与えられし試練

課せられた試練は大きく精神力を削るものだったが、その成果として、リンクは敵らしく振る舞えるようになっていた。練習の合間にも謎の声による報告はなされており、世界の様子は把握していた。対立で疲弊しているところに行われた更なる襲撃。混乱しないわけがなかった。だが、一向に協力する兆しがない。1つ効果があったとすれば、リンクの協力者に構う余裕が、両軍共になくなったことだ。しかし、彼らは捕らえられたままで、不自由を強いられていた。守護者襲撃による被害は、トライフォース奪取と同様に、両軍とも相手側に漏らさなかった。なぜなら、どちらも相手側の仕業だと思っていたからだ。ゼルダ、ガノンドロフとその側近は、第三勢力の可能性を頭の片隅においている気配はあった。だが、相手方の情報がなかったからか、共通の敵という視点は皆無のようだった。リンクは痺れを切らし、大量の守護者達をゼルダとガノンドロフのもとへ向かわせ、同時に襲わせた。ところが、襲撃されたゼルダとガノンドロフは、襲撃の執拗さから、とうとう相手側からの攻撃以外の何物でもないと判断してしまった。ゆえに、次こそ決着をつけようと、再び戦争を勃発させた。上手くいかないなと悔しく思いながら、リンクは守護者達を撤退させる。両軍が進撃し、前回と同じ場所で衝突。再度激戦が行われた。リンクの協力者は両軍とも未だ獄中にいた。そのため、各軍内での混乱は起こらなかった。だから自ずと、前回より激しい闘いが繰り広げられることとなった。ゼルダとガノンドロフは既に対面しており、激しく戦っている。そこへリンクは姿を現した。





二軍の闘いがよく見える高台から、リンクは堂々と見物する。しばらく眺めていると、眉を顰めながらガノンドロフがこちらを見た。リンクを見つけて盛大に顔を歪ませる。ガノンドロフの様子を見て、ゼルダはガノンドロフの視線を追った。ゼルダもリンクを見つけて目を見開く。近くで闘う幹部達も、指揮官の様子がおかしいことに気づき、戦う手を止めた。そして、ゼルダやガノンドロフの視線を追い、同様にリンクを見上げた。幹部達は怒りで我を忘れそうな様子だった。懸命に自分を抑えているのが見てとれる。ゼルダは苦しそうな顔をしたまま、動けないでいるようだった。一方、ガノンドロフは、ゼルダを見てニヤリと笑い、口を開いた。

「高みの見物か、小僧。」

「うん。」

馬鹿にしたようなガノンドロフの問いに、リンクはすかさず肯定した。その答えはガノンドロフの意に沿わなかったようだ。ガノンドロフは嘲りの表情を消し、また眉を顰めている。それを見て、リンクはクスクスと笑った。

「だって、君達同士で戦ってくれたら、オレは楽に君達を倒せるし。漁夫の利ってやつ?」

ゼルダはこれでもかというほど目を見開いた。ガノンドロフも益々眉間に皺を寄せていた。

「何を言っている?」

「何って……あ、何か勘違いしてる?オレ、別にどちらかに加勢しに来たわけじゃ……ん?」

リンクは、主導権を握っていることをいいことに、考え込むフリをする。

「……そうか。片方に加勢して相手を倒した後、加勢した方も潰した方が楽だったかな。……いや。」

リンクは首を振ると、にっこり笑って見せた。

「やっぱり高みの見物をしておいて、弱ったところを叩いた方が効率的だよね。だからさ、オレのことは気にせず続けて?」

「「ふざけるなっ!」」

わざと楽しそうに聞こえるように言うと、インパとギラヒムがはもった。そして、同時にリンクに襲いかかった。

“タイミングはバッチリなんだけどなぁ……。頑張ったら協力出来るんじゃない?”

