25.世話焼き
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部屋の前まで来ると葉子は軽く扉を叩き、ゆっくりと開けた。
すると、起き上がりベッドに座りながらおにぎりを食べている杏寿郎が真っ先に目に入った。
「やあ、今日は千寿郎も一緒か。変わりは無さそうだな」
先ほど注意をされた矢先のこれである。
杏寿郎は全く悪びれる様子もなく堂々とおにぎりを食べている。既に半分以上は食べていた。その姿に葉子は軽く目眩を覚えた。
杏寿郎の隣りには市松模様の羽織を着た隊士が座り、あたふたと慌てていた。どうやらおにぎりを部屋に持ち込んだ犯人らしい。
「こんにちは、竈門様」
炭治郎に軽く会釈をすると、葉子は持って来た着替えを棚に入れながら言った。
「杏寿郎さん……食べ物はまだいけないと──」
「す、すみません! 俺が煉獄さんに渡したんです」
炭治郎が勢い良く椅子から立ち上がり、それはそれは申し訳無さそうに何度も葉子に向かって頭を下げた。
「俺が竈門少年に頼み込んだのだ! 彼は悪くない」
「いや、俺がちゃんと断れば良かったんです! つい! 真剣に頼まれたものだからっ!」
お互いを庇っているようだが、言い出した杏寿郎が悪い。柱に頼まれたら断りづらいのは当たり前だ。そもそも杏寿郎は固形物をまだ食べてはいけないことになっている。
しかし……と葉子は思う。きっと皆が杏寿郎の世話を焼きたいのだ。こうして元気に声を掛ける姿、日に日に回復に向かっている姿が嬉しくてついつい言う事を聞いてしまう。皆が杏寿郎に甘い。葉子もアオイに注意をするように言われたが、どうにかしのぶに食事の許可を貰えないだろうかと考えていた。
「……後で胡蝶様に聞いてみます。杏寿郎さんも、竈門様や山下さんを困らせるようなことを言ってはいけませんよ。竈門様、ご迷惑をお掛けしました」
「竈門様だなんて俺はそんなんじゃないです! それに迷惑だなんて……こちらこそすみませんでした。お腹が空いているのに食事のできない辛い気持ちはよくわかるので……つい。俺の友人も台所から勝手に食べたり、持ち出したりよくするんです」
蝶屋敷にいる隊士達は、皆が本当にこの場所が好きなのだなと思った。鬼と戦う過酷な任務の合間の安らぎなのだろう。杏寿郎にとっても他の多くの隊士と顔を合わせることのできるこの場所は良い刺激となっているに違いない。一日でも早く体が動かせるようになれば良い。葉子はそう思わずにはいられなかった。
「自分の体のことは自分がよくわかる。食事はもうとっても大丈夫だ!」
「後で胡蝶様に聞いておきます。食事はそれからにして下さいね」
勝手なことをしないように、一応は杏寿郎に念押しをしたが、守られるかどうかはわからない。
千寿郎は部屋の隅から人数分の椅子を用意しながら、苦笑いをしていた。
杏寿郎は残りのおにぎりをぱくりと口に入れた。食べかけのおにぎりはどうあっても食べる気らしい。
「そうだ、竈門少年。先ほどの話だが神楽については父に聞くと良い。俺は歴代炎柱の書はあまり読んでいないが、父は詳しい。何かわかるかもしれない」
「そうですね、煉獄さんのお父さんに聞いてみます」
「ここに来た時でも良いし、俺の家に行っても良い。俺からも伝えておく」
「あの、兄上……」
千寿郎が言いにくそうに声をあげ、葉子は洗濯物を畳んでいる手を止めた。杏寿郎と炭治郎は同時に千寿郎に顔を向けた。
「父上はしばらく家を空けるとのことです。葉子さんのご実家に挨拶に行くのと、本家の方々にも話がしたいと……昨日から出ています」
「そうか……間が悪かったな」
杏寿郎はううむと腕を組み唸った。
歴代炎柱の書は初代炎柱より記されている書物で、家で大切に保管されている。湿気の少なく日のあまり当たらない蔵に保管されており、葉子も時々埃を払う為に何度か手にしたことがある。
何度か槇寿郎が読んでいるのを見たことがあるが、古くに書かれた物は達筆過ぎて読めなかった。
「竈門少年はヒノカミ神楽について知りたいそうだ。もしかすると歴代の書物の中に書かれているかもしれない。葉子と千寿郎で調べてくれないか。俺はしばらく家に帰れそうにないからな」
「……よろしくお願いします。もっと俺に力があれば煉獄さんもこんなに酷い状態にはならなかったと思います」
炭治郎は真剣な眼差しで葉子と千寿郎を見つめている。
「俺はまだまだ煉獄さんには遠く及びません。及びませんが……近付きたい。鬼によって苦しむ人が一人でもいなくなれば良いと、そう思っています。その為にはヒノカミ神楽について何でも良いので知りたいのです」
葉子は呼吸についてもあまり良くは知らない。鬼殺隊がどんな風に鬼と戦っているのかも実際に見たことは無い。夜に紛れ、人知れず命をかけて戦っている。
先の任務で杏寿郎と一緒だったこの少年は、優しげながらとても強い意志を感じた。上弦の鬼を相手に怯まず、森へと逃げる鬼に日輪刀を投げ、その体を貫いたと聞いている。
穏やかな雰囲気とは裏腹に強い意志と最後まで鬼を倒そうとするその気概。葉子より年下の少年とは思えなかった。間違いなく鬼殺隊を支えて行くような隊士となるだろう。
何だか二人は似ている……そう思った。
「……わかりました。やってみます。何かわかりましたらすぐにご報告に参ります」
「ありがとうございます!」
炭治郎はほっとした様子で胸を撫で下ろした。