13.突然の預かりもの
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はっとして二人は赤ん坊を見た。
赤ん坊は小さな口をもごもごと動かし、右手をぱたんと座布団に打ちつけた。薄っすらと目を開け、ぼんやりと一点を見つめている。そして顔を覗き込む二人の顔を目線で捉えている。
二人は息をするのも忘れてじっと見つめた。
起きてしまうのか……?
小さな口がぎゅっと閉じられ、むっちりとした顎にはしだいに皺が寄った。
「ふぇ……ふぇぇぇん!」
赤ん坊は大泣きをした。涙を出さずに。
「もー、だから言ったじゃないですか」
「すまん! つい!」
赤ん坊はその小さな体に似合わず、けたたましいほどの音量で泣いた。早く泣き止ませないと……なぜかそんな気にさせるような、心を騒つかせる泣き声だった。
「ゔぃああぁ! ふぇぇ!」
「よしよし、ごめんね。大きい声でびっくりしたよね」
葉子はとりあえずお腹をとん、とんと優しく手のひらで押してみた。手のひらに収まりそうなくらいに小さな体は柔らかく温かかった。
「うぁぁぁあ! ゔぃああ!」
赤ん坊は泣き止む気配が全く無く、座布団の上でばたばたと手足を動かしている。
「抱っこをしてみよう!」
「私、こんなに小さな子を抱っこをしてあやすのが怖いです。落としてしまわないか心配で……」
「俺に任せろ! 幼い頃の千寿郎を抱いたこともあるからな!」
杏寿郎は恐る恐る赤ん坊の背中に手を添えて、そっと抱き起した。
その時、赤ん坊の首がぐらりと後ろに傾いた。
「ああっ! く、首が座ってないんです。首に手を添えないと。ぐらっとして可哀想ですよ」
「そうだな。こ、こうか……?」
杏寿郎は左腕に赤ん坊の首を置き、非常にぎこちない様子で抱きかかえた。赤ん坊は尚も泣いている。左腕は肩から頭を乗せている肘の内側、そして手首までが棒のように固まった。
「優しく揺らしてみてはどうです? 寝るかもしれません」
「そうだな」
じっと目を見開き赤ん坊を見つめながらゆったりと揺らすと赤ん坊は「ふえ……」と一瞬泣き止んだ。しかし、しばらくしてまた泣き出した。先ほどよりもさらに顔をしわくちゃにさせ、大声で泣いた。
「ゔおおえぇぇぇぇん! ぼぉええん!」
「赤ん坊は泣くのが仕事だからな!」
「泣き疲れちゃって可哀想ですよ……少し怖いですけど……私が抱っこしてみます」
杏寿郎より恐る恐る赤ん坊を受け取ると、これまた葉子もぎこちない動きになった。落としてはいけないと、やたらと左腕に力が入る。赤ん坊はぱちりと目を開けて、ぴたりと泣き止んだ。
「良かった……泣き止みましたかね」
杏寿郎はぐいと顔を近付けると、葉子と赤ん坊を交互に見た。目を見開き、瞬きもせずにじぃっと二人を見つめている。
「葉子! なかなか母親の姿が様になっているな!」
「ふぇぇぇ……」
あまりにも大声で言い放った為に、赤ん坊が再び泣き出した。
「もう、杏寿郎さん!」
「すまん!」
それからはゆらゆらと抱っこをしてもいつまでも泣き止まず、杏寿郎が抱っこをするとさらに激しく泣き、二人はほとほと困っていた。
そこへ──
「赤ん坊の声は家からだったのか」
「わあ、本当ですね。どうしたのですか?」
外出をしていた槇寿郎と千寿郎が帰って来た。
さっそく荷物を床に置き、赤ん坊を抱いている葉子に近寄った。千寿郎は目を輝かせ、感嘆の声を出している。
「法事で、ご近所の方より少しの間赤ちゃんを預かってほしいと頼まれたのです」
「なかなか泣き止まなくて困っているところです!」
「そうか。どれ、かしてみなさい」
