名字呼びが多め。
1.認めない
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緊張の瞬間。
目の前の男は襟元を全開にし、見るからにイライラとしていた。
「おい、玄弥ァ……舐めてんのかァ?何だこの点数はァ」
数学の答案が数学教師であり兄の不死川実弥より返却された際、実弥は額に血管を浮き上がらせ目は血走り、相当に立腹しているのは誰の目から見ても明らかだった。
(まずい……殴られる)
震えながら、飛んでくる拳に耐えようと歯を食いしばっているが、拳は一向に向かって来ない。なぜならば、実弥は次の答案を眺め、その怒りを静めたようだったからだ。
「玄弥、てめェ、家に帰ったら説教だかんなァ」
チッと舌打ちが後から追加されたが、無事に解放されたので玄弥はほっと肩を撫で下ろした。
「篠藤光希、94点だ」
教室がどよめいた。
すっと立ち上がり、答案を取りに行った彼女はさも当然と言わんばかりに自信に満ち溢れている……ように見える。
「惜しかったな。篠藤は基本は完璧だな。あとは応用。ここの問いでは……」
玄弥の時とは明らかに違う兄の態度。恐らく兄はこういうやり取りが生徒としたいのだ。自分では到底辿り着けそうにない。
実弥の解説が終わり、玄弥の斜め前の席に篠藤は戻って来た。
凛としており、人を寄せ付けないような高貴さがある。女子校生なのにひどく落ち着いていて、現に玄弥は彼女が友達らしき人と一緒にいるところを見た事が無かった。いつも本を読み、窓の外を眺めている。
(篠藤は俺とは住んでる世界が違うんだ……)
玄弥は数学の答案をそのまま机の中に仕舞い込んだ。
・・・
しばらくして全テストの結果が廊下に張り出された。玄弥はあまり学業は得意ではないので、順位なんて知ったことかと気にはしていなかったが、同じクラスの篠藤光希の順位はいつも気になっていた。
秀才の彼女は学年5位には必ず入っているが、今回はどうだ。
(うわ、さすが。1位だってよ……全教科ほぼ90点台ってことか)
ますます遠い人になったようで、玄弥はがっかりとした。
いつも不死川玄弥は篠藤の動向を気に掛けている。
その理由は、兄の実弥に認められる生徒はどんな人物なのか気になったのと、もう1つある。後のもう1つは自分では認めてはいない。友人の竈門炭治郎に指摘されたことがきっかけだった。
「玄弥!順位何番だった?」
「炭治郎か……別に」
「そういうの良くないよ。ちゃんと自分で振り返って次にいかさないと」
「……って、お前もいつも俺とあんま順位変わんねぇだろ!」
「あはは、そうだっけ?」
屈託なく笑う彼は違うクラスだったが、その体格と風貌から周りから距離を置かれている玄弥に分け隔てなく察してくれる数少ない友人だった。
「で、玄弥の好きな子は何番だった?」
「バッ!……違えよ!そんなんじゃねぇよ!勝手に決めるな」
「ふーん……あ!凄いね!1位だって。学年で1番だって。玄弥も頑張って勉強しないとだね。勉強教えて貰えば良いのに……」
「そんなこと頼めるわけねぇだろ!」
まともに話したこともないのに……
彼女とは共通点が無さすぎて、会話のきっかけすらないのだ。まぁ挨拶程度はしたことはあるけど。
「せっかく同じクラスなのに?そういうところは善逸を見習った方が良いと思う」
金髪風紀委員の我妻善逸か。いつも炭治郎の妹の竈門禰󠄀豆子やその他の女子を追いかけては疎まれている。そんな強靭なガッツは玄弥には持ち合わせていない。
「善逸は凄いと思うよ。しつこいくらいに食らいつくもんね。どんなに嫌われようとお構いなし。俺にはあんな真似は出来ないよ。玄弥も……善逸くらい頑張れとは言わないけど、少しは動かないと何にも始まらないよ」
「だから!俺はそんなつもりは……」
言いかけて、玄弥の言葉はそこで止まった。前から篠藤光希がこちらに向かって歩いて来るからだ。
手には英語の分厚い本を持ち、真っ直ぐと前を向いて凛と歩いていた。肩までのさらさらとした黒髪をなびかせ、学年一の才女はますます近寄り難い雰囲気だった。
自分に無いモノを持っている篠藤がそんなに眩しく見えるのか、玄弥はとてもじゃないが、彼女と目を合わすことは出来なかった。
「あっ!光希さーん!」
この声は……
「1番だなんて凄いじゃないですかぁ!今度、僕に勉強教えて下さいよぉ!」
金髪風紀委員の我妻善逸だった。
うにょうにょと体を波打たせて、篠藤のすぐ隣りにいる。
「私が……?教える?あなたに?別に構わないけど……」
「やったぁ〜!じゃあ今日の放課後、さっそくクラスに行きますからぁ!」
そして善逸はご機嫌で鼻歌混じりにその場を去って行った。
その場に残された篠藤も唖然としていたが、炭治郎と玄弥も唖然としていた。
炭治郎に振り返るとわざとらしいウインクをし、親指を立てていた。
炭治郎にそんな意図があったとは後で知ることになる。
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