24.胸中吐露
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杏寿郎が目覚めたその日、朝から多くの人が部屋へとやってきて皆が一様に涙を流し喜んだ。杏寿郎は話し疲れたのか、今は目を閉じて寝ている。
「とりあえず、峠は越えたようだな」
「しばらく絶対安静だそうです。体力が低下しているので、この時に病気にかかればわからないと……」
千寿郎は杏寿郎の姿を見て涙ぐんだ。膝の上に置いた拳を握り、何かに耐えるようにじっと兄を見つめている。だが以前にこの部屋へ来た時よりもずっと穏やかな表情で、心の底から安堵しているのは葉子にもわかった。千寿郎の隣りには槇寿郎が椅子に座り腕を組んでいる。
「左目に光は戻らないのだな」
「はい……」
杏寿郎は鬼との戦いで左目が潰れていると聞かされていた。本人はそのことを何も言っていなかったがとうに自覚はしていると思う。それでも命があるだけ奇跡的だと胡蝶しのぶは驚いていたが。
「内臓の損傷に、複数の骨折、そして左目は光を失ったと……それだけで済んだと見るべきか……」
大きなため息をつき、槇寿郎は背もたれに背中を預けた。ぎしと椅子は大きな音を立てた。
「上弦とはこんなにも強大な力のある鬼なのでしょうか」
「…………」
槇寿郎は黙って杏寿郎を見つめている。静かに上下する胸は規則正しく動いており、自らの力で呼吸をしている証拠であった。穏やかな寝顔だった。
「……俺は運が良いだけだったからな。上弦の鬼はよくわからん」
槇寿郎自身は上弦の鬼と対峙したことがないのでわからない。わからなかったが、歴代の炎柱の記した書によれば上弦は何百年と顔ぶれが変わっておらず、上弦の鬼に殺された先祖もいる。当時の柱の仲間も殺された者もいる。鬼殺隊の最高位である柱でも殺される。つまりはそういう鬼たちなのだ。それが六体もいる。さらにその上には鬼の始祖である鬼舞辻無惨がいる。
今さらながらに気の遠くなるような鬼殺隊と鬼、人間と鬼との力の差。愕然とするようだった。しかし、息子の杏寿郎は上弦を取り逃したとはいえ、生きている。これは何を意味しているのだろうか。
「杏寿郎さんが言っていました。致命傷となる攻撃から守られたと。以前に私が渡した折り鶴です。攻撃を受けて鶴は砕けたようですが……そんな神術のような出来事があるのでしょうか……」
煉獄の家に置かれている炎柱の書には遠い昔より火の神である火産霊命を祀る神社の関係筋より嫁を迎えるべしとわざわざ記されている頁がある。今回はたまたま縁があり、葉子を迎え入れることができた。婚儀も全て古式にのっとり儀式めいたものをした。槇寿郎の脳裏にはあの日の恭しい婚儀の様子が浮かんだ。本家より宮司も来た。皆が見守る中、無事に婚礼を挙げたのだ。
「あの折り鶴は当時、宮司だった祖父より千代紙をもらい作ったものと記憶しています。何か特別な物だったのかも……」
「……どうだろうな」
槇寿郎にもよくわからなかった。
たまたま縁があり、火産霊命を祀る家の葉子を煉獄の家に迎えることができた。結婚の約束をしたその日に手渡した折り鶴は、宮司より手渡された千代紙で気まぐれに葉子が作り杏寿郎に手渡している。その折り鶴は杏寿郎が後生大事に持ち歩いていた。折り鶴は致命傷となる鬼の攻撃から杏寿郎を守り、杏寿郎はこうして生きている。
全てが偶然にも繋がっているような、上手く仕組まれたもののような。これが神の加護を得ることなのかと槇寿郎は天を仰ぎ見た。視線の先はただの古めかしい木造の天井ばかりが目に入る。なんて事はない室内だ。しかし、槇寿郎は肝が掴まれたような何とも言えない居心地の気分になった。畏怖の念。有り難くもあり、恐ろしい気もした。人智を超えた何かがそこにはある。しかし、神の加護やしきたりから外れた者の末路はどうなるのだろうか。
致命傷となる攻撃を防いだのも、火産霊命の霊的な力が働いているのだろうか。礼を伝えた方が良いのだろうか。息子の命を守って下さりありがとうと、礼を……神に礼を伝えるにはどうしたら良いのだろうか。
槇寿郎は炎柱の書に記されていないことはわからない。わからないから恐ろしい。どうしたものかとううむと唸った。葉子の実家に教えを乞うた方が良いのではないだろうか。ふとそう思った。父親がこのような考えに及ぶことも神にはお見通しなのだろうか。きっとこの先は何かがある。何かが起こりそうな気がする。そう思わずにはいられなかった。
ベッドで穏やかに寝ている杏寿郎を見下ろすと、なぜだが気持ちが騒ついた。鬼殺隊、ひいては歴代炎柱の成しえなかった鬼の始祖をもしかすると──
「…… 俺達はそろそろ帰る。葉子はどうする?」
「私は今日はここに泊まって、明日荷物を取りに帰ります。杏寿郎さんの着替えなどが必要になるでしょうから」
「では、明日までにいくつか用意をしておきます。着替えと……あとは何か必要でしょうか?」
千寿郎と葉子はあれやこれやと相談をしている。隣りで寝ている杏寿郎は顔色が良く、表情には光が戻っている。もう大丈夫だろう。
「では葉子、あまり無理をしないように。それこそ葉子が倒れたら杏寿郎が悲しむ」
「はい、気を付けます」
「それでは葉子さん。お身体に気を付けて……」
二人は部屋を静かに出て行った。