オレが目指す世界

インパに続いて部屋に入ると、彼女は窓から外を眺めていた。久々の対面に、リンクの胸は高まる。

「何やら騒がしかったようですが、何かありましたか?」

ゼルダは体勢を変えることなく問いを発した。

「はい。鼠が入りこんでおりまして。」

言いながらインパはリンクを前に押し出した。

“ね、鼠って……。”

押されたことで崩れた体勢を立て直しながら、リンクは苦笑した。このやりとりで、インパの他に誰かいると分かったらしい。ゼルダがようやくこちらを向いた。そしてすぐに、顔を綻ばせた。

「リンク……!」

リンクはゼルダに微笑みかけた。

「ゼルダ。久しぶり、でいいのかな。」

「ふふ、そうね。久しぶりというのが、最も適しているわね。」

コホン、と後方で咳払いが聞こえた。インパを見ると、微笑ましそうな顔をしていたが、話を進めろと目が言っていた。

“……オレに話があると分かってる?いや。おそらく、ゼルダの方に話があるんだ。”

ゼルダに顔を戻すと、ゼルダから楽し気な雰囲気が消えていた。何か重大な話らしい。リンクも聞く体制をとった。

「リンク。この世界のことは、理解していますか?」

リンクは静かに首を振った。

「そうですか。この世界は、かつてのハイラルが一度に現れた、いわばクロスオーバーの世界です。異なる時代の民や文化が混在しています。」

「かつてのハイラル……。」

「はい。その世界を前世とするならば、我々はその時の記憶を保持したまま、この世界に転生したと考えることが最も合理的でしょう。」

唐突に始まった難しい話に、頭が痛いような感じがしながら、リンクは必死に話についていく。

「その前世が複数ある可能性は?」

「あり得ると考えることが筋だと思います。例えば、私はいくつかの時代を生きたようです。そして……それはあなたにも言えるのではありませんか?」

リンクは頷いた。

「全ての存在を確認したわけではないので、断言は出来ませんが。同じ名前の者は、かつてのハイラルで転生をしていた、つまり同一人物であったと考えています。私はハイリアとして存在したこともありますが、ゼルダという存在は全て私自身です。同様のことがインパにも言えるようです。」

インパの方を見ると、インパはゆっくりと頷いた。リンクはゼルダに顔を戻した。

「これは、我々の話に留まらないと考えています。魔王ガノン、またはガノンドロフという人間も、例に漏れていないはずです。」

リンクは顔を引き締めた。部屋が少し暗くなる。窓から外を確認すると、城に浸入したときは晴れ渡っていたのに、嫌な色の雲が増えてきていた。

「この世界で、既に彼の者の姿は確認されています。ですから、必然的に彼の者との争いは起こるでしょう。リンク。私はこの国を治める者として、同じトライフォースを担う者として、また……友として、お願いします。あなたの力をお貸しください。」

ゼルダはじっとリンクを見ていた。その眼は黒真珠のように秘めやかな、それでいて強い光をたたえている。その眼を見つめながら、リンクは何故自分がここに来たのかを考えていた。そして、その実現のために、今からの波乱は避けられないことに思い至る。ゼルダの頼みを断るのはかなり辛い。このままゼルダに協力したい衝動にかられた。迷いを悟られぬよう、リンクは目を伏せた。左手の甲が目に入る。僅かに見える三角印、勇気のトライフォース。リンクはそれをそっとさすった。

“……オレのトライフォースは、勇気だ。”

リンクは目をつむり、ゆっくりと息を吸った。目を開けながら顔を上げ、ゼルダを見据える。

「ガノンドロフと戦うための協力は出来ない。」

「なっ!」

リンクがきっぱりと断ると、インパが驚きと怒りの混ざった声を上げた。ゼルダは目を見開き、手で口を覆っている。外から冷たい風が入ってきたのが分かった。雨が降りだしたらしい。リンクはゼルダを真っ直ぐ見据えたまま言葉を続けた。