言われた通り、葉子が赤ん坊を手渡すと槇寿郎は手慣れた手つきで赤ん坊を腕に抱いた。ゆさゆさ、そしてとんとんと赤ん坊の背中を優しく叩いている。
葉子が今まで一度も見たことのない、優しい表情で赤ん坊を見下ろしていた。
「懐かしいな。お前達もこんなに小さい時があったんだぞ」
「ほっぺがふにふにですね。可愛らしい」
千寿郎は赤ん坊の頬に手を添えて撫でている。
それでも赤ん坊はまだ泣き止まない。
「おしめかもしれん。預かっているものは赤ん坊だけか?」
「そう言えば、袋も一緒に預かりました」
赤ん坊を預かった時に、子の母親より預かった袋を開けると中に布のおしめが何枚か入っていた。
その間も槇寿郎はゆさゆさと赤ん坊を抱っこしている。大きな泣き声にも動じず、手慣れたものである。
「大変だっただろう? 赤ん坊の世話は」
「全然泣き止まなくて……杏寿郎さんが抱っこをするとさらに泣くのです」
槇寿郎は笑った。
「杏寿郎も千寿郎もなぜか俺が抱くとよく泣いたものだ。それが瑠火の手に渡るとぴたりと泣き止むから不思議なものだったな」
布のおむつを手渡すと、槇寿郎は赤ん坊を座布団の上にころんと置いた。布のおむつを手慣れた手つきで脱がし、新しいおむつを履かせてやった。
するとあれほど止まなかった泣き声がぴたりとやんだ。
「おお! さすがです! 父上!」
「おしめだったのですね」
赤ん坊は座布団の上で手足をぱたぱたと動かしている。「あー」「うー」と声にならない声を出し、機嫌が良さそうだ。その姿がとても愛らしく、四人は思わず赤ん坊をじっと眺めていた。
「本当に可愛い……」
「小さいな!」
槇寿郎はふと視線を上げ、赤ん坊にじっと見入る杏寿郎と葉子を見た。葉子は自分の指を赤ん坊に握らせにこにことしている。
「……葉子。煉獄家に生まれた者が独特の髪色をしているのには理由があってだな」
「え? はい」
「この先知っていた方が良いと思うが、子どもを身──」
「ごめんくださぁい」
玄関から来客を告げる声が聞こえ、葉子はいそいそと玄関に向かった。
案の定、玄関にいたのは赤ん坊を預けた若い母親であった。
「急なお願いを言ってすみませんでした。おかげさまで無事に法事に行って参りました」
そう言って、菓子折りを差し出して来た。
廊下からは杏寿郎が赤ん坊を抱きながら玄関までやってきた。赤ん坊はけらけらと笑いながら緋色の毛先を握り、引っ張っている。
「あら、こんなにご主人に懐いて。おいでー」
杏寿郎の手から赤ん坊が母親の手に渡されると、赤ん坊は必死と母親の胸にしがみつく。
「やっぱりお母さんが良いのですね」
「でも、こんなに懐くなんて。いつもは祖父母に抱かれても大泣きするんですけどね。本当にお世話になりました」
母親は頭を深々と下げて玄関を後にした。その時、胸に顔を埋めていた赤ん坊がちらりと杏寿郎と葉子の方を振り向いた気がした。
葉子は手を少しふって、母親と子が見えなくなるまで見つめていた。
「少し寂しくなるな」
「そうですね。ずっと泣き止まない時ははらはらしましたけど、泣き声が急に聞こえなくなるのは何だか寂しいですね」
「そうだな……子ができたら毎日があんな様子なのだろうな」
「そうですね……」
杏寿郎は葉子の手を取りぎゅっと握ると、自分に引き寄せた。
「俺は赤子は泣き声よりも笑い声の方が良い!」
「泣くのが仕事ですよ? 杏寿郎さん、自分が父親になったらそんなこと言ってられませんよ」
「そうか。肝に銘じておこう」
二人はお互いに顔を見合わせ家の中へと入った。その日の夕飯は卓を囲み、赤ん坊の話で持ちきりだったという。