与えられし試練
リンクがワープしたのは目覚めた地だった。これは好都合と装備を整え、外に出た。そして、人目を避けながら情報を収集した。ある程度情報が集まったところで、リンクは目覚めた地に戻ってきた。
“参ったな……まさかこんな結果になるなんて。”
リンクは集めた情報を整理しながらため息をついた。どうなることかと思われた戦闘も、両者の指揮官が気絶したことにより一度停戦したらしい。だから、リンクの目的は達成できたと結論づけていい。しかし、リンクがなし得たことはそれだけだった。まず、対立は解消しなかった。一朝一夕で改善できる問題ではないことは分かっている。だから、完全な対立解消を期待していたわけではなかった。とはいえ、解消しないどころか、対立が深まったと考えるべき現実には歯ぎしりするしかない。そもそも、ゼルダやガノンドロフの気絶がリンクに起因することは表に出ていなかった。つまり、トライフォースが奪われたことも世間に知られていない。また、内部分裂を起こしたリンクの協力者は、反逆者として拘束されてしまったらしかった。女神軍だけではなく、魔王側にも存在したらしい。ダークリンクやキングブルブリンが動いてくれたのだと推測する。タックルで助けてくれたモリブリンは、彼らが説得してくれていたのだろう。だが、自軍内で分裂が起こっていたという情報は、敵に漏れないよう、お互いにしっかりと守っていた。どちらの軍も、協力してくれた人達に何をするか分からない。リンクは気が気でなかった。焦る気持ちを押さえ、必死に思考を巡らせる。すぐに解決出来ない問題ではあるが、急がねばならない。少なくとも、協力者は助け出さなければいけなかった。
色々なことを考えるうちに、リンクは戦闘前にダークリンクと話したことを思い出した。強大な共通の敵がいればいいのかという話だ。
“新手の敵じゃないと共通の敵になり得ないよね……。でも、そんな強いやつ、そうそういない……。ダークが言うみたいに倒さないで、そいつを手助けしてもいいけど。”
そこまで考えて、リンクは動きを止めた。
“……手助け……?”
リンクは頭の中で繰り返す。そして、一つの案が生まれた。
“そうか。全くの第三者を探す必要はないんだ。”
すっと、冷えていく感覚がする。リンクは無表情になっていた。
“オレが、第三勢力になればいい。”
嫌な予感、否定したい気持ち、などなど全てを抑え込み、リンクは冷静さを失わないように思考を進めた。自分が強大な第三者となり、両軍を襲えば、協力するかもしれない。片軍で解決できなければ相手を頼るしかないはずだ。手を組まなければ自軍は滅亡する、そんな状況に追い込めば、賢いゼルダやガノンドロフはきっと、一時的にでも協力体勢をとるだろう。問題は自身がそんな強大な勢力となれるかだ。自分はただの敵でありたい。自分のもとに協力者がついて、三巴になるのは避けたい。だから、自身への協力者は不要だ。そうすると、自分一人で二軍を相手しなければならない。だが、簡単に負けるような弱い勢力では、当然協力も生じない。
“だけど、どうやって?オレはいつも、ゼルダと協力してガノンドロフを倒していた。それだけあいつは強かった。そこにゼルダ達も加わるのに……。”
リンクは頭を捻る。
“大体、なんでガノンドロフはいつもあんなに強いんだ?トライフォースの性質?……あ。”
リンクは左手の甲を見た。勇気しかなかったときは薄く印が見えるくらいだったのに、今はくっきりと三角印が浮かび上がっている。
“そうだ。ここには完全な形のトライフォースがある。”
リンクはじっとトライフォースを見つめた。力のトライフォースのみでハイラルを闇に出来たのだ。完全なトライフォースなら、両軍を凌ぐ第三勢力となれるかもしれない。
“……試す価値は、ある。”
リンクはごくりと唾を飲み込んだ。
“トライフォースの力で両軍を襲う。徹底的に、対立なんてしている余裕がなくなるくらいに。そこで協力体制がとれるようになれば、しめたもの。両軍の共生までいけるかは五分五分だけど……それまで、敵として君臨し続けられれば、もしかしたら……。”
リンクは期待に胸を膨らませた。
“オレは、最後、打ち破られればいい。その後は、上手くやってくれるに違いない。……いや、逃げて様子を見ようかな。対立し始めたらまた襲ってやろう。”
