13.言わない
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葉子は自己嫌悪に陥っていた。
1人、自室の鏡台の前に座り、鏡の中の自分と向き合っていた。
(何で、杏寿郎さんにこんな態度をとっちゃうんだろう……)
冷たくしても、それでも「葉子!葉子!」と声を掛けてくれるのがまた辛い。いっそのこと「つまらないことで腹を立ておって」と突き放しておいてほしい。そうすれば自分と向き合え、反省ができる。
(何て自分勝手で嫌な女……)
こんな態度で杏寿郎に接するのは良くないとずっと思ってはいるが、体が言うことを聞かない。本人を目の前にすると、つい態度が出てしまう。
(ごめんなさい。瑠火さん。私はダメな娘です。貴女の息子さんをきっと悲しませています。とても心が狭く醜い女です)
杏寿郎の母親が使っていたという鏡台に話かけてみても、当たり前だが何も返って来なかった。
すると、部屋の外から杏寿郎の声が掛かった。
「葉子。近所に汁粉の美味い店がある。気晴らしに食べに行くと良い。行ったついでに団子を買って来てくれないか」
「……わかりました」
そうだ。少し外に出た方が良い。頭を冷やそう。
羽織を手に取り、葉子は部屋から出た。
・・・
家よりさほど遠くない、町の中心地より少し離れた場所にその店はあった。
店の中を外から覗くと、席は満席で、少し待たなければいけない様子だった。人気店のようだった。
(杏寿郎さんもせっかくだから食べて来いって言ってくれたし、甘い物食べたいし。待っても良いから並んじゃおう)
葉子は店の外に並べてある縁台に腰を掛けた。
冷たい手にはぁと息を掛けて温める。今日は寒い。このまま季節は一気に冬に向かって行くのがわかる。
こんな日に食べる物は温かい物が良い。お汁粉か、甘酒も良い。いっそのこと両方頼んでしまおうか。そんなことを考えていると、2人の男が店から出て来た。
「あの女……いくつ食ってた?とうに100は行ってるんじゃないか?」
「すげぇな底無しじゃねぇか。髪もすげぇ色してるしな。何者だ?」
葉子はふと、髪の色については思い当たる節があったので、店の中を改めて覗いた。
「……甘露寺さん?」
「えっ……」
振り返ったのは、卓に皿を大量に重ねて置いている甘露寺蜜璃であった。
「葉子ちゃん?えー!奇遇だねっ!せっかくだし、一緒にどうかな?」
ここへどうぞと、蜜璃の向かいの席を勧められ、葉子はそこへ座った。
「すごい量ですね。こんなに食べるんですか?」
「私、甘い物大好きなの。恥ずかしいところ見られちゃったな」
もじもじと顔を下に向けている蜜璃だが、既に食べ終えている皿の数と、これから食べるであろう皿の数はエグかった。恥ずかしいとかいう次元ではない。
「この間は、ありがとうございました。頂いたお土産も美味しく頂きました」
「ううん。この前は急に帰ったりしてごめんね……」
蜜璃はもじもじと下を向いたまま、言うか言うまいか迷っている風だった。
「あの、葉子ちゃん。聞いて欲しいんだけど……」
「はい、ご注文の汁粉ね」
葉子が注文していたお汁粉が運ばれて来て、既に置かれている皿の隙間にとんと置かれた。
「うわぁ〜お汁粉も美味しそう!私もそれ頼んじゃおっかな」
蜜璃は無邪気に目を輝かせている。
「……甘露寺さん。この前は……この前、もし私が甘露寺さんを不快に思わせるような態度をとっていたらごめんなさい」
「えぇ!?そんなことないけど……何でそう思うの?」
蜜璃が困ったような顔をして葉子を見つめている。
「私、あの時甘露寺さんに冷たい態度をとっていたんじゃないかなって思うんです……その、杏寿郎さんが……楽しそうにお二人の思い出を話していたので……私の知らない二人の世界があるんだなって」
(煉獄さんのこと、杏寿郎さんって呼んでるのね!素敵だわっ)
蜜璃はときめきの余り、両手で自分の顔を覆った。
「……嫉妬したんだと思います。お二人は師弟関係なのに。バカみたいですよね」
(葉子ちゃん!それってば、自分の気持ちに気付いてる!?つまり、それは煉獄さんのこと……)
胸のときめきがさらに激しさを増し、蜜璃は心臓の鼓動が大きくなるのを感じた。思わず顔を手で覆ったまま、卓に突っ伏した。心なし、呼吸が荒くなっている気がする。
「甘露寺さん?大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……大丈夫だから」
(呼吸よ!呼吸を使って落ち着かなきゃ!すぅはぁすぅはぁ……よし!大丈夫。落ち着いて来た)
蜜璃はようやっと卓から顔を上げた。頬は少し紅色に染まっている。
