18.その時
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突然に目が覚めた。
視線の先には暗くて何も見えない天井がある。風もない静かな夜で、音も聞こえない。まだ夢うつつの中なのかと葉子は目をつむり、寝返りをうった。布団の布擦れの音ばかりが響き、自分の心臓がとくんとくんとやけに大きく脈打っている気がした。しばらくそのまま目をつむっていても、眠気が再びやってくることはなく、心臓の音が規則的に聞こえるばかりである。
なぜだろう。落ち着かない。
葉子は布団から体を起こした。
布団から出ると、夜の冷気がみるみるうちに体から熱を奪っていく。
光もない真っ暗な部屋の中、枕元に刀置きと共に置かれている短刀が目に入った。暗がりの中、短刀だけは濃い陰影をつけはっきりと形がわかった。部屋の中にある見えないわずかな光を吸収しているのか、周りと比べて明るいようにも感じた。引き寄せられるように思わず手を伸ばし、短刀に触れてみる。漆の塗られた鞘は冷たくずっしりと重かった。
短刀に触れていても、ただ手が冷たく感じるだけで胸騒ぎは収まらなかった。どくんどくんと心臓の音が息苦しいほどに強く感じる。
何かがおかしい。
こんなことは初めてだった。
葉子は布団から出て、閉じられている寝室の障子を開けた。障子戸を開けると月が弱々しい光で庭を薄く照らしていた。虫の音色が物悲しげに冷たい夜に響いている。
夫は大丈夫だろうか……杏寿郎には一週間以上は会えていない。ずっと任務に行ったきりだった。家に帰って来ても鬼殺隊の任務のことは何も言わず、どこでどんな活躍をしていたのかはわからない。杏寿郎が帰宅をした時が任務が無事に終了した証だった。
ただ、自分がこうして夜に寝ている間もどこかで鬼と戦い、人々を救っている。暗く冷たい夜の闇に紛れ、人々に光を与えているに違いなかった。
「杏寿郎さん……」
葉子の声は虫の音に紛れてすぐに搔き消えた。
・・・
景色の変わらない線路の上を山下をはじめとする隠の部隊は延々と歩いていた。隊の先頭には鬼殺の剣士がいる。彼は何もしゃべらずただひたすらに足を動かしていた。その間、隠たちも誰一人として声を出さなかった。重苦しい沈黙の中、どれだけの時間を歩いただろうか。伝達をする鴉も駅を出発したきり、見かけなかった。何が今、起こっているのかはわからない。鴉からの連絡がないところを察するに、列車は何事もなく進み続けているようだった。いや、何事かはあるのかもしれないが、大きな動きは今のところ無いらしい。
ずっと歩いていることに飽きたのか、山下の隣りを歩いている隠が大きな欠伸をした。山下はそいつの頭をげんこつで殴ってやった。「痛っ」と声にならない声を出し睨まれたが山下はかまいやしなかった。
ただ空に浮かぶ月だけが、ずっと弱々しい光を地上に注いでいる。
その時、先頭にいる剣士がぴたりと止まった。
「今、大きな振動がありましたね」
隠たちは「え、そうですか?」と皆が首を傾げた。剣士はすぐさましゃがみ、レールに手を置いた。
「まただ。列車で何かが起こっている。近付いて来ている。戦闘が始まったのかもしれない」
剣士が右手を前に掲げると、どこからともなく鴉がやってきて剣士の肩に乗り「カア」とひと鳴きした。
「駅に残っている隠に伝達を。残りの物資も一緒に運び、線路伝いに進んで下さいと」
剣士の言葉をひとしきり聞いた鴉は大きく羽を広げた。
その時、遠く山の向こうの森からおびただしい数の鳥が一斉に羽ばたいた。
「何だ?」
皆がそちらに視線を向けた時、どおんという地響きのような揺れと共に、獣の咆哮のような機械音、そして激しく木をなぎ倒す音が聞こえた。その場にいた全員は固まり、言葉を失った。
「伝達内容変更! 列車の脱線だ! 駅に待機している隠に至急こちらに向かうように! 負傷者が多数いると思われる。我々は急ぎ駆けつける!」
鴉は大きく羽ばたき、あっという間に月のある方角へと飛んで行った。
「走りましょう! 列車は向こうの森近くだ! 早く!」
「は、はいっ!」
山下は担いでいた荷を背負い直し、もう走り出している剣士の後をつんのめりながら追いかけた。