矢先に、まんまとファイに嵌められた。リンクは歯嚙みする。顔を上げたことでようやく三人の様子が見えた。ナビィとファイは牢のすぐ前にいて、リンクをじっと見ていた。一緒に入ってきたダークリンクは、少し離れたところで壁に背を預けている。その顔はかなり険しいが、同時にどうでもよさそうな空気を醸し出していた。
“ダークは完全にオレを見限ったのに。”
リンクはイライラと頭を掻くと腕を組み、ファイとナビィを見据えた。
「話とか面倒臭いんだけど。さっさと用件を言って。」
素っ気なく言い放ってやると、ナビィが反応した。
「リンクの話が聞きたい。」
リンクは溜め息をついた。大袈裟に、無気力感と苛立たしさを込めて、荒っぽく。
「オレの?今更何を話せって?」
「それは、」
「いや、聞いたオレが馬鹿だった。」
リンクは手を振りながら、ナビィを遮った。そして、面倒臭そうに見せながら二人を見る。
「どうせ君達が聞きたいのも、世界を襲った理由でしょ?ホント、どいつもこいつも同じことばっかり。壊したいから実行した。それ以上でもそれ以下でもない。で、次にくる質問は、何を意図していたかだよね。何か思うところがあったんだろうって。ないってば。なんで破壊衝動に隠された意図を見い出そうとするの?世界が破滅してくれれば、後はどうでもよかったんだ。そう言うと、決まってオレらしくないとか言い出すけど、オレをなんだと思っているの?やりたいことをやる人間に見えなかった?勝手な理想を押し付けないで。あぁ、先に言っておくと、見損なってくれて結構。大体、思い違いもいいところなんだよね。」
リンクは一気に捲し立てた。最後に、疲れたとばかりに大きく息を吐く。リンクは訪問者の様子を確認した。ファイとナビィは真剣な顔のままリンクを見ていた。ダークリンクはこちらを睨んでいる。だが、何かを言う様子はない。
「他に聞きたいことは?」
一応、と言わんばかりを装ってリンクは確認する。ファイとナビィはじっとリンクを見つめるばかりだった。リンクは、二人が自分に失望し、言葉を失ったのだと判断した。
「……目障りだ。帰って。」
リンクは視線を外し、元の体制に戻った。すると、深呼吸の音が聞こえた。息の量から判断するに、ナビィだろう。
「リンク。何が嫌だったの?」
ナビィの声が震えていた。
「……全て。」
素っ気なく、リンクは答える。
「何もかもが嫌になったから、世界を壊そうとしたの?」
ナビィの声が掠れた。リンクは再び顔を上げた。
「しつこいよ。そうだって言っているでしょ。」
やや強めにリンクは告げた。ナビィは深く息を吸い、叫んだ。
「いい加減にしなさいよ!この、最低野郎!!」
リンクは僅かに肩が上がるのを抑え切れなかった。だが、一方で安堵していた。
“……上手くいった。”
しばらくリンクはじっとナビィを見ていたが、ニヤリと笑って見せ、顔を伏せた。
“さぁ、早く出ていって。もうこの空気に耐えられない。……あぁ、上手く逃げられれば泣くことも許されただろうに。せめて、殺してくれたらこんな思いもしなくて済んだ……。”
そろそろ限界だった。目をギュッと瞑り、手を強く握って、発狂しそうになるのを堪える。三人が自分に失望して帰ってくれれば、それで終わりだ。その後はまた立て直せばやり過ごせる。まだだと念じながら、三人が出ていくのを待った。だが、三人に動く気配がない。体裁を保つのが厳しくなってきたので、リンクはだめ押しをする。
「うざいんだけど。まだ何か?……………あぁ。」
