7.おじゃまします
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ぐつぐつと鍋の中では食材が踊っていた。湯気が太い梁の通った天井まで届いている。
「鋼鐵塚さんって……ご結婚されてるんですか?」
唐突に実江が聞いてきた。してたらここにいないだろう。実江はおどおどと少し不安そうな視線を寄越して来た。
「独り身だ」
「そうですか……」
声は何でもない風を装っているが、実江の瞳はぱっと輝いた。その輝きは何を意味しているのか。何となく嬉しそうに見えなくもない。
「鋼鐵塚さんはお見合いってしたことありますか?」
「何回かある」
「そうですか……」
今度の実江は酷く落胆した様子だった。何をそんなにがっかりとすることがあるのか。
実江はもしかして……
いや待てそんなことはあるはずがない。この手の話で希望を持ってはいけない。自分がそう思いたいから。淡い期待にすがりたいだけだ。
「私、父からお見合いをするように言われてるんですけど……知らない男の人と何を話したら良いかわからなくて。気乗りしないんです」
「……そうか」
なら、自分とお見合いしませんか? と言えたらどんなに良かっただろうか。きっと実江は承諾したに違いない。だが、それを言うのはためらわれた。こんな時にいつもは隠れている、いい歳の大人特有の慎重さが頭の中に浮かぶ。
「……俺は自分の事を正直に話したら断られた。刀鍛冶はもう古いらしい」
「そんなこと無いです! 立派なお仕事です! そんな事を言う人が信じられません」
実江は鋼鐵塚の代わりにひどく怒り出した。何と
しかし、目を輝かせてみたり、落ち込んでみたり、怒ったり……こんなに短時間でころころと表情が変わるのは見ていて面白い。動物のようで愛らしいとさえ思う。心根が素直なのだろう。隠すことを知らないのだ。
「……こんなに素敵な人なのに。何て失礼な女の人なの。信じられない」
実江はぽつりと言った。
ん、今何て言った? それは……やはり、つまり?
鋼鐵塚は言葉の真意を聞こうと、実江にもう一度先ほどの言葉を聞こうと思った。
その時、鍋から汁が吹きこぼれ、じゅうと音を立てて黒くなった薪は悲鳴を上げた。
「あ、出来ましたよ!」
鍋の蓋を開けると、熱い湯気と共にふわりと味噌の良い香りが鼻をかすめる。これは美味い猪鍋の予感がする。
実江は腕によそると、祖母と鋼鐵塚の前にそれぞれ置いた。
「この前の猪です。どうぞ召し上がれ」
にこにこと笑顔を向けられ、鋼鐵塚は「どうも」とぽつりと小声で言った。
そうだ、食べる前にこれを取らなければ。
鋼鐵塚はひょっとこの面を外し、傍らに置いた。
「頂きます」
またもや小声で言い、腕の中の肉に手を付ける。この前の猪を華麗に苦もなく仕留めた光景を見ているだけに、内心は複雑な気持ちであったが味は美味かった。野菜も良く煮えている。肉も鮮度が良いのか臭みが無かった。
「ん?」
視線を感じて箸を止めると、実江が顔を真っ赤にして止まっていた。
「食わないのか?」
「あの、その……食べますけど、その……あの……わ、私おばあちゃんの後ろで食べますねっ!!」
逃げるようにして実江は祖母の後ろに行き、鋼鐵塚から視線を逸らしてそっぽを向いてしまった。
「あらあら、照れてるねぇ」
のんびりとした口調で祖母が言った。
・・・
「鋼鐵塚さん、今日はありがとうございました。ご一緒できて嬉しかったです」
「ああ、世話になったな」
「送らなくて大丈夫ですか?」
「道は覚えた。片付けもあるだろう。見送りはいらねぇよ」
急に実江がそっぽを向いた時は気になったが、今はすっかり普通に戻っている。何だったんだ。
「鋼鐵塚さん」
実江と2人で玄関より外に出ていると、家の中から祖母が出てきた。
「これはあなたに渡しておいた方が良いと思うのよねぇ」
のんびりとした口調で特に目を合わせずに、風呂敷で包まれた平たい物を鋼鐵塚に渡す。
「おばあちゃん、何を渡しているの?」
「鋼鐵塚さんに預ける物だよ」
「ん? ふーん、そう……」
説明になっていない説明をし、祖母は家の中へとゆっくりと戻って行った。
「見合いは嫌なら断れば良い。勝手に話が進む事はないからな」
「そうですね……」
実江は悲しそうな表情をした。本当は「お見合いをしませんか」と誘った方が良いのだろうが、やはり最後までその台詞は出てこなかった。
後日、実江と強く見合いをしたいという男が現れ、げんを担いだ吉日に見合いが設定された。