24.胸中吐露
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その日、葉子は疲れて記憶が曖昧なままうつらうつらと寝ていた。
自分の正直な気持ちを杏寿郎に吐露し、居た堪れなくなった。死の淵から懸命にも戻ってきた杏寿郎に対し、ひどいことを言った。杏寿郎は悪くない。役目だから責務だから。「柱の任はやめない」と薄らとそう言うだろうなというのはわかっていた。鬼の始祖を倒さなければ、悲しみの連鎖は葉子だけでなく、この世を生きる人々にとって一生続くのだ。誰かがやらなければ。それを遂げられるのは鬼殺隊しかいない。そして杏寿郎は鬼殺隊の柱である。
でも、実際に「柱はやめない」とその言葉を直接聞くと、自分の中で押し込めていた気持ちが雪崩のように大きく崩れて溢れ、どうしようもなかった。いわゆる八つ当たりだ。最低だと思った。
青白い陽が部屋の中をぼんやりと照らした。朝がやってきた。葉子はどんな顔をして杏寿郎と顔を合わせれば良いかわからなかった。
横たわる長椅子は薄い布団を敷いているとはいえ、硬く背中が痛い。葉子は寝返りを打ち陽の入る窓の方を見た。
すると、ベッドの上で体を起こし窓の方へ顔を向けている杏寿郎がいた。
「体を起こして大丈夫ですか?」
とっさに声が出ていた。葉子の方へ向いた杏寿郎は窓から入る光により逆光だったが、微笑んでいるように思えた。
「おはよう。光が眩しいな」
葉子は杏寿郎の側へ近付いた。昨日よりも表情に覇気があり、調子が良さそうだった。
「光の眩しさで目覚めることがこんなに嬉しいとは。今、気が付いた」
窓の方を見ながら眩しそうに目を細めた杏寿郎を光が包んでいる。体には包帯が巻かれ痛々しい姿ではあったが、鍛えあげられた肉体はなおも若さと生気を保ちみずみずしい。
「杏寿郎さん……昨日はその……」
「昨日のことか? 俺は葉子の正直な気持ちが聞けて嬉しかった。鬼殺隊は……柱は何と言われようがやめないが」
清々しい程にきっぱりと言い切った。その言葉は葉子には残酷に突き刺さったが、もとより周知のことだ。当たり前のことを、昨日と同じことを再び言われただけ。
「柱はやめない。葉子は辛いだろうが耐えるしかないな。そういう俺を選んだのだから仕方がない。きっとこれからも辛い思いはさせるだろうし、かと言って葉子を実家に帰らせる気もない」
朝日を背負い、正直に言い切る姿が気持ちが良かった。そうでしょうとも。あなたはそう言うでしょうね。絶対に曲げないのは知っている。
葉子は少し寝た為か、面と向かって言われた為か気持ちはすっきりとしていた。もう、受け入れるしかない。葉子は思わず笑ってしまった。
「そうですね。諦めます。もう何を言っても聞きませんものね。杏寿郎さんの元に嫁ぐと心を決めた時からずっと覚悟を持っていたはずですが、心が追いつかなくて……酷いことを言ってすみませんでした。昨日のことは忘れて下さい」
「いや、忘れない」
杏寿郎も少し笑った。
「家族に何かあれば悲しみ、身を案ずるのは当たり前だ。それに……声を荒げる葉子が珍しくて、それ程までに俺のことを思っているのかとのぼせ上がりそうだった」
「それは本当にそう思ってますが……」
杏寿郎はこちらに近寄れと、ぽんぽんとベッドに手をついた。葉子はその通りにベッドに近寄り、杏寿郎の座るすぐ側に腰を下ろした。ぎしと音を立ててベッドが軋んだ。
「……昨夜から俺は熱に浮かされている。辛い。この気持ちはどうしたら鎮められるのだろうな?」
杏寿郎の燃えるような瞳が猛禽類のように葉子を捉えていた。葉子は指を杏寿郎の指に絡ませた。捕らえられた小動物のように、捕まったふりをして自分から自分を差し出す。我ながら馬鹿な女だと思う。すぐにほだされて、こうしてまんまと溺れてしまう。きっと策ではない。杏寿郎は本心から言ってるのだ。だからこそ逃げられない。
葉子は杏寿郎に体を寄せた。包帯の巻かれた胸に頭を埋めると心臓の音が確かに聞こえた。この人は生きている。嬉しかった。杏寿郎の匂いが色濃く、芯から何かが灯った気がした。頭がくらくらとする、甘美で力強い匂い。
ふと顔を上げれば、じっと葉子を見下ろしていた。吸い寄せられるように顔を近付ける。そうしろと命令されている気になった。
唇を寄せるとすぐさま唇が覆った。少しかさついた、形の整った唇。お互いに求め合った。お互いの吐息がかかり、息をするのも忘れそうだった。自分から乞うように杏寿郎にすがりつく。辛い思いもさせられるが、杏寿郎には敵わない。こんなにもこの人に溺れている。どうしようもない女なのだ。
音を立てて貪っていると、ふと罪悪感が芽生えた。まだ傷も癒えていないというのにこんなことを──何とはしたない私たち。どうかしている。
何度も音を立てて啄み、求め合った。お互いに苦しい程に離さない。離れたくない。息を吸うために思わず顔を背けると吐息が首筋にかかる。くすぐったくて、胸に手をつき杏寿郎を離した。
「今はこれ以上はやめておきましょう。そろそろ人が起きて来ますから……」
杏寿郎は名残惜しそうに、もう一度唇にそっと触れると顔を離した。
「早く家に帰りたい」
「しっかり治さないといけませんね。ここならきっと食事の管理もきちっとされていますし、きっとすぐに家に帰れますよ」
「そうだな」
扉の開く音、外から聞こえる挨拶の声、蝶屋敷にいる人々が起きてきた音が聞こえる。目覚めの朝がやってきた。
この日から杏寿郎にとっても葉子にとっても新しい一歩を迎える。