11.お見舞い
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稽古場に一人正座をし、壁に掛けられている立派な掛け軸を見つめていた。いつの誰が書いた物なのかは知らないが、過去の炎柱のものには間違いない。
呼吸を意識し、深く肺から息を吐き出す。四肢の隅々まで神経を張り巡らせる。体に不調はないが怪我をしていた指の節に違和感があった。
しばらくすれば違和感も無くなるだろうか……側に置いてある木刀を持とうとしたところ、とたとたとこちらに近づく足音がした。
少し小走りのようだった。何か急ぎの用でもあるのだろうか。
「杏寿郎さん、お客様がお見えです。甘露寺さんと風柱様と蛇の方です。お見舞いにいらっしゃって下さいました」
「そうか! 有り難いな!」
「それが……」
ひどく申し訳なさそうに、葉子が下を向くので杏寿郎は不思議に思った。
「どうした?」
「お茶菓子も茶葉も切らしていて……買いに行こうと思っていたところにお客様が来たものですから……お茶をお出しできません。どうしましょう?」
「なんだそんなことか!」
広い稽古場の中、杏寿郎の声はやけに響いた。そして葉子の肩にぽんと手を置いた。
「すみません、私がぼんやりとしていて……」
「何、気にするな! 俺が今朝食べて飲んでしまったからな! 今まで俺がこんなにながく家に居ることは無かった。あらゆる食材の減りが早く葉子も把握しきれなかったのだろう! 気にするな! そして俺もむやみやたらに飲み食いし過ぎた! すまん!」
本当にすまないと思っているのかわからないようなはつらつとした声で杏寿郎は言った。
「杏寿郎さんは食べることで快復に向かっているので……杏寿郎さんは何も悪くありません。全ては私の落ち度です。本当にうっかりしていました。柱の方々にお茶も出せないとは……煉獄家として恥ずかしいです。後で何か言われたりしませんか?」
「それはない! そんな些細なことを気にする者たちではないからな」
「煉獄家の品位が……炎柱の妻失格です。すみません本当に」
「それくらいで落ちる品位など、もとより無いようなものだ。客人には白湯を出しておこう」
「……はい」
杏寿郎は道着から着替える為に寝室へ行き、葉子は三人の柱の待つ客間へと向かった。盆には白湯を入れた湯飲みが置かれている。
格式の高い煉獄家が客人に白湯を出すとは。蜜璃をはじめ、顔には出さないが心の中では残念に思われるに違いない。特に蛇を首に巻いた人。左右で瞳の色が違い美しい見た目だが、人を刺すようなあの視線。鼻で笑われるかもしれない。
葉子はほんの少し震える手で客間の障子戸を開けた。
そこで真っ先に目に入ったのは、卓の上に所狭しと置かれた箱だった。山積みになっている。
「煉獄さん病み上がりでお腹空かせてるかなぁと思って、たくさん持って来たの」
「大食いが一人家にいると食材の調達が大変だろうしな。隠もそう頻繁に来ないだろ。差し入れだァ」
「手土産は家人に直接手渡すものだ。そのまま卓の上に置くとは、礼儀も知らんのか……」
「かたいこと言わなくていいだろがよォ」
風柱よりさらにどんっと卓の上に大きな箱が置かれた。
「抹茶と緑茶の茶葉だ。どうせすぐ無くなるから、いくらあっても足りないくらいだろォ」
「これね、不死川さんお勧めの抹茶なんだって! すっごく香りが良くて美味しいの。不死川さんは抹茶好きなんだって」
「甘露寺、俺はとろろ昆布が好物だ」
割って入るようにすかさず伊黒が言うものだから、蜜璃はきょとんとした顔を向けている。
「え? はい。そっか、覚えておきますね!」
卓の上に置かれた箱、箱、箱。包装紙を見れば、饅頭にきんつばにどら焼きにかすてら、羊羹、海苔に茶葉に黒豆茶に抹茶……菓子類と茶葉がずらりと重ねられている。
「俺は菓子だけじゃなくて、食材でも持って行った方が良いと言ったんだがなァ」
「お見舞いの品ってお菓子かなって気がして……」
「甘露寺の言う通りだ。見舞いの時は菓子に決まっている」
やけに蜜璃の肩を持つ伊黒に少々不信を覚えつつ、葉子は大変に有り難いと思った。
「こんなにたくさん……本当にありがとうございます」
深々と頭を下げた葉子の後ろで、障子戸がぴしゃんと開かれた。
「柱が三人も見舞いに来てくれるとは! 有り難い! 俺は見ての通り元気だ!」
皆が一斉に杏寿郎を見た。
道着から普段着に着替えた杏寿郎はいつもと変わらない、元気そのものの姿であった。大怪我をして寝込んでいたのが嘘のようだ。
「よお、元気そうで安心したぜェ」
「一人柱が療養している分、俺たちの見回る範囲が広くなった。早く任務に戻ることを心から願っている。そして俺たちはこの後に任務がある」
「わぁ! 煉獄さん! すっかり元気そうで安心しました。お見舞いの品、たくさん持って来ました」
明るい声を上げる蜜璃の前に置かれた山積みの箱。その箱の山を見て、杏寿郎の目は見開いた。
「葉子! 言った通りだろう! 些細なことを気にする者達ではない! 例え、我が家に茶葉が無くて客人に茶を出せなくてもこうやって巡りめぐって自分へ返ってくる!」
「杏寿郎さん……それを言ってしまったら……」
客人におもてなしが出来なかったことを開けっぴろげにしなくても…… 葉子は背中を丸めて縮こまった。穴があったら入りたい。
「何だァ、茶葉無かったのかよ。そりゃあ間が良かったな。抹茶もあるぜェ」
「せっかくだし、みんなで頂きましょうよ!」
「俺は甘露寺に賛成だ」
さっそく蜜璃がいくつかの箱の中身を開け、葉子は慌てて茶器と皿を用意した。
皿の上はあっという間に菓子で埋め尽くされ、抹茶の濃い香りが部屋に広がる。まるで菓子の品評会のような風景だった。
客人に茶が出せないからと言って何なのだろうか。葉子は杏寿郎のあたたかさにも、他の柱のあたたかさにも救われた気がした。
杏寿郎の周りにはあたたかい人ばかりだ。それにほっとする。
「ところで、不死川。抹茶を飲むのも良いが、まずは上着を着てもらおう。これを貸そう」
葉子の立てた抹茶を飲みながら、羊羹をひと口大に切っていた不死川に杏寿郎がおもむろに羽織を渡した。
「いらねェよ、そんなもん。何だァ急に?」
「いや、実に破廉恥な姿だと思ってな! 葉子の前でやめてもらいたい!」
「な、んだとっ!?」
「他の男の裸を見るのは葉子の目に毒だと言っている!」
横にいた伊黒と葉子が思わずむせて、伊黒の首にいた蛇は忙しなく舌をちろちろとだしている。驚いているようだった。
「これが俺にとって一番楽な格好なんだよ! いちいち口出すんじゃねェ! 甘露寺も似たようなもんじゃねェか!」
「それはそれ! これはこれだ!」
「何だって良いが、俺は甘露寺の格好はとても良く似合っていると思う」
「あ、あの……煉獄さんも病み上がりなので、あまり大声を出さない方が……」
二人の様子をおろおろと蜜璃が見つめている。
何はともあれ、わあわあと不死川と言い合っている杏寿郎を見て、元気になって良かったと思う葉子なのだった。