オレが目指す世界

中立を心掛けようと決めたリンクは、帰路についていた。その道中、強い殺気を感じ取った。リンクが危険を察知し、前転すると、カンと金属が地面に当たる音がした。振り向くと、そこには、真っ黒だが、リンクと全く同じ姿の者――ダークリンクがいた。おそらく彼は、どこか高いところからリンクに向かってジャンプ斬りを繰り出したのだろう。ダークリンクは剣を振り下ろした体勢から立ち上がり、リンクに対してニヤリと笑って見せた。

「流石勇者様だな。行動が早い。もうこんなところまで来たのかよ。」

リンクは、見つかったことに戸惑っていた。どう行動するのが正しいのか、判断できない。しかし、それでは埒があかないので、困惑しながらも、リンクは口を開く。

「あのさ、オレ、」

「まぁ、そろそろ来るとは思っていたが。だからこうやって見つけられたわけだし。さて、お前の首でも取って、褒美をもらうか。」

だが、ダークリンクにリンクの言葉など聞く気はないらしい。ニヤニヤ笑いながらそう言うと、ダークリンクは持っていた剣を振り上げ、リンクに襲い掛かってきた。

「ま、待って!オレ、君と戦う気はないんだ!」

リンクは慌てて攻撃を避けながら叫んだ。言葉にあるように、武器は構えていない。

「寝ぼけたことを言うんじゃねぇ!俺達が出会って、戦わないなんて選択肢はねぇんだよ!」

ダークリンクは叫び返すと、次の攻撃を繰り出した。

“……中立を、って思った矢先に、ってカンジだけど……。仕方ない。ここは戦うか。”

リンクは、話が通じないことを歯痒く思い、内心ため息を吐いていた。だが、意を決すると、剣を引き抜いた。





勝敗はすぐについた。襲い掛かったダークリンクは、リンクにあっさり負け、地べたに横たわっている。リンクは、武器をしまうとダークリンクの側に行き、膝をついた。

「大丈夫?久々だったから、ちょっとやりすぎたかも。」

リンクは、心配しているのを隠さずにダークリンクを覗き込んだ。当然、ダークリンクは不審そうな顔をした。

「あ?ってか、お前、何でとどめを刺さないんだよ……!」

“今まで敵対してきたんだから、この反応は当然だよね。”

リンクは悲しそうに微笑んだ。

「さっきも言ったけど、オレ、もう戦いたくないんだ。」

「だから、何寝ぼけたことを言ってんだよ!」

ダークリンクはリンクを睨みつけた。説得は難しいと分かっていたが、リンクは今の心境を話すことにした。

「オレ達と君達、共存しようと思えば出来ると思うんだ。」

リンクがそう言った途端、ダークリンクの目の色が変わった。

「ふざけんな!そんなことあり得ねぇ!」

リンクはそれに怯みそうになる。しかし、ここで負けては絶対に叶わない願いだと自分に言い聞かせ、冷静に言葉を続けた。

「誰もそれを実現しようともしなかった。やってみる価値はあると思うんだ。」

“お願いだ、分かって……!”

リンクは心の中で哀願しながら、ダークリンクを見つめた。

「ハッ。それで俺を殺さなかったのか?何、俺に協力しろとか言い出すんじゃねぇだろうな。」

鼻で笑うダークリンクを、リンクは真剣な表情で見つめた。

“……協力……。欲しいかも。全くそんなこと考えていなかったけど……、オレ一人ではかなり難しい。特にガノンドロフ側は。だったら……!”

