カフェーの道具①
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「わあ! 今日の夕飯はおでんですね。手伝います」
台所の前を通った千寿郎が食事を運ぶのを手伝ってくれると申し出てくれた。千寿郎は気付いた時には葉子の手伝いを率先してやってくれる心優しい弟のような存在だった。
「ありがとう。重いのは私が運ぶからお茶碗やおひつをお願いね」
「わかりました」
にこにこと屈託のない笑顔を向けて千寿郎は置いてあった皿などを盆の上に乗せ、葉子の後ろをついて行った。
居間に着くと卓の上に奇妙な毛でできた物が置いてあることに二人は気が付いた。卓に運んで来た食事を置く為に、ちょうど真ん中に置かれたうさぎの耳のような形のそれをそっと端に寄せる。
「何だろうこれ?」
「うさぎの耳っぽいですかね……」
「本物かな? ちょっと怖いね」
葉子は持っていた鍋を卓に置き、次に
汚い物を触るような手つきでその耳を掴んだ。こんな道具今まで見た事もない。獣の耳のような物がこれから皆で食事をする卓の上に置いてあるのは不吉な物のように思えた。
「捨てちゃおうか」
「そうですね」
葉子はそのまま屑箱に耳を入れようとしたところ、
「ちょっと待ったぁぁ!」
廊下を恐ろしい速さでかけてきた槇寿郎が慌てて二人を静止させた。障子はガタガタとその風圧で揺れている。
「それは土産に買って来たのだ」
「父上のお土産だったのですか。今し方捨てようとしていたところです。危なかったですね。葉子さん」
「本当に……捨てなくて良かった」
とっさに嘘をついてしまった槇寿郎はほんの少し後悔をしたが、もう言ってしまったからには後戻りができない。
「あのぉ……あれだ。モダンガールを自称している一部の女学生の間で流行っているらしいのでな。試しに買って来てみた。頭に付ける飾りだ」
「うさぎの耳を頭に!? 何と斬新な……」
千寿郎は感心をして、耳を手に取りしきりに眺めている。これが西洋の文化なのですかと、感慨深げに独り言を言っている。そしておもむろに自分の頭に付けた。
焔色の髪に、緋色の毛先、煉獄家に産まれた証である独特な奇抜な髪色はうさぎ耳が存外似合っていた。あまり……いや、かなり違和感が無い。
「何だか自分がうさぎになった気になります。不思議な感覚です」
「千寿郎くん! 可愛い! 似合ってるよ」
葉子はその姿にはしゃぎ、千寿郎は照れて頭を掻いているが、槇寿郎の内心は穏やかでは無かった。
(違う! 千寿郎! お前ではないのだ! 違う違う違う! 違うのだ!)
槇寿郎は叫びたかったが、そこはぐっと堪えた。
「可愛いと言われるのは……少し恥ずかしいですね」
千寿郎は照れながらも耳を外し、次に葉子にそれを手渡した。
「葉子さんも付けてみてはどうですか? 葉子さんの方がきっと似合いますよ」
(そうだろうとも。間違いない。早く!)
槇寿郎は悟られないように至極平静を装い、側に置いてあった新聞を手に取った。文字を逆さにして持ってしまっているが、新聞の内容を読む気はないので槇寿郎はその事に気が付いていない。
葉子はうさぎ耳を言われた通りに頭に付けた。ゆるく結った髪型の若い娘。そして着物、割烹着、うさぎ耳。
「わぁ! 葉子さんやっぱり可愛いですよ。月に住んでいるうさぎみたいです」
「そうかなぁ」
葉子はくるりと背中を見せた。
(良いっ! これは良い! 完璧だ! 葉子!)
思わず槇寿郎は手にしていた新聞紙をビリリと真っ二つに破いていた。
「どうしました? 父上」
「いや、何でもない……」
心を落ち着かせる為に深く深呼吸をする。まさか、葉子のうさぎ耳姿にこんなに心を動かされるとは。獣耳信じ難し。うさぎ耳カフェーは大繁盛間違い無しだ。考えた人は天才なのか。いや、もはや希代の天才発明家と言えるだろう。その店に行ってみたいとほんのばかり思ったのは秘密である。
「葉子、どうだ? 付け心地は」
「思ったよりも何ともないと言いますか、付けている感じがしませんね。不思議です」
「そうか」
千寿郎の言葉に気を良くした葉子は、満更でもない様子であった。
「モダンガールとやらの第一歩だな。とりあえずは家にいる時はこれをつけて過ごしてはどうか。うさぎは跳躍を意味する縁起物だからな。長い時間付ければ付けるほど運気が上がるらしいぞ」
槇寿郎は嘘に嘘を重ね、さらに罪を重くしている。
「そうなのですか。じゃあ、家にいる時はずっと付けていようかなぁ」
「そうだな。そうした方が良い」
槇寿郎は心の中で涙ながらに大喜びをした。いろいろな意味でずっとそうしておいた方が良いと、何回も何回も心の中で叫んでいた。
こうして葉子はしばらくの間、家にいる時はうさぎ耳をつけて過ごすのであった。
その姿を任務から帰って来た杏寿郎からは「血鬼術にでも掛かったのか!」と酷く驚かれたらしい。