呻くような声が出たのは許してほしい。リンクは、まだ向こうの気が済んでいないことに気付いたのだった。自分が一方的に話し、言いたいことを言わせていないと。困難を共にした、とても親しい二人の責めを受け止める自信がなかったらしい。無意識に先手を打って、自己防衛していたようだ。
「言いたいことがあるのなら、どうぞ。」
仕方なく、リンクはまた顔を二人に向けた。二人は相変わらず無表情だった。
“ナビィはヒートアップしていなかったっけ。”
と不思議に思いながら、リンクは二人の言葉を待つ。
「ファイ、バトンタッチ。」
「分かりました。」
しばらく二人は無言でいたが、ナビィがポツリと呟いた。ファイは頷いてリンクを真っ直ぐ見据えた。
“地味に怖い。ファイの言葉は的確過ぎるからな……。”
リンクは、顔が強張らないように苦心したが、若干引き攣ってしまっている自覚はあった。来るべき非難の言葉に備える。
「現在、マスターが我々に怯えている可能性75%。」
ファイが発した言葉は、思っていたものと全く異なり、リンクはしばし固まった。
「……は?ファイ、何を言って、」
ようやく反応を返したものの、
「今の言葉が想定外であった可能性99%。また、当たっていた可能性85%。」
少々早めの口調で遮られてしまった。
“なんだろう、嫌な予感がする。”
背中を嫌な汗が伝うのが分かった。
“ファイは止めないといけない。もし、止めなかったら、どうなることか……。”
考えることはたくさんあるのに、何だか鈍くなっている頭を酷使し、リンクは口を開いた。
「ちょ、ファイ、」
「マスターが焦燥感に駆られている可能性90%。」
苦労して口を開いたのに、ファイはリンクに構うことなく、訳の分からない方向に話を進める。
「勝手なことを言わないで!」
思わずリンクは、勢い良く立ち上がった。
“これは不味い。絶対不味い!”
この流れからはおかしな方向に行く予感しかしない。今の段階で、何としても止めるべきだ。だが、リンクが激昂しても、ファイの様子は変わらなかった。
「訂正。マスターは100%焦っています。」
今のリンクの状態は、ファイの言うとおり、焦っている、この言葉に尽きた。見透かされたことに更に焦りを募らせる。
「いい加減にして!!」
リンクはファイににじり寄った。
「オレが!何で!焦らなければいけない!?」
“止めなきゃ。今すぐ、止めなきゃ。”
リンクは鉄格子から手を伸ばし、ファイを掴んだ。だが、やはりというかなんというか、ファイは涼しい顔のままだ。
「適当なことを言っていると、潰すよ?」
リンクは内心苛々していたが、それは隠し、板についていた悪役節で言った。さらに、嫌みな笑みを張り付け、小首を傾げて見せる。
「……マスターが実行する可能性10%。」
ファイは表情を全く変えず、淡々と述べた。
「だから、勘違いしないでよ!!」
とうとうリンクはファイを掴んだまま、鉄格子を蹴りつけた。癇癪気味に言葉を続ける。
「ねぇ、オレが何をしたか分かっている!?世界を壊そうとしたんだ!!今だって、隙さえあれば、」
「マスターが再犯する可能性2%。」
ファイはリンクを遮って言った。当然リンクは噛みつく。
「その根拠、一体どこから来るんだ!?」
「牢を壊せた可能性60%、鍵に手が届いた可能性70%、何らかの方法で鍵を入手できた可能性92%、外部の者に取り入れられた可能性96%、食事の出し入れ中に脱出できた可能性85%、以上を含め、何らかの脱出方法をマスターが思い浮かばない可能性0%。」
ファイはこれでもかというくらいに早口で羅列した。そして、リンクが反論する前に元の調子で続ける。
「したがって、マスターに外に出る意思はありません。」
リンクはばれない程度に歯軋りした。
