次に来た時は
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その場所は闇市から発祥したのだという。電気街であり、カルチャーの聖地。歩いているだけでも心が弾み、自身を自分の知らなかった別の扉へと誘うのだ。
日曜日の昼下がり。通りは車両が通行止めになり、歩行者天国となっている。通りを行き交う人の流れを歩道からぼんやりと眺めていた。強引な勧誘は条例により禁止されている為、暁子は中央通りの端で店のチラシを配っていた。
『大正浪漫猫娘☆にゃん』
可愛らしいイラストと共に、地図と簡単なメニューが記載されているチラシ。特に声を掛けなくても客の方からチラシをもらって行くので、ただそこに立っているだけで良い。チラシ配りは気楽な時間だった。
だがその日は違った。暁子の背中に戦慄が走り、少し赤みのさした綺麗な瞳と目が合った。こんな色をした瞳の人はあの人しかいない。
「あれ? 暁子?」
なぜか目の前には同じクラスの竈門炭治郎がいた。その隣りには風紀委員の我妻善逸がいる。
「あ、いた! 暁子ちゃんがメイド喫茶のバイトをしてるって聞いて探してたんだよぉ! ひゃあ、着物着てるんだねぇ、新鮮だね!」
暁子は固まった。声も出ない。待って、今日は日曜日のはずで学校はないはず。なぜ二人は制服を着てこの場所にいるのか。そんなことよりもクラスメイトにこの姿を見られてしまった。シックな着物に白いエプロンをつけ、その上猫耳をつけた素っ頓狂なこの姿を。血の気が引いた。
いや、自分ではけっこう気に入っている姿なのだが、まさかクラスメイトに見られるとは。二人には自分がどう映っているのか怖くなった。
「あ、いえ……その。人違いですぅ!」
暁子は逃げた……と、思ったら足を一歩踏み出した瞬間に炭治郎に手を掴まれていた。
「何で逃げるんだ? 正真正銘、暁子じゃないか」
「あ、その……これは違くて、違うの」
「は! もしかしていかがわしい感じのヤツ? うちの学校はアルバイトは禁止してないけどさすがに風営法のは……」
善逸はさすがに風紀委員だけあり、学校の規則には敏感なようだった。
「違う違う。そんなんじゃないよ。それよりも何で日曜日にこんな場所にいるの?」
「聞いているのはこっちの方だ。何で逃げるんだ?」
炭治郎の澱みのない瞳が真っ直ぐと捉えて離さない。彼は優しいは優しいのだが厳しいところもあり、嘘はすぐにばれるし、言い訳も通用しない。暁子は逃げられないとこの時悟った。
「よし、わかった! 今から暁子ちゃんのアルバイト先に行こう。風紀委員として確かめておかないと。冨岡先生に顔向けできないし!」
「本気で言ってるのか善逸? いくらなんでも……」
暁子は困った。店に来るつもりのようだった。委員の仕事を言い出しているがきっとそんなのではない。ただ単に興味本位だろう。その証拠に善逸の周りにはまるで花が飛んでいるように、ほわんとした甘ったるい雰囲気が漂っている。鼻の下も伸ばしているし。
「今日は宇髄先生の個展を観に行ってたんだ。その帰りにたまたまここに寄ってみたら、善逸が……」
「暁子ちゃんがこの辺りでバイトしてるって聞いてたからさ。もしかして会えるかなぁって。着物を着てるなんて聞いて無いよお、でも可愛いねぇ、とっても似合ってる。えへへへへ」
善逸はでれでれとしながら暁子の姿を目に焼き付けようと、前後左右から着物姿を眺めている。
「その猫耳もふかふかで手触り良さそうだよねえ」
善逸が暁子の付けている猫耳に触れようとした時、ぱしりと炭治郎は素早い動きで善逸の腕を掴んだ。
「痛いっ! 何? 何なの?」
「そんなにむやみやたらに女の子に手を伸ばしちゃダメだ」
「まぁ……それはそうだけど……」
炭治郎が静かに怒っている気がした為に、善逸はすんなりとそこは引き下がることにした。
「ねぇ、暁子ちゃん。これからお店に行く事はできるの? ちょっと、いやちょっとというか、しっかりというかそんなお店を体験してみたいかなぁというか何というか」
「善逸……さすがにそれは。業務中に迷惑じゃないか?」
正直、クラスメイトにお店に来られるのは気恥ずかしい。だが、思っていたよりも二人が悪い反応では無いことに暁子は安堵もしている。猫耳をつけて、着物を着て……こんなチラシを配っている自分がどう見られているか不安だったが、それは気にし過ぎたのかもしれない。
「善逸、帰ろう。業務中に悪かったよ、暁子それじ──」
その時、善逸は突然に炭治郎の耳を引っ張り、暁子から距離を取った。炭治郎の耳は千切れんばかりに赤くなっている。
「痛い、何をするんだっ」
「バカ野郎! この大バカクソ野郎が! 店に行ったら暁子ちゃんに、にゃんにゃんして貰えるんだぞ! 正々堂々と! こんなチャンスあるかぁ! ボケェ!」
「にゃんにゃんって何だ……それにお金を払ってそんなことをして貰うって悲しくはないのか?」
「ない!」
善逸はそれはそれは清々しいほどの断言っぷりだった。呆れるやら悲しいやら。炭治郎はそれ以上は何も言えなくなってしまった。きっと暁子のことだから、校則違反をするような店ではないとは思うが。
善逸はくるりと振り返ると満面の笑みで暁子を見つめた。
「暁子ちゅあん。暁子ちゃん指名で男二人が行くねー、はぁ楽しみだなぁ……何をしてもらえるんだろう。うふふ」
風紀委員としての仕事は完全に忘れた善逸だった。