オレが目指す世界

リンクは目を開いた。特に眩しいこともなく、暗すぎることもない。岩肌が目に入る。どうやら屋外ではないらしい。ゆっくり起き上がると、仄かな光が辺りを照らしていた。

“……ここは一体……?”

リンクが首を傾げながら辺りを見渡すと、ここは洞窟のようだった。だが、次の瞬間、そんなことはどうでもよくなった。

「え……、何コレ……。」

リンクの周囲には、かつて使用したアイテムが並べられていた。その量は半端なく、全て並べられると圧巻ものだ。数多いアイテムだが、どれもこれも、いつ使った物か、どう使うのか、全て思い出せる。

「服だけでこんなにあるんだね……。ほとんど緑だけど。って。」

リンクはいつぞやのように、自身が裸であることに気付いた。ため息を吐きながら、手近な服を取る。あえて勇者の象徴のような服ではなく、厄災ガノンを倒した時に使用した、どこにでもある旅人用の服を着用した。ついでにマントも入手する。

「子供用の服まであるね……。あ、あれがあればオオカミになれるな。」

リンクの目線の先には、当時はミドナが持っていた、魔力の結晶があった。リンクは手を伸ばす。しかし、寸でのところで思い留まった。

「今、触れたら、人間の姿に戻れるのか怪しい。どうやらマスターソードはここにはないみたいだし。他にもいくつかないものがある。貴重な物はここにはないってことだろうか。」

リンクは頷くと、威力が弱めの剣と盾を手にとった。

「とりあえずはこれでいい。必要が生じたら戻って来よう。」

リンクは、洞窟から外へ出た。





洞窟の外に出たが、そこは見覚えがない場所だった。振り返って洞窟の入口を見るが、洞窟はかなり巧妙に隠されていた。自分がそこから出てきたのでなければ、気付かないかもしれない。リンクは空を見上げた。今は昼間のようだが、木々が生い茂っていて日の光はあまり入ってきていない。そうすると、ここは森の中にあるということだろうか。リンクは前を見据えた。はっきりとした道はないが、ここを真っ直ぐ進めと本能が告げている。この世界が一体どういう場所なのか、まだ全く分からない。何があるのだろう。何をしなければならないのだろう。期待と不安に胸を膨らませる。リンクはフッと笑った。

“何があろうと、オレは、未来を切り開くだけ。今までそうしてきた。これからだって、それは変わらない。”

「さぁ、出発だ。」

リンクはこの世界での一歩を踏み出した。





周りでは楽しげな音楽が鳴り、人々の声が交錯する。買い物に精を出す人、物を売る人、談笑する人、食事をする人、走り回る人。周囲にはたくさんの人がいた。忙しなく動き回る人々を避けながら、リンクは足を進めていた。リンクは今、城下町まで来ていた。この世界は今までとは異なる新しい世界だったが、かつての世界に通ずるところもあり、リンクは難なくここへ辿り着くことができていた。しかし、情報が全くなかった。この世界に関する情報が全く。そのため、自分は何をしたらいいのか分からない。この世界に来たばかりのリンクには、手がかりがなさ過ぎた。そこで、人が多く集まる場所ならば、何らかの情報を得られると踏んで、城下町にやってきたのだった。しかし、リンクはマントを着用してフードを深く被り、姿を隠していた。実は見知った顔を何人か見かけていたのだが、接触するのは時期尚早だと思い留まっていた。城下町の中心まできて、リンクは足を止めた。怪しまれないように、中央の噴水の淵に座る。情報を得ようと城下町まで来たのはいいが、このまま歩き回っているだけでは無意味だ。

“何か事件でも起こってくれれば楽なんだけど。”

リンクが縁起でもないことを考えていると、突然、楽器の音がした。音の方を見ると、兵士が立っている。

「皆の者、よく聞け!この後、城の前にて、かつてはハイリアと呼ばれる女神であり、我らの世界では王女であったゼルダ様が演説をなさる。出来るだけ多くの者に聞いて欲しいとのことだ。気持ちのある者は、城の前に集まれ!」

辺りは騒然となった。何の話だろう、いい話か悪い話か、ゼルダ様を拝める、等々色々な声が聞こえてきた。リンクは、伝令の兵士が次の場所へ移動するのをじっと見つめていた。