「その通りだよ。オレは、君の協力が欲しい。」

リンクは、ダークリンクに協力を要請することにした。

「は?お前何言ってんの?無理だよ、俺が死ぬ。」

当然ながら自己保身に走るダークリンク。

“危険なのは分かってる。分かっている、けど……。”

「お願い、協力してよ。」

リンクには頼み込むしか術がなかった。

「大体さ、こっちとそっちが手を組むなんてあり得ないだろ。」

「対立していたら今までと同じ。その上、また復活して繰り返すだけ。」

「それが俺達の定めだろ。ってか、こっちが負けるの前提か。」

「変えたいんだ。」

「スルーかよ。」

リンクは苦笑した。

「勝敗に関しては、今まで女神側が勝ち続けてたでしょ。第一、ずっと2対1だから、女神側が有利になるのは当然だよね。」
ダークリンクはやれやれと首を振った。だが、それに関しての反論はそれ以上しなかった。

「で、お前は何で女神側につくのをやめたんだよ。今まで通り、女神側についてたら、何か都合が悪いのか?」

“そう、はっきり言ってしまうのか……。”

リンクは顔を歪めた。だがすぐに、顔を引き締めた。

「女神側につくのをやめたわけじゃないんだけど、君の言う通り、そのままだと都合が悪い、かな。」

「じゃあ裏切るのか。」

リンクは首をブンブンと横に振った。

「それは無理。」

「……おい、滅茶苦茶矛盾してるぞ。」

「だから終戦?して、みんなで仲良く暮らしたいんだ。」

ダークリンクはしばらく黙り込んだ。リンクはダークリンクを不安に思いながら見つめていた。しばらく沈黙がその場を支配する。ダークリンクは難しい顔で思考をめぐらせているようだったが、やがて、リンクをうんざりした目で見た。

「……結局お前の我が儘か。」

「それでもいい。」

「つーか……多分お前のお人好しスキルが発動して、何か変なことになってるんだろうな……。」

ダークリンクは大きくため息をついている。それをリンクは、呆気に取られて見ていた。

“お、お人好しスキルってなんだろう……。”

この依頼は成功しそうなのか、失敗しかけているのか、分からなくなってきた、と思っていると、ダークリンクの顔が多大な嫌悪感を滲みだすものになった。

「しかも、この俺は、そのお人好しのコピーときた……断りてぇのに断れねぇ……!」

ダークリンクは頭を抱えて天を仰いだ。一方リンクは、顔を綻ばせた。

“それって、協力してくれるってことだよね……!”

どうして説得が上手くいったのか正直よく分からなかったが、その気があるうちに既成事項を作ってしまおうと、リンクは口を開いた。

「ありがとう!じゃあオレは、女神側の説得を試みるから、魔王側をよろしくね!」

半ば強制的に協力させると言ったリンクに対して、ダークリンクはがっくりとうなだれた。

「……受けたとは言ってねぇ。」

「あ、話が分かりそうな奴から始めてね。じゃないとダークが危ないから。」

ダークリンクの答を無視し、リンクはそれだけ告げると、足取り軽く、この地を後にした。






リンクは再び城下町に戻ってきていた。目的はもちろん、女神側の説得だ。城の前に立つ。まだ日が昇る前の時刻で、辺りは薄暗い。リンクは城に向かって歩き出した。

「そこのお前。」

大きな扉の前にいた兵士に呼び止められる。これがこの人の仕事だから当然だけど、鬱陶しいなと内心思いながら、リンクは足を止めた。

「ここに何の用だ。」

「ゼルダに会いたい。」

「貴様……!無礼者!ゼルダ様を呼び捨てとは何様のつもりだ!」

リンクは苦笑いをした。

“あー、いきなりこれは不味かったか。やっちゃったな……。”

「オレ、彼女とは長い付き合いで。つい。」

弁解をするが、兵士に睨まれただけだった。やれやれと思いながら、一筋縄ではいかなさそうだと気を引き締める。

「大事な話がある。この世界に関わることなんだ。通してほしい。」

「では聞くが、ゼルダ様と約束はしてあるのか?」

しかめっ面をしたまま、兵士は定型文であろう言葉を返した。

「それは……。」

思い付きに近い行動のため、約束などしていない。だが、はっきりと約束がないと言うのはためらわれ、リンクは言い淀むしかなかった。しかし、それはあっさりばれたようで、兵士は疑り深い目をリンクに向けた。

