22.教え
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杏寿郎は自室にて、炎柱の羽織を向かいに座していた。
今日より4日間、婚礼を行う為に産屋敷耀哉の計らいで鬼殺隊の任務は休みとなっていた。
個人的な用件の為に柱である自分がそんなに任務を空ける事はできないと申し出れば
『人生の節目は大切だよ。二度とその日はやってこないからね』
心に響く声色で穏やかに言った耀哉はこうも付け加えた。
『誰だって幸せになる権利はあるんだよ。階級は関係ない。私は、可愛い子どもたちの幸せを一番に願っているよ』
耀哉にそう諭され、杏寿郎はこうして家にいる。
……長いようで短い時間だった気がする。
桜の木の下での誓いより十数年。明後日にようやく実る。既に今朝、葉子は準備の為に家を出た。
次に会う時は婚礼衣装を身に纏った姿の葉子だ。きっと目を見張るように美しいのだろう。
早く会いたい気持ちと、いよいよだという緊張。葉子を正式に家に迎え入れることの喜びと嬉しさ。
杏寿郎は今までに経験したことのないような、複雑で全てが明るさと希望で満ちた気持ちを噛み締めていた。
「……部屋にいたのか。杏寿郎、入るぞ」
襖がすっと開けられ、槇寿郎が書物を片手に入って来た。
杏寿郎の向かいに座ると、手にした書物をぱらぱらとめくる。
「探すのに時間がかかった。何せ兼季家との婚礼は前例が2件しかなかった。先代達はなかなか巡り合わせが上手く合わなかったようだな」
目当ての頁を探し出すと、そこを開いたまま書物を杏寿郎に手渡し、座った。
「炎柱の書に書かれていることによれば、祝詞を上げる時に刀が用意されているらしい。それは今後も何かと必要になるそうで、絶対に無くしてはならないと」
「わかりました」
杏寿郎は渡された書物に目を通した。たった2頁しかないその内容は、火産霊命を祀る兼季家から嫁をとる際のしきたりが簡潔に書かれているだけであった。
火産霊命は炎の神である性質ゆえに、己が産まれる時に母親である伊邪那美命に火傷を負わせ、それが元で母親は亡くなった。それに激怒した父親である伊邪那岐命に切り捨てられる。
その神話に基づき母親を守る為に、床入りと出産の際には必ず婚礼の時に使用した刀を枕元に置かなくてはならないと。
そして初夜を迎える際の問答について。
書に記されているのはその2点のみで、記載の内容が実際に守られたかどうかはわからなかった。
「…………」
死を連想させるその内容は、杏寿郎にとってかなりの衝撃であった。
守らなければ母体はどうなるのか。神の加護を得るには誓約が必要なのか。しかし刀を枕元に置くくらいならそう面倒なことではないが、忘れそうで気を付けなければ。
「これは……?」
書に目を通していた杏寿郎はふと気になる文言を見つけた。
「この……問答について。"望ましい"とありますが意味がわかりません」
「そうなのだ。俺もそこは意味がわからなかった」
書物にはこう書かれていた。
『床に誘いし際は刀剣の鞘について問答するのが望ましい』
"望ましい"とはまた曖昧な表現である。
「恐らくどちらでも良いのだろう。一般的には"柿の木"だからな。ただ、わからない以上は書の通りにしておいた方が良い」
槇寿郎は腕組みをしながら言った。
「肝心なのは、葉子と夜を迎えて婚礼の儀を完成させることだからな。これで晴れて煉獄家と兼季家は結ばれたことになる」
「…………」
父親と床入りについての話しをするのは気が引けるが、神職の家から嫁を迎える以上、一般的ではない特殊な作法があるのかもしれない。こればかりは教わらないとわからない内容なので甘んじて受け入れるしかないが。
「女が安心して身を預けるには男の方にかかっている。まぁ……だからこそ、この為にまだ婚姻関係を結んでいない葉子を早くから家に迎え入れたのだからな。そこら辺は問題ないとは思うが……」
槇寿郎はじっと杏寿郎を見据えていた。
「杏寿郎に限ってあるはずは無いとは思うが。お前達は家に来る前に宿に泊まっているな。まさか葉子に手を出してはあるまいな」
「ありえません」
「……なら良い。お前はどうだか知らんが、葉子は生娘だ。いろいろと骨が折れるかもしれないが、必ずその夜に"最後まで"済ますように」
槇寿郎はそれだけ言い残すと部屋を後にした。
1人残された杏寿郎は静寂に包まれた部屋の中で再び思いを巡らせた。
葉子を迎えに行ったあの日……
婚姻前の男女が同じ部屋に泊まるのは良くないと思い、宿を探していたが結局1部屋しか空いておらず一緒の部屋に泊まる事になった。
『許嫁だから大丈夫ですよ』
その言葉に薄らと淡い期待を持ってしまったが、その時は早々と葉子に寝られてしまい、自分は男として見られていないのかと、少々気落ちをしたものだ。それも今となっては良い思い出だが。
葉子は寝付きが早いので懸念があるとすればそこだ。恐らく朝から続く緊張で、当日も疲れてすぐに寝てしまうかもしれない。
寝かさないようにしなければ。その為には……
『ごめん下さい』
聞き慣れない男の声がした。今日、来るという葉子の父親だろうか。
杏寿郎は強制的に思考を遮られた。
『おお!兼季殿。お久しぶりです。この度は……』
槇寿郎が客人に挨拶をしている声が聞こえる。客人は葉子の父親で間違いない。
杏寿郎は部屋から出ようと立ち上がった。
その夜、初めて出会う姿の。まだ見た事のない美しい女の葉子に早く会いたいと、はやる気持ちをそっと押し殺す。
こうして2人は当日を迎える。