なんて酷いことを考えているんだろう、とリンクは自嘲した。その時突然、冷たいものを突きつけられるような感じがした。
“酷いこと、なんてものじゃない。襲うってことは、彼等を傷つけるということだ。協力体制を築けるまでは恐怖で逃げ惑うことになる。そんなこと、していいわけがない。許されない。”
リンクは狼狽えた。不意に、怯えきったダークリンクの顔が浮かんだ。ガノンドロフの面前で、自分は無実だと震えていたダークリンクの表情が。
“……あぁ、なんてことだ。捕まった協力者が無事なわけがない。そんなことも思いつかないなんて。”
リンクはそわそわと落ち着きなく動いた。
“彼らを助け出すにも、オレは今すぐ行動に移すべきだ。”
本当にこれでいいのか。他に方法はないのか。不安は拭えない。だが、躊躇している余裕はない。今にも協力者は拷問を受けているかもしれない。協力者の存在に想いを馳せると、リンクは意を決した。しっかりとその場に立ち、リンクはトライフォースの宿る手を天に掲げた。
「女神軍も魔王軍も共に生きられる世界となりますように。その為に、オレは………。」
一度、リンクは目を閉じた。
“オレは、どうするんだ?世界を襲う?いや、それは違う気がする。襲うのはあくまでも手段で、そうすると……。”
パッとある言葉が閃いた。リンクは目を開け、上を見上げた。そして、静かに宣言する。
「世界に試練を与える。」
突然、地響きがした。リンクはバランスを崩さないように踏ん張る。すると、浮遊感がした。自身が浮いているというよりは、足場が上がっているように感じる。辺りが眩しくなり、リンクは顔を覆った。地響きが治まり、リンクは顔を上げる。辺りの様子が、先程までと打って変わっていた。洞窟の中にいたはずなのに、どこか人工的な建物の中にいるようだ。辺りをうかがっていると、リンクを囲うようにして何かが現れた。思わずリンクは、武器を構えた。それは、サイレンの世界にいた複数の守護者だった。
「……汝の願い、聞き入れた……。」
どこからともなく威厳に満ちた声が聞こえた。キョロキョロと声の出所を探すが、見当たらない。守護者達がリンクに向かって礼をした。訳も分からず、条件反射でリンクも頭を下げる。リンクが頭を上げると、守護者達は姿を消した。どこへ行ったのかと思ったが、現状把握が先だとリンクは部屋内の探索を始めた。この部屋は広々としているだけで、特に目ぼしいものはない。ここにあったはずの装備品は全てなくなっており、この先の戦闘を不安に思った。手元に残ったのは、情報収集のために使った手軽な剣と盾、弓矢、数枚のお面、そして、何の気なしに手に取ったシーカーストーンのみだった。
「……この装備じゃ心許ないな。」
リンクがポツリと呟いた次の瞬間、目の前に剣が現れた。目をパチクリさせながら剣をとる。少し振ってみて、使い勝手の良さに驚いた。マスターソードほどではないが、最終的に勝つつもりはないので、そこまでの性能は求めていない。今のリンクには十分すぎる代物だった。
“願いを叶えるためなら、フォローはしてもらえるってことか。”
剣の観察に満足すると、リンクは窓の方に歩み寄った。外を覗いてリンクは驚いた。自身は非常に高い位置にいた。見下ろすと、建物が地面から伸びている。その根本は、リンクが目覚めた地にあるようだった。
「これ、塔だったんだ……。でも、こんな巨大なものが突然現れたら、みんな大騒ぎだろうな。」
リンクは何の気なしに呟いた。
「現在この塔には透明加工が施されています。他者には見えていません。」
唐突に、どこまでも無機質な声が聞こえた。リンクはビクリと肩を震わせて振り返った。だが、部屋の中には誰もいない。隠れる場所も見当たらないのに、今の声は一体どこからしたのか。リンクは首を傾げながら、窓から離れた。
「報告。」
再び声が聞こえて、再びリンクはビクリとする。リンクは部屋の中を注意深く観察した。やはり何の気配もない。
「守護者達が各地へ到達。襲撃します。」
「え?ちょっと!」
リンクは一瞬ポカンとしたが、意味を理解すると慌てた。だが、襲撃すると言われても訳が分からない。咄嗟に窓に駆け寄り、般若のような顔で外を確認した。だが、この場所から様子が分かるわけもない。
