挽回
次に目が醒めると、ダークリンクが隣に座っていた。リンクは起き上がる。身体はまだ痛むが、すんなりと起き上がることができた。リンクが動いたことで、ダークリンクはリンクが起きたことに気づいたらしい。こちらに顔を向けた。そして盛大にため息を吐いた。
「お前さ……その身体じゃ、まだ辛いだろ。休んでろ。」
リンクはゆっくりと首を振った。少し俯く。躊躇したが、言わねばならないと意を決して口を開いた。
「さっきはごめん。オレ、どうかしてた。やっぱり共生は実現したい。衝突は……許せない。」
ダークリンクはしっかりと頷いた。それを確認して、リンクは床に手をつき、足に力を入れた。だが、立ち上がる前にダークリンクに腕を掴まれ、阻止された。
「待て待て。それとこれとは話が別だ。まずは身体を回復させろ。」
リンクは顔をしかめてダークリンクを見た。
「衝突、するんでしょ?こんなところでおちおち休んでいられない。なんとしてでも防がないと。」
すると、ダークリンクが目を泳がせた。申し訳なさそうな顔をして、リンクに言う。
「あー……悪い、なんか苛ついてさ。衝突の噂は確かにあるが、まだしばらく先のことだ。だから安心しろ。」
リンクは難しい顔をした。
「まだ先と言っても、実際に起こる可能性が高いから噂があるんでしょ?直前じゃダメなんだ。まだ何も起こっていない、今、行動しないと。」
ダークリンクは何度か小さく頷いた。
「言いたいことは分かる。だが、俺達は急ぎすぎた。無策すぎた。それがこの結果だ。策を練った方がいい。」
リンクは納得できない。更に食い下がろうとする。
「だけど、」
「後休息な。お前、体が万全じゃなければ、出来ることも限られるぞ。」
だが、ダークリンクに遮られた。リンクは不貞腐れた顔をする。
「……いつも万全の状態で何かに臨めたわけじゃない。」
ダークリンクは一瞬固まった。それには構わず、リンクははっきりと宣言する。
「オレは、行かなきゃ。」
ダークリンクはしばらく黙っていた。やがて、リンクを覗きこんだ。そして驚いたような顔をしたかと思うと、なんだか哀しそうな顔をした。
「……なぁ。俺にはもう、チャンスをくれないわけ?」
突然ダークリンクは何を言い出すのか。リンクは全く理解できず、目をぱちくりさせた。
「お前、一人で全部なんとかしようと思ってんだろ。」
ダークリンクの言いたいことを理解し、リンクは黙ってダークリンクから顔を逸らせた。
「これ、女神側だけの問題じゃねぇんだぞ。しかもかなり根深い。」
「……分かってるよ。」
リンクは口を尖らせて言った。
「お前はあくまでも女神側の存在だ。お前には魔物の考え方は出来ねぇ。だから、魔王軍を理解するのは難しい。」
ダークリンクが説得するが、リンクはそれに応える気がなかった。
「それは女神軍内でも言えること。立場が違えば考え方が異なるのは当然で、それを乗り越えたからこそ共生が出来るんだ。」
「そのためにどうすんだよ。片側しか分かんねぇお前が、誰の助言も受けずに突っ走れると思ってんのか。」
再び聞こえたダークリンクの耳が痛い言葉に、リンクは目を瞑った。
「魔王軍を、お前は理解できんのか。」
「分からないよ!」
リンクは叫んだ。ダークリンクに向き直る。ダークリンクは呆気にとられてリンクを見ていた。
「何もしないでぐだぐだ考えてたって、分からない!オレはもともと、行動派なんだ!!考えるより先に動いてた!!考える暇なんて、いつもなかった!!そんなオレに、考えろって言われたって、無理な話だ!!大体、今、考えてていい状態?策を練るとか、そんな悠長なこと言っていられる状態?違うよね!?」
リンクはゼェハァ息を切らし、肩を揺らしながらダークリンクを睨み付けた。叫んでいるうちに、ダークリンクの顔から驚きが消えていっているのは分かっていた。どんどん無表情になっていくダークリンクに、自分を分かってもらえないのだと思った。だが、それだっていつものことだ。自分が何をしているのか、何のために動いているのか、ちゃんと理解されたことは少ない。問題は、今、理解してもらうことじゃない。結果を出すことだ。そのためにはまず、ここから出なければならない。自身をじっと見ながら、ダークリンクは何も言わない。ならば好きなようにしてもいいだろうと、阻止されてから掴まれたままだったダークリンクの手を払おうとした。だが、ダークリンクは逆に力を込めた。
