挽回

リンクとダークリンクは両軍がぶつかると考えられる場所にきていた。高い位置から見下ろす。まだまだ遠いが、左右から進軍してきているのが確認できた。

「ねぇ。ずっと考えていたんだけどさ。」

リンクは真っ直ぐ前を見つめたまま話しかけた。

「なんだよ。」

気だるそうにしながらも、ダークリンクは答えてくれた。

「何でこうなっちゃうんだろうね。」

ダークリンクがリンクに顔を向けたのが気配で分かった。

「どうしたら、協力できるんだろう。」

ダークリンクは何も言わない。リンクは構わずに続ける。

「共通の敵でもいればいいのかな。協力せざるを得ない強大な敵。」

「あり得ないな。」

ようやく口を開いたかと思えば、ダークリンクから聞こえたのは完全否定だった。リンクは何故そう言い切れるのかと思いながらダークリンクを見た。

「そういうの、お前が倒すだろ。」

“何それ……。”

リンクは内心ため息をついた。

「……買いかぶらないで。」

否定だけは忘れずにしておく。

「ぜってぇ倒すぞ、お前は。」

だが、ダークリンクはやれやれといったような顔をし、再度断言した。そして、顎に手を当てて、斜め上を見た。

「にしても……対立してる理由も謎だよな。俺の時代はトライフォースがどうのこうのだった気がするが。今はこんがらがりすぎて訳がわかんねぇ。」

「……トライフォース。」

リンクはそれだけを反駁した。思考を巡らせ始める。リンクが考えていても、ダークリンクは話し続けていた。

「つぅか、3つあんのに、何で今まで二項対立だったのかも謎だな。お前、意外と重要な立ち位置に……おい、何考えてる?」
ダークリンクはそこではじめて、リンクが考えに耽っていることに気づいたようだった。そのとき、リンクは無表情だった。

「そうか、そのせいかも。」

ダークリンクには答えず、リンクはそう言った。丁度、結論を出せたのだった。

「あ?ってか、何を企んで、」

「止めてみせるよ、この戦い。」

ダークリンクが焦りはじめるのを余所に、リンクは宣言すると、崖に足をかけた。

「は?ちょ、待て!!」

ダークリンクの制止に振り向きもせず、リンクはいまにも戦闘が始まりそうな舞台へ飛び降りた。





リンクは女神軍側に潜り込んだ。進軍する人達に紛れ込み、足を進める。すると、

「リンク?」

と声をかけられた。そちらを見ると、弓矢を背負うリト族――テバがいた。

「やぁ。」

リンクは曖昧に笑った。テバはリンクの方へ歩み寄ってくる。

「今までどこにいたんだ。主役が来ないから、今日までかかったじゃないか。」

「……ごめん。」

“あぁ、やっぱり気不味い。”

リンクは後ろめたさを感じずにはいられなかった。目を合わせることが辛い。テバはしばらくリンクをじっと見ていた。あまりに居心地が悪くなってきたので、リンクはその場を離れようと決めた。そうでなくとも先を急ぐのだ。ここで時間をかける余裕はない。

「あのさ、オレ、もう行かなきゃ、」

テバがガシッとリンクの腕を掴んだ。リンクは驚いて身を固くした。テバは、キョロキョロと周囲を確認し、リンクの耳元に顔を近づけた。

「戦う、んだよな?」

囁かれた言葉にリンクは息をのんだ。思わず目を逸らしてしまう。だが、ここで怪しまれては先に進めない。

“上手く誤魔化さないと。”

リンクは爪先を見つめたまま小さく頷いた。そして、安心させようと笑みを浮かべ、再びテバの方に顔を向けた。しかし、再び見たテバの表情は険しいもので、驚いたリンクは笑みを消してしまった。本当はここで一言適当に言うつもりだったのだが、言葉も引っ込んでしまった。突然、テバはリンクを引っ張った。

