23.花嫁行列
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杏寿郎は襖を取り払い、部屋を大きく繋げた客間の正面で正座をして待っていた。黒五つ紋付羽織袴の正装でまさに花婿の姿だ。
その斜め横には槇寿郎と千寿郎が黙って同じように座っている。
杏寿郎の隣りには朱色の座布団がある。今日、これからやって来る葉子がそこに座るのだ。
緊張する……
既に家は兼季家の親戚や近所の人々の手伝いによって飾り付けられ、全ての用意が終わり、あとは花嫁を迎え入れるばかりである。
槇寿郎も千寿郎も同じように黒の袴を来て、神妙な面持ちでその時を待っていた。
すると、急に家の外から人々の歓声と拍手が聞こえる。花嫁行列の花嫁が門前に到着したのだ。
杏寿郎は心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。
『そうそう。そこを持って。足を上げてね』
玄関の方から慌しい人の声と、衣擦れの音が聞こえて来る。
しずしずとこちらに向かって来る足音と共に姿を表したのは美しい花嫁姿の葉子であった。
杏寿郎の姿を認めると葉子は少し恥ずかしそうに微笑み、人に支えられながらゆっくりと杏寿郎の隣りに座した。
「やっとお家に着きました」
声も出せずに見つめていると、にこりと笑った葉子は葉子であって、しかし横にいるのは葉子ではないような。あまりに美しく眩い姿で杏寿郎は言葉を完全に失っていた。
そうこうしている内に、葉子の両親も会釈をして葉子の斜め横に座った。
しばらくの沈黙が続いた後に再びしずしずとした衣摺れの音がし、次に入って来たのは兼季の宮司であった。
しんと空気が張り詰めた。
冠と
その場にいた全員は宮司に頭を下げ、姿勢を正し、祭壇の方に向き直る。
誰もが押し黙り、じっとその時を待った。人の息遣いが聞こえて来るような静寂。この時より宮司が神に祈りを捧げるのだ。
一歩、また一歩と宮司がゆっくりと足を運び、手にしていた短刀を杏寿郎と葉子の後ろの祭壇に掲げた。
祝詞が奏上される。
低く、それでいて威厳のある声であった。
火の神である火産霊命に対し、讃え、新たな恩恵を祈願する。言葉には霊力が宿り、一人一人に植え付けるように厳かで美しい祝詞がその場にいた全員に降り注いだ。
奏上が終わると、宮司は槇寿郎に顔を向け、目配せをした。
「千寿郎。御神酒を……」
槇寿郎は隣りにいた千寿郎に小さく声を掛けると、千寿郎は緊張した顔で立ち上がり、宮司の前に置いてある徳利を手に取った。そして小さな盃に3回に分けて酒を注ぎ、杏寿郎に渡す。
杏寿郎も3回、盃に口をつけ千寿郎に盃を戻す。千寿郎は次にその盃をそのまま葉子に渡した。葉子も同じように3回盃に口をつけ、小の盃は終わる。同じことをあと2回繰り返し、無事に三三九度の儀式が終わった。
再び、宮司が祝詞を奏上し玉串を2人に手渡す。
杏寿郎と葉子はお互いに顔を見合わせ立ち上がると、ゆっくり前に進み出て神前に玉串を供えた。
槇寿郎、千寿郎、葉子の両親と続き、全員が玉串を供え再び座ると宮司は祝詞を読み上げ、奏上が終わると静かに皆の方を向いた。
するとふっとどこからか風が吹き、皆の髪を優しく撫でた。
「……これで婚礼の儀は終了になります。先ほど、風が吹きましたが。神様がここにいらっしゃり歓迎されている証拠です。両家にとって炎の神である火産霊命との繋がりがより一層強くなったことでしょう」
宮司はそう言い終えると杏寿郎と葉子の前に座った。今まではっきりと宮司の顔を認識していなかったが、深い慈愛に満ちた眼差しの穏やかな人であった。
「杏寿郎さん、葉子さん。この度はおめでとうございます。私はこれから神社に帰らなくてはなりませんが。永い歴史の中で煉獄家と兼季家とが一緒になった事は数える程しかありません。こんなに喜ばしい事はありません」
宮司は穏やかな笑顔を2人に向けるとさらに続けた。
「杏寿郎さん。貴方は過酷な任務についている鬼殺隊の方だ。しかし必ず火産霊命が貴方を様々な厄災から守ってくれるでしょう。お2人を引き合わせた……亡くなった父も今日のこの日をとても喜んでいるのがわかります。どうかお幸せに」
「……ありがとうございます」
杏寿郎と葉子は声を揃えて礼を述べた。
その時、再びどこからか風が吹き、2人の頬を撫でて行った。