12.ご相談
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なぜか突然葉子が急によそよそしくなった。なぜだ。
父と弟にはいつもと同じように朗らかに接しているのに、なぜか自分だけにはどことなく冷たい。
どうやら怒らせてしまったらしい。しかし、全く心当たりがない。
いや、待てよ。この前食器棚にたまたま置いてあった最中を勝手に食べてしまったのがいけなかったのかもしれない。
よし!買って来よう!
杏寿郎は疾風の速さで家を出て、疾風の如く戻ってきた。手には最中を持っている。
「葉子!最中を買って来たぞ!一緒に食べよう!」
台所で、食器の片付けをしていた葉子に杏寿郎は声を掛けた。
洗い物の手を止めて、葉子は杏寿郎から最中を受け取った。
「ありがとうございます。後でみんなで頂きましょう」
「……むう」
ほらこれだ。
無視をされるとか、そういうことはないが、杏寿郎と葉子の間に見えない壁ができたようだった。
前だったら「今、お茶を入れますね。一緒に食べましょう。わぁ嬉しい」と太陽のような朗らかな笑顔を自分に向けてくれたのに。
(どうしたものか……)
そういえば。
前に胡蝶より聞いたことがある。女子は無性に機嫌が悪くなる時があるという。その時は優しく接してあげなさいと。体の物質がそうさせるのだと。でもそれは子を産むのに必要なことだからと言っていた。しばらくすれば治るとも。その時はさっぱり意味がわからなかったが、葉子がちょうどその時なのかもしれない。
「そうか!ならば仕方ない!」
よし!解決だな!と台所より廊下に出ると、2人の様子を物陰から見ていた父の槇寿郎に呼び止められた。
「杏寿郎よ…… 葉子とケンカをしているのか?」
「ケンカなぞしていません。葉子はちょうど機嫌が悪い時期なのです」
槇寿郎は息子の言い分に首をかしげたが、神妙な面持ちで言った。
「悪いことは言わん。とりあえず葉子に土下座して謝れ」
「なぜです?俺は何もしていません」
「俺もそうだった。瑠火にはいつも土下座してた。それが夫婦円満の秘訣だ」
「それは納得できません!父上!なぜなら俺は何も悪くない!自分が道を踏み外したのならばそれは潔く謝ります。だが、俺は何もしていない!何もしていないのに、一体何に謝れと!」
槇寿郎は思った。妙に頑固なのは一体誰に似たのだと。
夫婦喧嘩は家族全体の雰囲気が悪くなるのでよろしくない。できることなら早く解決してもらいたい。そして何より怒ってる葉子はちょっと怖い。
(杏寿郎もそのうちわかるようになる……か)
「……まぁ良い。だが、先に言っておく。このまま長引けば、次は洗濯だ。洗濯をしてもらえなくなる。そして次は飯だ。食事が出なくなるからな。そして最後には……いや、もう良い。俺は父として忠告をしたからな。杏寿郎よ。あとは自分でどうするのか考えろ」
そう言うと、槇寿郎は「酒でも買って来る」と言い残し玄関へと向かった。
(父上……母上とはそんな感じだったとは知らなかった!いや、しかし家族に心配をかけるのは良くない。ここは千寿郎にも様子を聞いてみるか)
「葉子さんですか?」
部屋に行くと、千寿郎は自室で読書をしていた。
「僕は普通に接して貰ってますけど……毎朝お弁当も作ってもらってますし。もしかして、兄上、嫌われてしまったんですか?」
「き、嫌われてなどいない!」
千寿郎の言葉に気が動転した為、思っていたよりも大きな声が出てしまった。
「嫌われた」という言葉があまりに残酷で、心臓をえぐった。
杏寿郎はがっくりと畳に手をついた。いやしかし、それは何かの間違いだと思い直し、すぐに立ち上がった。
「よくわかりませんけど……甘露寺さんが来てから何だか様子がおかしいと思います。何かありましたか?」
「思い当たることは何もないな!」
「うーん……兄上、乙女心と何とやらです。誰か女性に詳しい方に尋ねてみると良いかもしれません」
「なるほど!わかった!」
・・・
「……で、俺のところに来たってわけか。この祭りの神のところに」
杏寿郎が柱の個人宅に行くのはこれが初めてではなかった。だが、天元の家に行くのは初めてであった。