「え?ちょっと、」

狼狽えてリンクは声を上げた。だが、テバは更に強くリンクを引っ張った。

「いいから来い。」

低い声でそう言うと、テバは進軍から離れ、人目のつかないところへリンクを引き込んだ。そして、リンクが逃げないようにがっしりと掴んだ。正面から向かい合う。

「あの噂は本当か。」

「噂……?」

リンクはパチクリしながら聞き返した。

「リンクが魔王軍と共生すべきだと主張している。そういう噂だ。」

相変わらず怖い声でテバは説明した。リンクは唇を噛んだ。

“あのとき、なりふり構わず騒いだから……噂になってしまってたんだ……。”

「……あいつらと共生?」

リンクはテバの責めるような言葉を聞きながら俯いていた。説得すべきか、逃げるべきか、迷っていた。

「それを城に直談判して、捕らえられた?」

リンクは黙っているしかなかった。頭の回転も鈍くなりつつある。

「そしてここで何をしようとしている?」

“……説得、できない……かなり、怒ってる…………。”

リンクは恐怖でどうにかなりそうだった。ゼルダの時で分かっていたはずなのに、味方であった存在に責められるのは、かなりショックだった。リンクは歯を食いしばって体が震えないようにこらえる。頭上から、かなり大きなため息が聞こえた。

「たった一人で。ゼルダ姫率いる女神軍とガノンドロフ率いる魔王軍を相手取り。何をしようとしているんだ?」

テバの声から急に刺が抜けた。そして気づく。

“……あれ?話の流れがなんか変……?”

リンクが恐る恐るテバの顔を伺うと、その表情は険しくなく、むしろ穏やかだった。リンクはぱちくりと目を瞬かせた。そのリンクの様子を見て、テバはやれやれといったような顔をした。

「外堀から攻めようって気にはならなかったのか。」

「外堀……え?あれ?」

話について行けず、リンクは困惑する。テバは苦笑した。

「まぁな、一番信頼していたであろうゼルダ姫に話が通じなかったから、弱腰にもなると思うが。ちょっとは昔の仲間を当たって欲しかった。」

「あ………。」

そこでリンクは己の失敗に気づいた。ダークリンクには助言したくせに、自分はいきなり大物に挑んで、あっさり散ったようなものだと。さらに、テバが何故、怖い声で話していたのかも悟り、胸がポカポカするのを感じた。

「で、今は何をしようとしている?」

テバは顔を引き締めてリンクに聞いた。リンクは狼狽えた。答えを探して視線を彷徨わせる。すると、テバはまた、ため息を吐いた。鋭い眼差しをリンクに向ける。

「正直に言え。戦わないなら、どうするつもりだ?」

リンクはビクリと肩を震わせた。女神軍に増援に来たわけではないことはあっさり見破られていたようだ。リンクは深呼吸した。意を決してテバを真っ直ぐ見つめる。

「全く戦わないわけじゃないよ。オレは……ゼルダとガノンドロフがいるところに行く。」

「……で?」

テバは真剣な顔をしたまま先を促した。

「トライフォースを、奪う。」

「は?」

テバは目を丸くした。リンクは言葉を続ける。

「力を持ちすぎたんだ、オレ達。戦えるから、戦ってしまうんじゃないかって。」

しばらくテバはポカンとリンクを見ていた。

「……かなり短絡的だと思うが……。」

ようやくそれだけを言ったかと思うと、テバはフッと笑って頭をかいた。

「動かないことには始まらないか。じゃあ、」

「お主ら、そこで何をやっておる。」

テバから否定の言葉が来なかったことに安心したところへ第三者が現れた。テバはハッとした顔をすると、リンクを隠すように第三者の前に立った。だが、それが誰かを確認して、すぐに隠すのをやめた。リンクが第三者の目にはっきりと映る。

「おぉ、妾のフィアンセ!ようやく出てきたか!」

第三者はルトだった。リンクは困惑してルトを見つめる。
「あぁ、やはりリンクは麗しい。これから更に勇敢な姿を見られると思うと」

「ルト。あの噂は本当だった。どうやら、作戦を決行すべきらしい。」

うっとりと言葉を並べるルトを遮り、テバが固い声で言った。すると、ルトは一瞬動きを止め、驚愕の表情を浮かべた。

「なんと!……いや、覚悟はしておったが……まさか、本当だったとは……。」

その時、遠くで楽器の音がした。リンクは空を見上げる。煙があちこちで上がり始めていた。女神軍の猛々しい声、さらに魔王軍の雄叫びが聞こえる。とうとう、戦いの火蓋が落とされたのだ。