「どういうつもり。」
リンクは自分を掴むダークリンクの手だけを頑なに見つめながら、抗議した。ダークリンクは尚も口を開かない。
「離して。」
リンクは相変わらずダークリンクの手を睨み付けたまま、冷たく要求した。ダークリンクが首を振ったのが、気配で分かる。
「どうして?ダーク、離してよ!」
すると、ダークリンクはようやく口を開いた。
「行かせたくない。」
リンクはカッとなった。
「だからなんで!!ダーク、実は共生を防ぐためにここにいる!?」
「違う。」
「じゃあどうして………!」
リンクはハッとした。嫌な考えが頭をよぎった。怒りが急激に冷めていく。今度は逆に冷え冷えしたものを感じた。
「オレじゃ、役不足だから……?魔王側から見たら、諸悪の根源でしかないから……?」
「違う。」
再びダークリンクは短く否定した。片手でリンクを押さえつけたまま、リンクの頭にもう片方の手を乗せた。
「大丈夫だ。そんなに心配しなくても、お前はなんでも実現できるだろ。今まで実現してきただろ。」
ダークリンクの手はゆっくりリンクを撫で始めた。
「いろんなやつに好き勝手されて、ホントはショックだったんだろ。ギラヒムの仕打ちはかなり辛かったんだろ。……はっきり言うけどさ、お前今、メッチャ追い詰められてる。すげぇ参ってる。」
「オレ……そんなこと、ない……。」
リンクは弱々しく否定した。それを肯定してしまうと、もう二度と立ち直れない気がした。
「あぁ、そうだな。」
リンクの不安を分かっているのかどうなのか、ダークリンクはリンクの否定を更に否定するようなことはしなかった。真剣な顔で言葉を続ける。
「だけどお願いだ。もう少し。もう少しでいい。休んでくれ。」
リンクは首を振った。
「だから、そんな時間はもう、」
「なぁ。俺の頼みは聞いてくれねぇの?」
リンクは息をのんだ。目を見開いてダークリンクを見る。ダークリンクはこちらをじっと見ていた。
「オレ……オレ、は………。」
リンクはしどろもどろになる。ダークリンクの目が真剣すぎて、しばらくダークリンクから目を逸らせなかった。やがて、リンクは俯いた。
「………分かったよ……。」
リンクは蚊の泣くような声で呟いた。
「良かった。休んでくれるんだな。」
ホッとしたような声でダークリンクは言った。リンクは何も言えず、小さく頷いた。休むと言った手前、どこかへ行くことは出来ない。かといって、横になるのも落ち着かない。どうするべきかと思考を巡らせるが、全く良案が浮かびそうにない。ダークリンクに頭を撫でられながら、不安に押し潰されまいと歯を食いしばった。
「大丈夫。」
未だに手を動かしながら、ダークリンクは力強く言った。
「大丈夫だから。回復してしまえば、怖いことなんてなくなるから。」
リンクは泣きそうになった。
“そうか。オレは今、怖いんだ。”
ダークリンクに分かってもらえないと思ったが、もしかしたら自分以上に理解してくれているのかもしれない。そう思うと、なんだか安心した。撫でてくれるダークリンクに身を預け、リンクは目を瞑る。寝息をたて始めるのに、大して時間はかからなかった。
リンクは大人しく休息をとった。しばらく休んだことで傷も癒え、精神的にも回復した。そろそろ動き始めようかとダークリンクと話していた矢先。
「わるい、しらせ。」
キングブルブリンが息を切らしてやってきた。奥で話していたリンクとダークリンクはキングブルブリンの方へ寄った。
「大丈夫?」
息を整えるキングブルブリンを覗き込みながら、リンクは聞いた。一瞬、キングブルブリンはポカンとした気がした。
「おれハつかれタ、ダケ。それヨリ、きけ。もうすぐ、ぜんめんせんそうガはじまる。」
リンクは目を見開いて絶句した。ダークリンクは腕組しながら固い声で聞く。
