次に来た時は
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暁子は二人を連れ、しぶしぶ店へと案内をした。
店は雑居ビルの三階にあり、他のフロアは何だかよくわからない事務所が入っていたり、いかがわしいビデオ屋が入ってるようだった。いかにも怪しい雰囲気のビルだった。
「暁子……大丈夫なのか?」
「大丈夫って何が?」
炭治郎はこんなにも怪しい雰囲気のビルで、しかもメイド喫茶でアルバイトをしている暁子が心配になった。メイド喫茶という店がどういったものかは知らないが、もし、妹の禰󠄀豆子がこのような場所でアルバイトをしていても同じように心配になると思った。何がどう心配なのかはわからなかったが……
エレベーターを降りると真っ先に『大正浪漫猫娘☆にゃん』の看板が目についた。
「うわぁ! 思っていたよりもずっと和風で綺麗な店構えだねぇ!」
善逸は大きく感嘆の声を発した。それもそのはず、看板には達筆な文字で木の板に大きく書かれており、怪しいビルの外装とは違い店は木造の門に畳、そして暖簾としっかりとした和風の店構えであった。品のある料亭のような佇まいである。
「玄関で靴を脱いでね。靴はそこの靴箱に。旦那さま二名をお迎えしましたー」
暁子が店の中に声をやると、遠くで『お帰りなさいませ、旦那さま』ときれいに揃った声が返ってきた。
「だ、旦那さま……」
「女の子の声がたくさんしたっ! 旦那さまとか! 何か良いよなぁ。早く入ろう! 天国の予感がするよぉぉ!」
善逸は「旦那さま」と呼ばれたことだけですっかり乗せられ、良い気分になっているようだった。そんな今にも羽が生えて喜び飛び立ちそうな善逸の姿に炭治郎は少し引いて見ている。
先を歩く暁子について行く形で畳の廊下を恐る恐る歩く。廊下の両側には襖で仕切られた部屋がいくつかあり、部屋の中からは人の話し声としゃかしゃかと何かが擦れる音がしている。しばらく歩くと二人は鶴の描かれた襖の部屋に案内をされた。
「個室!? 何だか意外……」
暁子は部屋の棚から座布団を二枚出し、畳に置いた。そこへ座れということのようだった。二人が座ると暁子も着物の裾を整えながら座った。
「ここは本格的なお手前が体験できる店なの。私、着物好きだし、茶道も興味あったし……とにかく時給が良いんだ。これがメニュー表ね」
「……メイド関係無くないか?」
「私、メイドじゃないよ? メイド喫茶でバイトなんてしてないよ? 猫耳とエプロンは付けてるけど、ここは茶道が体験できるお店だよ」
炭治郎はすぐさま善逸を見た。暁子がメイド喫茶でアルバイトをしていると騒いでいたのは善逸だったからだ。
「茶道と猫耳っていう文化と萌えの二つを組み合わせたら流行るってオーナーが。私、茶道もやってみたかったし、着物好きだし。一石二鳥かなって」
「えええええええ! にゃんにゃん無いの!? オムライスに絵を描いてくれたり、一緒に写真撮ったり、膝枕をしてくれたりっ!」
善逸はひどくがっかりとして項垂れた。
「文化と萌え……それは思い付かない発想だ。そうか、暁子はそんな最先端な場所でアルバイトをしていたんだな」
感心したように炭治郎がまじめに言った。暁子はそれが少し気恥ずかしく、むず痒い。しかし、嬉しくも思えた。
「いや、詐欺でしょうよ! 店名詐欺だよ! 浪漫が無いじゃん! 茶道だなんて、戦国の世から続く伝統ある文化じゃんよ! にゃんにゃんを期待したのにっ!」
善逸は騒いでいるが、暁子から渡されたメニュー表を眺めて炭治郎は二人分の注文を勝手にした。
「お抹茶、梅コースが二つね。わかりました」
暁子は注文を届けに個室を出た。
・・・
柄杓で釜の湯を汲み、抹茶の入った器に少しずつ入れる。流れるような所作に炭治郎は釘付けになった。猫耳をつけているとはいえ、暁子の表情は水面のように静かで凛としていた。騒いでいた善逸もいつの間にか、背筋を伸ばし正座をして抹茶が淹れられるのを待っている。
「どうぞ」
炭治郎の前に見事な器の中に入った抹茶が出された。器を何回か回し、そっと口にする。
「美味しい……うん、美味しい」
続いて善逸の前にも抹茶をそっと置いた。器の中には細やかな気泡が満遍なく広がり、濃い抹茶の香りが新緑を感じさせる。
「ずいぶんと本格的なんだね……」
「うん。うちはそういうコンセプトなんだ。器にも凝ってて本格派っていうか……外国のお客さんにも凄く喜ばれてるよ」
善逸はぎこちない手つきで器を回し、くいと抹茶を飲んだ。
「うん、美味しい。美味しいけど、思ってたのと違うっていうか。店名詐欺だよね…… 暁子ちゃんの猫耳関係ないよね? ないよね? ねぇ?」
「善逸、いいじゃないか。こうして本格的なお点前を体験できるなんてなかなか無いぞ。こんな繁華街に静かに心が落ち着ける場所があることに驚いたよ」
「炭治郎、お前さん何言っての? 何なのその健全で前向きな感じっ!」
善逸は頭を抱えながら横になり、部屋の中をごろごろと転げ回った。そんな姿を暁子も炭治郎も苦笑いで見つめていた。
視線を元に戻した炭治郎は、まじまじと暁子の姿を見た。
「猫耳も何だか似合ってる。うん、良いと思う」
「え?」
まさかそんな言葉が炭治郎から出るとは思っていなかったので暁子はびっくりした。そして恥ずかしくなって、いそいそと二人の飲み終えた器を片付けた。
「……今度は一人で来てみようかな」
驚いて炭治郎の方を向くと、彼は優しげに笑っていた。