リンクはその様子を見ながらニコニコと笑っていた。この場にいた誰もが、リンクの死を予感しただろう。だが、当然、リンクに策はあった。インパやギラヒムの攻撃がリンクに当たろうかという時、突然、インパとギラヒムが弾き飛ばされた。守護者達がゆらりと姿を現す。

「あれは……!」

「最近現れる女神の回し者!」

ゼルダの叫びとザントの怒号が重なった。

「うちにあんな不気味なやつはいない!」

間髪入れずに、ミドナはザントに噛みついた。それを聞いて、ガノンドロフは少し動きを止めた。ゼルダを横目で見る。

「……よもや、そちらもあれに邪魔されているのか?」

ゼルダもガノンドロフをチラリと見た。じっと守護者の方を見ながら口を開く。

「……どうやら、あれに困っているのは、我々だけではないようですね。」

ゼルダとガノンドロフは、ようやく共通の認識に至ったようだ。2人は示し合わせたようにリンクに目を向けた。それを確認して、リンクはまた、にっこり笑ってみせた。実際、作り笑いではなかった。ゼルダとガノンドロフが協力しそうな展開に、小躍りしそうな程喜んでいた。

「……チッ。一時停戦だ。こう何度も邪魔をされても敵わん。先にあいつを仕留める。」

苛々したようにガノンドロフが吐き捨てた。ゼルダは何も答えず、じっとリンクを見つめ続けていた。ガノンドロフは呆れたように首を振ると、再びリンクに目を向けた。次の瞬間、ガノンドロフは凄まじい勢いでリンクに向かって来ていた。それを確認し、リンクは適当に手を振る。守護者達がガノンドロフに向かっていった。ガノンドロフと守護者達はぶつかるが、ガノンドロフは守護者達をものともせずに退け、リンクに迫った。仕方ないなと思いながら、リンクは利き手を横に真っ直ぐ伸ばした。トライフォースがリンクに呼応し、剣を出現させる。リンクはそれをしっかりと握り、迫りくるガノンドロフを迎え撃った。一方、ギラヒムとザントはしばし呆然としていたが、ガノンドロフが闘い始めたことで我に返り、参戦してきた。しかし、完全なトライフォースを手にするリンクの敵ではなかった。リンクは、魔王軍をあしらいつつ、後一押しと女神軍にも守護者を差し向けた。そこでやっと、ゼルダはリンクと戦う決心がついたらしい。ゼルダは魔法で魔王軍を援護し始めた。流石のガノンドロフや側近2人も文句を言わなかった。インパやミドナもゼルダに倣い、魔王軍の手助けをする。トライフォースがあるとはいえ、6対1では劣勢のリンク。だが、負けるのは今ではないとリンクは思った。大技をイメージしながら大きく剣を振る。すると、イメージ通りに大技が放たれた。6人は怯む。その隙にリンクは距離を取り、彼等が近づけないよう、バリアの壁を作った。

「……あのまま対立していたらよかったのに。そうしたら、ことは簡単に進むんだけどな。」

リンクはさも残念だと言わんばかりに言葉を落とした。幹部達は怖い顔でリンクを睨んでいる。いつの間にか、他の戦闘も止み、リンク達に注目が集まっていた。そのことに気づいていたリンクは、発破をかける。

「あぁ、この際だから言っておくね。この世界、壊させてもらうよ。トライフォースは完全な形でオレのところにあるし。どれくらいもつかなぁ、この世界。」

リンクはクスクスと笑う。ゼルダやガノンドロフは怒りを顔に滲ませた。トライフォースが全てリンクの手の中だとようやく認識したらしく、人々は驚愕の表情を浮かべていた。

「あ、オレの下につこうとか考えないでね。オレ以外、いらないから。だから、来たら問答無用で消すよ?」

リンクは相変わらず笑ってぐるりと見回した。肩を竦める。

「精々頑張ってよ、最後の悪足掻き。ま、無理だろうけど。」

リンクはその場から姿を消した。





リンクは拠点にしている塔の最上階にワープしたのだった。ワープした直後、リンクは蹲った。歯を食い縛って、感情の波に耐える。

「ホント、頑張ってよね。オレなんかに負けないでさ。」

リンクは体が小刻みに震えていることに気付き、ギュッと手に力を込めた。

「思ったより、キツイな……みんなと戦うの……。……ガノンドロフ達は慣れてるけど。」

そこまで言葉にして、リンクはハハッと乾いた笑みを漏らす。そして、首を振った。

「あぁ、ダメだ。オレは中立だって……。それにしても……こんなので、最終決戦までもつかな……。いや、もたせるんだ。」

リンクは表情を引き締めた。

「これが対立のないハイラルを作るために必要なんだ。だから、最後まで演じきるよ。できなかったら、ばれる。オレの意図がばれるなんてもってのほか。これが仕組まれたものだと気付かれたら……あぁ、考えるのはよそう。どう転んだって、いいことはないんだから。」