「どういうことだ。なんでそんな急に話が進んでんだよ。こっちも向こうも、まだ戦力固めてる段階だっただろ。」
キングブルブリンはようやく息が整ったようで、体を起こした。
「くわしい、けいいハしらナイ。すくなくトモ、あした、しんげき、する。じょうほうニよれバ、めがみぐんモうごく。」
リンクは深呼吸した。事態は嫌な方へ動いてしまった。落ち着いて対処をしなければ、更に悪くなる。
「それ、どこかでぶつかるってことだよね?だから、全面戦争、か。」
リンクが状況を整理すると、隣にいたダークリンクが驚いた顔をした。リンクはダークリンクを見て首を傾げる。ダークリンクがなんでもないというように首を振ったので、気にしないことにした。
「ねぇ、キングブルブリン。その場所、分かる?」
キングブルブリンは頷いた。場所を説明する。それは丁度、女神軍と魔王軍の拠点の中間地点らしかった。
「おれハちょうへい、されタ。だから、もどる。」
キングブルブリンは踵を返して出ていった。
「キングブルブリン!」
リンクが呼びかけると、キングブルブリンは足を止め、振り返った。
「ありがとう。気を付けてね。」
キングブルブリンはしばらく変なものを見るようにリンクを見つめていた。
「おまえモ、ナ。」
やがて、それだけ言うと、キングブルブリンは去っていった。リンクはダークリンクに向き直った。ダークリンクは心配そうにリンクを見ていた。
「ダーク?さっきからどうしたの?」
「……はぁ?どうしたって何がだよ。」
リンクは少し首を傾げた。なんとなくダークリンクの様子が気になるが、だからといって、何がおかしいのかはっきりと分からない。いずれにせよ、今の返事からして、むしろ自分が変な質問をしたようだ。
「ごめん、なんか変な感じがして。気にしないで。」
リンクは違和感を押しやり、火急の問題に目を向けることにした。
「明日中には、全面戦争が勃発する。多分、今からじゃ止められない。下手に止めたら、片側が不利になっちゃうかもしれないし。」
ダークリンクがギョッとした顔をした。
「まさかお前、このまま黙って見過ごす気か……!?」
ダークリンクの叫びに、リンクはゆっくりと首を振った。
「もちろん、そのつもりはないよ。だから、オレもそこに行く。そういえば、ここどこ?」
すると、ダークリンクはがくっとバランスを崩した。
「お前……かなり今更な質問するんだな……。」
ダークリンクは体勢を立て直して続ける。
「ここはゲルド砂漠っていうらしい。」
「ゲルド?じゃあ、女神側の土地?」
リンクが聞くと、ダークリンクがはぁ?と言わんばかりの顔をした。
「なんでそうなるんだよ。こっち側のゲルド砂漠に決まってんだろ。俺やキングブルブリンにどうやってそっち陣営のゲルド砂漠に行けって言ってんだ。俺らの時代の、グレーゾーンにあるゲルド砂漠だって難しいぞ。」
「ま、待って。言ってることがよく分からない。ゲルド砂漠って複数あるの?なんで?」
間髪入れずにリンクは聞いた。すると、ダークリンクはしばし動きを止めた。
「……お前、この世界のこと、どれだけ理解してんの?」
ダークリンクは呆れたようにリンクを見ていた。リンクはそれに気圧されながら口を開く。
「実はあまりちゃんとは……。今までの世界が一度に現れた不思議な世界だとは聞いたよ。だけど、まだ全然散策できてなくて……。」
ダークリンクはジト目でリンクを見た。そうかと思うと、ため息を吐きながら頭を掻いた。
「………あー、そうかよ。」
そして、ダークリンクは面倒臭そうにリンクを見た。
「つぅか何、まさか目覚めたばっかか?そんですぐこんなことになってんの?滅茶苦茶だな。」
リンクは額に皺を寄せた。
「……ごめん、何言ってるのか全然分からない。」
「だろーな。理解しなくてもいいぞ。あぁ、だが、1個解説してやる。」
ダークリンクは片手を腰に当て、気だるそうに解説を始めた。
