オレが目指す世界

反射的に瞑っていた目を開けると、景色が変わっていた。全くありがたくないことに、ワープは成功したらしい。何かを考える隙もくれず、ギラヒムはリンクを押し倒した。膝をついて全身が倒れるのをなんとか免れる。いきなり何をするんだとギラヒムを睨むが、ギラヒムはもうリンクを見ていなかった。文句の一つでも言ってやりたいところだが、何を見ているのか気になる。だから、ギラヒムの目線を追った。すると、その先にはなんと、ガノンドロフが玉座に座っていた。興味深そうにこちらを見ている。それを確認して、リンクは苦虫を噛んだような顔をした。何の準備もなく、いきなりラスボスの前に差し出されてしまった。

“オレは、どうしたらいい!?”

リンクは必死に考えを巡らせた。

「魔王様。ただいま戻りました。」

ギラヒムが恭しくお辞儀をすると、ガノンドロフはゆっくりと頷いた。そして、少し首を傾げる。

「それは?」

「我らが同胞と同様に、牢に繋がれていまして。」

嘲笑混じりにギラヒムは答える。ガノンドロフは意外そうな顔をした。

「牢に、か。」

「はい。いかがいたしましょう?」

ガノンドロフはリンクに目を向けた。リンクの中に緊張が走る。だが、そのことで逆に落ち着きを取り戻した。

“ここで間違えたら一巻の終わりだ。冷静に対処しないと。”
心の中で言い聞かせながら、リンクは何も言わず、ただじっとガノンドロフを見つめ返した。

「小僧、お前は本物か?」

“ま、またそれか……。”

内心がっくりとしたが、リンクは表に一切出さなかった。少し思案してから答える。

「そうだけど。どうしたら信じてくれるの?オレの言葉じゃ、説得力ないでしょ?」

その返答を聞き、ガノンドロフはフッと笑った。

「確かに。その上、女神陣営で獄中にいたと聞けば、疑う他ないな。」

リンク顔を歪ませて視線を外した。正直、あまり触れてほしくない。ゼルダに自分の想いが全く届かなかったことは、かなり辛かった。

“だけど、それで諦めるわけにはいかない。………待てよ。”

リンクはガノンドロフに目線を戻した。ガノンドロフは意地悪い笑みを薄っすらと浮かべながら、こちらを見ている。どうやら、リンクの反応を見て楽しんでいるらしい。

“これはラストチャンス、かも。女神側に通用しなくても、魔王側をその気にさせてしまえば……。”

魔王側の説得の方が女神側より何十倍も難しいはずだとか、ダークリンクに任せておくべきだとか、色々と考え込みそうになったが、何もしないではどの道自分の身も危ない。リンクは意を決すると、口を開いた。

