水辺の攻防
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南欧風の建物で、人々の視線を一身に浴びる男女がいた。
一人は彫刻のような筋肉美の見目麗しい長身の男。もう一人はきめ細やかな肌が透き通るように白く、まるでマシュマロのようだった。そのマシュマロの肌にメロンを思わせるたわわな胸をつけ、何かのコマーシャルに出ていた女優に似ている可愛らしい顔をした女であった。腰は締まり、尻は突き出し、男性誌の表紙を飾るグラビアアイドルよりも光り輝いていた。通り過ぎる男達は鼻の下を伸ばし二度見するしかない。
「打たせ湯ってけっこう痛いですね」
暁子は天井から落ちて来る湯を頭から浴びていた。温泉水は首から鎖骨、豊満な胸の谷間を下りて行き、腰から尻へ、そしてすべすべとした太ももからふくらはぎ、最後に床へと滑り落ちて行く。
隣りで肩から打たせ湯を浴びている天元は目を細めた。
「思ってた以上だったな」
「何の話ですか?」
「いや、何でも無い」
太ももを少し触っただけであったが、肌は張りがあり滑らかで天元は酷く驚いた。今、目の前にある水を弾いている胸はさぞ柔らかいのだろう。あの時は危うく暁子のラッシュガードを己の手で脱がしてしまうところだった。危なかった。自分から脱がすのが主目的だったはず。
先程まではあんなにラッシュガードを脱ぐのに抵抗があった暁子だったが、天元の言葉にほだされ今まで抱えていた物が吹っ切れたのだった。黒いラッシュガードの下には白色のビキニを着ており、その姿がより一層眩しい。
「私、高校生の頃にクラスの男子に見た目でちょっと馬鹿にされた事があって……それから人の目を気にするようになったんですけど。何か、それも先輩の言葉を聞いてたらウジウジするのも馬鹿らしくなって来ました」
暁子は今度は打たせ湯を下から見上げている。突き出ている胸は勝手にその湯を受け止めている。湯が落ちてくる度に、たわわな胸は水を弾き揺れていた。
「こんなに世界は広いのにそんな悩みはちっぽけだなって思えて来ました」
「へぇ……そりゃあ良かった」
「私、もっと自分らしい作品が作れるように頑張ります!」
「俺も頑張らねぇと。これはうかうかしてらんねぇな。早いとこ手を打たないと」
天元は遠くから暁子を見つめている複数の男達の視線を一瞥した。男達は目が合うとさっと視線を逸らす。
暁子は高校生の頃に男子生徒に馬鹿にされた出来事が自分を驚く程に過小評価し、縮こまり萎縮させていたらしい。
(馬鹿にされたってのも眉唾だな。どうせ暁子に好意があってちょっかい出したら逆に受け止められたんだろうよ)
天元は暁子がゼミの男達からどんな風に思われているのか知っている。高嶺の花はかなりの高所に咲いており、凡人は手を出すのに気が引けるらしい。その上、新歓コンパにも来ない、飲み会にも来ない、誰も連絡先を知らないと、本人が意識しているのかはわからないが鉄壁の守り、難攻不落の名城であった。
(今回、誘ってついて来たのは奇跡だったな)
つまりは暁子も満更でも無いということだろう。天元は天賦の才とでも言うのか男女の駆け引きは意識をしなくても上手く行く。しかし暁子にはそう言ったことはあまり通用しないのではないかと考えている。正攻法で行くか。しかし押し過ぎると簡単にするりと逃げてしまう気もする。
「先輩、あそこのジャグジーに行きましょうよ」
「おー、そうだな」
にこにこと先を行く暁子は本当に吹っ切れたのか雰囲気からして別人であった。今までも黙っていても目立っていたが、今の暁子は宝石のように輝いていた。他の男達も黙っちゃいないだろう。一緒にこの場所に来たことにより他の男達よりも一つ抜きん出たが、ただそれだけだ。あいつが行けたのなら俺もと、虎視眈々と周りの動向に目を光らせた猛獣達が暁子を狙っている。隙あらばその隣りにずっと居座ろうと機会を伺っている。
(まずは、あいつとあいつを先に潰しておくか。暁子にはかなり執着してたからな)
それから……と考えたところでふと言葉が出た。出てしまっていた。
「今日はどこかに泊まるか?」
暁子はきょとんとした顔で天元を見つめた。背中にジェット水流を受けながら、くりくりとした瞳には「先走り過ぎた」と、少し後悔をしている表情の天元が映っている。
「いえ、普通に帰りますけど?」
「あ……そう」
これは距離を縮めるのは少し時間が掛かりそうだと、そう判断したのだった。
(高嶺の花はそうでないとな)
今はまだゼミの先輩で良い。今は。
ぼこぼこと激しく泡立つ湯船に浸かり、二人はジェット水流を背中に受けながら他愛のない話をあれこれとするのであった。