仲良くなりたくて
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「見送りはここで結構です」
正門まで見送りに来た暁子と杏寿郎の二人を振り返り瑠火はきっぱりと言った。
「いえ、せめて空港まで……」
「なかなかこの場所には来れませんし、暁子さん達は夫婦水入らずで、もう少し楽しんだら良いと思いますよ。せっかくのお休みでしょう? 今日は本当に楽しかった。ありがとうございました」
暁子の言葉を最後まで聞かずに、そう言い切り、礼儀正しく深々とお辞儀をする。少し強めな言い方だったが、息子夫婦にはあまり気を使ってもらいたくない。瑠火なりの配慮なのだ。
「千寿郎も久しぶりに暁子さんに会えて良かったな。お土産まで買って貰って」
「はい。一生大事にします」
父の手が肩に置かれている千寿郎は暁子に北極ぐまのぬいぐるみを買って貰っていた。大事そうに袋を抱えている。一度は遠慮をして断ったものの、ぜひ思い出にと言われ、喜んでその申し出を受け入れたのだった。
「こちらこそ、ありがとうございました。もっと時間があれば良かったのですが」
「いえ、帰ればいつでも会えますから。今度はうちにいらして下さいね」
瑠火は暁子の手を取り、力強くぎゅっと握った。そして自分の中で最大限の笑顔を作った。はたから見れば暁子の手を取り、微笑んでいるように見えていた。
「ぜひ!」
瑠火の笑顔は暁子にも伝わったようだった。澱みのない美しい笑顔であった。杏寿郎は父親似とばかり思っていたが、母親にも似ているのだなと感じる。そして暁子も瑠火につられるように、にっこりと微笑んだ。
「では、ここで。杏寿郎、暁子さんといつまでも仲良くするのですよ」
「もちろんです母上。帰ったら連絡をします」
暁子達は門を出て去って行く三人を姿が見えなくなるまで見送った。千寿郎もずっと振り返り手を振っていた。その姿に暁子も次に会えるのはいつだろうかと少し寂しく思うのであった。
やがて姿が完全に見えなくなった頃、くるりと杏寿郎が振り返る。
「暁子、少し休憩をしよう」
・・・
動物園内のカフェにてコーヒーを買い、二人は外にあるベンチに腰を下ろす。陽はまだ高く上り、園内を無邪気に走り回る子ども達の声が聞こえている。午後のゆったりとした時間であった。
「どうだ? 母との距離は縮まっただろうか? 暁子はずっと気にしていたからな」
杏寿郎は暁子が母、瑠火の前で少し萎縮しているのに気付いていた。本当は心優しい人なのに、表情があまり無いので初対面の人に怯えられてしまう母の損な部分も昔から知っている。
「少しは……縮まったかな」
「そうか、少しか。母はずっと楽しそうに笑っていたけどな。暁子の事をまるで幼い頃の千寿郎を見ているような表情で時々見つめていたな」
「え、そうだったの? 全然わからなかった……」
時々、話し掛けてくれその時は微笑んでいるような気もしたが、ずっと笑っていたのは暁子にはわからなかった。
「目尻がほんの少し下がり、口角も僅かだが上がっていた。今日は本当に心から楽しかったのだと思う」
さすがに息子だけあり、瑠火のわずかな表情の変化はすぐにわかるようだった。杏寿郎は手にしているコーヒーをひと口飲むと、視線を近くにいる親子連れに向けた。ベビーカーに乗っている子どもはむちむちとした自分の手を舐めている。暁子も手元のコーヒーを飲む。手にしているコーヒーからは香りと共にほんのりと湯気が立ち上る。心がほぐされる、心地の良い香りであった。
「そっかぁ……目に見えてわからないだけで、そんな風に思ってくれていたんだね。もっと話したかったなぁ」
「帰ったらいくらでも会える。今度は家族全員で食事にでも行こう」
「うん」
そして、杏寿郎は膝の上に置いてあった暁子の手を取り、指を絡ませるようにして握った。
「今日はずっと千寿郎とばかり一緒にいたな。弟に嫉妬をするのは馬鹿げているとわかってはいるが、今日はずっとこのままが良い」
しっかりと絡まる指は離さないと言っているようで、熱を持っていた。もう新婚でも無く、気恥ずかしいが、この最北の地では誰に会うわけでもないから良いかと暁子も固く指を絡ませるのであった。
「まだ見て回ってないところあったかな?」
「そうだな。さっきは時計回りだったから次は半時計回りで行こう。今日は時間を気にしなくて良いからな」
この際全部見て回ろうと、まどろっこしい事を考えないのが杏寿郎らしく清々しい。そんな大胆な彼に暁子もくすりと笑う。
「……そうだね。お揃いのお土産買って行こうよ。マグカップとか、コースターとかが良いな。欲しかったんだぁ。職場で使いたいなって」
「なら、キタキツネで決まりだな!」
「そうなの?」
きょとんとした暁子に、杏寿郎はすかさず言った。
「俺に似ていると言ったじゃないか。職場にぜひ連れて行ってくれ。いつでも側にいる気になるだろう」
「そうかなぁ……」
これが束縛というのかはわからないが、ほんの少しばかりやきもちを抱く夫が可愛らしく愛おしいと思うのであった。
杏寿郎の想いに応えるように、暁子は絡まれた指をぎゅっと握る。
「早くコーヒーを飲んで行こうよ」
二人は顔を見合わせると、握られた手は繋いだまま、空いたもう片方の手でくいとコーヒーを飲むのであった。