名字呼びが多め。
7.家に行く
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家の掃除がしたいからと、炭治郎の実家のパン屋にいる玄弥と炭治郎を光希が迎えに行くという手はずであった。
店内からは芳ばしいバターの香りが漂い、朝からフランスパンを買いに来る客を横目で眺めつつ、玄弥は店の外でぼんやりと立ったままだった。店の中で待っていたら良いと炭治郎が声を掛けてくれたが、自分の人相は万人受けするようなものではないのを理解している為、遠慮して外で光希を待つことにした。バターの甘ったるい香りに胃がむかむかとしそうなのはきっとパンのせいではない。緊張しているのではないかとそう思った。
その時、カランと店の扉が開き炭治郎が大きな袋を抱えて出てきた。
「そろそろ時間だと思うんだ。篠藤さんはまだかな」
「いや、まだ。そんなにパンを持って行くのか?」
「うちはパン屋だから。これくらい手土産として持って行かないと。宣伝も兼ねて」
「そうか……悪いな」
炭治郎に手土産はどうしようかと相談をしてみたところ、うちのパンを持って行くから玄弥は何も買わなくて良いと強く念を押されてしまっていた。店のパンを持って行く、それ以外は認めないと炭治郎のパンに対する気概は玄弥も気圧される程であった。その為、玄弥はこの日に何も用意をしていない。
「それにしても篠藤の家って近かったんだな。徒歩圏内だ」
「玄弥も今の今まで知らなかったのか。いつも二人でいるからもう既にそういう仲だと思ってたな」
「な……そういう仲って何だよ!」
「てっきり住所をお互いに知っている年賀状のやりとりをするような仲だと思ってた」
炭治郎が真面目くさった顔をして言うので、玄弥は思いっきり炭治郎の頬を引っ張ってやった。
「いてて、何で……?」
光希とのことをいろいろと想像してしまい、玄弥は無駄に顔を赤くしてしまったことを後悔した。
「あ、あれは……」
頬が赤く腫れ上がった炭治郎が指差す方には手を大きく振ってこちらに近付いてくる女子がいた。ジーパンにトレーナーとラフな格好だった。
「ん? 篠藤さんかな。おーい」
炭治郎が手を振ると、光希はさらに大きく手を振って小走りに二人に近付いて来る。
「制服を着ていない姿も新鮮だね。玄弥」
炭治郎が見上げると玄弥はさらに耳を赤くして光希に背を向けていた。頭から湯気が出そうである。家に行く前からこの調子で大丈夫だろうかと炭治郎はほんの少し不安になった。
二人の元へと走って来た光希は少し息を切らしながら
「ごめんね。待った?」
「いや、大丈夫。玄弥、心の準備はできてるか?」
「心の準備なんてしてねぇよっ! わけのわからないことを言うなっ! ほら行くぞ。もうっ!」
炭治郎と玄弥のやり取りに首を傾け、光希は二人を先導するように少し先を歩くのだった。
・・・
三人は特に会話らしい会話もせずに歩いた。炭治郎の家のパン屋から大通りを出ていくつかの道を左折し、住宅街の中を歩いた。
学校までのいつもの道のりから外れた普段行かないような場所はどこか遠い所へ来た感覚を持たせた。
その時、ふと玄弥がぽつりと言葉を漏らした。
「篠藤も徒歩で学校に来てたんだな。三人とも同じ地域に住んでるってことかぁ」
「うん。ホントだね。私達って思ってるよりずっと狭い人間関係だよね。不死川君を見かけたら絶対に遠くからでもわかるのに、今まで近所でも見かけたことないもん。竈門君のパン屋さんには何度か買いに行ってるけど」
「へぇ、そうだったのか……」
玄弥と光希が並んで歩き、二人は後ろにいる炭治郎を振り返った。
「学校の人は普段から結構買いに来てくれるんだ。先生方も来てくれるし、本当に有り難いよ」
「竈門君の家のパン、美味しいし。よく買って来てって言われるんだ」
「それは嬉しいな」
買って来てと言うのは光希の母親だろうか。今日は光希の家族も家にいるのだろうか。玄弥はふとそんな事を思った。挨拶をしなければ。普通に学校の先生に挨拶をするような感じですれば良いだろうか。それともきちんと畏まり、目上の人に対するように挨拶をした方が良いのだろうか。目上の人に対する挨拶とはどんな様子だろうか。玄弥はごくりと喉を鳴らし何とも言えない緊張感が漂った。