名字呼びが多め。
8.初めての出来事
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机に突っ伏している玄弥のもとへ光希がやって来た。
「すごい! すごい! 問題できたよ。勉強会をした成果が出たよ」
「兄貴に……撫でられた」
「え?」
「兄貴に頭を撫でられた」
玄弥はしばらく机に突っ伏したままだった。褒められた嬉しさと恥ずかしさで密かに悶えているのかもしれない。
光希も玄弥が答えられないか、答えを間違えるかして実弥に殴られるのではないかとばかり思っていた。まさか正解をした上に褒められて頭を撫でられるとは思わなかった。その光景に「わあ」と感嘆の声が自然と出ていた。
光希よりも褒められた本人の方が嬉しいし驚いているに違いない。光希は照れているであろう玄弥の背中を静かに見守った。
やっとのことで玄弥は机に突っ伏していた体を起こし、椅子に背中を預けた。実弥によって乱れた髪を手櫛で整える。
「まさか答えがあってたとはな……冷や冷やした」
「あの問題が解ければこの単元はバッチリだよ。良かったね」
「そうなのか? わからない」
「うん。自力で解けたらバッチリだよ。考え方が身についた証拠だよ」
「家での……」
「うん?」
玄弥は急に小さな声でぼそぼそと喋り出した。声が聞こえるように光希は玄弥の顔に耳を近付けた。
「篠藤の家で勉強会をやってて良かった。また良かったら勉強会を……って顔が近っ!」
「勉強会を?」
「いや、もう良い……」
顔を手で覆いながら玄弥はそっぽを向いてしまった。耳が赤くなっていたのに光希は気が付いたが、それ以上は何も聞かないことにした。
「不死川君、また今度一緒にやろうよ。勉強会──」
「篠藤さん」
急に名前を呼ばれ、光希が振り返ると同じクラスの男子生徒が立っていた。
「篠藤さん、ちょっと……」
「え、何?」
男子生徒は片倉(かたくら)と言った。玄弥とは対照的な物静かそうな眼鏡を掛けた生徒であった。
彼から呼び止められることなんてほとんど無かったのに急に何事だろうかと光希は不審に思った。
「篠藤さん、ちょっと話が」
「ここで良いよ」
片倉は玄弥をちらりと見るとはぁと小さくため息をついた。その遠慮の無い失礼な態度に玄弥は内心面白くなかった。
「いや、最近放課後の勉強会に来ないなと思って。君、その……何ていうか良いの? 僕らと勉強しなくて」
「うん、別に平気。私は不死川君と勉強してるから」
片倉は驚いたように目を見開き、そして眼鏡の位置を正すとすぐに平常に戻った。
「ああ……どうりで。篠藤さんの自由だけど、僕達は僕達で勉強会してるし、教科書以外の参考書も使ってるのは知ってるよね。まぁ、何ていうか平気なの?」
「平気って何が?」
光希は片倉が言おうとしていることが何となくわかったので少し強めの語気で言った。
「僕達と勉強をしなくて学年一位をキープできるのかってことだよ。前のテストで篠藤さんと僕の差は13点。すぐに追い抜くし、一度落ちると上がって来るのは大変なのは知ってるだろう?」
「え、待って待って待って。何で私が抜かされること前提なの。私は勉強するし、次のテストも一位だよ。ね、不死川君」
「え……」
玄弥はぼんやりとしていたところ急に話を振られ慌てた。しかし片倉の失礼な物言いに腹が立ったのは同じだった。
「不死川君はさすがに一位にはなれないけど、私はなるよ。知ってる? 人に教えるってことは自分が理解してないとできないことなんだよ。次のテストが楽しみ。心配してくれてありがとうね」
片倉は鼻で笑った。
それが玄弥の癪にさわった。
「俺と篠藤が一緒にいるのが気に入らないんだろ。篠藤は人に教えられる余裕があるんだよ。俺なんかの勉強に付き合ってても余裕があるんだ。自分のことしか考えてねぇお前とは違うんだよ」
玄弥ががたんと立ち上がると、片倉は
「最近の調子はどうか聞いただけじゃないか」
と、早口に吐き出してそそくさとその場から立ち去った。
玄弥はひとつため息をつき座った。そしてすぐに頭を抱えた。
光希もため息をついたが、その顔はどことなく嬉しそうだった。
「私、もっと勉強しなくちゃいけなくなっちゃった。不死川君も責任とって私のテスト勉強に付き合うよね?」
「俺は……一位なんて絶対に無理だ」
「知ってるよ。でも不死川君はあとは上がるだけだよ。一緒に頑張るしかなくなっちゃったね。たんか切っちゃったし」
その日から光希と玄弥は毎日放課後に勉強をするようになった。
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