リンクはまた首を振って、深呼吸をした。

「報告。」

リンクが気を落ち着かせていると、やはり無機質な声が響いた。

「両軍は協力を決定しました。一時撤退し、発表する模様です。尚、かなりの反発が予想され、女神や魔王はそれをどう抑えるのか、見物であります。」

「見物って、そんな他人事みたいに……。……あ、静かになった。」

リンクはため息をついた。

「一応協力することにはなったんだ……。とりあえず、第一関門突破、かな。でも………。やっぱり反発は避けられないよね……。一筋縄ではいかないと思うけど、頑張ってね、二人とも。………いや。」

リンクは窓に歩み寄り、世界を見下ろした。

「……手伝ってあげられるかも。彼等を傷つけるのは、今更だし。」

リンクは外を眺めながら、しばらく考えを巡らせていた。

「魔王軍、配下を集め、説明を開始。」

唐突に、報告が上がった。窓から目を外す。

「魔王軍……。流石はガノンドロフ。行動が速いな。独裁者だから?」

「状況を表示します。」

スクリーンが現れ、映像が流れ始めた。リンクは食い入るようにそれを見つめた。以前ガノンドロフが魔物達を鼓舞した広場で説明が行われている。ギラヒムやザントは、ガノンドロフの後ろに控えて話を聞いているが、大変不服そうだ。他の魔物達は後ろ姿しか見えないが、静かに話を聞いている。

「……独裁者馬鹿に出来ないな。反発がほとんどない。」

リンクが感心した時だった。

「この協定は小僧……リンクを消すまで。その後は問答無用で女神を潰す。適当に合わせておけ。」

ガノンドロフが宣言した。ギラヒムなんかはそれを聞いてニヤリと笑っている。リンクはしばし動きを止めた。ため息を吐いて首を振る。

「やっぱり攻撃しておこう。そんな中途半端な協力じゃ、やられてあげないからね。」

リンクは映っているガノンドロフに手を伸ばした。

「行け、守護者達。あいつらに思い知らせてやって。」

すると、魔王軍のところに大量の守護者達が出現した。ガノンドロフや側近は驚きの表情を見せ、魔物達は右往左往する。

「……この際、多少の怪我は目を瞑ろう。ちょっと痛い目見ないと気付かないよね、君達。でも、殺さないでよ……。」

リンクは最後、弱々しい声をしていた。不安になりながら様子を眺める。

「女神軍も民を召集しました。これから説明開始のため、女神軍側も表示します。」

リンクは女神軍側に目を向けた。こちらも、以前兵を募集していたときと同じ場所だった。ゼルダは固い顔で、経緯とこれからのことを説明している。ゼルダの説明が進むにつれ、野次が飛び、反発の声が増えていく。インパは悔しそうな顔でそれを見守り、ミドナは心配そうにゼルダを見ていた。その様子を見て、リンクも心苦しくなる。

「こっちはこうなるよね……。ごめんね、こんな辛い役目をさせて。手伝うよ、ゼルダ。……理由は違うのに、方法が全く一緒なのが悲しいところだけど。」

リンクはパチンと指を鳴らした。女神軍側にも守護者達が出現した。説明の場は騒然となり、パニックに陥る。

「怖がらせてごめんね。だけど……こうすれば協力の必要性は分かるでしょ?」

リンクは胸が痛むのを無視して、その様子を見つめていた。両軍のほぼ全員が気絶するまで、攻撃は続けられた。戦える存在がほとんどいなくなったのを確認して、リンクは守護者達を撤退させた。スクリーンから目を外す。そして、暗い顔で壁に寄り掛かった。

“やっぱり安易だっただろうか。恐怖で協力を引き出そうと考えるなんて。”

ギュッと唇を噛む。

“ただ無意味に彼らを傷付けただけだったら、どうしよう。そもそも、傷付けるなんて方法、間違っているんじゃ……。”

そこまで考えて、リンクは激しく首を振った。

“ダメ。ダメだから。それだけは考えちゃダメだ。オレは攻撃してしまった。歯車は動き出した。もう後には戻れない。”

ぼんやりと外に目を向けた。外は真っ暗だ。星1つ見えない。再びスクリーンを確認すると、目を覚ました者が他の者の介護をしていた。

“……焦っちゃダメだ。”

リンクは自分に言い聞かせた。

“ここはゼルダやガノンドロフを信じるしかない。”




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