「ここにいたって、やろうと思えば、」
「そのつもりはないようですね。」
ファイはリンクに最後まで言わせず、ばっさりと斬り捨てた。リンクは感情の高まりを我慢するため、目を瞑る。
「いい加減に」
「マスターが泣くことを我慢している可能性98%。」
「うるさい!!」
リンクは堪え切れず、乱暴にファイを離した。さっきから言いたいことを遮られて、苛々は募っていた。だが、それは、ファイの言うように焦りから生じているものと考えていい。ファイの言葉は的確で、自分の今の状態を明るみに出そうとしている。それが怖かった。いや、最も怖いのは、それによって甘えそうになっている自分だった。その上、泣きそうだと指摘され、平常心を保つことはできなかった。いつから泣いていないのか、もう忘れたが、今、自分にその権利はない。リンクはそうやって耐えてきたのだ。それが、今、崩されようとしている。
「出ていって!!君達の戯言に付き合うのはもううんざりだ!!馬鹿げたことを言うのはもう止めないから、他所でやって!!」
追い出すことが最優先だと考え、リンクは形振り構わず叫んだ。出ていけと言いながら、手を大きく振って身振りでもアピールする。すると、ファイはリンクに顔を近づけた。顔を引き攣らせて、リンクは後ずさった。
「マスターの心身が限界である可能性98%。このままではマスターの身がもちません。」
リンクは頭に血が上るのを感じた。
「例え君の言っていることが本当だとして!誰が気にするんだ!?諸悪の根源がいなくなって、万々歳だろう!!もう放っておいて!!」
身振り手振り交えながら、リンクは喚いた。すると、しばらく黙っていたナビィも近づいてきた。
「ナビィは気にするよ。リンクがいなくなるのは嫌だ。」
「お人好しだね!オレの仲間だと勘違いされても知らないから!!」
リンクは吠えた。吠えながら、リンクは二人から視線を外す。
「お人好しであるのはマスターです。このような状況でさえ、ファイ達を気遣うのですから。」
「気遣った覚えはない!!」
ダン、と力強く地面を踏みつけ、リンクは反論した。
「リンク。一人で一体何を抱えているの?ナビィは分かるよ。リンク、苦しんでる。」
「苦しんでなんか……っ!!」
いない、その言葉は続けられなかった。リンクは愕然とする。
“ダメだ……!崩れかけている……!!”
リンクはギュッと歯を食い縛った。
「今の言葉が嘘である可能性99%。そもそも、マスターの話した内容が真実である可能性5%。」
淡々としたファイの言葉が、身に染みた。
「………!!もうホント、いい加減にしてよ!!」
リンクはそれしか言えなくなっていた。
「じゃあ本当のことを教えてよ、リンク。ナビィこうなったら引かないの、知ってるでしょ?」
リンクは泣きそうになりながらナビィを見た。だが、すぐに顔を逸らした。そう、自分は今、泣きそうなのだ。どんなに情けない顔をしているか分からない。リンクは牢の奥に行き、踞った。体勢を立て直すには、こうするしかなかった。弱っていることはばれてしまっただろう。だからといって、自分を理解させるつもりなど、皆無だった。沈黙がその場を支配する。
「では、ファイの仮説を聞いていただけますか、マスター。」
やがて、ファイの凛とした声が響いた。有無を言わさぬその声に、リンクは項垂れた。
「……拒否権ないんでしょ。」
リンクは唸るように許可するしかなかった。
「では。マスターは我々女神軍と魔王軍の共生を推進していたようですね。」
ファイの言葉を聞きながら、リンクは踞ったまま無言を貫く。