「この世界に来ることを、生まれたとは言わない。目覚めたという。基本的にさ、どっかで気がつくんだ。深い深い眠りから起きるようにな。ついでに言うと、成長という概念もない。見た目は自分で変えれるし。しかも見た目にかかわらず精神年齢は変わらないし。だから、外見じゃ、新参者か判断つかねぇんだよな。で、お前は目覚めたばっか、つまり、生まれたて同然ってこと。」
ダークリンクは最後、リンクに人差し指を向けて解説を終了した。
「う、生まれたて、って……。」
なんだか馬鹿にされた気分で、リンクは更に額に皺を寄せた。だが、ダークリンクは気にも留めずに話を戻した。
「で、地理についてだよな。いろんな時代が一気に現れた世界っていうのは、何も存在だけじゃない。土地も同じだ。いろんな時代のハイラルが現れてる。まぁ、ごっちゃになった都合上というべきか、位置はメチャクチャらしいけどな。お前、散策してないっつうても、少しは歩き回ってんだろ。知ってた場所なかったか?」
リンクは首を傾げながら、歩いた場所を思い返した。
「完全に記憶と一致した場所はなかったけど、似ている部分はちらほら。」
ダークリンクはまたがくっとした。
「……それ、超主要な場所しか行ってねぇな……。」
そして、やれやれといった顔で再びリンクに解説する。
「多分そこは、この世界で手が入った場所だ。多く何かが集まれば、改良とか始めるからな。だから、元の時代と完全一致しなかったんだろ。そうじゃない場所はほとんど一緒だって聞く。ここもそうらしいぞ。キングブルブリンの時代のゲルド砂漠って言ってたが。」
「キングブルブリンの時代のゲルド砂漠……。」
リンクは小さく繰り返した。そして気付く。
「それじゃあ、ここ、キングブルブリンのアジト!?あぁ……そっか……匿ってもらったんだ……。」
助けてもらっただけではなく、更に迷惑をかけていたことに思い至り、リンクは項垂れた。一方、ダークリンクはポカンとした顔をしていた。
「なんで知ってんの?お前、俺のオリジナルだよな?つぅか、そういえばお前、目覚めたばっかでいつキングブルブリンに会ったんだよ?」
リンクはダークリンクの言いたいことがよく分からず、少し首を傾げた。
「オレ、キングブルブリンのいた時代も知ってるよ?」
ダークリンクは顔を引き攣らせた。
「テメェ一体何歳だ。」
そのセリフで、リンクはダークリンクの思考を理解した。苦笑しながら口を開く。
「いや、同じ人生ってわけじゃなくて。オレもよく分からないんだけど、何回か転生してたみたい。その時は生前の記憶なんて持ち合わせていなかったけど、今は全部覚えてる。」
「無茶苦茶だな!」
ダークリンクが叫んだ。だが、リンクとしても笑ってみせるしかない。そして、ふと、当時のことに思いを馳せて、リンクは苦笑いしたまま固まった。
“確かに無茶苦茶かも。あのとき、親も子もオレだったことになるから……。”
「まぁ、とりあえず……。」
気を取り直してダークリンクが口を開いた。
「現場に向かうか。こっからそこまでかなり距離あるしな。言っとくが、俺らは歩きだぞ。」
リンクは頷いた。
「ところで、武器の調達がしたいんだ。なんとかならない?」
「あぁ。お前、丸腰だったな。見つけた時は服もボロボロだったし。」
リンクは一瞬顔を強張らせた。服も調達してもらったことに気づいたが、リンクは何も言えなかった。ダークリンクは棚の方へ行った。
「確かここにあるやつ使っていいって言ってたぞ。」
ダークリンクは棚をがさごそと漁っている。
「色々ありそうだな。何がいるんだ?とりあえず剣は……これとか?」
ダークリンクは剣を一本リンクに差し出した。リンクはそれを受け取った。
「ありがとう。これで十分だよ。」
ダークリンクはリンクの方へ振り返った。その顔はかなり不機嫌そうだった。
「お前、色んな種類の武器使ってるって聞いたけど?俺との戦いでも、変な炎やらハンマーやら使ってたし。」
最終的には剣だったけどさ、とつけ加えながらダークリンクは言った。リンクは苦笑いした。
「君、強かったから、いろいろ試したんだよ。でも、基本は剣だから。これで大丈夫。」
ダークリンクはやはり不服そうだったが、それ以上は何も言わなかった。
.