「オレは今日、あいつらとの争いを進めるために来たんじゃない。止めるために来たんだ。」

ゼルダは不安そうな顔をしながらリンクを見つめていた。後ろからも何も言われない。

「結論を言うと、オレはこちら側の存在だけでなく、あいつらとも共存したい。」

「ふざけるな!!」

罵声と共に後ろから引っ張られ、インパに向き合わされた。襟首を掴まれているので、少し苦しい。

「魔物と共存?あんなやつらと暮らすなんてもっての他だ!!同じ
空気を吸うことも耐えられん!」

憤るインパに対し、リンクは冷静でいるように努めた。

「それはただの拒絶だよ。何のために戦うの?どうして争うの?」

「お前っ!」

「インパ、一度リンクを離しなさい。」

ゼルダが固い声で言った。インパは渋々リンクから手を離した。

「リンク。忘れたの?魔王はいつも暴虐無人、魔物は我々を余興で襲った。」

リンクはゼルダに向き直った。

「確かに楽しんでいたやつもいたけど、それだけかな。必要に迫られたところもあるんじゃない?」

ゼルダは眉を顰めた。

「……必要?」

リンクは頷く。

「そう。オレ達も必死だったけど、それは向こうも同じなんじゃないかと思うんだ。」

「有り得ない。」

インパは苛々とそれだけを言った。リンクを睨み付けている。腕組みをしながら、衝動に耐えているようだった。リンクはインパに目を向けた。

「どうしてそう言い切れるの?あいつらがやったことは許されないことだから?」

「分かっているなら答えさせるな。考える余地もない。」

インパが吐き捨てるように言った。

「……それ、オレ達も同罪だと思うよ。」

とうとうインパは剣を引き抜き、リンクに突きつけた。

「それ以上馬鹿なことを言うと、反逆罪になるぞ。」

リンクはあくまでも冷静に言葉を続ける。

「いきなり全部を受け入れろとは言わない。互いにつもり積もった因縁があるし。だけど、理解しようと努力しても、」

「お黙りなさい。」

ゼルダが凛とした声で言った。その声はひどく冷たかった。リンクがゼルダに目を向けると、ゼルダは軽蔑しきった目でリンクを見ていた。

「リンク。あなたの言ったことは虚言もいいところです。ただでさえ不安定であるのに、我々を混乱させないでください。」

リンクは冷静さを欠き捨てた。ゼルダに向かって叫ぶ。

「ゼルダ、お願いだ!分かって!このまま争っていても何の解決にも繋がらない!今まで何度も戦った!オレらは勝利もしてる!だけど、また闇に戻ってるよね?それ、一体何回繰り返した!?戦いじゃ、意味がないんだ!!」