「第一次決戦―マスターが初めて現れた戦闘を我々はこう呼びます―そこでマスターは、ゼルダ様とガノンドロフ様よりトライフォースを奪いました。そうすることにより、闘うだけの力を削ごうとした……違いますか?」
相変わらずリンクは黙っていた。
「だけど、闘いは収まらず、むしろ激化した。だから失望して、世界が嫌になったの?」
ナビィの声がした。リンクは深呼吸して、答える。
「…そうだよ。」
自分でも、その声は震えていたように聞こえた。息を飲む声が聞こえる。リンクは自分の意図通りに伝わったと信じ、自分を強く抱きしめた。
「……そっか。違うんだ。」
ナビィの言葉は予想に反し、リンクは身を固くしたまま、目を見開いた。
「……今のリンクに隠し事は無理だヨ。」
そう言うナビィに、リンクは何も言えなかった。
「ところで。女神側には多くの種族が存在します。異なる種族でありながら、大きな対立もなく、協力して暮らしてきました。それを可能にしたのは魔王の存在だと言う知識人が存在します。」
ハッとリンクはファイを見た。リンクは顔面蒼白だった。リンクは、ファイが言わんとすることを瞬時に理解してしまっていた。
「ガノンドロフは我々の」
隠し通さねばならない事実をファイは語り出す。
「ファイ!止めて!!」
リンクは叫んだ。
「共通の敵でした。」
だが、ファイは、意に介すこともなく続ける。
「お願い止めて!!それ以上」
リンクは堪らず、再びファイに近づいた。
「協力を余儀なくする共通の敵で、」
やはりファイは止まらない。
「それ以上言わないで!!」
とうとうリンクは駆けていた。狭い牢なのに、ファイが遠く感じる。
「我々の結束は確固たるものとなりました。」
「ファイ!!」
リンクはファイに手を伸ばした。しかし、ファイはふわりと後方に下がり、その手を逃れた。
「マスターはこれを狙ったのではありませんか。」
リンクは鉄格子に寄り掛かった。ガシャン、と何かが壊れるような音がする。リンクはそのまま崩れ落ちた。
「女神軍と魔王軍の共生を実現するために、世界を襲ったのではないですか?」
しん、と空気が静まり返った。
「……そんな、説、一体、どこから、持ってくるの……。」
悪足搔きの言葉を紡ぐ。しかし、もはや後の祭りであることはよく分かっていた。リンクは小さく息を吐き、額に手を当てた。
「止めてって……言わないでって……言ったじゃん、オレ……。」
認めるしか、なかった。
「……リンク。やっぱりリンクは、みんなのことを想ってたんだね。辛かったね。よく頑張ったね。」
「ふ、う、うわぁぁぁああ!!」
リンクはとうとう感情を爆発させた。声を押さえることは全くできなかった。ずっと張りつめていた緊張の糸が切れてしまった。
“本当は知って欲しかった。気付いて欲しかった。だけどそれは、絶対ダメだ、って……望んじゃダメだって……分かっていた………!分かっていた、のに……。”
自身の嗚咽がうるさい。
“泣き止まないと……!まだ今なら間に合うかも……!騙せ、今すぐ!誤魔化さないと……いけない、んだ!嬉しいなんて思うな、辛かったなんて許されない!あぁ、泣き止め……!”
色んな感情がごちゃ混ぜになり、訳がわからない。ただ、今の状態が不味いことだけは理解していたので、リンクは抑えようとした。だが、一度堰を切ってしまった感情は全く制御が効かない。
“どうしよう……気持ちが、落ち着かない……!”
抑えようとすればするほど、今まで押し潰してきた感情が込み上げてくる。
“苦しい、悲しい、寂しい………怖い、痛い、辛い………助けてとは言わない、でも許してほしい………あぁ、ごめんなさい、許してもらえるわけもなかった…………!!”