「お前さ……その身体じゃ、まだ辛いだろ。休んでろ。」
リンクはゆっくりと首を振った。少し俯く。躊躇したが、言わねばならないと意を決して口を開いた。
「さっきはごめん。オレ、どうかしてた。やっぱり共生は実現したい。衝突は……許せない。」
ダークリンクはしっかりと頷いた。それを確認して、リンクは床に手をつき、足に力を入れた。だが、立ち上がる前にダークリンクに腕を掴まれ、阻止された。
「待て待て。それとこれとは話が別だ。まずは身体を回復させろ。」
リンクは顔をしかめてダークリンクを見た。
「衝突、するんでしょ?こんなところでおちおち休んでいられない。なんとしてでも防がないと。」
すると、ダークリンクが目を泳がせた。申し訳なさそうな顔をして、リンクに言う。
「あー……悪い、なんか苛ついてさ。衝突の噂は確かにあるが、まだしばらく先のことだ。だから安心しろ。」
リンクは難しい顔をした。
「まだ先と言っても、実際に起こる可能性が高いから噂があるんでしょ?直前じゃダメなんだ。まだ何も起こっていない、今、行動しないと。」
ダークリンクは何度か小さく頷いた。
「言いたいことは分かる。だが、俺達は急ぎすぎた。無策すぎた。それがこの結果だ。策を練った方がいい。」
リンクは納得できない。更に食い下がろうとする。
「だけど、」
「後休息な。お前、体が万全じゃなければ、出来ることも限られるぞ。」
だが、ダークリンクに遮られた。リンクは不貞腐れた顔をする。
「……いつも万全の状態で何かに臨めたわけじゃない。」
ダークリンクは一瞬固まった。それには構わず、リンクははっきりと宣言する。
「オレは、行かなきゃ。」
ダークリンクはしばらく黙っていた。やがて、リンクを覗きこんだ。そして驚いたような顔をしたかと思うと、なんだか哀しそうな顔をした。
「……なぁ。俺にはもう、チャンスをくれないわけ?」
突然ダークリンクは何を言い出すのか。リンクは全く理解できず、目をぱちくりさせた。
「お前、一人で全部なんとかしようと思ってんだろ。」
ダークリンクの言いたいことを理解し、リンクは黙ってダークリンクから顔を逸らせた。
「これ、女神側だけの問題じゃねぇんだぞ。しかもかなり根深い。」
「……分かってるよ。」
リンクは口を尖らせて言った。
「お前はあくまでも女神側の存在だ。お前には魔物の考え方は出来ねぇ。だから、魔王軍を理解するのは難しい。」
ダークリンクが説得するが、リンクはそれに応える気がなかった。
「それは女神軍内でも言えること。立場が違えば考え方が異なるのは当然で、それを乗り越えたからこそ共生が出来るんだ。」
「そのためにどうすんだよ。片側しか分かんねぇお前が、誰の助言も受けずに突っ走れると思ってんのか。」
再び聞こえたダークリンクの耳が痛い言葉に、リンクは目を瞑った。
「魔王軍を、お前は理解できんのか。」
「分からないよ!」
リンクは叫んだ。ダークリンクに向き直る。ダークリンクは呆気にとられてリンクを見ていた。
「何もしないでぐだぐだ考えてたって、分からない!オレはもともと、行動派なんだ!!考えるより先に動いてた!!考える暇なんて、いつもなかった!!そんなオレに、考えろって言われたって、無理な話だ!!大体、今、考えてていい状態?策を練るとか、そんな悠長なこと言っていられる状態?違うよね!?」
リンクはゼェハァ息を切らし、肩を揺らしながらダークリンクを睨み付けた。叫んでいるうちに、ダークリンクの顔から驚きが消えていっているのは分かっていた。どんどん無表情になっていくダークリンクに、自分を分かってもらえないのだと思った。だが、それだっていつものことだ。自分が何をしているのか、何のために動いているのか、ちゃんと理解されたことは少ない。問題は、今、理解してもらうことじゃない。結果を出すことだ。そのためにはまず、ここから出なければならない。自身をじっと見ながら、ダークリンクは何も言わない。ならば好きなようにしてもいいだろうと、阻止されてから掴まれたままだったダークリンクの手を払おうとした。だが、ダークリンクは逆に力を込めた。