“タイミングがいいな。ゼルダの話を聞けば、やるべきことは自ずと見えるはず。”

リンクは一人納得しながら、ぞろぞろと城へ向かう人混みに紛れた。

“大体、知った顔を見た時点で、ゼルダもこの世界にいるかもしれないことに気付くべきだった。演説の後で、ゼルダを訪ねよう。”

リンクは見えてきた城を見上げながら、漠然と思った。





しばらくしてゼルダの演説が始まった。かなりの人が、ゼルダの話を聞くために集まっていた。軽く民への挨拶があった後、すぐに本題に入った。要約するとこうだ。この世界はかつてのハイラルが一度に現れた世界だということは分かっているが、それ以上のことはまだ十分に解明されていない。いつ何が起きてもおかしくない。何らかの危険と隣り合わせかもしれない。近い将来、戦乱の世の中になる可能性がかなり高い。そのため、準備をしておきたいのだ、と。そして最後に、ゼルダは凛とした声で言った。

「兵士を募集します。気持ちのある者ならば、実力は問いません。志願者はぜひ城までお越しください。我らの平和のため、ご協力をお願いします。」

ぜひ協力します!と誰かが叫んだのを皮切りに、人々が熱気の籠った声をあげる。

“兵士募集か。協力すべきだろうな。オレはもともと庶民だから、ゼルダ本人に会おうなんて無謀なことは考えないで、まずは志願しようか。必要が生じる頃までに、それなりの実力を示しておけばいい。……オレがこの世界でどれだけ動けるのか、分からないしね。体も訛っているだろうし。”

うんうんと頷きながら、リンクは城の入口の方に目を向けた。既に兵士志願者で行列ができている。仕方ない、並ぶか、と列の方へ足を向けた。

“そういえば、敵はガノンドロフ……いや、ガノン?まぁ、とにかく、あいつか?じゃあ、相手は魔物達になるってことかな。”

リンクは、考え事をしながら列の最後尾へ進んだ。

“彼らは敵だ。だけど……敵対することしか出来ないのだろうか。”

思わずリンクは足を止めた。だがすぐに、激しく首を振る。

“……い、いやいや、何を血迷ったことを考えているんだ。あいつらは、オレ達の脅威だ。今まで散々な目に合ってきたじゃないか。仲良くなれた試しも、…………。”

リンクは額に手を当てた。思い出したことがある。それはとても懐かしく、心温まる内容だった。

“……仲良くなれたことが、なかったこともない、な……。”

リンクは唇を噛んだ。列を目前にして、リンクは動けなくなっていた。

“かつての世界が一度に現れたということは、その時のやつらもこの世界にいるはずで。もし、ガノンドロフ率いる魔物達と戦うことになれば、必然的に彼等と敵対することになる。そもそも、向こうに敵対する意志があるのだろうか。”

そんなことを考えているうちに、列は更に伸び、最後尾は遠くなっていた。リンクは列の最後尾をぼんやりと眺める。鼻息荒く、敵を壊滅させんと意気込んで並ぶ人々を見て、リンクは違和感を拭いきれなかった。しばらくその場で突っ立っていたが、リンクは意を決すると、列に背を向けた。

“兵への志願は、いつでもできる。今は保留だ。先に敵のことを知っても、問題はないよね。”

そうして、リンクは城下町を後にした。





相手の様子を探るには、相手の居る場所に行かなければいけない。そのため、当然リンクはその地を目指した。しかし、行こうと思っても、リンクはこの世界をよく知らない。仕方なくリンクは、闇雲に歩いた。適当に歩みを進めたのだが、意外と早く魔物が出没するエリアに足を踏み入れることができた。魔物の目を掻い潜り、奥へ進む。奥に進むにつれ、魔物が増えていく。どうやら上手く彼らの土地を見つけられたらしい。リンクは気を引き締めた。問題はここからだ。入り込めたはいいが、ここは魔物のテリトリーだ。今のところ、自分に敵意はないが、相手もそうとは限らない。むしろ、相手は殺意さえもって襲ってくることを想定すべきだ。見つかれば、ただでは済まない。少なくとも、戦闘は回避できない。リンクは細心の注意を払って、歩みを進めた。平地から崖の入り組んだ地形に変わってくる。リンクは崖を登り、目立ちにくい場所を選んで進んだ。しばらく行くと、大きな広場が見えてきた。そこには、たくさんの魔物達がいた。ふと周りを確認すると、どうやら各地から集まってきているらしい。

