10.招かれざる客人
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「杏寿郎さん。先ほど、お見舞いの品を頂きました」
いちおうは人からの頂き物であり、果物の入った籠を見せようと、寝室へ戻ると杏寿郎はさっそく敷かれた布団の上で日輪刀を鞘から出し眺めていた。すぐにでも稽古をしたいのだろう。ずっと寝てばかりで筋力は衰えている。
「うむ! 有り難い。家に上げれば良かったな。俺は見ての通り面会も可能だ。来たのは誰だろうか?」
「それが、これだけ渡されて早々に帰ってしまいました。鬼殺隊の霧島様です。お身体を大事になさって下さいと仰っていましたよ」
「彼か。任務で一緒だったな。そうか、出歩けるようになったか。それは良かった!」
杏寿郎は日輪刀を鞘に収め、傍に置き、代わりに葉子から籠を受け取った。ふわりと豊潤で豊かな香りがそれぞれの果物から漂ってくる。ちょうど食べ頃のようだった。
葉子は畳に置かれた日輪刀を床の間にある刀置きにおいた。日輪刀はずっしりと重かった。
「霧島様は借りを作りたくないと、そんなことも仰っていました。杏寿郎さんに何か思うところがあるのでしょうか?」
葉子は霧島が嫌いだ。でもそのことを杏寿郎に伝えるつもりはない。関わりのない男のことで変に心配をかけたくなかったからだ。
「せっかくだ。貰った果物を食べたい」
「さっそくですか? 包丁とお皿を持って来ます」
部屋から出て、台所の棚から小さめの包丁と皿を取り出した。それと手拭い。
夕飯の後に出そうかと思っていたが、ほとんどが杏寿郎に今、食べられてしまうかもしれない。
そんな底知れぬ食欲も元気になった証拠だからまぁ良いかと、葉子はくすりと笑った。
一式を盆に乗せ、部屋へ戻ると杏寿郎が座っていた布団は畳まれていた。部屋の真ん中には小さな卓も用意されている。杏寿郎は既に食べる意気込みが十分なようだった。
「全部食べる気ですか?」
「それはわからない! 葉子がだめだと言うのなら我慢をするしかあるまい!」
「ほら、やっぱり全部食べたいんじゃないですか」
しょうがないなと思いつつも、杏寿郎への見舞いの品だから全て本人が食べてしまっても別に良いのかもしれない。任務から帰って来た杏寿郎を甘やかしている自覚は少しはある。
持ったびわに包丁を沿わせ、縦半分に切れ目を入れる。くるりとひねると種子を残してびわは半分になった。もう一つ、同じように切ってから皿に置く。
次にいちじくのへたを切り落とし、四等分にしてから包丁を皮に沿わせて取っていく。いちじくを皿に置くと、そこで杏寿郎はびわに手を伸ばした。
「俺は自分の役目を全うしただけだが、霧崎隊士はかなりの上昇思考の持ち主のようだ。俺は貸しを作ったとは思っていない。柱である以上、他の隊士を守りながら戦い、時には導くのは当たり前だ」
「そうですね……」
だからあんなにぼろぼろの状態で帰って来たのか。自分をもっと大切にしてほしいと思うが、それはきっと聞き入れられないのだろう。自分のことよりも人のことなのだ。それが葉子には少し寂しいが、声には出さないでおいた。
「だが、霧峰隊士はそうは受け取らなかったわけだな。俺に借りを作りたくないと。そう受け止めているのだな。なるほど、負けん気が強いようだ」
「よくわかりません……」
杏寿郎は声を出して笑った。
「剣士の世界にもいろいろある。鬼との戦いの後でもそう思えるのは強い証拠だ。きっとこれからも鬼殺隊を引っ張って行くことのできる強い剣士になると思う。実に頼もしいな!」
そうにこにこと話す杏寿郎が楽しげで、葉子が霧島を悪く思っていることがとても小さな事のように思えた。
「彼もそうだが、みな命がけで戦ってくれた。どんな階級の者であれ、同じ鬼殺隊の一員であることに変わりはない。鬼殺隊の仲間は皆が素晴らしい宝のようなものだ。俺は鬼殺隊を支える柱であることが誇らしい」
杏寿郎はいつだって太陽のように暖かい。
とても仲間思いで、任務後にぼろぼろになって帰って来て……傷口も開いていた。来年も見られるというのに花見の約束を守ろうと己の身体もかえりみずに。それが煉獄杏寿郎という人なのだ。
葉子は思わず杏寿郎に抱きついた。
陽だまりのような、暖かなぬくもりを感じた。
「葉子?」
この人がせめて、己の生き方を全うできるように、葉子は支えて行こうと心の底から思った。
「何でもありません。本当に帰って来てくれて良かった……」
「…… 葉子」
葉子の背中に杏寿郎の腕が回されて、二人はしばらくそのままでいた。
暖かな初夏の日差しは部屋の中まで差し込み、ぽかぽかと暖かい。それは人の温もりか、陽気のせいなのか。
お互いに体温を感じていたところで、ぱっと杏寿郎の胸から葉子が顔を離した。
「他の果物も剥いてしまいましょう。お父様……槇寿郎さんが帰って来たら稽古をつけてもらうのでしょう? 精をつけないと」
「それもそうだ。体が鈍って仕方がない。久しぶりに父上と稽古をするとなると、生半可な状態では危険だろうからな」
「私もひと口くらいは頂きたいです」
「ひと口と言わず、ふた口、み口と食べたら良い! 遠慮はしなくて良いぞ!」
部屋には爽やかで甘い香りが広がった。
居間に果物の入っていない籠が置いてあり、それを見た槇寿郎に「この籠はなんだ?」と聞かれ、葉子は返事に困ったという。