「まずいな……戦闘が始まった。作戦決行を伝えるのが難しい。」

同じく空を見上げながら、テバが苦い顔をして言った。リンクは疑問符を浮かべながらテバを見た。

「そうじゃな……お主と妾で遂行しつつ、近場にいる奴に伝えていくしかなかろう。」

ルトも難しい顔をしている。その目はやる気に満ちていた。だが、リンクには何を言っているのかさっぱり分からない。

「あ、あの……。」

説明を要求すべく、おずおずと声をかけた。すると、二人はリンクに目を向けた。

「ん?あぁ、リンクが気にすることはないぞ。女神軍の戦力は削いでやるから、お主はゼルダ姫とあやつのところへ行け。」

「削ぐって……君達こそ、何を……。」

リンクは狼狽えながらもなんとか問いを発した。

「お前の願いを叶えるのに動いてやるって言ってんだ。お前のやりたいことは、噂で知っていた。信じてなかったが、否定しきれなかった。そういうやつらの集まりが俺達だ。……驚くなよ?意外と多いぞ。」

テバがニヤリと笑いながら最後の言葉を述べると、リンクは惚けた顔を二人に見せた。それには気にかけず、ルトは難しい顔をしたまま続けた。

「だが早く終わらせよ。必然的に女神軍が不利になる。平等は保ちたい。」

そういうと、ルトは早く行けと言わんばかりに手を振った。テバを見ると、テバは力強く頷いた。

「ありがとう。」

礼を言いながら、リンクは走り出した。





テバとルトに背を押されたリンクは、戦場をかけた。女神陣営はリンクを敵とはみなさない。そのため、楽に走り抜けることができた。問題は、激戦地に入ってからだった。魔王軍の攻撃を避けつつ先を急ぐ。

「うわっ!」

相手の動きを避けきれず、何かに鷲掴みにされた。犯人を確認すると、それはモリブリンだった。リンクを見てニタリと笑う。

“悪いけど、今は相手をしてあげられないよ!”

リンクは反撃しようとモリブリンの方を見た。そのとき、別のモリブリンがこちらへ突進してくるのが見えた。まずいと思うが、リンクに出来ることはない。そいつはそのまま、リンクを掴むモリブリンに体当たりした。その拍子にリンクは解放された。怪訝に思いながらも、チャンスだとリンクは走り出した。チラリと後から来たモリブリンを見ると、僅かに頷いた気がした。





トップ勢が闘う場所が見えてきた。周りを岩場で囲まれているが、開けた場所で戦っている。近くには他の女神軍も魔王軍も到達していない。リンクは駆けながら、気配を極限まで消すように努力した。後少しで乱入できるという位置に来て、リンクは足を止めた。細心の注意を払いながら、様子をうかがう。近くにいるのはゼルダとガノンドロフ。少し離れたところではインパとギラヒムが剣を交え、ミドナとザントが魔法を飛ばし合っていた。さてどうしようかと、リンクはゼルダとガノンドロフに目を戻す。すると、丁度ガノンドロフがゼルダに向かって剣を振り上げたところだった。ゼルダには対応出来そうにない。リンクは反射的に二人のもとへ駆けた。ゼルダを後ろに引っ張り、自身はガノンドロフの剣を受け止める。

「やはり来たか、小僧。」

ガノンドロフはすぐにリンクと分かったようだった。

「小僧……!!貴様……!!」

ガノンドロフの言葉の直後に、荒々しく低い、怒りに満ちた声が響いた。リンクはチラリと声の方を見た。インパの相手をしながら、ギラヒムがこちらを鬼の形相で睨んでいる。ギラヒムは既に本気モードであったが、更にどす黒い殺気を放出していた。リンクの登場に最も気分を害したのはギラヒムだったかもしれない。だが、現在相手をしているインパを振り切ることができず、リンクを睨むに留まっている。そのインパも鋭い目でリンクを見ており、いい感情は抱いていなさそうだった。

