3.合流
▼
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
鬱蒼と木々が生い茂る山に、整備のされた道があった。この道は付近の住民達の生活道路となっており、人々が主要な街道に出る為には必ず通る山道である。その山道の途中、左に曲がったところで急な坂が始まる。坂の高さおよそ一丈五尺、幅は六尺ほど。そんな坂をしばらく上ると苔むした石仏がぽつねんと置かれている。石仏を通り過ぎ、さらに坂を道なりに右へと上ると朽ちた空き家があった。その昔、身寄りの無い年寄りが一人住んでいたそうだが、ある時に亡くなりその後は手付かずで放置されいつしか獣達の住む住処となっていた。
山道への入り口には木でできた標識がある。その標識の側に二人の男がいた。一人は腕に包帯を巻き黙って地面に座っている。もう一人は女のような美しい顔をした男であったが、包帯をした男に対し、蔑むような冷たい視線を向けている。
頭上では鴉が飛んでいる。足には紙がくくりつけられ、そう高くない空を真っ直ぐに飛んで行く。霧島穂高は手にしている小石を鴉の頭目掛けて投げた。運悪く命中し「ギャッ」と短い悲鳴を上げて落下した。鴉は目を閉じひっくり返ってはいるがゆっくりと呼吸をしている。
霧島は落ちた鴉にくくりつけられた紙を取り外し、勝手に広げ目を落とした。
「……庭の桜が咲いたそうです。柱が来る。柱を呼んだのはお前か?」
「な、何てことを! 鴉を殺したんですか!?」
「死んでない。気を失っているだけですよ。なぜ柱を呼んだ? 私達だけで対処はできただろう」
霧島は手紙から目を離すと今度は凍てつく視線を再びもう一人の隊士に向けている。なぜ勝手なことをしたのだと、冷たい瞳は強く相手を責めていた。
「俺、怪我してるんですよ!? 血鬼術が特殊であの鬼には近付けません。増員は必要です。それにいつまでも道を封鎖しているわけにもいかないですし……」
それでも。それでも柱を呼ぶのは頂けない。自分達では手に負えないと負けを認めるのと同じだ。どのような手段を講じれば良いか考えている途中であったというのに。しかもあの鬼は十二鬼月でも何でもない。そんな鬼一体を倒せないのか。霧島はぎりと血が滲み出る程に唇を噛み締めた。
何たる屈辱。
よりにもよってあの炎柱が来るようだ。奴は大いに気に入らない。
霧島は手にしている炎柱宛の手紙を捨ててしまおうかとくしゃりと丸めようとしたところ、ひょいと手紙を取り上げられた。
「人の手紙を勝手に読むのは頂けないな! そして鴉に乱暴をしてはいけない」
霧島は驚いて振り返る。気配を感じさせず、ふっと後ろに突然現れたものだから冷やりとした。この気配の消し方は何だ。得体の知れないものを見るように訝しく思っていると、炎柱、煉獄杏寿郎は落ちた鴉を撫でてやり、そっと腕に抱いた。鴉は羽を伸ばし、何回かその場で羽ばたくとそのまま空へと向かって飛び立った。
「気を失っていただけのようだな」
鴉が見えなくなるまで姿を目で追っていたが、次に霧島より取り上げた手紙を開げて眺めた。手紙を読み終えると、口元はほんの少し綻び、嬉しそうにしていたのがまた霧島の癪に触った。葉子からの手紙なのは読めばわかる。愛しい女からの手紙なのだろう。何もかもが気に入らず、酷く苛々としていた。心の中で舌打ちをする。
「では、状況を説明してくれ」
そんな霧島の心情をあえて無視するかのように杏寿郎は訊ねた。きりりと真っ直ぐに見開かれた瞳は力強く、何事にも動じない意志を感じる。鬼を滅す。同じ志を持つ者どうし、協力をしないという選択肢は不要だろう。柱のお手並み拝見と行こうじゃないか。普段、単独任務の多い霧島は柱の実力とやらを見ておきたかった。己の気持ちを抑えるように深呼吸をすると、気を取り直し今現在わかりうる状況の説明をし出した。