「ガノンドロフ。オレは、剣を置く。」

強い光を瞳にたたえ、リンクは言い切った。リンクが決意した瞬間、ガノンドロフは何かを察したらしい。少し首を傾げていた。しかし、この言葉を聞いた途端に眉を顰めた。

「何が言いたい。」

「女神軍との闘い、終戦してほしい。」

「アッ、アハハ!!」

ギラヒムが堪えきれずに声を出した。リンクがギラヒムを見ると、ギラヒムは腹を抱えて大笑いしている。周りにいる魔物達も馬鹿にしたように笑っていた。

「リンク君、まさか、投獄の理由はそれ?終戦したい?君、正気?」

ギラヒムは相変わらず笑っている。

「オレは真面目に言っている。」

ギラヒムにはそれだけを言い、ガノンドロフの方へ向き直った。

「対立していても意味はない。同じことの繰り返しだ。何かあるとすれば、恨みつらみが募るだけ。」

「終戦してどうすると?終戦だけなら、そちらが屈服したらいいと思うが?」

「それだと一緒だ。女神側の恨みが溜まって、結局反撃に出るだろう。逆も然り。……オレは、共存をしたいんだ。」

大爆笑の渦が沸き起こった。ガノンドロフも失笑している。リンクは立ち上がって声を張り上げた。

「そちらに何か言い分があることは分かってる!それはこっちだって同じだ!だけど、歩み寄れないことはないはずだ!!」

しばらく魔王軍は笑っていたが、ガノンドロフが手を挙げた。途端に静かになる。

「なるほど。そういうことか。」

「……何?」

構えるリンクに対して、ガノンドロフは頬杖をつき、余裕の表情で言った。

「ダークリンクを差し向けたのはお前だな?」

「……どういう意味?」

リンクは嫌な汗を感じつつも、表に出さないように、努めて冷静に返した。すると、ガノンドロフは何やら手で合図をした。リンクは眉間に皺を寄せてそれを見ていた。

「面白いものを見せてやろうと思ってな。」

リンクの怪訝な顔を楽しそうに見ながら、ガノンドロフは言った。

「面白いもの?」

絶対自分の嫌なものだと分かってはいたが、一先ずガノンドロフに話を合わせた。だが、ガノンドロフは意地悪い顔をするだけでそれ以上何も言わなかった。

“一体何をするつもりだ……?”

来るべき出来事に備えたいが、考えていても見当がつかない。何も分からない状態で待たされるのは苦痛だった。

「来たようだな。」

ガノンドロフの声で思考から現実に戻り、リンクはガノンドロフを見た。すると、ガノンドロフがある方向を顎でしゃくった。そちらに目を向ける。ザントが何かを引っ張ってきていた。重いものなのか、ゆっくりした足取りで近づいてくる。近くまで来ると、ザントはリンクの隣に引っ張ってきたものを投げ捨てた。

“そんな……!”

それはダークリンクだった。奇しくもリンク同様、首に鎖を巻かれている。さらに、新しそうな傷があちこちに見受けられた。意識はあるようで、リンクと一瞬目が合った。しかし、ダークリンクはすぐに目を逸らした。

「こいつも同じようなことを言っていたという情報があってな。」

ガノンドロフが話し始めたので、リンクはガノンドロフに顔を戻した。リンクから血の気が引いていた。

「拷問にかけたが、一向に認めない。だが、同じことを言う小僧が現れては、否定も出来まいな?ダークリンク?」

「違います……!女神軍との共生なんてどうでもいい!そんなの俺だってお断りです!信じてください……!」

ダークリンクは弱々しい声で懇願する。リンクがチラリとダークリンクを見るとダークリンクは恐怖で震えていた。

“……ごめんね、ダーク。こんな目に合せちゃったんだね。”

リンクは少し目を伏せたが、再び、意地悪く笑うガノンドロフを見据えた。

「この人、君達の仲間なんじゃないの?こんな酷いことをするなんて。」

ダークリンクはビクリと身を震わせると、勢いよくリンクの方に身を向けた。

「ば、馬鹿野郎!余計な事言うなっ!!」

焦燥感溢れる声でダークリンクはリンクに叫んだ。しかし、リンクはダークリンクに見向きもせず、ガノンドロフを見続けた。そのガノンドロフは不思議なものを見るようにリンクを見ていた。

「ダークリンクはそこそこ実力あったから、地位も高いのかと思っていたけど。違ったのかな。それとも、地位とか関係ない?」

「いい加減にしろっ!!」

恐怖で我を忘れているダークリンクがリンクに襲い掛かった。だが、面白がったギラヒムに鎖を握られ、阻止されてしまった。そこでようやくリンクはダークリンクに顔を向けた。

「ごめんね。君なら大丈夫だと思ったんだ。」

ダークリンクは目を見開き、力なくリンクを見た。ダークリンクから色が全くなくなっていた。しばらく呆然とリンクを見つめていたが、やがてダークリンクは項垂れた。

“ごめん、ダーク。もう少しだけ辛抱して。”

ダークリンクの様子に心は痛んだが、それはおくびにも出さず、リンクは優しくダークリンクに微笑んだ。そして、もう一度、ガノンドロフに向き直った。

「オレ、上手くなりすませてたみたいだね。ダークリンクを選んだ最大の理由は、オレと同じ姿だったことだけど、まさかここまで騙されてくれると思わなかった。」

「は?」

ザントの不機嫌な声を皮切りに、あちこちから怒りの声があがった。ガノンドロフは無表情でリンクとダークリンクを見比べている。リンクが横目でダークリンクを確認すると、ダークリンクは顔を上げ、自身を見つめていた。目を真丸にしている。理由は分からなかったが、それで誤魔化しが失敗することもないだろうと思い、リンクは放置することにした。