「私は何にも気にしてないよ!煉獄さんの許嫁さんに会えて嬉しかった」
その言葉に、葉子はほっと肩を撫で下ろした。
「あのね。私、煉獄さんとは葉子ちゃんよりも少しだけ長い時間を過ごしてるからわかるんだけど……煉獄さんってすごい鈍感なの。本当にすごいの。真っ直ぐで空気を読めない人なの」
蜜璃はにっこりと微笑んだ。
「でも、そこが煉獄さんの良いところなんだよ。もし、あれ?って思うことがあったら、ちゃんと煉獄さんに聞いてみてね。きっと向き合ってくれるよ」
葉子は杏寿郎のことを考えてみた。
煉獄家へ向かう時も山賊を心配してくれて側を歩いてくれたし、宿の部屋も別々にとろうとしてくれていた。杏寿郎は葉子にとっては気遣いのできる優しい人だった。
「……そうですね。ちゃんと向き合ってみます」
「でも、この前のは私もどうかと思うな。お揃いの羽織とか、そんな言わなくていい話、葉子ちゃんも聞きたくないもんね?そういう時は怒って良いと思うよ。ね、お汁粉冷めちゃってない?食べよ」
ずいぶん前に運ばれて来た汁粉は既に冷めていた。冷めているのに小豆はとろりと甘くて何だか温かかった。
「……甘露寺さん。さっき言いかけていたことはなんですか?お汁粉が運ばれて来る前に……」
「えぇ〜……何だっけ?忘れちゃった」
蜜璃は言いかけていたことを葉子に言うのをやめた。
一緒の任務についた時、杏寿郎は葉子からの手紙をとても喜んでいた。「家で自分の帰りを待つ人がいるのは良いな!」と、決して簡単な任務ではなかったが、鬼気迫る斬撃であっという間に鬼を倒した。蜜璃はその気迫に息をのんだ。
(……葉子ちゃん。あなたの存在が煉獄さんを強くさせているみたいだよ)
人への思いが己を強くするのを蜜璃は知っている。自分は1人じゃない。守るべき人達がいる。
葉子への思いは杏寿郎本人の口から直接聞いた方が良い。蜜璃はそう思った。葉子も決して、心の機微に敏感な方ではなさそうだから。
「ここのお店美味しいよね!」
外はいよいよ冬の寒さが厳しくなって来るが、2人はその温かい甘味を賑やかに味わった。
・・・
千寿郎の前に、2つの団子。槇寿郎の前にも2つの団子。葉子の前には1つの団子。杏寿郎の前には3つの団子が置かれていた。
葉子が行った甘味処より土産で団子を買って来たのだった。
「ここの団子美味しいって有名ですよね」
千寿郎が串に刺さった団子を1つ頬張った。
よもぎの香りが鼻を抜け、後から餡の甘さが追いかけて来る。絶妙な味の調和。
「ここのお店の名物は草団子だそうです。でも、他のも美味しそうでした」
葉子は朗らかに言った。
「葉子は1本で良いのか?俺のをやろう!」
「私はお店で食べたので良いのです。杏寿郎さん、召し上がって下さい」
「む、そうか」
「それに……私は杏寿郎さんに迷惑をかけたので、それはお詫びも兼ねての1本です」
「俺は葉子に迷惑などかけられていない。団子を分けて貰う道理はないな!名物の団子が1本しか食べれない葉子が不憫だ!」
(そっか……杏寿郎さんにはちゃんとわかるように言葉で伝えないと伝わらないんだっけか。甘露寺さん言ってたもんね)
葉子はしばし考えた。
甘露寺と杏寿郎に嫉妬して、冷たい態度をとっていただなんてみっともなくてとてもじゃないが言えない。だが、お詫びの団子は受け取って貰いたい。
「……杏寿郎さん。私は杏寿郎さんが美味しそうにたくさん食べている姿を見るのが好きなのです。なので、私の分も食べて下さい」
「なんと!そういうことか!よしきた!お安い御用だ!葉子の分も喜んで食べよう!」
杏寿郎はそう言うと、皿の上の団子を食べ始めた。
葉子の本来のお詫びの意図は杏寿郎に全く伝わっていないが、1本の団子をあげたことにより贖罪ができたので良しとする。
(……ウソはついてないもんね)
杏寿郎と葉子の間にあった見えない壁は取り除かれ、前よりも少しだけ2人の距離が近付いたのであった。
「お団子美味しいですね」
「実に上手いな!わっしょい!」
(……団子を何本食おうが何だって良いのだが…… 葉子と杏寿郎のケンカは収まったようだな。めでたしめでたし……といったところか)
槇寿郎は腕を組みながら、1人感慨深けに頷いていた。
「千寿郎くん。今度、一緒に行ってみよう。たくさん種類があって迷っちゃうよ」
「ならば俺もついて行こう!」
「良いですね!兄上!楽しみです」
千寿郎は顔を綻ばせ、喜んでいる。
部屋に置いてある火鉢の炭がパチリと音を立てた。穏やかな遅い午後のひとときであった。
その日から、いつにも増して杏寿郎がたくさん食事をとるようになったので、食事の準備が以前よりも大変になったとか。