「襲撃って……!一体、どうなっているの!?」
リンクはやるせなさを感じながら叫んだ。
「様子をご覧になりますか?」
「見られるの?」
再び聞こえた声にリンクは食らいついた。この際、その声の正体などどうでもいい。リンクは焦っていた。リンクの質問に対する返答はなかったが、リンクの周りにスクリーンのようなものが現れた。リンクが目を向けると、そこには、守護者達の襲撃によって女神軍や魔王軍が逃げ惑っている様子が映し出されていた。リンクは身の毛がよだつのを感じた。
「こんな……!なんで!!止めなきゃ!!」
リンクは出口に向かって駆け出した。
「世界に試練を与えるのではなかったのですか。」
先程の無機質な声が響いた。リンクは足を止め、振り返った。相変わらず、何の姿もない。
「そうだけど。でもこれはやりすぎだ!」
見えない相手にリンクは叫んだ。宙をキツく睨み付ける。
「ここで助けに入れば、ダークリンクの言うとおりになります。」
声質は全く代わり映えしなかったが、その言葉にリンクはうっと言葉に詰まった。ダークリンクの言うとおり、つまり、共通の敵は自分が倒してしまい、共生に繋がらないということ。正論以外の何物でもなかった。リンクは、落ち着きなくその場に留まる。
「確認しましょう。あなたは女神軍と魔王軍に試練を与えた。その成果は両軍の協力関係。それが達成出来なければ、あなたはそれ相応の罰を彼らに与えなければなりません。」
リンクは歯を食い縛った。
「彼等への優しさは不要です。あなたは心を鬼にして彼等の前に立ちはだからねばなりません。あなたにその覚悟がありますか?」
リンクは気がどうにかなりそうだった。だが、ここで怯んでいては何も変わらない。リンクは吐き捨てるように言った。
「……あるに決まっているでしょ。」
そして、リンクは強い光を瞳に湛え、力強く言った。
「オレの願いは変わらない。だけど、こんな風に傷つけることは望んでいない。」
「敵になるのではなかったのですか。」
淡々とした指摘に、リンクは言葉を失った。
「傷つけずして、敵として君臨することは不可能です。それはあなたも想定していたはず。」
「それは………そう、だね……。」
リンクは項垂れた。謎の声の言うとおり、襲うことを選んだのは自分で、傷つけたくないと言うのは矛盾した話である。
“オレは、強く覚悟しないといけない。敵になるとは、そういうことなんだ。”
リンクは一度深呼吸をした。気を落ち着かせると、口を開く。
「だけどお願い。加減はして。殺したりしないで。」
その声がかなり弱々しかったことは、否定しない。
「それがあなたの願いなら、我々は聞き入れるしかありません。」
リンクは歯を食い縛って俯いていた。
「耐えなさい。」
先程と同じ無機質な声なのに、厳しく聞こえた。リンクは弱々しく頷いた。
「あなたの願いにおける最大の懸念事項はあなた自身。トライフォースは、あなたにも試練を課すことにしました。」
「え?」
謎のことを言われ、リンクがポカンとしたのも束の間。場所が突然変わった。辺りを確認すると、どうやらリンクはハイラル平原にいた。少し視野を広げると、近くでボコブリンとハイラル兵が喧嘩をしている。迷わずリンクは、仲裁に入った。だが、ブー!と音が鳴り響いた。リンクは肩を震わせ、音源を探して辺りを見渡した。何も見当たらず、おかしいなと首を傾げる。ふと、先程のボコブリンとハイラル兵を見ると、喧嘩をしていたはずの二人がリンクの方を向いていた。
「敵ならここで仲裁に入らない。」
「え、あ……ごめんなさい。」
ハイラル兵に指摘され、リンクたじろぎながら謝罪を口にした。すると、
「(敵に謝まるのはおかしい。)」
「う……。」
ボコブリンが無感情に言った。口をついてまた謝罪が出そうになったが、なんとか踏み留まる。逆に言葉を失ってしまったが。どうやらこれは、トライフォースがリンクに課した試練らしい。リンクは、試練を通して敵としての振る舞いを学ばさせられた。何らかのアクションをしては、その場に現れた存在にダメ出しをされる。いろんなシチュエーションで、敵らしい対応の練習をさせられる試練がしばらく続いた。