「ダークリンクになりすましていた、か。目的は?」

ガノンドロフが静かに問うた。リンクはガノンドロフを真っ直ぐ見ながら答える。

「言ったでしょ。オレは、共存したいんだ。流れでここに来てしまったから、今、説得しているけど、君達にオレが直接言っても難しいと思っていた。だから、ダークリンクの姿を借りたんだ。……まさか本人に、こんなにダメージを与えていたとは思わなかった。」

そこでリンクは目を伏せる。最後の一言は本心だった。こんなことなら、ダークリンクに依頼するべきではなかったと本気で後悔した。ガノンドロフはやはり無表情のまま、リンクを見据えていた。やがて、つまらなさそうな顔をすると、再び手で合図した。鎖を握っていたギラヒムもまた、面白くなさそうな顔をしていたが、ダークリンクから鎖を外した。ダークリンクは、自由の身になっても呆然としていた。だが、

「お前は下がれ、ダークリンク。」

とガノンドロフに冷たく言われ、現実に戻ってきたようだ。ダークリンクは一礼し、姿を消した。リンクは、どうなることかと内心ハラハラしていたが、冷めた目で一連の流れを見るよう努力した。ダークリンクが解放され、人知れず胸をなでおろす。ガノンドロフに目を戻すと、ガノンドロフはリンクを見つめていた。今、自分が一安心したのを気付かれたかと危惧し、様子をうかがう。

「それで。共存をしたい、か。それをお前が言うか?」

本題に話が戻ったので、ダークリンクはもう大丈夫だろうとリンクは安心する。気を取り直して、リンクは真剣な顔で頷いた。

「我らを虐殺し続けてきたお前が?」

全く予想だにしない問で、リンクは動揺した。リンクははじめ、言われている意味を理解しきれなかった。だが、徐々に何を言わんとしたかを理解し、真っ青になる。

「お前らにとって、悪の象徴は俺だろう。だが、こちらにとって憎むべき仇はお前だ、小僧。どの口がそれを言う?」

「それ、は……。」

ガノンドロフの言う通りだった。そこまで考えが至らなかった自分が恨めしい。言葉を詰まらせるリンクに、ガノンドロフはニヤリと笑った。

「ザント。」

「はい、ガノンドロフ様!」

ザントは元気よく返事をして前に出てくる。

「好きにしていいぞ。ただし、殺すなよ。」

リンクは真っ青になったまま、その場にとどまっていた。むしろ、逃げ出さないように、踏ん張っていた。今からの惨劇を受け入れろと言い聞かせながら。そして、リンクは次々と暴行を受けた。魔物が入れ替わり立ち替わり何かをしてくる。誰に何をされているのか、理解する余裕もすぐになくなった。ザントの次が誰だったのかさえ分からない。リンクは抵抗しないようにすることに必死だった。避けようと思えば避けられた攻撃は多々あったが、抵抗しないことがこちらの誠意だろうと感じ、リンクは全て受け止めた。意識を飛ばしてしまえば幾分か楽だっただろう。しかし、それではその後の対応が出来ない。そもそも、彼らの怒りを受け止めたことにならないと思った。だから、なんとか意識を保っていた。いつまで続くのか、そもそも終わりなどあるのかと考え始めるが、暴行は続いている。やがて、それすら考えられない程意識が朦朧としてきた。突然、何の刺激もなくなった。だが、体を動かすことはおろか、目を開けることも叶わない。音も上手く拾えなくなっていた。

“オレ、このまま死ぬのだろうか。”

かろうじて形になったその思いを最後に、リンクは気を失った。






リンクはふわふわとした感じがしていた。覚醒するかしないかという、微妙なラインを行ったり来たりしている。突然、何か衝撃が来た。そこで一気に覚醒する。意識がしっかりすると、全身が痛みだした。頭もガンガンして、何も考えられない。再び先程と同じ刺激、顔に冷たいものがバシャッと当たった。リンクは咳き込む。どうやら水をかけられていたらしい。

「いつまで寝ている気だい?リンク君。」

嘲るような声がした。言葉の意味を理解する前に、襟首をつかまれ、乱暴に引き寄せられる。

「いつまで寝てるのかと聞いているんだ。」

パシンといい音が響いた。頬を平手打ちされたのだ。かなり痛いはずだが、全身がおかしすぎてあまり感じない。しかし、それにより、ようやく思考が働きだした。

“ここはどこだろう……。いや、その前に。オレはどうなった……?”