ゼルダはため息を吐いた。

「だからと言って、共生する必要性は皆無です。」

「だったらせめて、話し合いを」

「それが可能だと、本気で考えていますか?」

ゼルダの冷たい声が響いた。リンクは気をなんとかもたせながら言った。

「難しいのは分かってる。だから、まず、戦闘を止めてほしい。」

「お前は私達を滅ぼしたいのか。格好の獲物じゃないか。」

やはりインパが苛々と言った。

「そのために話し合ってほしいんだ!少しずつでも歩み寄れたら、」

「いい加減にしろ!」

インパはリンクを突き飛ばした。不幸中の幸いが、引き抜いていた剣を使用しなかったことだ。

「インパ、」

気を奮い立たせながら、リンクは呼びかけるが、

「少し頭を冷やした方が良いと思います。」

ゼルダに遮られてしまった。

「ゼルダ、」

「インパ、リンクを牢へ。抜かりないように。」

ゼルダへの呼びかけも無視され、聞こえてきた言葉にリンクは目を見開いた。

「待って!話を聞いて!」

「承知しました。」

インパはリンクを強い力で掴んだ。出口へ引っ張っていく。

「インパ!離して!話はまだ終わってない!」

「黙れ。もう聞くことはない。」

「ゼルダ、……!」

ゼルダの方を見たが、もう彼女はこちらを見ていなかった。尻込みしそうになるが、叫ぶ。

「考えておいて!戦闘ではない、平和的解決を!!オレ達なら、できるから!!」

最後まで言えないうちに、扉が閉じられた。いつの間にかもう一人兵士が来ていて、リンクは動きを封じられている。二人がかりで引っ張られた。

「インパ!こんなやり方ではダメなんだ!いつまでも敵対していたら意味がない!魔物にもいいやつはいる!オレ達が知らないだけで、他のやつらも」

「いい加減その口を閉じろ。耳障りだ。」

せめてとインパに説得を続けるが、インパに斬り捨てられた。だが、リンクに引き下がる気はない。

「魔物達との共生はそんなに嫌?今、インパは、同じ人間であるオレを理解できてないよね?それと何が違う!?」

突然、腹に衝撃が来た。リンクは咳き込む。どうやらインパが殴ったらしい。

「流石の私も我慢ならん。次は容赦せんぞ。」

リンクはそれでも言葉を続けた。自分の願いをがむしゃらに伝え続けた。思考が上手くまとまらないまま話していたので、支離滅裂な部分もあったが、それに構う余裕はなかった。そうこうするうちに牢にたどり着いていた。リンクは床に押し付けらた。抵抗するが、気づかぬうちに兵士が増えており、全く歯が立たない。カチャリと嫌な音がしたかと思うと、首に冷たいものが巻かれた。それが鎖だということに気づき、悲しくなる。リンクは抵抗をやめた。それと同時に兵士達の押さえがなくなった。無言でリンクを牢に放り込んだ兵士達は去っていった。その中にインパもいたはずだが、それを確認する気力も残っていなかった。リンクはぼんやりと足音が遠ざかって行くのを聞いていた。しばらく押し倒された体制のまま動けなかった。

“参ったな。ここまでされるとは思わなかった。それにしても、どうしよう。このままじっとしているわけにはいかないし。”

リンクはおもむろに身を起こした。辺りを見渡す。リンクは四角い区画に入れられていた。リンクの前方には石造りの壁。先ほどつけられた鎖は、その壁に繋がっている。左右も同様に石造りの壁が広がっていた。元は物置だったのか、その前には大きな箱が無造作に積まれていた。そして、リンクの後方、つまり押し込まれた側には、鉄格子が嵌められている。ミドナと出会った時を思い出すな、と思いながら、リンクは鉄格子の方に歩み寄った。鉄格子のうちの一本を握ってみる。思った以上に強度がある。色々と試してみるが、ビクともしない。リンクは鉄格子の向こう側に目を向けた。どうやら他にも牢が存在しているらしい。自身は随分と奥まで連れてこられたようで、この部屋全体から出る扉をここから把握できなかった。近くの牢を観察する。死角になる部分があるが、誰もいなさそうだ。だが、さっきから物音はしている。自分の他にも入れられた人はいるみたいだ。その時、どこかで扉の開く音がした。人の声と何かがギャーギャー騒ぐ声がする。リンクは耳をそばだてた。

「おい、さっさと歩け。」

「ギャーギャー。(うるさい。お前らなんかの言うこと聞かない。)」

「お前の意思なんて関係ないんだよ!ここに入ってろ!」

バシンという音がし、

「ギャ!(痛い!)」

と声がしたと思うと、ガシャンと金属の音がした。

「まったく、これだから魔物は手がかかる。」

連れてきたと思われる兵は部屋を出て行ったようだった。すると、ギャーギャー声があちこちからする。

「(おいお前!大丈夫か?)」

「(おー、大丈夫だ!それにしても女神軍は手荒だな!)」

「(ホントホント。機会があったら八つ裂きにしてやる!)」

“ちょ、ちょっと待って……!”

リンクはフラフラと後ずさり、鉄格子から離れた。

“ここにいるのは女神側の種族だと思っていたけど、違うの!?いや、でも、内容は理解できる。だけど、よく考えてみたら、あのギャーギャー声……。”

リンクは記憶を掘り起こす。思い当たることがあり、目を見開いた。

“ボコブリンの声、だ……。じゃあ、やっぱり、ここにいるのは魔物……?”