「どういうつもり。」
リンクは自分を掴むダークリンクの手だけを頑なに見つめながら、抗議した。ダークリンクは尚も口を開かない。
「離して。」
リンクは相変わらずダークリンクの手を睨み付けたまま、冷たく要求した。ダークリンクが首を振ったのが、気配で分かる。
「どうして?ダーク、離してよ!」
すると、ダークリンクはようやく口を開いた。
「行かせたくない。」
リンクはカッとなった。
「だからなんで!!ダーク、実は共生を防ぐためにここにいる!?」
「違う。」
「じゃあどうして………!」
リンクはハッとした。嫌な考えが頭をよぎった。怒りが急激に冷めていく。今度は逆に冷え冷えしたものを感じた。
「オレじゃ、役不足だから……?魔王側から見たら、諸悪の根源でしかないから……?」
「違う。」
再びダークリンクは短く否定した。片手でリンクを押さえつけたまま、リンクの頭にもう片方の手を乗せた。
「大丈夫だ。そんなに心配しなくても、お前はなんでも実現できるだろ。今まで実現してきただろ。」
ダークリンクの手はゆっくりリンクを撫で始めた。
「いろんなやつに好き勝手されて、ホントはショックだったんだろ。ギラヒムの仕打ちはかなり辛かったんだろ。……はっきり言うけどさ、お前今、メッチャ追い詰められてる。すげぇ参ってる。」
「オレ……そんなこと、ない……。」
リンクは弱々しく否定した。それを肯定してしまうと、もう二度と立ち直れない気がした。
「あぁ、そうだな。」
リンクの不安を分かっているのかどうなのか、ダークリンクはリンクの否定を更に否定するようなことはしなかった。真剣な顔で言葉を続ける。
「だけどお願いだ。もう少し。もう少しでいい。休んでくれ。」
リンクは首を振った。
「だから、そんな時間はもう、」
「なぁ。俺の頼みは聞いてくれねぇの?」
リンクは息をのんだ。目を見開いてダークリンクを見る。ダークリンクはこちらをじっと見ていた。
「オレ……オレ、は………。」
リンクはしどろもどろになる。ダークリンクの目が真剣すぎて、しばらくダークリンクから目を逸らせなかった。やがて、リンクは俯いた。
「………分かったよ……。」
リンクは蚊の泣くような声で呟いた。
「良かった。休んでくれるんだな。」
ホッとしたような声でダークリンクは言った。リンクは何も言えず、小さく頷いた。休むと言った手前、どこかへ行くことは出来ない。かといって、横になるのも落ち着かない。どうするべきかと思考を巡らせるが、全く良案が浮かびそうにない。ダークリンクに頭を撫でられながら、不安に押し潰されまいと歯を食いしばった。
「大丈夫。」
未だに手を動かしながら、ダークリンクは力強く言った。
「大丈夫だから。回復してしまえば、怖いことなんてなくなるから。」
リンクは泣きそうになった。
“そうか。オレは今、怖いんだ。”
ダークリンクに分かってもらえないと思ったが、もしかしたら自分以上に理解してくれているのかもしれない。そう思うと、なんだか安心した。撫でてくれるダークリンクに身を預け、リンクは目を瞑る。寝息をたて始めるのに、大して時間はかからなかった。
リンクは大人しく休息をとった。しばらく休んだことで傷も癒え、精神的にも回復した。そろそろ動き始めようかとダークリンクと話していた矢先。
「わるい、しらせ。」
キングブルブリンが息を切らしてやってきた。奥で話していたリンクとダークリンクはキングブルブリンの方へ寄った。
「大丈夫?」
息を整えるキングブルブリンを覗き込みながら、リンクは聞いた。一瞬、キングブルブリンはポカンとした気がした。
「おれハつかれタ、ダケ。それヨリ、きけ。もうすぐ、ぜんめんせんそうガはじまる。」
リンクは目を見開いて絶句した。ダークリンクは腕組しながら固い声で聞く。
「どういうことだ。なんでそんな急に話が進んでんだよ。こっちも向こうも、まだ戦力固めてる段階だっただろ。」
