16.落葉の季節
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庭の桜の木はずいぶんと落葉している。
季節はすっかり夏から秋へと移り変わり、杏寿郎は時々家に帰って来てはまた任務に出掛けることを繰り返していた。
杏寿郎は会えばいつも笑顔を絶やさず、このところ大きな怪我もなく煉獄の家の中はいつもの穏やかさを保っている。
ざっざっと庭の落ち葉をほうきでかき集めると、ふと頭の中をさつまいもが過った。焼き芋をするにはまだ葉が足りないだろうか。芋は杏寿郎の好物である。ほくほくとした焼き芋を頬張る夫の姿を想像し、葉子はふふと思わず笑みがこぼれた。
「葉子さん、どうかしました?」
千寿郎が不思議そうに近寄ってきた。手には今、むしったばかりの庭の雑草と袋を持ち、袋の中には夏の間に生い茂った雑草がこんもりと入っている。
「何でもないよ。そろそろ焼き芋の季節なのかなと思って。落ち葉も捨てないで集めておこうかな」
「そうですね。八百屋でもさつまいもが並ぶようになりましたし。ちょうど葉子さんが家に来てからも一年が経ちますね」
手にしていた雑草を袋に押し込み、千寿郎も感慨深げに庭から見える客間を見た。ちょうどその場所で婚礼を挙げたのだった。
思い返せばすぐ昨日のことのような。紋付羽織袴を着て神妙な面持ちで座している杏寿郎の姿がありありと目に浮かぶ。あの日から本家の人々には手紙を一度出したきりで会っておらず、母親とも何度かの手紙のやり取りだけで実家にも帰っていない。
つつがなく穏やかで全て上手くいっている……と思う。
これも全て葉子を温かく受け入れてくれた煉獄家の人々の気遣いだろう。葉子は幸せだった。こんな日がいつまでも続けば良いのに。
「あ、いけない。神棚へのお供えをしてなかった」
本家のことを考えていたらふいに、神棚が気になった。
「ちょうど小ぶりな秋菊が咲いてましたよ」
「本当? お供えにいくつか摘もうかな。その袋も捨てておくね」
「はい。ありがとうございます」
千寿郎から雑草の入った袋を受け取り、葉子は焼却炉の置いてある裏側へと回った。この辺りに生えていた雑草はすっきりと無くなり、変わりに千寿郎が言っていたように秋菊がいくつか咲いていた。淡い山吹色をした花弁を開いている。
一年前のあの日、杏寿郎が柱となって迎えに来てくれた際も、自分は山吹色の着物を着させられた。懐かしいようで、あの頃はこれから何が起こるのかとそわそわと落ち着かなかった。
火のついていない炉に手にしている袋を入れて、そっと蓋をした。
そう言えば最近は家から持って来ていた山吹色の着物を着ていなかったと思い出した。着物は杏寿郎と一緒に出掛けた際に買ってくれた物や、友達の甘露寺蜜璃と出掛けた時などに買った物をほとんど毎日着ている。たまには山吹色の着物を着て「懐かしいな、どうした?」と杏寿郎に言われてみたい気もする。あの時のことを覚えているだろうか。
葉子はまたもやふふと顔が緩み、軽い足取りで庭に咲いているいくつかの秋菊を摘んだ。茎を引き抜くとぷっつと簡単に菊は茎から千切れた。
秋菊を手にし、葉子は台所へと向かった。菊を手頃な一輪挿しにさして、水を少し入れる。そしてそのまま居間へと向かった。居間では槇寿郎が新聞を読んでいる。葉子の手にした菊をちらりと見て
「菊を供えるのか。もうそんな季節か。時が経つのは早いな」
「本当ですね。今、お茶を入れます」
再び新聞に視線を戻した槇寿郎の後ろで踏み台を出し、神棚の下に置いた。神棚は壁に取り付けられており、手を伸ばしただけでは葉子の身長では届かないのだ。
足を踏み台に乗せると、ぎしと踏み台は軋んだ。手を伸ばし、山吹色の菊を神棚の榊の横に置く。白と肌色の木目にぱっと彩りが加えられ、神棚の色味が途端に明るくなった気がした。
手を合わせ、
杏寿郎さんが無事に家に帰って来ますように。
杏寿郎の任務の無事を祈ると共に、最後に心の中で祀られている火産霊命に感謝の言葉を述べる。つぶっていた目を開け、合わせていた手を下ろした時だった。
ふいに足元の踏み台が音を立てて傾いた。
「えっ」
体は大きく後ろにのけぞり、葉子の視界には天井が入る。背中から畳にぶつかりそうだと目をつむった時、腕を強く引かれた。
「大丈夫か?」
槇寿郎がいつの間にか立ち上がり、葉子の腕を引っ張り倒れないように支えてくれていた。読んでいた新聞はそのまま卓の上に広げられている。
「脚の部分の取り付けが甘くなっている。これはもうだめだな」
脚がもげた踏み台を廊下に押しやって、よいしょと再び卓の前に座った。
「ありがとうございます。倒れるところでした」
「新しい踏み台でも買って来るか。いつからこの家にあるのかわからん物だしな」
槇寿郎は広げていた新聞の記事に再び目を通している。
「買い物ついでにたまには皆で町……浅草辺りにでも出るか。俺は酉の市に行きたい」
「それは良いですね。楽しそうです」
いつも一人でふらりと出掛ける槇寿郎からそんな言葉が出るのは珍しい。どういう風の吹き回しだろうか。過ごしやすい秋の季節がそう思わせたのだろうか。しかし、きっと杏寿郎は忙しくて一緒には行けないだろうから、何かお土産を買って来ないと……気持ちはもう浅草に行った気になっていた。
葉子は側にある飾り棚より湯呑みを三つ、そして茶葉を取り出した。千寿郎もそろそろ庭の草むしりが終わる頃だろう。槇寿郎は草むしりが終わった後に焼却炉に入れた塵の片付けをする。それで今日の庭の掃除は終了だ。今日もなんて事はない一日が過ぎようとしている。
「最近は物騒な事があるから日帰りだが」
ばさと卓に置いた新聞記事には
『無限列車運行中止。四十名ばかりの乗客が神隠し』
との見出しがあった。