今度はそっと鉄格子に近づき、注意深く辺りを見渡した。先ほど確認した区画の他、近くの区画には何も入っている様子はない。だが、さっきから聞こえている物音は健在だ。聞き慣れ過ぎて気付かなかったが、よく考えてみたら、この音は女神軍勢によるものではない。自身が入れられた牢が、魔王軍のためのものであることを否定できなくなり、少し、いや、かなりショックを受けた。

“魔王軍の回し者にでも映ったのかな、オレ……。”

だが、落ち込んでいる場合ではない。ここでは何が起こるか分からない。尚更脱出する必要がある。さてどうしようかと本気で考え始めたその時。

パチン。

聞いたことのある、嫌な音を聞き取った。嫌な予感しかしない。リンクは音を立てないよう細心の注意を払いつつ、急いで側に積まれた箱を利用し、牢の陰に身を潜めた。

「あぁ可哀想に、我が同胞よ。こんなところに閉じ込められて。迎えに来たよ。」

魔物達が喜びの声をあげる。一方リンクは、予感が的中し、更に息を潜めた。

“ギラヒムだ……!”

正直、あまりいい思い出がない。同盟を結ぶなり、協力するなり、自分が望む世界にするのなら、いつかは対峙しなければならないが、ガノンドロフの次、いや、もしかしたらそれ以上に厄介な相手だった。ギラヒムは鼻歌を歌いながら、パチンパチンと指を鳴らしている。どうやら、それぞれの区画にいる魔物を転送しているらしい。リンクは気を引き締めた。今見つかるのは不味い。話を聞くどころか、瞬殺される可能性が高い。ドクドクと心臓がうるさく鳴るのを感じながら、外部では一切音を出さないよう、リンクは身を固くしていた。息を殺してじっとしているリンクの牢に、ギラヒムは近づいてきた。

「この辺りは空のようだね。……ん?」

ギラヒムはリンクの牢のすぐ近くで足を止めたようだった。

“何故そこで止まる!?お願いだから早くどこかへ行って!気付くな!!”

ギラヒムが何をしているのかは分からない。確認するわけにもいかなかった。そのため、リンクは祈ることしかできない。永遠にも思われる程長く感じたが、

「フフッ。」

と鼻で笑うと、ギラヒムは牢から離れていった。不安は残るが、危機は脱したようだ。だが、まだ近くにいる。リンクは気を緩めずに待った。次々と転送しているのを感じる。やがて、パチンと一際大きく音が鳴ったのを最後に静かになった。おそらく、ギラヒム自身もワープしていったのだろう。しかし、リンクはしばらくじっとしていた。耳を研ぎ澄ます。何も音を感じられない。何もいなさそうだ。リンクは、それでも用心して、そっと箱の陰から辺りをうかがった。ここにしばらくいたということは、何かを仕掛けていった可能性もある。だが、何も確認できなかった。目で見ても脅威が去ったと判断し、リンクはようやく陰から出て、緊張を解いた。そのとき。突然両肩に手を置かれた。リンクはビクリと反応し、目を見開いた。

「こんなところで何をしているのかな?リンク君。」

声がしたかと思うと、頬を舐められた。ぞわりと鳥肌が立った。リンクは半ばパニックになりながら、慌てて前に出て、後ろの奴から距離をとる。しかし、

「うっ!」

首に付けられていた鎖のせいであまり離れることができなかった。首元の鎖に手をやりながら、そんなに鎖の先は遠かったかと鎖を目でたどる。鎖の先は壁ではなく、程近くに立つギラヒムの手の中にあった。

“いつの間に……!”

至近距離にギラヒムがいたことも驚きだが、鎖の先を握られていることにリンクは焦った。それが分かったのだろう。ギラヒムはクスクス笑いながら、鎖の先をリンクに見せびらかした。

「この鎖、かなり不自然な延び方をしていてね。不思議に思って見ていれば、僅かに震えたんだ。だから、この区画にも何かがいることは分かっていた。」

“だからしばらくそこにいたのか……。”

リンクは歯嚙みした。そんなリンクを嘲笑いながら、ギラヒムは鎖を引き寄せた。為す術もなくリンクは引っ張られ、ギラヒムの側まで来る。ギラヒムはリンクの顎を持ち上げた。

「折角迎えに来てあげたのに出てこないから、味方ではないのだろうと思っていたけれど。まさか君だったとはね。」

ギラヒムはニヤリと笑った。

「いいものを見つけた。これは魔王様もお喜びになる。」

「魔王様?え、待って!まさか!?」

ギラヒムが何をしようとしているかを悟り、リンクは制止の声をあげた。しかし、ギラヒムがそれを聞き入れるはずがない。パチン、とギラヒムはリンクを連れてワープした。





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