キングブルブリンはようやく息が整ったようで、体を起こした。
「くわしい、けいいハしらナイ。すくなくトモ、あした、しんげき、する。じょうほうニよれバ、めがみぐんモうごく。」
リンクは深呼吸した。事態は嫌な方へ動いてしまった。落ち着いて対処をしなければ、更に悪くなる。
「それ、どこかでぶつかるってことだよね?だから、全面戦争、か。」
リンクが状況を整理すると、隣にいたダークリンクが驚いた顔をした。リンクはダークリンクを見て首を傾げる。ダークリンクがなんでもないというように首を振ったので、気にしないことにした。
「ねぇ、キングブルブリン。その場所、分かる?」
キングブルブリンは頷いた。場所を説明する。それは丁度、女神軍と魔王軍の拠点の中間地点らしかった。
「おれハちょうへい、されタ。だから、もどる。」
キングブルブリンは踵を返して出ていった。
「キングブルブリン!」
リンクが呼びかけると、キングブルブリンは足を止め、振り返った。
「ありがとう。気を付けてね。」
キングブルブリンはしばらく変なものを見るようにリンクを見つめていた。
「おまえモ、ナ。」
やがて、それだけ言うと、キングブルブリンは去っていった。リンクはダークリンクに向き直った。ダークリンクは心配そうにリンクを見ていた。
「ダーク?さっきからどうしたの?」
「……はぁ?どうしたって何がだよ。」
リンクは少し首を傾げた。なんとなくダークリンクの様子が気になるが、だからといって、何がおかしいのかはっきりと分からない。いずれにせよ、今の返事からして、むしろ自分が変な質問をしたようだ。
「ごめん、なんか変な感じがして。気にしないで。」
リンクは違和感を押しやり、火急の問題に目を向けることにした。
「明日中には、全面戦争が勃発する。多分、今からじゃ止められない。下手に止めたら、片側が不利になっちゃうかもしれないし。」
ダークリンクがギョッとした顔をした。
「まさかお前、このまま黙って見過ごす気か……!?」
ダークリンクの叫びに、リンクはゆっくりと首を振った。
「もちろん、そのつもりはないよ。だから、オレもそこに行く。そういえば、ここどこ?」
すると、ダークリンクはがくっとバランスを崩した。
「お前……かなり今更な質問するんだな……。」
ダークリンクは体勢を立て直して続ける。
「ここはゲルド砂漠っていうらしい。」
「ゲルド?じゃあ、女神側の土地?」
リンクが聞くと、ダークリンクがはぁ?と言わんばかりの顔をした。
「なんでそうなるんだよ。こっち側のゲルド砂漠に決まってんだろ。俺やキングブルブリンにどうやってそっち陣営のゲルド砂漠に行けって言ってんだ。俺らの時代の、グレーゾーンにあるゲルド砂漠だって難しいぞ。」
「ま、待って。言ってることがよく分からない。ゲルド砂漠って複数あるの?なんで?」
間髪入れずにリンクは聞いた。すると、ダークリンクはしばし動きを止めた。
「……お前、この世界のこと、どれだけ理解してんの?」
ダークリンクは呆れたようにリンクを見ていた。リンクはそれに気圧されながら口を開く。
「実はあまりちゃんとは……。今までの世界が一度に現れた不思議な世界だとは聞いたよ。だけど、まだ全然散策できてなくて……。」
ダークリンクはジト目でリンクを見た。そうかと思うと、ため息を吐きながら頭を掻いた。
「………あー、そうかよ。」
そして、ダークリンクは面倒臭そうにリンクを見た。
「つぅか何、まさか目覚めたばっかか?そんですぐこんなことになってんの?滅茶苦茶だな。」
リンクは額に皺を寄せた。
「……ごめん、何言ってるのか全然分からない。」
「だろーな。理解しなくてもいいぞ。あぁ、だが、1個解説してやる。」
ダークリンクは片手を腰に当て、気だるそうに解説を始めた。
「この世界に来ることを、生まれたとは言わない。目覚めたという。基本的にさ、どっかで気がつくんだ。深い深い眠りから起きるようにな。ついでに言うと、成長という概念もない。見た目は自分で変えれるし。しかも見た目にかかわらず精神年齢は変わらないし。だから、外見じゃ、新参者か判断つかねぇんだよな。で、お前は目覚めたばっか、つまり、生まれたて同然ってこと。」