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“……ナビィにファイ、それとダークか……。”
リンクにとっては懐かしい相手だった。そういえば、ファイとナビィはこの世界では初対面だなと、どこか遠くで思う。だがすぐに、彼等が懐古のために来たわけではないことを思い出し、体制を崩すことなく心の準備をした。
「リンク。」
ナビィの声が聞こえた。リンクは懐かしい声に目元が熱くなるのを感じ、目を固く瞑った。
“あぁ……不味いな。参ってる。”
「リンク。」
再びナビィの呼び掛けが聞こえたが、それに応じることなく、更に強く膝に顔を埋めた。
「リンク!」
ナビィの声がきつくなった。リンクは唇をギュッと噛み、覚悟を決めた。
「ちょっと!わざわざ来てあげたのに、顔も上げないワケ!?」
とうとうナビィが怒鳴った。それでもリンクは俯いたままでいた。
「いい加減に、」
「怒りに身を任せると、話が難航する可能性95%。一度落ち着くことを推奨します。」
ナビィが更に怒鳴ろうとするのを、至って冷静な声が遮った。ファイだ。それはそれでかつてを思い出させる様子で、胸が軋んだ。
「……!……ゴメン。」
ナビィは我に返ったらしく、大人しくなった。
“あぁ、ファイは一番厄介かも。”
思うように事を運ぶためには、怒りに我を忘れてもらった方が都合がいい。常に冷静に物事を分析するファイは、強敵と言えるだろう。リンクは気を引き締めた。
「ねぇリンク。話がしたいの。顔を上げて?」
リンクは無視を決め込んだ。ここはナビィを怒らせた方が得策だろうと思ってのことだった。沈黙がその場を支配する。
「マスターが顔を上げないのは、我々を恐れているからである可能性80%。」
間が空いたかと思えば、訳のわからない言葉が聞こえた。半ば図星なところもあり、リンクは誤魔化すために顔を上げ、ファイを睨み付けた。
「勝手なことを言わないで。」
すると、ファイは澄ました顔でこう言った。
「と、言えば、我々を見る可能性95%。」
リンクは更に鋭くファイを睨んだ。厄介で強敵だから気を付けなければと思った矢先に、まんまとファイに嵌められた。リンクは歯嚙みする。顔を上げたことでようやく三人の様子が見えた。ナビィとファイは牢のすぐ前にいて、リンクをじっと見ていた。一緒に入ってきたダークリンクは、少し離れたところで壁に背を預けている。その顔はかなり険しいが、同時にどうでもよさそうな空気を醸し出していた。
“ダークは完全にオレを見限ったのに。”
リンクはイライラと頭を掻くと腕を組み、ファイとナビィを見据えた。
「話とか面倒臭いんだけど。さっさと用件を言って。」
素っ気なく言い放ってやると、ナビィが反応した。
「リンクの話が聞きたい。」
リンクは溜め息をついた。大袈裟に、無気力感と苛立たしさを込めて、荒っぽく。
「オレの?今更何を話せって?」
「それは、」
「いや、聞いたオレが馬鹿だった。」
リンクは手を振りながら、ナビィを遮った。そして、面倒臭そうに見せながら二人を見る。
「どうせ君達が聞きたいのも、世界を襲った理由でしょ?ホント、どいつもこいつも同じことばっかり。壊したいから実行した。それ以上でもそれ以下でもない。で、次にくる質問は、何を意図していたかだよね。何か思うところがあったんだろうって。ないってば。なんで破壊衝動に隠された意図を見い出そうとするの?世界が破滅してくれれば、後はどうでもよかったんだ。そう言うと、決まってオレらしくないとか言い出すけど、オレをなんだと思っているの?やりたいことをやる人間に見えなかった?勝手な理想を押し付けないで。あぁ、先に言っておくと、見損なってくれて結構。大体、思い違いもいいところなんだよね。」
リンクは一気に捲し立てた。最後に、疲れたとばかりに大きく息を吐く。リンクは訪問者の様子を確認した。ファイとナビィは真剣な顔のままリンクを見ていた。ダークリンクはこちらを睨んでいる。だが、何かを言う様子はない。