“何かあるのだろうか。”

リンクは首を傾げながら、注意深く様子を伺っていた。すると突然、広場の中央上空にガノンドロフが現れた。息を殺しながら、崖の影から覗き見る。ガノンドロフは悠々と全体を見下ろしながら、女神軍を謗り、魔物達の士気を高める言動をする。そして、

「今こそ立ち上がるのだ!我が僕達よ!女神ハイリア、そして勇者をなきものにし、我らの天下としようぞ!!」

ガノンドロフは魔物達を鼓舞した。数々の魔物達が雄叫びを上げる。

“そ、そんなのダメだ……!止めなきゃ……!!”

それを聞いて、黙っていられるわけがない。リンクは剣の柄をギュッと握り、どうにかして奇襲をかけられないかと、今度は相手を倒すために辺りを観察する。

“とはいえ、ここで奇襲しても数が多い。オレの分が悪すぎる。大体、あれ、ガノンドロフ本体じゃないよね……。じゃあ、本体を見つけて、さっさとガノンドロフ本人を倒した方がいい。でも、一体どこにいるんだろう?”

リンクは身を乗り出して、遠くの方まで伺った。居そうなところに目星をつけた。すぐさまそちらへ向かう。リンクは、余計な戦闘を避けるため、魔物達に気付かれないように移動した。広場を離れ、更に奥へ入り込んだ。後もう少しというところで、再び高い位置に登った。念のため、高所から様子を伺うことにしたのだ。

“この周辺はこうなっているのか。敵は少なさそうだ。”

リンクは怖い顔をして、念入りに周辺の分析をする。

“こんなことならもっと強い装備で来るべきだったな。でも、戻っている余裕はない。今のうちに倒しておかないと、………倒して、おかないと………。”

突然、リンクの中に衝撃が走った。何か物理的な攻撃を受けたのではない。倒す、というワードに違和感を感じたのだ。リンクは崖の影に屈みこみ、考え込んだ。

“……今、奇襲すれば、倒せる見込みはある。だけど、それは結局敵対しているってことで。それでは、今までと同じじゃないか。オレはゼルダ側にいつも立っているけど、またそちらに立てば、歴史を繰り返すだけなんじゃないか。今までずっと対立していたのは、どちらも歩み寄ろうとしなかったからじゃあ……。”

リンクは激しく首を振る。

“歩み寄る余地なんてない。いつも滅茶苦茶やってくれたのはあいつらで。攻撃を仕掛けてきたのは向こう……。”

そこでリンクの思考は一時停止する。そして、記憶を辿った。

“……向こう、なのかな。一番初めは、女神ハイリアと魔王の対立だったはず。その対立がどうして始まったのか、オレには分からない。もはや、はじまりなんてどうでもよくなっていたから。そして、その後はこの因縁だったと考えるのが筋、なのか……?つまり、お互い様の部分があるんじゃ……。”

またしてもリンクは激しく首を振り、その考えを否定する。

“お互い様?まさか。あいつらは残虐だった。それを防ぐには、倒すしかなかった。だから戦ったんだ。生き残るためには、仕方がなかった……。”

リンクは唇を噛んだ。

“仕方がない……でもこれは、オレ達の理屈、なのかな……。あいつらも、生き残るためだったとか言い出したら……いや、必要以上に殺しを行なっていた。だから、……。……でも、それはオレ達も同じ……?あいつらの居場所を、必要以上に奪っていたのかも……?”

それからもしばらくリンクは、でも、だけど、と思考を深めた。しばらく考えた後、リンクは目を瞑り、深呼吸をした。ようやく結論を出せたのだ。

“両者には言い分があって、その食い違いが対立を生じさせた。それが解消されれば、共生ができるはず。”

そして、リンクは決意した。

“オレは、今から中立だ。難しいだろうけど、やってみせる。敵対構造を、変えるんだ。”




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