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“参ったな……まさかこんな結果になるなんて。”
リンクは集めた情報を整理しながらため息をついた。どうなることかと思われた戦闘も、両者の指揮官が気絶したことにより一度停戦したらしい。だから、リンクの目的は達成できたと結論づけていい。しかし、リンクがなし得たことはそれだけだった。まず、対立は解消しなかった。一朝一夕で改善できる問題ではないことは分かっている。だから、完全な対立解消を期待していたわけではなかった。とはいえ、解消しないどころか、対立が深まったと考えるべき現実には歯ぎしりするしかない。そもそも、ゼルダやガノンドロフの気絶がリンクに起因することは表に出ていなかった。つまり、トライフォースが奪われたことも世間に知られていない。また、内部分裂を起こしたリンクの協力者は、反逆者として拘束されてしまったらしかった。女神軍だけではなく、魔王側にも存在したらしい。ダークリンクやキングブルブリンが動いてくれたのだと推測する。タックルで助けてくれたモリブリンは、彼らが説得してくれていたのだろう。だが、自軍内で分裂が起こっていたという情報は、敵に漏れないよう、お互いにしっかりと守っていた。どちらの軍も、協力してくれた人達に何をするか分からない。リンクは気が気でなかった。焦る気持ちを押さえ、必死に思考を巡らせる。すぐに解決出来ない問題ではあるが、急がねばならない。少なくとも、協力者は助け出さなければいけなかった。
色々なことを考えるうちに、リンクは戦闘前にダークリンクと話したことを思い出した。強大な共通の敵がいればいいのかという話だ。
“新手の敵じゃないと共通の敵になり得ないよね……。でも、そんな強いやつ、そうそういない……。ダークが言うみたいに倒さないで、そいつを手助けしてもいいけど。”
そこまで考えて、リンクは動きを止めた。
“……手助け……?”
リンクは頭の中で繰り返す。そして、一つの案が生まれた。
“そうか。全くの第三者を探す必要はないんだ。”
すっと、冷えていく感覚がする。リンクは無表情になっていた。
“オレが、第三勢力になればいい。”
嫌な予感、否定したい気持ち、などなど全てを抑え込み、リンクは冷静さを失わないように思考を進めた。自分が強大な第三者となり、両軍を襲えば、協力するかもしれない。片軍で解決できなければ相手を頼るしかないはずだ。手を組まなければ自軍は滅亡する、そんな状況に追い込めば、賢いゼルダやガノンドロフはきっと、一時的にでも協力体勢をとるだろう。問題は自身がそんな強大な勢力となれるかだ。自分はただの敵でありたい。自分のもとに協力者がついて、三巴になるのは避けたい。だから、自身への協力者は不要だ。そうすると、自分一人で二軍を相手しなければならない。だが、簡単に負けるような弱い勢力では、当然協力も生じない。
“だけど、どうやって?オレはいつも、ゼルダと協力してガノンドロフを倒していた。それだけあいつは強かった。そこにゼルダ達も加わるのに……。”
リンクは頭を捻る。
“大体、なんでガノンドロフはいつもあんなに強いんだ?トライフォースの性質?……あ。”
リンクは左手の甲を見た。勇気しかなかったときは薄く印が見えるくらいだったのに、今はくっきりと三角印が浮かび上がっている。
“そうだ。ここには完全な形のトライフォースがある。”
リンクはじっとトライフォースを見つめた。力のトライフォースのみでハイラルを闇に出来たのだ。完全なトライフォースなら、両軍を凌ぐ第三勢力となれるかもしれない。
“……試す価値は、ある。”
リンクはごくりと唾を飲み込んだ。
“トライフォースの力で両軍を襲う。徹底的に、対立なんてしている余裕がなくなるくらいに。そこで協力体制がとれるようになれば、しめたもの。両軍の共生までいけるかは五分五分だけど……それまで、敵として君臨し続けられれば、もしかしたら……。”
リンクは期待に胸を膨らませた。
“オレは、最後、打ち破られればいい。その後は、上手くやってくれるに違いない。……いや、逃げて様子を見ようかな。対立し始めたらまた襲ってやろう。”