「他に聞きたいことは?」
一応、と言わんばかりを装ってリンクは確認する。ファイとナビィはじっとリンクを見つめるばかりだった。リンクは、二人が自分に失望し、言葉を失ったのだと判断した。
「……目障りだ。帰って。」
リンクは視線を外し、元の体制に戻った。すると、深呼吸の音が聞こえた。息の量から判断するに、ナビィだろう。
「リンク。何が嫌だったの?」
ナビィの声が震えていた。
「……全て。」
素っ気なく、リンクは答える。
「何もかもが嫌になったから、世界を壊そうとしたの?」
ナビィの声が掠れた。リンクは再び顔を上げた。
「しつこいよ。そうだって言っているでしょ。」
やや強めにリンクは告げた。ナビィは深く息を吸い、叫んだ。
「いい加減にしなさいよ!この、最低野郎!!」
リンクは僅かに肩が上がるのを抑え切れなかった。だが、一方で安堵していた。
“……上手くいった。”
しばらくリンクはじっとナビィを見ていたが、ニヤリと笑って見せ、顔を伏せた。
“さぁ、早く出ていって。もうこの空気に耐えられない。……あぁ、上手く逃げられれば泣くことも許されただろうに。せめて、殺してくれたらこんな思いもしなくて済んだ……。”
そろそろ限界だった。目をギュッと瞑り、手を強く握って、発狂しそうになるのを堪える。三人が自分に失望して帰ってくれれば、それで終わりだ。その後はまた立て直せばやり過ごせる。まだだと念じながら、三人が出ていくのを待った。だが、三人に動く気配がない。体裁を保つのが厳しくなってきたので、リンクはだめ押しをする。
「うざいんだけど。まだ何か?……………あぁ。」
呻くような声が出たのは許してほしい。リンクは、まだ向こうの気が済んでいないことに気付いたのだった。自分が一方的に話し、言いたいことを言わせていないと。困難を共にした、とても親しい二人の責めを受け止める自信がなかったらしい。無意識に先手を打って、自己防衛していたようだ。
「言いたいことがあるのなら、どうぞ。」
仕方なく、リンクはまた顔を二人に向けた。二人は相変わらず無表情だった。
“ナビィはヒートアップしていなかったっけ。”
と不思議に思いながら、リンクは二人の言葉を待つ。
「ファイ、バトンタッチ。」
「分かりました。」
しばらく二人は無言でいたが、ナビィがポツリと呟いた。ファイは頷いてリンクを真っ直ぐ見据えた。
“地味に怖い。ファイの言葉は的確過ぎるからな……。”
リンクは、顔が強張らないように苦心したが、若干引き攣ってしまっている自覚はあった。来るべき非難の言葉に備える。
「現在、マスターが我々に怯えている可能性75%。」
ファイが発した言葉は、思っていたものと全く異なり、リンクはしばし固まった。
「……は?ファイ、何を言って、」
ようやく反応を返したものの、
「今の言葉が想定外であった可能性99%。また、当たっていた可能性85%。」
少々早めの口調で遮られてしまった。
“なんだろう、嫌な予感がする。”
背中を嫌な汗が伝うのが分かった。
“ファイは止めないといけない。もし、止めなかったら、どうなることか……。”
考えることはたくさんあるのに、何だか鈍くなっている頭を酷使し、リンクは口を開いた。
「ちょ、ファイ、」
「マスターが焦燥感に駆られている可能性90%。」
苦労して口を開いたのに、ファイはリンクに構うことなく、訳の分からない方向に話を進める。
「勝手なことを言わないで!」
思わずリンクは、勢い良く立ち上がった。
“これは不味い。絶対不味い!”
この流れからはおかしな方向に行く予感しかしない。今の段階で、何としても止めるべきだ。だが、リンクが激昂しても、ファイの様子は変わらなかった。
「訂正。マスターは100%焦っています。」
今のリンクの状態は、ファイの言うとおり、焦っている、この言葉に尽きた。見透かされたことに更に焦りを募らせる。