ダークリンクは最後、リンクに人差し指を向けて解説を終了した。
「う、生まれたて、って……。」
なんだか馬鹿にされた気分で、リンクは更に額に皺を寄せた。だが、ダークリンクは気にも留めずに話を戻した。
「で、地理についてだよな。いろんな時代が一気に現れた世界っていうのは、何も存在だけじゃない。土地も同じだ。いろんな時代のハイラルが現れてる。まぁ、ごっちゃになった都合上というべきか、位置はメチャクチャらしいけどな。お前、散策してないっつうても、少しは歩き回ってんだろ。知ってた場所なかったか?」
リンクは首を傾げながら、歩いた場所を思い返した。
「完全に記憶と一致した場所はなかったけど、似ている部分はちらほら。」
ダークリンクはまたがくっとした。
「……それ、超主要な場所しか行ってねぇな……。」
そして、やれやれといった顔で再びリンクに解説する。
「多分そこは、この世界で手が入った場所だ。多く何かが集まれば、改良とか始めるからな。だから、元の時代と完全一致しなかったんだろ。そうじゃない場所はほとんど一緒だって聞く。ここもそうらしいぞ。キングブルブリンの時代のゲルド砂漠って言ってたが。」
「キングブルブリンの時代のゲルド砂漠……。」
リンクは小さく繰り返した。そして気付く。
「それじゃあ、ここ、キングブルブリンのアジト!?あぁ……そっか……匿ってもらったんだ……。」
助けてもらっただけではなく、更に迷惑をかけていたことに思い至り、リンクは項垂れた。一方、ダークリンクはポカンとした顔をしていた。
「なんで知ってんの?お前、俺のオリジナルだよな?つぅか、そういえばお前、目覚めたばっかでいつキングブルブリンに会ったんだよ?」
リンクはダークリンクの言いたいことがよく分からず、少し首を傾げた。
「オレ、キングブルブリンのいた時代も知ってるよ?」
ダークリンクは顔を引き攣らせた。
「テメェ一体何歳だ。」
そのセリフで、リンクはダークリンクの思考を理解した。苦笑しながら口を開く。
「いや、同じ人生ってわけじゃなくて。オレもよく分からないんだけど、何回か転生してたみたい。その時は生前の記憶なんて持ち合わせていなかったけど、今は全部覚えてる。」
「無茶苦茶だな!」
ダークリンクが叫んだ。だが、リンクとしても笑ってみせるしかない。そして、ふと、当時のことに思いを馳せて、リンクは苦笑いしたまま固まった。
“確かに無茶苦茶かも。あのとき、親も子もオレだったことになるから……。”
「まぁ、とりあえず……。」
気を取り直してダークリンクが口を開いた。
「現場に向かうか。こっからそこまでかなり距離あるしな。言っとくが、俺らは歩きだぞ。」
リンクは頷いた。
「ところで、武器の調達がしたいんだ。なんとかならない?」
「あぁ。お前、丸腰だったな。見つけた時は服もボロボロだったし。」
リンクは一瞬顔を強張らせた。服も調達してもらったことに気づいたが、リンクは何も言えなかった。ダークリンクは棚の方へ行った。
「確かここにあるやつ使っていいって言ってたぞ。」
ダークリンクは棚をがさごそと漁っている。
「色々ありそうだな。何がいるんだ?とりあえず剣は……これとか?」
ダークリンクは剣を一本リンクに差し出した。リンクはそれを受け取った。
「ありがとう。これで十分だよ。」
ダークリンクはリンクの方へ振り返った。その顔はかなり不機嫌そうだった。
「お前、色んな種類の武器使ってるって聞いたけど?俺との戦いでも、変な炎やらハンマーやら使ってたし。」
最終的には剣だったけどさ、とつけ加えながらダークリンクは言った。リンクは苦笑いした。
「君、強かったから、いろいろ試したんだよ。でも、基本は剣だから。これで大丈夫。」
ダークリンクはやはり不服そうだったが、それ以上は何も言わなかった。
.