なんて酷いことを考えているんだろう、とリンクは自嘲した。その時突然、冷たいものを突きつけられるような感じがした。
“酷いこと、なんてものじゃない。襲うってことは、彼等を傷つけるということだ。協力体制を築けるまでは恐怖で逃げ惑うことになる。そんなこと、していいわけがない。許されない。”
リンクは狼狽えた。不意に、怯えきったダークリンクの顔が浮かんだ。ガノンドロフの面前で、自分は無実だと震えていたダークリンクの表情が。
“……あぁ、なんてことだ。捕まった協力者が無事なわけがない。そんなことも思いつかないなんて。”
リンクはそわそわと落ち着きなく動いた。
“彼らを助け出すにも、オレは今すぐ行動に移すべきだ。”
本当にこれでいいのか。他に方法はないのか。不安は拭えない。だが、躊躇している余裕はない。今にも協力者は拷問を受けているかもしれない。協力者の存在に想いを馳せると、リンクは意を決した。しっかりとその場に立ち、リンクはトライフォースの宿る手を天に掲げた。
「女神軍も魔王軍も共に生きられる世界となりますように。その為に、オレは………。」
一度、リンクは目を閉じた。
“オレは、どうするんだ?世界を襲う?いや、それは違う気がする。襲うのはあくまでも手段で、そうすると……。”
パッとある言葉が閃いた。リンクは目を開け、上を見上げた。そして、静かに宣言する。
「世界に試練を与える。」
突然、地響きがした。リンクはバランスを崩さないように踏ん張る。すると、浮遊感がした。自身が浮いているというよりは、足場が上がっているように感じる。辺りが眩しくなり、リンクは顔を覆った。地響きが治まり、リンクは顔を上げる。辺りの様子が、先程までと打って変わっていた。洞窟の中にいたはずなのに、どこか人工的な建物の中にいるようだ。辺りをうかがっていると、リンクを囲うようにして何かが現れた。思わずリンクは、武器を構えた。それは、サイレンの世界にいた複数の守護者だった。
「……汝の願い、聞き入れた……。」
どこからともなく威厳に満ちた声が聞こえた。キョロキョロと声の出所を探すが、見当たらない。守護者達がリンクに向かって礼をした。訳も分からず、条件反射でリンクも頭を下げる。リンクが頭を上げると、守護者達は姿を消した。どこへ行ったのかと思ったが、現状把握が先だとリンクは部屋内の探索を始めた。この部屋は広々としているだけで、特に目ぼしいものはない。ここにあったはずの装備品は全てなくなっており、この先の戦闘を不安に思った。手元に残ったのは、情報収集のために使った手軽な剣と盾、弓矢、数枚のお面、そして、何の気なしに手に取ったシーカーストーンのみだった。
「……この装備じゃ心許ないな。」
リンクがポツリと呟いた次の瞬間、目の前に剣が現れた。目をパチクリさせながら剣をとる。少し振ってみて、使い勝手の良さに驚いた。マスターソードほどではないが、最終的に勝つつもりはないので、そこまでの性能は求めていない。今のリンクには十分すぎる代物だった。
“願いを叶えるためなら、フォローはしてもらえるってことか。”
剣の観察に満足すると、リンクは窓の方に歩み寄った。外を覗いてリンクは驚いた。自身は非常に高い位置にいた。見下ろすと、建物が地面から伸びている。その根本は、リンクが目覚めた地にあるようだった。
「これ、塔だったんだ……。でも、こんな巨大なものが突然現れたら、みんな大騒ぎだろうな。」
リンクは何の気なしに呟いた。
「現在この塔には透明加工が施されています。他者には見えていません。」
唐突に、どこまでも無機質な声が聞こえた。リンクはビクリと肩を震わせて振り返った。だが、部屋の中には誰もいない。隠れる場所も見当たらないのに、今の声は一体どこからしたのか。リンクは首を傾げながら、窓から離れた。
「報告。」
再び声が聞こえて、再びリンクはビクリとする。リンクは部屋の中を注意深く観察した。やはり何の気配もない。
「守護者達が各地へ到達。襲撃します。」
「え?ちょっと!」
リンクは一瞬ポカンとしたが、意味を理解すると慌てた。だが、襲撃すると言われても訳が分からない。咄嗟に窓に駆け寄り、般若のような顔で外を確認した。だが、この場所から様子が分かるわけもない。
「襲撃って……!一体、どうなっているの!?」
