19.そこに立つのは
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隠の部隊は剣士を先頭に全員が駆けている。線路伝いに煙の上がっている場所を目指す。夜の暗闇は次第に薄らと明るさが増し、夜明けが近いのだと皆に知らせている。
全員が重い荷物を背負いながら必死に走った。列車が脱線したと思われる付近からは、絶えず土煙が上がっている。走っても走っても煙の上がる場所には近付かず、山下は苛立っていた。
なぜ、あんなに遠いのだ。激しい音が、地響きがしていたではないか。乗客は無事だろうか。隊士は? そして杏寿郎様は? 自分の浅い息づかいを聞きながら山下は駆けた。
その時──
大きな爆発音と共に火柱が上がった。森にいる鳥たちが再び羽ばたいた。
「炎? 炎柱か? 柱が鬼と戦っている! 私はひと足先に加勢しに行きます。皆さんは後から来て下さい!」
そう叫ぶと先頭の剣士は鋭い呼吸音を口から発し、姿勢を低く取ると地面を蹴り、あっという間にその先に行ってしまった。
「おいっ! 俺たちも急ぐぞ!」
山下も後に続けと、既に息苦しくなっている呼吸を堪え大きく息を吸い必死で駆けた。あの火柱の下には杏寿郎様がいる。無事なのか。他の隠がぜぇぜぇと足取りも怪しくなっているところ、山下は何とか足を前に出すことに専念した。喉は渇き、重い荷物を背負っての移動は辛い。しかし耐えた。後ろからは誰もついて来ず、ここで一人、鬼に遭遇したとしても構いやしない。そんなことよりも杏寿郎の姿を確認して安心したかった。
急げ急げ急げ──
レールに沿って道なりに走り、鳥が羽ばたいた森の中に入る。先を行っているはずの剣士も見えず、後ろから人が来る気配も無い。心細かった。森の向こう側では絶えず炎が吹き上がり、いよいよ耳をつん裂くような轟音が聞こえてきた。すると、森の終わりが見えてきた。森を出たすぐのところで「滅」の文字の背中が見えた。先を走っていた剣士である。日輪刀を手にし、呆然とした様子でそこに突っ立っていた。
加勢するんじゃないのか。どうした?
剣士の視線の先では激しい爆炎が立ち上り、無数の小石が煙と共に飛んできた。顔に当たらないように腕で顔を隠す。それでも前に進もうと一歩足を踏み出したところで、隊服を強く後ろへと引っ張られた。
「何ですか? 何が起こってます?」
「……この先へは行ってはいけない。巻き込まれて死にますよ」
側にいた剣士が小声で言った。
その声は自分が何もできない無力さに打ちひしがれているような弱々しく、諦めにも似た悲しい声だった。
・・・
立ち上がる炎が龍となり真っ直ぐと鬼へと向かっていく。辺りの空気は揺らぎ、灼熱の炎が唸りながら突き進む。空を斬り地面を削りながら突進をする。
「破壊殺、滅式!」
鬼は真っ向から龍を受け止める為、さらに強大な技を繰り出した。地鳴りのような音が響き青白い閃光が体をまとう。皮膚には突き刺さるような圧を感じていた。
技と技がぶつかり合い弾かれた力が大きな爆風を起こし、空気を巻き込み竜巻が発生した。
えぐられた土が石や砂ごと吹き飛ばされ、炭治郎の叫び声は誰にも届いていない。
音と世界が遮断された爆風の中心部では、二人が戦っていた。
伸びる鬼の腕を斬り、首から胴に向かって刀を振り落とす。鬼は斬った場所から再生を始めるが、炎をまとった日輪刀は容易く再生を許さなかった。肉を焼き、骨を絶つ。
鬼の体に刺さった刀の向きを変え、胴体ごとえぐり取ろうとした時だった。
「うおぉぉぉ!」
鬼が凄まじい咆哮を上げながら、右手で拳を繰り出す。避けれない。今、刀を抜くわけにはいかなかった。このまま相打ち覚悟で刀を首元まで持ち上げた時、鬼の拳は心臓を狙っていた。
心臓をひと突きされる──
拳が触れる直後、白い閃光が放たれた。
鬼の拳は強い光によって弾かれ、心臓ではなく杏寿郎の左の脇腹をかすめた。
「くそっ何だっ?」
鬼は一歩後ろへ退いた。
「伊之助っ! 今だ! 動け!」
「お、おうっ!」
炭治郎と伊之助が駆けると同時に、強い光によって弾かれた杏寿郎は日輪刀から手を離した。後ろへと大きく飛ばされ、地面にどさりと倒れた。
伊之助は杏寿郎の後方より駆け、鬼に止めをさそうと二本の日輪刀を手に構え大きく跳躍する。
「獣の呼吸、壱ノ牙、穿ち抜き……」
伊之助が飛び掛かる前に鬼は一瞬、天を仰ぐと首元に杏寿郎の日輪刀を刺したまま森へと駆けた。
「待てっ! 逃げるなっ!」
鬼は陽光から逃げるように森の中へと入って行った。逃げる途中、首に刺さった日輪刀を捨てるようにして地面に投げた。炭治郎は最後の力を何とか振り絞り、咄嗟に自分の日輪刀を投げた。鬼には命中したが、首を落としていない鬼はそのまま逃走した。
炭治郎はがっくりと膝からその場に倒れ、伊之助は倒れている杏寿郎の側に着地をすると、呆然と杏寿郎を見下ろした。
鬼は取り逃したのだ。
「おい……こりゃどういう状況だ?」
ふらふらと山下が三人に近付いて来た。血を流しながら倒れている杏寿郎へと近付き肩に手を入れそっと起こす。手についたべっとりとした感触が恐ろしかった。杏寿郎の体にあるところどころの傷は赤黒く変色をしている。
「杏寿郎様が……煉獄様が、血だらけじゃねぇか!」
杏寿郎は弱々しい息はしていたが、頭から顔からも血を流しずっと目を瞑っている。隊服の破れた心臓から脇腹にかけては、血が流れ出ているようだった。肺も傷付いているのか、ひゅうひゅうと苦しそうな音がしている。その音も次第に弱く小さくなってゆく。
「おい……誰か……早く……担架を。担架を持って来いっつってんだよっ! 杏寿郎様が死んじまうだろうがよっ!」
山下の声は明るく陽のさす空に虚しく響いていた。