21.繋ぎ止める
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任務を終えてから三日が経った。俺と伊之助は比較的軽傷で、三人の中では炭治郎が一番酷い怪我だった。
無限列車の任務を終えてすぐ、次の日くらいには煉獄さんとそっくりな顔をした人が二人、煉獄さんの個室に入って行った。一人は弟さんで、一人は親父さんらしい。俺には見舞いに来てくれる家族はいないから、羨ましいなと思う反面、部屋から出てくる人達は揃いも揃って皆が悲しい顔をしていて、煉獄さんの状態が悪いことを誰にも聞かなかったけれど、それで知った。
何であの場に上弦がいるんだよ。何で来たんだよ。ちょっと変わった人だったけど、煉獄さんは列車が脱線した時に何度も技を出してくれて乗客や俺達も助けてくれた。そんな良い人が、何で……炭治郎もずっと険しい顔をしていて、伊之助は修行だって言ってあれから山に行ったり来たりしている。
俺は耳が良いから、蝶屋敷に煉獄さんが運ばれて来た時、本当にまずい状態なのはすぐにわかった。心臓の音がほとんど聞こえていなかった。それが今では少し持ち直したけれど、やっぱり弱々しくて、こうして部屋にいると全く聞こえない。
そして、俺には何よりも気掛かりなことがある。煉獄さんの個室に出入りする女の人がいることだ。
「なぁ……炭治郎?」
「何だ? 善逸」
炭治郎も炭治郎で、酷い怪我だけどしっかり静養すれば治るので話し相手がいない時はこうして炭治郎の見舞いに来ている。
「煉獄さんの部屋に出入りしている女の人は誰か知ってるか? お手伝いさんか何かかな?」
「煉獄さんの奥さんだよ」
は? 今、何て?
ぶちと、頭の血管が切れそうなそんな音が自分の中からした。もう切れたかもしれない。
奥さん? あの人結婚してたの? 嫁さんいたの? え、嘘だろ。それとも柱になれば誰でも嫁さん貰えるの?
「善逸、声には出ていないけれど……そこは頑張っていると思うけれども。何て顔をしてるんだ。煉獄さんは死ぬか生きるかの瀬戸際なんだぞ」
炭治郎がまじめ腐った顔をして説教を垂れてきた。
「嫁さんが見舞いに来るとか、幸せいっぱい夢いっぱいじゃねぇか! 羨まし過ぎて頭がどうにかなりそうだよっ! 俺は!」
「善逸……煉獄さんはな生きるか死ぬか頑張っている最中なんだぞ。そんな風に言うのは良くない。奥さんにも失礼だ。さすがに言って良いことと悪いことがあるだろう?」
「うっせぇっ! 寝てる時も体を拭いてもらったり、着替えをさせてもらったり、寝返りをうたせてもらえたり、あれやこれやして貰えるんだろうがっ! 寝てるのに尽くしてもらえるってどういうこと!? 目が覚めた時にはお互いに手を握って二人して涙を流して再び愛を確認するんだ! あーっっっ!」
俺は部屋で絶叫しながら頭をかいた。
俺には彼女もいないのに? 良いご身分だなぁ、柱ってヤツはさ。
「クソがっ、どんな人かちょっくら顔を見てくらぁ!」
どしどしと廊下を大げさに歩いて、廊下の端の部屋の前まで行く。声が聞こえやしないかと扉に耳をそっとつけて、感覚を研ぎ澄ます。
その時、
「ふべっ!」
扉が急に開いて俺は激しく頭をぶつけた。
「あ、すみません。ごめんなさい」
目が回り、景色がぐるんぐるんと回転している。ついでにぴよぴよとひよこの鳴き声がすぐ側で聞こえた。目をしばたたかせ、頭の上でくるくると回っていたひよこを振り払う。
「あの……大丈夫ですか?」
若い女の人の声だった。おでこを抑えながら顔を上げると、おろおろと謝る女の人が。この人が煉獄さんの奥さんか。煉獄さんと同じくらいの若い人で、目は泣き腫らしたのか赤く腫れていた。優しそうな人だったけど、どこか芯のある凛とした人だなと思った。心の底から悲しんで煉獄さんを心配している。苦しそうだ。そんな音がする。今、本当に辛いだろうな……
「すみません。人がいるとは思って無くて……大丈夫ですか? 手ぬぐいを水で濡らして来ます」
「いえ、大丈夫です。こちらの不注意ですから。ははは」
俺はありったけの男前な受け答えをして、再び炭治郎のいる部屋へと戻った。そして腹が立ったので、炭治郎のベッドをこつんと蹴ってやった。
「何だよっ、クソが! めちゃくちゃ若くて可愛い人じゃねぇか! 羨ましくて呪い殺しそうだっ!」
「善逸、何てことを……煉獄さんはな……」
「あー、うっせぇ! そんなこたぁ、百も承知なんだよっ!」
俺は空いている炭治郎の隣りのベッドへぼすんと倒れると、そのままふて寝することにした。
「善逸……お前って奴はこんな時にそんなことを気にするのか……」
炭治郎が汚い物を見るように冷たい視線を俺に寄越しているのはわかる。背中に当たる視線が痛い。
腹が立ったし、期待を持たせるのは違うと思うから炭治郎たちには言わないけど、俺は耳が良いから聞こえたんだ。
時々、煉獄さんの心音が大きく跳ねる時があった。気のせいじゃない。奥さんが煉獄さんの部屋にいた時なんじゃないかなと思う。きっと奥さんに会えて嬉しいからだろうな。意識が無くても五感で感じとるんだろうな。運ばれて来た時よりもはっきりと鼓動が力強く鳴る時があって、聞こえる回数がこのところ多くなった……気がする。
きっともうすぐ目覚めるんじゃないかと思う。俺はそう信じてる。だから俺は心配してくよくよめそめそしてるよりも、明日を信じて明るく普段通りに過ごすことに決めてる。煉獄さんはそのうちに目を覚ますだろうから。
でも、癪だから炭治郎たちには教えてやらない。