「リンク……。」

ゼルダは期待と不安が入り交じった表情でリンクを見ていた。

「剣を置くのではなかったか?」

ガノンドロフが嘲笑いながら言った。リンクは無表情で答えた。

「そのつもりだったよ。君達がこんな戦闘を引き起こしてなければね。」

ガノンドロフは馬鹿にしたように嗤った。

「まだ戯言を言っているのか?」

ゼルダが息をのんだのが聞こえた。

「そうだよ。オレの願いは変わらない。」

「ならば降伏しろ。悪いようにはせんぞ?」

「お止めなさい、リンク!」

慌てたようにゼルダが腕を掴んできた。トライフォースの宿る、その手で。リンクはそれをチラリと確認した。だがすぐに、状況を面白がっているガノンドロフに目を戻した。

「口で言っても分からないみたいだね。でも、今は……この戦闘さえ終わればいい。」

「ほう。ならば止めてみせよ。止められるものならな!」

ガノンドロフが剣を振り上げた。リンクはそれを最後まで確認せず、自分を掴むゼルダの手を――トライフォースの宿る手の甲の部分を、掴まれていない方の手で掴んだ。

「リンク……?」

不安そうなゼルダの声が聞こえた。

「……ごめんね。オレの目的は、これなんだ。」

ゼルダの顔は一切見なかった。リンクはギュッと力をいれる。トライフォースを貰う、と強く念じながらモノを掴むように手を引き上げた。ゼルダから力が抜けたのが分かる。ゼルダの体が傾きかけた直後、リンクはガノンドロフの懐に入り込んだ。流石のガノンドロフも、目の前で起こった出来事を理解できなかったらしい。らしくもなく呆然としていた。だから、隙をつくのは簡単だった。リンクはガノンドロフの腕を掴み、ゼルダ同様、トライフォースを奪い取った。ガノンドロフも意識を失い、倒れてくる。リンクは下敷きにならないうちに距離をとった。

「リンクお前……!何を考えている……!!」

トライフォースを奪うことに集中しすぎて、周りの音が遠ざかっていたが、ミドナの叫び声で聴覚が戻ってきた。声の方を見ると、ミドナはゼルダを抱えている。リンクはチクチクと胸が痛むのを無視した。

「口で分からないなら、力づくしかないよね。それに、言ったでしょ。この戦闘が終わればいいんだ、って。」

そのとき、二つの凄まじい殺気を感じ取った。リンクは身を翻して攻撃を避けた。間が悪かったらしく、二つの攻撃はぶつかり合い、攻撃した当事者――インパとギラヒムにダメージが入る。

「邪魔すんじゃねぇ!女神の負け犬が!!」

「邪魔なのはお前だ、魔剣。」

インパとギラヒムは啀み合う。

“今のうちに逃げた方がいい。今は、時じゃない。”

リンクはそろりそろりと後ずさった。だが、

「逃がすわけないだろっ!!」

と、ザントが襲い掛かってきた。リンクは内心舌打ちをしながら、それを避ける。今のザントの一言で、インパとギラヒムの注意が再びリンクに向いた。てんでばらばらな、逆に避けにくい戦闘に持ち込まれる。

“せめて、ギラヒムとザントは息を合わせてよね……っ!!”

心の中で文句を言いつつ、リンクはひらりひらりと全ての攻撃を避けていた。

“それにしても、参ったな。トライフォースを奪った後のことを考えていなかった。”

そこで、リンクはトライフォースという単語に思い当たった。

“トライフォース……オレは今、全部持っているけど、その力を使えば……。いやいやダメだ。逃げるなんて些細なことで力を使えば、オレは力に溺れてしまう。”

だが、気付くと周りに誰もいなかった。驚いて辺りを見渡すと、そこは戦闘が繰り広げられていたあの場所ではなかった。

「……いきなり、トライフォースの力を使ってしまった……。」

リンクは乾いた笑いを漏らすしかなかった。





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