「鬼の根城はあの空き家です」
指を差した先、木々の間から小さく建物の屋根のような物が見えた。家と呼べるのかどうかも判別がつかない程に建物は崩れ、蔦が我が物顔で覆っている。
そして霧島は折り畳んだ地図を懐より取り出しその場に広げる。
「空き家はこの先を行った坂道の途中にあります」
細く骨張った指が、地図の上を滑って行く。
「鬼の血鬼術は空間を重くする術です。腕も足も、振り上げた刀も全てが重くなり、動きが鈍くなります。水の中で手足を動かすような感覚です。鬼は蜘蛛のように根城で待ち構え、自分の領域に入って来た人間を引きずり込んでは喰らっていたようです」
この山道は付近の住民の生活道路であり、そこを通り掛かった者が次々と被害にあったらしい。一昨日よりこの山道に通じる道で人払いをしている為、現在では被害は出ていないが。
「私と彼で坂道の下から、そして上からと二手に分かれて家に接近しました。突然に何の前触れも無く血鬼術にかかり、四肢が急に重くなりました。鬼の姿はその時は見えなかった。我々は何とかその血鬼術を振り解いたわけですが……」
霧島の視線の先には、腕に包帯を巻いた隊士が佇んでいる。名は米田朝吉という。先に鬼の血鬼術に掛かった米田に鬼は近付き、それを霧島は必死に日輪刀を振り、遠ざけたのであった。その為に激しい斬撃を鬼もろとも米田もくらってしまい腕に怪我をしたのだった。
「鬼は我々を追っては来ずに引き返しました。ずっと見張っていますが、逃げてはいません。今も鬼はあそこに隠れています」
「なるほど。血鬼術に掛かった場所はそれぞれどこの地点だ」
「私が一本の松の木辺り、彼が確か……石仏よりも先の辺りだったか。その間の距離は直線でおよそ半町ほどかと」
霧島は二つの地点にトンと指を置いた。杏寿郎はしばし考えた後に、家のある辺りを指でぐるりと囲った。
「鬼ではなく、この家を中心に円のように血鬼術が張り巡らされていると俺は考える。ふむ……この辺りから血鬼術の範囲となるのだな。まずはこの範囲の外に鬼を誘き出してみるか。二手に分かれよう。鬼を外に出す役。その間にもう片方が空き家に接近する」
「鬼を誘き出すのであれば家に向かう必要はありますか?」
霧島はすかさず質問をする。杏寿郎と霧島の会話に入れず、米田は縮こまりただ黙っているだけであった。
「これはただの勘だが、あの家には何かある。鬼がわざわざ引き返し、今も家の中にいるのが妙だ。何かに固執しているのかもしれない。あるいは本体は家の中で、姿を見せた方は分身かもしれない。鬼自身も何らかの力で根城に留められているのかもしれないし、自分の意思でそうしているのかもしれない。とにかく家の中を捜索しなければならないと俺は思う」
恐ろしく状況把握が早い。この判断力と決断力。今までの実戦で培って来たのだろうか。この人がそう言うのであればそうなのだろうと思わせる凄みがある。
「ところで、君達の名を聞いておきたい」
「……霧島穂高です」
「米田朝吉です」
「霧崎隊士と米俵隊士だな。状況把握が的確だな。とてもわかりやすかった。俺が来たからには必ず鬼は仕留める。一緒に頑張ろう!」
力強くそう言った顔が心強く、心に希望を持たせるものだった。この瞳の色と同じように自分の内に炎が灯った気にさせる。現に米田は杏寿郎が来るまではおどおどとして弱音を吐いていたが、今は目に力が宿りやる気を見せている。これが柱。鬼殺隊最高位の称号を持つ者の求心力なのか。
霧島はぎりと唇を噛んだ。