リンクはやるせなさを感じながら叫んだ。
「様子をご覧になりますか?」
「見られるの?」
再び聞こえた声にリンクは食らいついた。この際、その声の正体などどうでもいい。リンクは焦っていた。リンクの質問に対する返答はなかったが、リンクの周りにスクリーンのようなものが現れた。リンクが目を向けると、そこには、守護者達の襲撃によって女神軍や魔王軍が逃げ惑っている様子が映し出されていた。リンクは身の毛がよだつのを感じた。
「こんな……!なんで!!止めなきゃ!!」
リンクは出口に向かって駆け出した。
「世界に試練を与えるのではなかったのですか。」
先程の無機質な声が響いた。リンクは足を止め、振り返った。相変わらず、何の姿もない。
「そうだけど。でもこれはやりすぎだ!」
見えない相手にリンクは叫んだ。宙をキツく睨み付ける。
「ここで助けに入れば、ダークリンクの言うとおりになります。」
声質は全く代わり映えしなかったが、その言葉にリンクはうっと言葉に詰まった。ダークリンクの言うとおり、つまり、共通の敵は自分が倒してしまい、共生に繋がらないということ。正論以外の何物でもなかった。リンクは、落ち着きなくその場に留まる。
「確認しましょう。あなたは女神軍と魔王軍に試練を与えた。その成果は両軍の協力関係。それが達成出来なければ、あなたはそれ相応の罰を彼らに与えなければなりません。」
リンクは歯を食い縛った。
「彼等への優しさは不要です。あなたは心を鬼にして彼等の前に立ちはだからねばなりません。あなたにその覚悟がありますか?」
リンクは気がどうにかなりそうだった。だが、ここで怯んでいては何も変わらない。リンクは吐き捨てるように言った。
「……あるに決まっているでしょ。」
そして、リンクは強い光を瞳に湛え、力強く言った。
「オレの願いは変わらない。だけど、こんな風に傷つけることは望んでいない。」
「敵になるのではなかったのですか。」
淡々とした指摘に、リンクは言葉を失った。
「傷つけずして、敵として君臨することは不可能です。それはあなたも想定していたはず。」
「それは………そう、だね……。」
リンクは項垂れた。謎の声の言うとおり、襲うことを選んだのは自分で、傷つけたくないと言うのは矛盾した話である。
“オレは、強く覚悟しないといけない。敵になるとは、そういうことなんだ。”
リンクは一度深呼吸をした。気を落ち着かせると、口を開く。
「だけどお願い。加減はして。殺したりしないで。」
その声がかなり弱々しかったことは、否定しない。
「それがあなたの願いなら、我々は聞き入れるしかありません。」
リンクは歯を食い縛って俯いていた。
「耐えなさい。」
先程と同じ無機質な声なのに、厳しく聞こえた。リンクは弱々しく頷いた。
「あなたの願いにおける最大の懸念事項はあなた自身。トライフォースは、あなたにも試練を課すことにしました。」
「え?」
謎のことを言われ、リンクがポカンとしたのも束の間。場所が突然変わった。辺りを確認すると、どうやらリンクはハイラル平原にいた。少し視野を広げると、近くでボコブリンとハイラル兵が喧嘩をしている。迷わずリンクは、仲裁に入った。だが、ブー!と音が鳴り響いた。リンクは肩を震わせ、音源を探して辺りを見渡した。何も見当たらず、おかしいなと首を傾げる。ふと、先程のボコブリンとハイラル兵を見ると、喧嘩をしていたはずの二人がリンクの方を向いていた。
「敵ならここで仲裁に入らない。」
「え、あ……ごめんなさい。」
ハイラル兵に指摘され、リンクたじろぎながら謝罪を口にした。すると、
「(敵に謝まるのはおかしい。)」
「う……。」
ボコブリンが無感情に言った。口をついてまた謝罪が出そうになったが、なんとか踏み留まる。逆に言葉を失ってしまったが。どうやらこれは、トライフォースがリンクに課した試練らしい。リンクは、試練を通して敵としての振る舞いを学ばさせられた。何らかのアクションをしては、その場に現れた存在にダメ出しをされる。いろんなシチュエーションで、敵らしい対応の練習をさせられる試練がしばらく続いた。
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