仲良くなりたくて
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その場所は「命の輝き」を人に伝えるところなのだという。大人から子どもまで楽しめる明るい場所。この場所ならばきっと距離を一歩近付けることができるのではないかと暁子は思った。
「父上! 母上! ご無沙汰しております」
現地で待ち合わせをしていた両親に、杏寿郎は大きく手を振り駆け寄った。本当に仲の良い家族なのだなと暁子は微笑ましくその光景を後ろより眺めている。
「千寿郎も随分と見ないうちに背が伸びたようだ」
「兄上もお変わりなく元気そうで何よりです」
杏寿郎は弟の頭を撫でてやると、くすぐったそうに照れていた。そっくりな兄弟に、そっくりな父親。三人が並ぶと遺伝とはこんなに色濃く受け継がれるものなのかと感心してしまう。
「暁子さん。お元気そうですね。いつも杏寿郎がお世話になっています」
母親の瑠火が暁子にそっと近付き、静かに会釈をする。
「いえ、お世話になっているのは私の方です」
「……そうですか」
そう言って瑠火は表情も変えずに、三人の方へと行ってしまった。
(うう……やっぱりまだ緊張する)
暁子は杏寿郎と結婚をして一年が経つ。二人は煉獄の生家とは家を別にしている為に、杏寿郎の家族とはあまり顔を合わせる事はなかった。義父母も仕事の忙しい二人を気遣ってか積極的に連絡をすることもなく、少し他人行儀な距離感でいた。とりわけ表情の乏しい義母の瑠火にはまだ慣れず、会う度に緊張をしているのだった。
(優しい人なんだろうなとは思うけど、ちょっとまだ怖い……気がするんだよね)
今日は初めての義父母との旅行のはずだった。しかし父親の槇寿郎と休みの都合がどうしてもつかず、今日の夕方の便で両親達は帰ってしまう。
(何とか今日こそは瑠火さんと仲良くなりたい!)
暁子はこの限られた時間の中で、少しでも姑と心を通わせられるようにと願うのであった。
「暁子さん、早く行きましょう!」
この日をとても楽しみにしていた千寿郎が暁子の手を取り先に歩き出した。「うむ、楽しみだな!」と杏寿郎もそれに続く。後から槇寿郎と瑠火がゆっくりとついて行き、賑やかな動物見学が始まった。
・・・
「うわぁ! こんなに近くで見れるなんて!」
円柱の水槽内を上へ下へと泳ぎ回るアザラシに千寿郎は目を輝かせている。その姿が愛らしく暁子は心がほわんと温まるのであった。
「なかなか恰幅が良いな!」
「見ようによってはさつまいもに見えなくもないかも!」
その言葉にアザラシを見ていたはずの全員が暁子を振り返った。特に義父母の視線が突き刺さる……気がした。冷やりと肝が冷える。何かおかしなことを言っただろうか。皆はきょとんとした顔をしている。
「さつまいも……ですか」
「そうか? さすがに芋はないだろう。芋は。こんな色の食べ物があったら腐っているか、毒入りだろう……な」
槇寿郎が呆れたように言っていたが、何故か途中で口籠る。とにかく、暁子は思ったことを言っただけだが、瑠火の感情の読めない瞳が冷たく刺さった気がした。穴があったら即座に入りたい気分だ。
「こんなに大きなさつまいもがあったら、食べ甲斐があるな! 全く暁子は面白いことを言うな!」
杏寿郎が高らかに笑ってくれたので、何とかその場は穏やかな雰囲気になったが瑠火に呆れられたのではないかと暁子は気持ちがそわそわと落ち着かなかった。そんな暁子を気遣ってか、杏寿郎は腰に手を添えて「さあ、行こう」と暁子を促すのであった。
千寿郎に手を引かれながらあれこれと動物を眺めては一緒にはしゃぎ、楽しい時間を過ごしていた。そして次に向かった先はその土地の動物達のいる場所であった。
キタキツネのいる場所までやって来ると、ふかふかとした尻尾のキツネ達がぴょこぴょこと飛んでは走って駆け回っていた。
「キタキツネって杏ちゃんに似てない?」
「そうか?」
少しオレンジ掛かった毛色と、きりりとした表情がどこか似ていると思ったのだ。キツネの凛として一点を見つめる立ち姿は気高く見える。
「いや、似てないだろう。だいたいキツネはエキノコックスという寄生虫を持っていてだな……って痛ッ」
「……あそこの戯れている二匹は幼い頃の杏寿郎と千寿郎に私も似ていると思いますよ」
なぜか槇寿郎は背中辺りを痛がり、横にいた瑠火は心なし微笑んでいるようにも見えた。だが、その表情はあまりにも微々たるもので本当に微笑んでいるのかは自信がない。
「暁子さんはとても感性が豊かですね。千寿郎もこんなに懐いて……」
そして瑠火は千寿郎の手を握った。年頃の千寿郎は母親に手を握られどことなく恥ずかしそうにしてはいたが、満更でもないのか大人しくしていた。
「そろそろ時間が迫っています。早めに見て周りましょう」
そして瑠火は千寿郎を連れて足早に先を歩いて行った。
最後に寄った場所は小さな動物達と触れ合える広場であった。たくさんのうさぎがいる中、訪れた人々はふかふかのうさぎを抱っこをしたり撫でたりとしている。
「何だかこのうさぎ達動きが荒くない!?」
暁子に抱かれているうさぎは、やたらと突進をしたり、腕の中では尻を上下に動かし、忙しなく動いている。杏寿郎の腕にいるうさぎも同じように尻を上下に忙しなく動かしている。
「うーん、これは発情期ではないだろうか!?」
「えっ!?」
「うさぎは生殖能力が非常に高いことで有名だからな」
ということは、この腕の中のうさぎは一生懸命に行為に及んでいるつもりなのだ。子孫を残す為の本能。いくら可愛らしい小動物とはいえ暁子は非常に気恥ずかしくなった。両親も側にいるというのに、杏寿郎の声も大きかったので間違いなく先程の言葉は周りに聞こえていただろう。
ちらりと横にいる瑠火を見ても、特に何とも思ってはいないらしく表情は変わっていない。ひとまずほっとする。
そしていよいよ帰りの便の時間が迫って来た。
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