名字呼びが多め。
5.小さな気遣い
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二学期になった。クラスの係決めの時であった。このクラスは学期ごとに係と委員が刷新される。
やりたい委員も係も無い玄弥は、早くこの学級活動が終わらないかなとぼんやりと外を眺めていた。中学一年生の時にはかなり粗暴な性格だった為に、同じクラスには特に友人と言えるクラスメイトもおらず孤立している。
『残りはくじ引きで決めます』
皆が係決めに消極的で挙手をする者もおらずなかなか決まらない事に痺れを切らした学級委員が、くじ引きで係を決めると言い出した。「好きにしてくれ」とそのまま無関心を決め込んでいるとさっそく名前が読み上げられた。
『朝読書係は不死川くん』
朝読書係って一体何をする係なのかと疑問に思っていると
『朝読書係は二名なんですけど、他にやりたい人はいませんか?』
学級委員がクラスを見渡して言った。だいたいは仲の良い友達が挙手をしてくれるのだが、孤立している玄弥には一緒に係をしてくれるクラスメイトはいない。もちろん誰からも手が挙がる事は無かった。
(チッ……自分が悪いんだけどよ、これじゃあ公開処刑みたいじゃねぇか)
玄弥は居心地の悪さを感じイライラとしていた。
『えー……っと、じゃあ誰もいないようなのでくじ引きで決めますか』
学級委員が名前の書かれた箱に手を入れた時、一番前の席から控えめに手が上がった。女子生徒のようだった。
『あ、篠藤さん。朝読書係に立候補ですね。これで朝読書係は決まりです』
玄弥は驚いた。今まで会話もしたことのない女子生徒の名だった。何でまた彼女が? 何はともあれ朝読書係をするもう一人が決まって良かった。
女子生徒、篠藤光希は後ろを振り返り、玄弥と目が合ったがにこりともせずにすぐに体の向きを変えて前を向いた。
玄弥は「なぜ彼女が?」という疑問が消えないままだった。
・・・
担任より朝読書の時間は毎週金曜日に決められた。朝の時間に五分でも十分でも自分が持って来た本を読むという時間を設けることが目的だ。それにより一日を落ち着いた気持ちでスタートさせる事ができるのだそうだ。
金曜日の朝、特に光希とは係の活動について話し合ったわけでもなく、何をするのかもわからなかったので玄弥はいつものようにいつもの時間に登校した。すると光希が教壇に困ったように突っ立っていた。
「……朝の支度が終わった人から読書を始めて下さい」
そう声を掛けていた。小さな声で。
言う通りに本を読む者もいれば、ずっと友達と話し込んでいる者もいる。挙句の果てには他のクラスに出掛けてしまう者もいた。いつもの朝の風景と何ら変わらない。玄弥は自分の荷物を机に置くと、光希に倣い教壇に立った。そこに玄弥が立つだけでしんとクラスが静まり返る。
「朝の支度が終わった奴から本を読め。クラスの外には出るな、人と話すな。本を忘れた奴は後ろにある本棚から好きな本をとって読め」
玄弥がそう一度声を掛けただけで、話し込んでいた者は自分の席に戻り、クラスの外に出ていた者もいつの間にか教室内に戻って来た。クラスは瞬く間に静まり返った。
(どういう了見だよ……)
なぜ自分の言う事はこんなに素直に聞くのか玄弥はいまいち納得が行かなかったが、横で立っている光希は目を輝かせてクラスを見つめていた。そして顔を上げて、こう言った。
「不死川君、凄いね。一声でこんなに」
射撃以外のことで他人に褒められたのはこの時が初めてかもしれない。
やがてチャイムが鳴ると、担任がゆったりと教室にやって来て「お、さっそくやってるのか。感心感心」と呑気に言っていた。
それから毎週金曜日の朝に声掛けをしていると、次第に声を掛けなくてもクラスは皆が静かに読書をするようになって行った。玄弥が声を掛け、光希はというとクラスに置いてある本を入れ替えたりと本の整理を主にしていた。お互いに特に分担したわけではなかったが、いつの間にかにそんな風になっていた。
こうして二学期も滞りなく過ごし、光希とは特に会話らしい会話をする事もなく季節が過ぎて行った。常にクラスで成績が一番の彼女に自分から話し掛けるのは非常に気が引けたし、光希から声を掛けられる事も無かった。係の件で話し掛けて来ないかなとほんの少し淡い期待を持っていたのは玄弥以外に誰も知らない。しかし、この頃より少し話をするような間柄になった竈門炭治郎には「あれ? 何か……」と怪しまれるようになっていた。
玄弥はなぜ彼女が係に立候補をしてくれたのかという疑問はいつまでもいつまでも脳裏に消えないままだった。
ただ、初めて一緒に教壇に立った時の「凄いね」ときらきらとした目で自分を見上げていた光希の姿が忘れられなくて現在に至る。