天元の後ろにはくノ一が3人控えており、これが噂に聞く天元の妻たちだというのがわかった。女心を熟知していなければ、3人の嫁をとろうなどと思わないだろう。きっと。
杏寿郎の話を、後ろの妻たちはどこか気の毒そうな表情で聞いていた。
「まぁ、確かに、俺は女を熟知しているが。へえ許嫁ねぇ……煉獄家らしくて派手でなかなかだな」
「なぜ、急によそよそしくなったのかさっぱりわからん!だから、教えを乞いに来た!」
「そういや、その許嫁の名は何て言うんだ」
「兼季葉子だ!将来的には煉獄葉子になる!」
「兼季?例の藤の家の娘か?」
どうりで、先日、天元発案の臨時柱会議の"藤の家の山吹問題"の時に、杏寿郎がえらく怒っていたわけだと合点がいった。
(なんか、面倒臭えなこいつら……)
天元はしばし考える素振りをして、もったいぶって杏寿郎に言った。
「大抵のことはこれで万事上手く行く。一度しか言わないからよく聞けよ。祭りの神の言葉だからな」
「わかった!」
「良いか、まずは抱き寄せる。相手が怒ってようが泣いてようがお構いなしだ。まぁ自分の顔は相手の首あたりにあると尚良い。うずめても良い。その後は帯を外す。焦らした方が良いな。なるべく焦らすこと。自分の顔は上に行こうが下に行こうが好きにしな。そして次は着物を脱がーー」
「天元様。天元様、それはダメです。違います」
天元の後ろに控えていた1人が言った。
「わかったよ。冗談だよ」
天元は、はぁと1つため息をつくと、卓に置かれた湯呑みを呑んだ。
この、とんでも前向き鈍感男にどこから説明してやれば良いんだ……
目の前の男に目を向ければ、期待をしているような表情で目を見開き、微動だにせずこちらに真っ直ぐと顔を向けている。それがまた何だかな……こちらの助言も無駄になる予感しかしない。
「……で、弟の話によると、甘露寺が来てから様子がおかしいと。その時、何をして何があったんだ?」
「何もない!」
「どアホ!だぁから、その時のことを説明しろっつってんの!」
天元の言いっぷりに後ろの妻たちがおろおろとし始めた。相手は炎柱である。
「うむ!詳細を話せば良いのだな!その時は、葉子と甘露寺と俺で楽しく談笑をしていた!」
「どんな話をしたんだ?」
「この度、甘露寺が柱になるとのことだったので、俺が育手として稽古をしていたことや、昔に甘露寺と一緒に行った蕎麦屋の話、揃いの羽織をあげたことなど。まぁ昔話だな!」
うん。そこだな。そこ。
杏寿郎以外の全員が思った。
たとえ師弟関係だったとはいえ、好いた(と、仮定する)男から別の女との思い出話を聞かされたらたまったもんじゃないだろう。
嫉妬だこれは。山吹は杏寿郎に何て繊細さがないのだと怒っている。
馬鹿馬鹿しい……
天元は額に青筋を立て、静かに立ち上がった。
「だから俺は嫌だったんだよ。煉獄の相談に乗るだなんてよ。夫婦喧嘩は犬も食わねぇんだよ。俺を巻き込むんじゃねぇよ。さ、帰った帰った」
「ん?まだ葉子とは夫婦ではないぞ?俺は真剣に悩んでいる。そうか。わかった。仕方ない。宇髄でもわからないことはあるんだな」
「は?」
天元の額にはさらに青筋が浮き出て来た。「宇髄でもわからないことはあるんだな」という言葉に祭りの神の自尊心が傷付いたらしい。
再び座り直した天元は、子どもを諭すようにゆっくりと言った。
「……葉子とやらの藤の家に、隊士が迷惑をかけていた一件があったな。その時、お前さんは日輪刀に手をかけ怒っていたな?それと同じだよ。葉子もそんな気持ちを甘露寺に持った。わかるな?」
「よもや!甘露寺を斬首したいと思っているのか!?それはまずいな!」
天元は後ろに控えている妻たちを振り返った。
こいつ、何を言ってもダメだ。通じない。助けて。
「あの……炎柱様、差し出がましいようですが、まずは甘露寺様と許嫁様の2人でお話をされるのが良いかと思います」
見かねた妻の1人が言った。他の嫁達もうんうんと頷いている。
「あとは……炎柱様はじっとしていれば良いと思いますよ」
「そんなことで良いのか!わかった!さっそく取り計らおう!ありがとう!世話になったな!」
杏寿郎は、礼を言い終えると疾風の速さでいなくなった。
「…………」
「…………」
「……疲れた。風呂に入るわ」
天元はふらついた足取りで立ち上がり、風呂へと向かった。