25.世話焼き
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吹く風が冷たく、季節は冬に向かい着実に進んでいる。日中の日差しは暖かく、羽織は必要ないがそろそろ朝晩の寒暖差が気になる季節になってきた。
葉子はしばらく家と蝶屋敷を行ったり来たりする日々が続いていたが、杏寿郎の容態もすっかり安定し、蝶屋敷へは何日かあけて行くことが多くなった。
本来は蝶屋敷で洗濯、食事、治療ができるので葉子が行く必要性は低いのだがしばらく会わないでいると鴉がやって来て杏寿郎より呼ばれるので、今日もこうして洗濯をした着替えを持ち蝶屋敷へと向かっていた。
今日は千寿郎も一緒だった。
「三日前に行ったばかりなのだけれど……着替えもまだ足りてるはず。杏寿郎さんどうしちゃったのかな」
ぽつりと言った葉子に千寿郎も言葉を探しているようだった。
通り過ぎる人々の足音は賑やかだった。
「体調が万全ではないから、何かと不安がある……とか。風邪を引いた時など、なぜだか心細くて誰かに甘えたい気持ちになるのは分かる気がします。兄は葉子さんのことをかなり頼りにしているのかなと」
「…………」
千寿郎は葉子よりもずっと年下だが、時々ずいぶんと大人びたことを言う時がある。そんなに自分から多くのことを語るような子ではないが、煉獄の家の中で一番人のことを考えて落ち着いているのは千寿郎ではないかと思う。頼もしいなと感心してしまう。
「葉子さんも、行ったり来たり大変ですよね。すみません。兄のことで……家の事は大丈夫なので、疲れた時はどうぞ蝶屋敷に泊まって来て下さい」
「ありがとう、大丈夫。杏寿郎さんも私に頼りたい時とかあるのかな。いつも一人で頑張って……それで何でもこなせちゃう人だから」
「兄を見ていればわかりますよ」
風が吹き、杏寿郎と同じ色の髪がさわさわと揺れていた。
「その……頼りというか甘えているというか。葉子さんの前では幼くなっているような印象です。以前の兄はそうではありませんでしたし。このところ顕著な気がします」
葉子は杏寿郎には守られてばかりだと思っているが、実はそうでもないのかもしれない。そう思えるとなぜだか気持ちが浮ついてしまう。
「母は幼い頃に亡くなったので、父と母の様子はよくわかりませんが……兄と葉子さんを見ていると夫婦というのはこういうものなのかなと、良いものだなと思います。お二人の仲睦まじい様子を見ていると嬉しいです。時々……あ、いえ何でもありません」
「え?」
言葉を濁した千寿郎に葉子はどきりとした。
「時々って……何? な、何かあったかな?」
家で思い当たることがいろいろとあり、葉子は声が上擦った。周りには誰もおらず、見られていないと思っていたが、もしかするとあれやこれやも見られていたのかもしれない。
千寿郎は苦笑いをして質問には答えてくれなかった。
杏寿郎の押しに負けて、流されてしまうことがあった。玄関先であったり、台所、廊下、風呂場、脱衣所……
葉子の顔は熱くなった気がした。今後は気を付けよう。
それきり二人は蝶屋敷までぽつりぽつりと会話をしながら歩いた。
・・・
「こんにちは葉子さん。千寿郎くん」
「こんにちは」
蝶屋敷に出入りをする隠や隊士達、屋敷で働く女子達ともすっかり顔見知りになり、行けば誰とでも挨拶ができるようになった。
杏寿郎の部屋に向かう途中、二つ結びの髪型の蝶の髪飾りをつけた隊士とでくわした。神崎アオイである。彼女は葉子の姿を認めると、つかつかと小走りに近寄って来た。
「葉子さん! 葉子さんからも炎柱に言って下さい」
「な、何をでしょうか……」
その剣幕といったらまるで葉子が怒られるのではないかというくらいの勢いで、思わず葉子は一歩、後退りをした。
「あの方、固形物はまだダメだって言っているのに、隠の方に頼んで台所にあった食事をこっそり食べてたんです。体に負担が掛かるからって何度も説明したのにです!」
「す、すみません。申し訳ありません」
大きくため息をつき、アオイは腕を組んだ。
「葉子さんが謝る必要はありません。こういうことが続くと、食事管理の意味がないので、葉子さんからも言ってもらえますか」
「はい、それはもちろん。私の方からも注意します」
「よろしくお願いします」
それだけ伝えると、ぺこりと頭を下げアオイは足早に去って行った。二つ結びの揺れる髪を見届けて、千寿郎と葉子は顔を見合わせた。
「……何日も食事のとれない日が続いていましたからね」
「山下さんにお願いしたのかな……」
杏寿郎とは顔を合わせれば「腹が空いた」と度々言っていたので、葉子もそこは不憫に思っていた。
普段より杏寿郎の旺盛な食事を側で見ていた身としては食欲があるのに食べられないのは可哀想だったし、食べられる時に食べた方が心も体も元気になるだろうとは思うが、ここは家とは違う。蝶屋敷で療養している間はここのやり方や方針に従うべきだ。
「……杏寿郎さんもずいぶんと動けるようになったし、いつもお腹を空かせていたんじゃ辛いでしょうし。後で胡蝶様に確認した方が良いかな」
「そうですね」