見過ごせない
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『生家に行ってみると良い』
杏寿郎にそう言われ、炭治郎は動けるようになってから鴉の案内で煉獄の生家へとやって来た。
先の任務で負った傷はまだ治っておらず、出歩くのは無茶だと自覚をしていたが、早い方が良いと無理をおしてここまでやって来ていた。
炭治郎の歩く少し先を飛んでいた鴉はある家の塀にとまった。その近くには奇抜な髪色の同い年くらいの少年が箒で門前の掃除をしている。
「あの、煉獄杏寿郎さんの生家はこちらでしょうか?」
「はい。煉獄杏寿郎は私の兄ですが……」
杏寿郎とそっくりな見た目に、炭治郎は心がほわりと温かくなった。弟がいると聞いていた。煉獄千寿郎である。まるで煉獄さんの小さい頃を見ているようだ、そんな風に思った。
「ヒノカミ神楽について、お聞きしたいことがありまして……」
「ええ、はい」
「杏寿郎さんより歴代炎柱の書というものが保管されていると伺いました」
「はい、それはありますが……あの、顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」
炭治郎の表情は血の気が無くなっていた。炭治郎自身はそのことに気が付いていなかった。
「書の中にヒノカミ神楽について何か書かれているのか、調べさせてもらいたいなと思い──」
「何だお前は」
がらと玄関の引き戸が開け放たれ、男が出て来た。杏寿郎と同じ髪色をし、眉も目も鼻も全てが似ていたが、匂いが決定的に違う人だった。成熟した大人で不快感が滲み出ている。そして何よりも酒の匂いが強かった。
「お前は何だと聞いている。聞こえんのか」
「俺は煉獄杏寿郎さんに教わり……」
「杏寿郎だと? あいつの仲間か? 出て行け!」
「え? あの、俺は鬼殺隊の……」
杏寿郎の名前を出した途端に男より滲み出ていた不快感がさらに増し、緊張と焦りの匂いも混ざり出した。家族ではないのか? 炭治郎は困惑していた。
「愚かな息子だ。杏寿郎は。才能は無いのだからあれほどやめておけと──」
男は言い出した言葉を途中で止め、炭治郎の顔をじっと見ている。元々が全身を刺すような鋭い瞳をさらに見開き、驚いたように固まっている。
「息子に向かって何てことを言うんだ。あなた、父親ですよね? 煉獄さんは誰よりも立派な柱です!」
「お前そうか……お前は日の呼吸の使い手だな! そうだろう」
「何のことですか?」
父親は途端に駆け寄り、胸ぐらをつかんだ。駆けてから目前に迫るまでが一瞬で炭治郎は避けれなかった。普通の人の動きではない。武術を身に付けている。しかもかなり鍛錬を積んでいる。
「お前、俺たちのことを馬鹿にしているだろう!」
「どうしてそうなるんですかっ、意味がわからない」
「父上、やめて下さいっ! その人具合が悪いのですよ!」
千寿郎は慌てて組み合いになっている二人の間に入った。
「落ち着いて下さい」
「うるさいっ」
手をあげ、拳を振り下ろしたその時──
「父上、千寿郎に手をあげないで頂きたい」
振り上げられた拳ををつかんでいたのは杏寿郎であった。いつの間にか掴み合っている三人の後ろに立っていた。
「竈門少年が少し心配で来てみれば……やはり」
「は、離せ! 杏寿郎!」
父親はつかまれた拳を振り解こうとしているが、掴む力が父親よりも強いらしくぴくりとも動かないでいる。その間に炭治郎の胸ぐらを掴んでいた手は解放され、後ろによろけた。千寿郎が「大丈夫ですか」と駆け寄ると、炭治郎は「大丈夫です……」と力無くつぶやいた。
「父上、あれほど酒はほどほどにと言いましたが。千寿郎だけでなく、竈門少年……客人に対しての粗暴な振る舞い。見過ごせません」
「う、うるさいっ! 離せ」
父親はやっとのことで杏寿郎の腕を振り解き、三人をねめつけると「酒を買って来る」とふらふらとした足取りで通りを歩いて行った。
「すまないな。驚いただろう。昔はああでは無かった。許してやってくれ」
「……わかりました。あの、お父さんは放っておいても大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。いつものことなので。どうぞお上がり下さい。兄上もお帰りなさい」
「うむ! 久しぶりの実家だが父上は相変わらずだな! 近所でもあのような振る舞いなのだろうか?」
千寿郎は少し考え間を置いてから、
「いえ、そんなことはないです。あんなに荒れるのは珍しいです」
「そうか、何か思うところがあったのだろうか」
杏寿郎はじっと炭治郎の顔を見つめた。
父親と弟の千寿郎を心配する気持ちが混ざっていたが、いつもの清々しい杏寿郎の匂いであった。
「まぁ、良いだろう。話は家の中で聞こう。父に話を聞くのは難しいようだ。すまなかったな」
「いえ、大丈夫です」
杏寿郎が真っ先に門をくぐり玄関に向かうと、後から炭治郎、千寿郎と続いた。
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