「名は?」

「リンク。」

あまり名乗りたくはなかったが、身分を隠していては話が進まないようなので、リンクはフードを取りながら名乗った。すると、兵士は盛大なため息を吐いた。

「またこれか。そろそろ収まったと思っていたのだが。」

「え、あの、」

全く予想に反した兵士の対応に、リンクは困惑した。困り顔で兵士を見つめる。すると、兵士は腰に左手を当て、しっしと反対の手を払った。

「帰った帰った。偽物はもう十分だ。緑の衣ではないのは、新種だったがな。」

「え?ちょ、ちょっと待ってよ!話を通すだけでも通して!ゼルダなら分かって」

「どいつもこいつもそう言う。ゼルダ様にお近づきになりたいなら、兵に志願して実力を積むんだな。」

しばらく押し問答をしたが、それ以降、その兵士は帰れだの、うるさいだのしか言わなくなった。にっちもさっちもいかなくなったので、リンクは諦めて門の前から城下町の方に戻った。少し離れたところで門の方をうかがう。まさかの門前払いを喰らったが、当然、はいそうですかと帰るリンクではない。リンクは周辺を観察した。こうなればとるべき行動は1つ。城に忍び込む。

“この方がオレらしいか。”

リンクは苦笑しつつも開き直ることにした。

こうして、リンクは塀をよじ登り、城内に侵入した。初めのうちは誰にも見つからないよう、こそこそ歩いていたのだが、意外と兵士以外の存在も歩き回っていた。もしかして、気付かれても叩き出されないのか?と、思い切って、堂々と城内を散策する。ドキドキしながら人とすれ違ったが、自分を見ても誰も気に留めない。警備の甘さを心配になったが、これは好都合とゼルダの部屋を探して回った。奥まで来ると、流石に人が減り、警備も厳しくなっているようだった。おそらく、こちらで道は合っている。だが、この先はつまみ出される可能性が高い。細心の注意を払い、警備の目を掻い潜って奥へ進んだ。見つける扉ごとに耳をそばだてるが、どうやらゼルダはいなさそうだ。随分奥まで来た。見落としたのだろうか、そもそもゼルダは城にいるのだろうか、と不安に思い始めた頃、長い廊下にたどり着いた。一番奥に部屋がある。部屋の前には当たり前のように兵士が立っているが、この廊下には隠れられるところが見当たらない。どうしたものかと辺りをうかがっていると、後ろから足音が聞こえた。まずい、と思った次の瞬間、リンクは身を翻しつつ剣を引き抜き、振り下ろされる剣を受け止めなければならなかった。

「お前……!」

相手が驚きの声を上げた。落ち着いて相手を見ると、それはインパだった。突然攻撃されたことと、門前での会話を振り返ったことで、リンクはつまみ出されるのではないかと危惧した。

「えっと……おはようございます?」

何を言えばいいのか分からず、とりあえず挨拶をしてみる。すると、インパは鋭い目つきを更に細めてリンクを睨んだ。

「……あの、インパ?オレが誰か分かる?」

「……あぁ。」

肯定の返事にもかかわらず、インパの声は低い。もしかして自分は全然歓迎されていないのかと恐怖さえ覚え始めた頃、インパはリンクに振り下ろしていた剣を鞘に納めた。そして、リンクを仁王立ちで見据えた。慌ててリンクも剣をしまう。

「何故私が怒っているか分かるか。」

「……忍び込んでごめんなさい。」

「違う。」

リンクの謝罪は即座に斬り捨てられた。

“ええ……。”

リンクは必死で頭を巡らせ、正しい答えを導き出そうとしたが、全く思い当たる節がない。すると、インパはため息を吐いた。ビクリとしてリンクはインパをうかがったが、インパはそれ以上説明しなかった。

「ゼルダ様がお待ちだ。お前が見ていたその奥の部屋にいらっしゃる。着いて来い。あぁ。」

インパは淡々とリンクに告げたかと思うと、実は周りにいた兵士の方を見やった。彼らは、はじめこそリンクを警戒していたが、インパが剣を収めたことで状況が理解できなくなり、呆然としていた。

「こいつは本物のリンクだ。心配ない。」

兵士たちの顔が驚愕に変わった。

“オレってそんなに知名度低かったかな。”

リンクは不思議に思いながら首を傾げていたが、いつの間にかインパが歩き出していたので、急いで追いかけた。





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