リンクはゆっくりと目を開いた。ニヤリと笑うギラヒムが視界に飛び込んでくる。

「やっと起きたね。待ちくたびれたよ?」

「ギラ、ヒム……?」

パシン。また叩かれたようだった。力が入らないので吹き飛ばされそうになるが、ギラヒムにしっかり捕まれていて、それは防がれた。だが、衝撃を自身で受け止めなければならず、リンクは咳き込んだ。

「呼び捨てとはいい度胸だね、リンク君。」

荒い息をしながら、リンクは答えることができない。意識が朦朧とし始めているが、状況を理解しようと気力を保つ。

「ねぇ、ワタシのこと、もう一度呼んでみなよ?リンク君?」

“ギラヒムの口車に乗るのは、得策か否か……。”

リンクは漠然と思った。だが、そう長く考えないうちに、ギラヒムは鼻で笑うとリンクの腹に強い蹴りを入れた。今度は押さえる気もなかったらしく、リンクは突き飛ばされた。壁に強く激突し、全身への痛みを流石に感じる。そこからどうにかして動くべきなのは理解できるが、体が全く言うことをきかない。呻き声を上げ、身じろぎするのが精一杯だ。すると、体に重みがかかった。

「フフ、いい気味だ。」

更に重みが増す。動けないため、目で確認することはできないが、おそらく足を乗せられているのだろうとリンクは思った。

「君のしつけはこれからじっくりすることにして。今の状況が全く分からないのではあまりにも可哀想だ。」

重みがなくなった。そうかと思えば、まだついていたらしい鎖を引っ張られ、起き上がらされる。ギラヒムはリンクと目を合わせた。リンクも必死で目を開け、焦点をギラヒムに合わせる。

「キミはワタシのもの。反抗なんて許さない。」

“……説明する気ないな、それ……。”

リンクはぼんやりと思った。ギラヒムは怪しい笑みを浮かべながらリンクの頬をなでた。

「可愛がってあげるから、覚悟しなよ?」

そう聞こえた次の瞬間、激痛を感じた。ギラヒムがリンクに暴行しているのだ。すぐに考える力を失う。だが、意識を完全に失う前に、暴行が止まった。

「絶対に楽なんてさせてあげないよ?これからが楽しみだねぇ。」

どこから声がしているのか判断つかない。また強い一撃が入り、リンクは一瞬息ができなくなった。なんとか空気を吸い込むと、何かが自身に取り付けられていることに気付いた。

「ワタシは用事があるから、待っててね、リンク君。」

「があっ!」

今まで声をあげるのも億劫だったのだが、予期せぬ刺激に声が出た。全身を何かが通っていくような感覚がする。予期していなかったとはいえ、この感覚は知っている。ビリビリ、ビリビリ………。

“あぁ、そうか……電気だ……。”

いつの間にかつけられていたものは電極だったのだ。ぐったりしながらも意識を飛ばすことすら出来ず、リンクはただ耐えた。





その後も、ありとあらゆる手段で徹底的に痛めつけられた。リンクはギラヒムの暴行を甘んじるしかない。どれだけの時間が経ったのかも分からなくなった。ある時、自身がギラヒムのものだと言われた時のことを思い返し、

“説明する気がない……じゃない、か……。オレにはあれで、十分なんだ……。”

と、思った。そう考えるくらいには神経が参っていた。それからは弱っていく一方で、これがまともに考えられた最後だった。その後はギラヒムの暴行によって、思考力が完全に奪われた。リンクはギラヒムに弄ばれるだけの存在と成り果ててしまった。だが、ギラヒムにリンクを殺すつもりはないようで、死ぬギリギリのところで生かされていた。





「――――。」

何かの声がする。今、近くにギラヒムがいないことはなんとなく感じ取っていた。そのため、はっきりとした思考にならずとも変だと思う。リンクは声を確認しようと動こうとした。だが、やはり体は言うことを聞かない。その後は何も感じ取ることができなかった。気のせいだったかとすぐに動くことを諦める。少し体が楽になり、睡魔に襲われた。ずっと寝ることも許されない状態だったので、リンクは疲れきっていた。少しだけなら許してくれるだろう、とリンクは睡魔を受け入れた。





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