「いい加減にして!!」
リンクはファイににじり寄った。
「オレが!何で!焦らなければいけない!?」
“止めなきゃ。今すぐ、止めなきゃ。”
リンクは鉄格子から手を伸ばし、ファイを掴んだ。だが、やはりというかなんというか、ファイは涼しい顔のままだ。
「適当なことを言っていると、潰すよ?」
リンクは内心苛々していたが、それは隠し、板についていた悪役節で言った。さらに、嫌みな笑みを張り付け、小首を傾げて見せる。
「……マスターが実行する可能性10%。」
ファイは表情を全く変えず、淡々と述べた。
「だから、勘違いしないでよ!!」
とうとうリンクはファイを掴んだまま、鉄格子を蹴りつけた。癇癪気味に言葉を続ける。
「ねぇ、オレが何をしたか分かっている!?世界を壊そうとしたんだ!!今だって、隙さえあれば、」
「マスターが再犯する可能性2%。」
ファイはリンクを遮って言った。当然リンクは噛みつく。
「その根拠、一体どこから来るんだ!?」
「牢を壊せた可能性60%、鍵に手が届いた可能性70%、何らかの方法で鍵を入手できた可能性92%、外部の者に取り入れられた可能性96%、食事の出し入れ中に脱出できた可能性85%、以上を含め、何らかの脱出方法をマスターが思い浮かばない可能性0%。」
ファイはこれでもかというくらいに早口で羅列した。そして、リンクが反論する前に元の調子で続ける。
「したがって、マスターに外に出る意思はありません。」
リンクはばれない程度に歯軋りした。
「ここにいたって、やろうと思えば、」
「そのつもりはないようですね。」
ファイはリンクに最後まで言わせず、ばっさりと斬り捨てた。リンクは感情の高まりを我慢するため、目を瞑る。
「いい加減に」
「マスターが泣くことを我慢している可能性98%。」
「うるさい!!」
リンクは堪え切れず、乱暴にファイを離した。さっきから言いたいことを遮られて、苛々は募っていた。だが、それは、ファイの言うように焦りから生じているものと考えていい。ファイの言葉は的確で、自分の今の状態を明るみに出そうとしている。それが怖かった。いや、最も怖いのは、それによって甘えそうになっている自分だった。その上、泣きそうだと指摘され、平常心を保つことはできなかった。いつから泣いていないのか、もう忘れたが、今、自分にその権利はない。リンクはそうやって耐えてきたのだ。それが、今、崩されようとしている。
「出ていって!!君達の戯言に付き合うのはもううんざりだ!!馬鹿げたことを言うのはもう止めないから、他所でやって!!」
追い出すことが最優先だと考え、リンクは形振り構わず叫んだ。出ていけと言いながら、手を大きく振って身振りでもアピールする。すると、ファイはリンクに顔を近づけた。顔を引き攣らせて、リンクは後ずさった。
「マスターの心身が限界である可能性98%。このままではマスターの身がもちません。」
リンクは頭に血が上るのを感じた。
「例え君の言っていることが本当だとして!誰が気にするんだ!?諸悪の根源がいなくなって、万々歳だろう!!もう放っておいて!!」
身振り手振り交えながら、リンクは喚いた。すると、しばらく黙っていたナビィも近づいてきた。
「ナビィは気にするよ。リンクがいなくなるのは嫌だ。」
「お人好しだね!オレの仲間だと勘違いされても知らないから!!」
リンクは吠えた。吠えながら、リンクは二人から視線を外す。
「お人好しであるのはマスターです。このような状況でさえ、ファイ達を気遣うのですから。」
「気遣った覚えはない!!」
ダン、と力強く地面を踏みつけ、リンクは反論した。
「リンク。一人で一体何を抱えているの?ナビィは分かるよ。リンク、苦しんでる。」
「苦しんでなんか……っ!!」
いない、その言葉は続けられなかった。リンクは愕然とする。
“ダメだ……!崩れかけている……!!”
