水辺の攻防
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その場所は天井が開かれたように高く、空間には人々の楽しげな声がこだましていた。どこか異国情緒漂う雰囲気が訪れる人の心を浮き立たせているらしい。
私がなぜこの人とこの場所にいるのか。さっぱり理由が思い付かなかった。
ただそこに立っているだけなのに通り過ぎる人は男も女も皆振り返っている。
割れた腹筋からつながる大きな大胸筋、そして見事な上腕二頭筋へと視線が行く。それでいて太すぎない腰回り。かなり下げて履いている南国花柄のサーフパンツからは恥骨から伸びたV字状の二本の線がはっきりと見えていた。そんな芸術とも言える彫刻のような体に、極め付けは整った顔が乗っかっている。女性からの熱い視線が多数その人に突き刺さっているのが遠くからでもわかる。正直に言って隣りに並びたく無い。肩ほどの長さのある髪をいちいちかき上げる仕草に熱い視線はますます熱を帯びているようだった。
ただでさえ水着になるのに抵抗があるというのに、あの場所で熱視線を一身に浴びている人に近寄りたくない。どうしたものかと物陰でウジウジしていたところ、鋭い視線が私を捉えていた。見つかったのだ。
「おい、暁子。随分と待った……ぞって何だその格好は? えらい地味じゃねぇか」
私の姿を上から下まで無遠慮に眺めては大きなため息をついた。
「だって! 水着になるの恥ずかしいんです! 高校生以来ですよ。水着を着るのなんて」
「だからってよ、天井あるのに上も下も長袖を着込む奴がいるか? 太陽はどこに見えてるんだよ?」
やれやれと言った様子で両手を大袈裟に開いている姿が、また逞しい体をまざまざと見せつけられたようで私の頬は熱を待った。どうか顔が赤くなっていませんように。水着をかなり下げて履いている為に割れた腹筋は丸見えで、これはもう毒だ。この人は目に毒なのだ。
「こういう場所に来るって事前にわかってるんだからよ……ま、良いけどな。そのうち脱ぎたくなるようにさせてやるよ」
にやりと不敵に笑った顔がとても妖艶で、私は背中がぞくりとした。どういう意味だろうか。考え始めると頭の中が混乱しそうで私の思考はそこで緊急停止をさせた。
「よし、じゃあとりあえず流されに行こうぜ」
宇髄先輩は先程の表情とはうってかわり、にこにこと楽しげに先を歩き出した。
・・・
二人で流れるプールに身を任せ、変わり行く風景を眺めていた。私はどこからか持って来た大きな浮き輪になぜか座らされ、宇髄先輩はその浮き輪を掴みながら泳いだり少し沈めてみたり、くるくると回転させ、「目が回るのでやめて下さい!」と私に言われるのを楽しんでいた。
「思ったより水が熱いです……」
「だろ? 温泉水だからな。そんな格好してるのお前だけだよ」
長袖のラッシュガードを着ていると肌の露出がほとんどない為に、温かい温泉水に浸かっていると体が熱い。確かに周りを見渡してもラッシュガードを着ている人は一人もいなかった。女性もビキニやタンキニなど腕や手足を惜しげもなく露出していた。日焼けの心配がないのだから当たり前だろう。
熱いし脱いでしまおうかと、ラッシュガードのチャックに手を掛けたところで思い留めた。
素肌を露出するのには抵抗がある。しかもあの宇髄先輩の前で。彫刻のような美しい体の前に私の肌を露出させるだなんて無理。とてもじゃないが無理だ。
ちらりと先輩を見れば、天井にある水槽を眺めていた。
なぜこの場所に誘われたのかはよくわからないが"あの"破天荒で有名な宇髄先輩と一緒にいれば作品作りに見習える何かがあるかもしれないと、そう思ってのこのこと着いて来たのだった。先輩の作品はいつも伸び伸びとしており、大胆で美しい。他の追随を許さない独創性。どうしたらあのような作品が描けるのだろう。何か盗める技術があるかもと、そんな思惑もあり一緒に来てはみたものの、あまりに眩しい体をまざまざと見せつけられて隣りに並ぶ自分の劣等感はますます募るばかりである。
「なぁ、暁子。周りを見てみろよ。誰もそんなの着込んでないぞ。逆に恥ずかしくないのかよ? 目立つぞ」
ぷかぷかと浮き輪につかまりながら、先輩は体を浮かせ天井の水槽を泳ぐ魚達を眺めている。ちょうど大きな魚が通り過ぎるところであった。お腹を見せながらくゆりくゆりと優雅に泳いでいる。
「一つ言っとくが、周りは自分が思ってる程、他人に興味と関心なんて無いからな。そこら辺に転がってる石ころなんかと一緒だ」
「先輩はいろいろと恵まれてるから、劣等感のある人の気持ちがわからないんですよ……」
しかも隣りに並ぶ男がとんでもない色男だったら嫌でも見劣りし、比較されるに決まっている。
『何であんな子と一緒にいるんだろうね』
そう周りから思われている気がして、先輩を振り返る女性達の視線が気になって仕方がない。自分でも自意識過剰な気もするが、気持ちはそわそわと落ち着かない。
「ま、確かに俺は誰もが羨む良い男だけどな。ただ、そんなもん別に人の記憶に残るようなもんでも無し、年をとれば人はいつかは衰える。そんな大それた物でもねぇよ。何で暁子はそんなに周りにビクビクしてんだよ? この場所に限ったことじゃない。ゼミでもなーんか萎縮してるよな」
私は何も言えなかった。同じゼミである先輩にそんな風に思われていたのか。自分を表現するのは少し苦手かもしれない。人にどう思われているのかが気になって。先輩はこんな私を見透かしていたのだろうか。
「よし、次はあれに行くぞ」
指差したのは天井までトグロを巻いている巨大なウォータースライダーであった。