5.絶対に
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襖を開けると、そこは小綺麗な部屋であった。畳は汚れておらず、卓と座布団が置かれ、箪笥や飾り棚まである。衣紋掛けには着物が掛けられていた。桑色に梅紋様の着物。
「何だ……ここ」
ここは朽ちた家の鬼の棲家のはずで、まさに今、鬼が直ぐそこにいる。襖の外は絵に描いたような荒れた家だが、ここだけはどこにでもある見慣れた室内で、その様がひどく異様であった。まるで人が今でも使っている家のようにも見える。米田がその風景に戸惑っていると、めきめきと木が裂ける音と共に襖を突き破って杏寿郎が飛ばされて来た。隊服や羽織はぼろぼろで、その破けた隙間からは血が見えている。
「れ、煉獄様っ!」
米田は杏寿郎の姿に驚き、駆け寄ろうとするが、
「掛け軸だ! 床の間の掛け軸を斬れ!」
ところどころに血の滲む顔に気圧され、米田は慌てて杏寿郎へ近寄ろうと踏み出したその足を反対に向けた。
鬼の攻撃を避け切れず、杏寿郎は何度か傷を負った。その度に体はゆっくりと吹き飛ばされ、壁や床に叩きつけられる。しかし不可思議な血鬼術のおかげで動きが鈍くなる為に、物に当たる衝撃は緩和される。受け身も取れる。
壁にぶつかる前に空中で体勢を整え、壁に足をつけ力を入れた。そのまま鬼を目掛けて肉薄する。身軽な鬼は難なくひょいと避けるが、間をあけずに斬りかかれば次第に鬼も苛々として来ているのがわかる。日輪刀で斬られれば鬼の方も無事では済まないのは、わかっているはずだ。鬼も慎重で間合いに入るようで入らない。刀の届く範囲に近付くようで逃げて行く。まるでいたちごっこだった。
戦闘が長引くだけ、こちらの不利だ。四肢を動かすだけで力がいる。体力が削られて行く。
斬りかかり、避ける。鬼とも同じような攻防をしている間、ゆっくりとこちらの部屋にやって来る霧島を見ればもう満身創痍といった様子で、日輪刀を杖のように引きずっている。それでもまだ戦おうと、鬼を斬ろうとする気概は見事だった。
死なせたくない。絶対に──
掛け軸に向かっている米田を守りつつ、ぼろぼろの霧島も守る。出来るのか。いや、やるのだと杏寿郎は己に言い聞かせる。
やっとのことで米田は床の間に近付き、掛け軸に手を伸ばす。
「その絵に触れるなっ! 人間ごときが汚らわしい!」
掛け軸が血鬼術に関係しているのかどうかは完全に賭けだったが、どうやら当たったらしい。
杏寿郎がこの部屋に吹き飛ばされた時、床の間の掛け軸が目に入った。そこには仲睦まじい男女三人の姿が描かれており、そのうちの二人の顔が外で対峙した時の鬼の顔にそれぞれ似ていると思った。もう一人、掛け軸に描かれているのは女であった。
米田は床の間に飾られてある掛け軸へと手を伸ばす。鬼は怒りを隠そうともせずに、それを阻止しようと米田を目掛けて鋭い爪を伸ばし迫っている。杏寿郎は日輪刀を持つ手に力を入れ地を蹴った。畳は踏みしめた衝撃で歪み、小綺麗な部屋は大きく軋んだ。
杏寿郎が迫って来るとわかると、鬼は体をくるりと翻し、違う角度から米田を襲おうとしている。何としてでも掛け軸には触らせまいとしているようだった。
しかしこのじっとりした体の動きでは鬼の別角度からの攻撃は防げない。体を反転させるも、鬼の爪が迫るのが先か。まずい、間に合わない。仲間が襲われる──
そう覚悟をした時、冷たい鋭利な水飛沫が降ってきて、鬼はひょいと後ろに退いた。
「米田さん、さっさとそれをどうにかして下さい……早くしないと私が持たない」
片腕がだらんと垂れた霧島だった。隊服はぼろぼろで血だらけだ。顔にも鮮血が広がっている。足が小さく震えており、ひゅうひゅうと苦しそうに肩で息をしている。立つのもやっとのようだった。刀を振るう度に傷が痛むらしく、肩に右手を当てて傷を庇っている。顔は苦痛で歪んでいた。
鬼は霧島や杏寿郎をいたぶってはそこから漏れる人の血を喰らい、己の血肉としていた。「わしは少食でな」そう言って余裕で二人の剣技をかわし続けている。
大した鬼ではないのに、防戦一方の戦いだ。時間が掛かるほどに体力が消耗し不利になる。一刻でも早くこの血鬼術を解かなければ。
鬼を見れば、飾られている掛け軸をどうこうしようとしているのが気に入らないらしく、濁った目を見開きぎりぎりと歯を食いしばっている。鬼もなかなか思ったように止めをさせない事に苛立っているようだ。そろそろ本気で殺しにかかって来るかもしれない。杏寿郎は身構えた。
後ろでは掛け軸に手をかけた米田が四苦八苦している。
「破けないっ! 何でだ!?」