リンクはギュッと歯を食い縛った。
「今の言葉が嘘である可能性99%。そもそも、マスターの話した内容が真実である可能性5%。」
淡々としたファイの言葉が、身に染みた。
「………!!もうホント、いい加減にしてよ!!」
リンクはそれしか言えなくなっていた。
「じゃあ本当のことを教えてよ、リンク。ナビィこうなったら引かないの、知ってるでしょ?」
リンクは泣きそうになりながらナビィを見た。だが、すぐに顔を逸らした。そう、自分は今、泣きそうなのだ。どんなに情けない顔をしているか分からない。リンクは牢の奥に行き、踞った。体勢を立て直すには、こうするしかなかった。弱っていることはばれてしまっただろう。だからといって、自分を理解させるつもりなど、皆無だった。沈黙がその場を支配する。
「では、ファイの仮説を聞いていただけますか、マスター。」
やがて、ファイの凛とした声が響いた。有無を言わさぬその声に、リンクは項垂れた。
「……拒否権ないんでしょ。」
リンクは唸るように許可するしかなかった。
「では。マスターは我々女神軍と魔王軍の共生を推進していたようですね。」
ファイの言葉を聞きながら、リンクは踞ったまま無言を貫く。
「第一次決戦―マスターが初めて現れた戦闘を我々はこう呼びます―そこでマスターは、ゼルダ様とガノンドロフ様よりトライフォースを奪いました。そうすることにより、闘うだけの力を削ごうとした……違いますか?」
相変わらずリンクは黙っていた。
「だけど、闘いは収まらず、むしろ激化した。だから失望して、世界が嫌になったの?」
ナビィの声がした。リンクは深呼吸して、答える。
「…そうだよ。」
自分でも、その声は震えていたように聞こえた。息を飲む声が聞こえる。リンクは自分の意図通りに伝わったと信じ、自分を強く抱きしめた。
「……そっか。違うんだ。」
ナビィの言葉は予想に反し、リンクは身を固くしたまま、目を見開いた。
「……今のリンクに隠し事は無理だヨ。」
そう言うナビィに、リンクは何も言えなかった。
「ところで。女神側には多くの種族が存在します。異なる種族でありながら、大きな対立もなく、協力して暮らしてきました。それを可能にしたのは魔王の存在だと言う知識人が存在します。」
ハッとリンクはファイを見た。リンクは顔面蒼白だった。リンクは、ファイが言わんとすることを瞬時に理解してしまっていた。
「ガノンドロフは我々の」
隠し通さねばならない事実をファイは語り出す。
「ファイ!止めて!!」
リンクは叫んだ。
「共通の敵でした。」
だが、ファイは、意に介すこともなく続ける。
「お願い止めて!!それ以上」
リンクは堪らず、再びファイに近づいた。
「協力を余儀なくする共通の敵で、」
やはりファイは止まらない。
「それ以上言わないで!!」
とうとうリンクは駆けていた。狭い牢なのに、ファイが遠く感じる。
「我々の結束は確固たるものとなりました。」
「ファイ!!」
リンクはファイに手を伸ばした。しかし、ファイはふわりと後方に下がり、その手を逃れた。
「マスターはこれを狙ったのではありませんか。」
リンクは鉄格子に寄り掛かった。ガシャン、と何かが壊れるような音がする。リンクはそのまま崩れ落ちた。
「女神軍と魔王軍の共生を実現するために、世界を襲ったのではないですか?」
しん、と空気が静まり返った。
「……そんな、説、一体、どこから、持ってくるの……。」
悪足搔きの言葉を紡ぐ。しかし、もはや後の祭りであることはよく分かっていた。リンクは小さく息を吐き、額に手を当てた。
「止めてって……言わないでって……言ったじゃん、オレ……。」
認めるしか、なかった。
「……リンク。やっぱりリンクは、みんなのことを想ってたんだね。辛かったね。よく頑張ったね。」
「ふ、う、うわぁぁぁああ!!」
リンクはとうとう感情を爆発させた。声を押さえることは全くできなかった。ずっと張りつめていた緊張の糸が切れてしまった。
“本当は知って欲しかった。気付いて欲しかった。だけどそれは、絶対ダメだ、って……望んじゃダメだって……分かっていた………!分かっていた、のに……。”
自身の嗚咽がうるさい。
“泣き止まないと……!まだ今なら間に合うかも……!騙せ、今すぐ!誤魔化さないと……いけない、んだ!嬉しいなんて思うな、辛かったなんて許されない!あぁ、泣き止め……!”
色んな感情がごちゃ混ぜになり、訳がわからない。ただ、今の状態が不味いことだけは理解していたので、リンクは抑えようとした。だが、一度堰を切ってしまった感情は全く制御が効かない。
“どうしよう……気持ちが、落ち着かない……!”
抑えようとすればするほど、今まで押し潰してきた感情が込み上げてくる。
“苦しい、悲しい、寂しい………怖い、痛い、辛い………助けてとは言わない、でも許してほしい………あぁ、ごめんなさい、許してもらえるわけもなかった…………!!”
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