17.発車直後にて
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夜、駅の近くで待機をしていた隠たちの元へ一話の鴉がやって来た。大きく羽を広げ滑空し、ばさばさと木の枝に止まった。
「無限列車、出発。炎柱、他隊士三名乗車。乗客ハ約二百名」
鴉の発した言葉にその場は騒ついた。
「二百名? 行方不明者が四十人近くいたのにそれでも乗客がそんなにいるのか?」
「情報を知らない地方から来た者も多いんだろう。何せ終端駅の大規模な駅だからなぁ、あそこは」
「俺は運行中止になってないのが不思議でならねぇよ」
同じ隊服を着て目元しか見えない隠たちは、皆が好き勝手に喋っている。その中に、煉獄家に出入りをしている隠の山下もいた。山下は黙って周りの話を聞いていた。
「柱もいらっしゃってるんだろう?」
「短期間でこんなに被害が出てるんだ。絶対に十二鬼月とかだよ。列車に近付きたくないよ。俺は」
無限列車では、先に任務についていた隊士が犠牲になっている。それに加え短期間で行方不明者が多く発生していることから十二鬼月かもしれないと、炎柱である煉獄杏寿郎が任務に当たっていることも山下は知っていた。
山下は鬼殺の任務で杏寿郎と一緒になることが無かったので、あの炎柱の活躍が見れるのだと心が踊ったし、柱が来るということは鬼も相当に強いのだろうと思われた。
『鬼ハ列車内ニ潜ンデイルト思ワレル』
それまでざわざわとしていた隠たちはしんと、静まり返った。
鬼がいる列車に鬼殺の剣士たちが乗車している。乗客と炎柱たちは大丈夫だろうか? 揺れる車内で日輪刀を上手く使えるのだろうか。目元しか見えない隠たちの表情に、不安と緊張の色が見えた。
夜の漆黒は深く、遠く空には月が頼りなげに輝いている。夜の駅にはまだ人が出入りをしているがもうすぐひと払いが完了し、この辺りからは人気が無くなる。
なぜだろう。手が震える。
十二鬼月かもしれないと、そう聞かされたのが怖いのか? 下弦か上弦か。杏寿郎様は……
いや、大丈夫だ。幼い頃から父の、かつて炎柱であった父親の背中を見て鍛練を積んだのだ。顔を合わせれば「いつもありがとう!」と声を掛けてくれる。そんな朗らかな人が、どうにかなるわけないじゃないか。絶対に大丈夫だ。それに煉獄様は新婚さんだぞ。何かあったら葉子さんが悲しむじゃないか。圧倒的に、素早く鬼を倒し、乗客も全員無事だろう。そうに決まってる。なぜならあの炎柱、煉獄杏寿郎様だぞ。
「では、二手に分かれましょう。隠の数人はここで待機。残りの人は私と一緒に線路沿いに移動を。列車に何かあった際は鴉を飛ばします。鴉の伝達には注意を払って下さい」
一緒にいた丙の剣士が指示を出した。
今回の鬼殺隊の任務は無限列車に乗車しての鬼の捜索。今、柱と隊士の三人が列車に乗車をし任務にあたっている。短期間で甚大な被害が出ていることから無限列車の鬼は十二鬼月ではないかと言われている。列車内での戦闘は免れず、列車に何かがあれば大勢の乗客に被害が及ぶ。その際に迅速に乗客を避難、救護する為に隠の部隊も最初から動員された。
列車が駅を出発してから次の降車駅に到着するまでに戦闘による列車事故が発生した場合、迅速に対応できるよう隠の部隊は列車の進行方向とは逆に次の降車駅から線路沿いに進むことになっている。このように進めばいつか途中で列車とかち合うと一緒にいる剣士が判断し、隠たちに指示を出した。
鬼の乗っているであろう列車がこちらに向かって来ている。想像するだけで恐ろしく、山下はやはり震えが止まらなかった。震えを抑えようと、片方の手で震える手を掴んだ。
何やってんだよ、俺! 杏寿郎様は鬼と真っ向から対峙してんだぞ! ひよるな。進め!
己に言い聞かせ、山下は先の見えない真っ暗な線路先を見た。線路は真っ直ぐとどこまでも永遠に繋がり、その先は暗闇に吸い込まれたように見えない。
「はぁ……鬼怖えよ……行きたくないよ。鬼がこっちに向かって来てるとか……ちびりそうだ」
「これ、列車が通り過ぎたら俺らは役立たずじゃないか?」
「そこは炎柱様だぞ? どうにかしてくれる」
「いくら柱だったとしても人だぞ? 列車は止められないだろうよ。それに鬼がもし、上弦だったら柱でも手にお──」
山下は咄嗟に振り返り、会話をしていた隠の胸ぐらを掴んだ。
「上弦だったら何だって!? 何だってんだ! 言ってみろ、てめぇ!」
凄まじい剣幕で怒鳴り、思わず胸ぐらを掴んでいた。煉獄様を愚弄する者は同じ仲間であったとしても許せない。杏寿郎様は最前線で戦っているんだぞ。同じ隠の失礼な言葉は聞き捨てならなかった。
周りにいた皆が慌てて山下を止めに入った。
「杏寿郎様をなめんじゃねぇよ! 馬鹿にするな! 今も最前線で戦ってんだよ! 杏寿郎様はな! 杏寿郎様はなぁ……」
「静かにっ!」
先頭を歩いていた剣士が後ろを振り返らずに言った。
「鬼は列車内だけではないかもしれませんよ。もう夜ですから。鬼といつ遭遇してもおかしくありません」
その言葉に誰もが押し黙った。