名字呼びが多め。
7.家に行く
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「え……何で四人分?」
「私の分よ。さ、皆さんどうぞ遠慮なく」
母親はにこにこと炭治郎と玄弥にテーブルの上のマドレーヌを薦めた。そして手慣れた手つきで紅茶をカップに注いでいる。紅茶の華やかな香りが湯気と共に立ち上った。
「あの! お母さん。これは俺と玄弥からの手土産です。どうぞつまらないものですが!」
背筋を伸ばし正座をして家から持ってきたパンを恭しく母親に差し出した。
「まぁ、ご丁寧に。そんな気を使わなくて良かったのに。ありがとうございます。ええっと……貴方が炭治郎君ね。そして玄弥君。光希と同じクラスなのは玄弥君の方ね。すみませんね、急に倒れたりして。でももう平気ですから」
「え、ちょっと……お母さん。何で急に名前呼びなの」
光希は困惑した表情で母親を見た。なぜ急に馴れ馴れしく話しかけているのだろうかと、自分の母親の態度に少し引いた。
「ごめんなさいね。光希が友達を連れて来るって言うからまさか男の子……しかも……ねぇ……少しびっくりしたけど、光希の友達に悪い子はいないってわかったから。うん、もう平気」
高校生三人の中になぜか混ざっている母親はごく自然な手つきで三人の前にそれぞれ紅茶を置いた。「ありがとうございます」と炭治郎も玄弥も小さくお礼を言った。
母親は二人が紅茶に口を付けるのを見届け、自分の手元の紅茶に砂糖を入れティースプーンでくるくるとかき混ぜた。スプーンを静かにティーカップの端に置くと、間を置いてから語り出した。
「この子ったら中学の三年間は一人もお友達できなかったのよ。まぁ、原因は光希にあるんだけど。学校の話は何もしたがらないし、何か聞いても"別に"しか言わないし。行事のことも何にも教えてくれないし。学校から帰って来てもすぐに自分の部屋に行っちゃうし。父親ともそれはそれは二人で心配してたの。学校で何か辛いことでもあるのかしらってね」
「お母さん、何を急に話し出してるの……?」
「この子、受験に失敗したのよね」
玄弥も炭治郎も驚いて二人揃って母親の顔を見た。
「第一志望は違う中学だったんだけど、ご縁が無くて。キメツ学園は滑り止めだったのね。こんな学校に来るはずじゃ無かったってずっとツンとしてたのよ」
「お母さん! 何の話をしてるのっ!」
母親は光希の言葉を無視してそのまま話し続けた。玄弥と炭治郎の二人に光希の中学生時代のことを伝えたいようだった。
「自業自得よね。それで今の今まで友達らしい友達もできずにずっと……」
玄弥は中学の時から光希と同じクラスだった。いつも一人でいたのはそういう理由からだったのかと合点がいった。
自分から避けていたのだ。そして周りもそういう人だと認識をして、いつしか周りからも距離を取られるようになった。
「やっと友達を連れて来ることができて、こんなに良いお友達で……わがままで頑固な娘ですが、どうぞ仲良くしてやって下さいね」
光希の母親は二人にぺこりと頭を下げた。
・・・
母親が上の階へ行き、三人はリビングで勉強をしていた。かりかりとシャーペンがノートを滑る音が聞こえると、ふいに炭治郎が口を開いた。
「……さっきのお母さんの話。今は気持ちは変わったってことで良いのかな?」
「その話……」
光希は顔をほんの少しだけ赤くして、持っていたシャーペンをノートの上に置いた。
「……昔の話だよ。今はこうしてこの学校にいられることを嬉しく思ってるよ。あの時は私も幼かったし、バカだったなって思うよ。自分から壁を作ってたし。周りもそういうのを感じてたと思うよ。ホント、恥ずかしい」
「そっか。俺はこの学校が大好きだから篠藤さんも同じ気持ちだったら嬉しいよ」
そして光希は何かを言いたげに玄弥をちらりと見た。それに気が付いた玄弥は視線を手元のノートに落としてぽつりと語った。
「俺にもそういう時があったし、周りはみんな敵に見えてたっていうか…… 篠藤の気持ちはわかるから、別にそういう時期があるのも変じゃない。今が良ければそれで良いんじゃないか」
玄弥はそれだけ言うと気持ちを隠すように、手元のノートに問題文を書き写した。かりかりとシャーペンの音が響いている。
「不死川君……」
「それにさっきは顔を赤くしてる篠藤が見れたし。珍しいなって思った」
そう言う玄弥の顔も赤くなっていた。それを聞いた光希も再び顔が赤くなった。今度はほんのり赤くではなく、頬が熱を持っていた。
「二人して顔が赤いよ」
炭治郎はそんな二人を見てくすりと笑った。
勉強会は予定していたページ数まで終わらなかったが中学生時代の光希にほんの少しの親近感を玄弥は覚えたのだった。