良い心掛け
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「きょ、今日……本日はよろしくお願い致します」
傷が癒え、出歩けるようになった炭治郎は煉獄家へと訪問していた。広い客間に通されて待っていると杏寿郎そっくりな大人が部屋に入って来た。
炎を思わせる髪色と、鷹のような鋭い眼光。杏寿郎の父である槇寿郎は元炎柱だと聞いてはいたが、現役を退いてなお凛とした佇まいはさすが柱だと、炭治郎は身の引き締まる思いがした。
「君が竈門君だね。杏寿郎より話しは聞いている。まぁ、そんなに畏らなくて良い」
「は、はいっ!」
襖がそっと開かれ、後から千寿郎が茶と菓子を運んできた。二人の前にそれぞれ置いてから、頭を下げ静かに部屋から出て行った。
「どこから話せば良いものか……」
槇寿郎は腕を組み何かを考えている。杏寿郎とそっくりだが、杏寿郎よりも目元が鋭く厳しい人柄の印象を受けた。だが、強さの中にも真面目で繊細な匂いがしている。
「君のその耳飾りだが……それはどこで?」
「これは代々、竈門家の長男が受け継いでいるもので、俺は父から譲り受けました」
「父君も祖父より?」
「はい」
炭治郎の耳飾りに槇寿郎の視線が注がれている。視線はずっとそこから動かない。炭治郎は少しの居心地の悪さを感じた。
「……我々は呼吸を使うが、その呼吸は全てが日の呼吸の派生だと言われている。火も水も、風も雷も岩も。そして、その日の呼吸を扱える者の証がその耳飾りだそうだ」
「え、いえ。俺の家は代々炭焼きです。家系図もありますし。俺はヒノカミ神楽だって完璧にはできませんし……」
「では、その耳飾りはどうして君……竈門家の家系が持っているのか?」
「代々受け継がれてきたもので……わかりません。日の呼吸の話も今、初めて聞きました」
「そうか……」
槇寿郎は茶を手に取るとひと口飲んだ。炭治郎もそれにならい茶を飲んだ。お茶はすっかり冷めており、冷たくなっている。
「日の呼吸の継承は誰もできなかったそうだ。しかし、始まりの剣士に呼応するように、独自の呼吸を扱える者が出て来た。今、我々が使っている呼吸は全てが日の呼吸から派生した呼吸ということになる」
目の前に座る元炎柱はじっと相手を見定めるような視線を炭治郎に向けている。刺すような厳しい視線に炭治郎は自分のこめかみに嫌な汗をかくのを感じていた。
「……日の呼吸は最強の御技だ」
それを本当に君が使えるのかと、槇寿郎は言葉にはしていないが、炭治郎にはそう心の声が聞こえた気がした。まだ、柱でもなく階級も下の君に。鬼は何体倒した。全集中の呼吸もまだ長時間扱えていないではないか。水の呼吸も満足に扱えていないのだろう。
君はまだ未熟だ──
そう見透かされた気がした。
「俺は技を使えば体が動かなくなります。日の呼吸は扱えていません……」
その言葉に槇寿郎の視線が少しやわらいだ気がした。
「日の呼吸の伝承がない為にどうしたら良いのかわからない。記されていない……が、その耳飾りが日の呼吸を扱える者の証だ。それは間違いない。君自身でどうにか会得するしかない。力になれない。悪いな」
「いえ、話が聞けてよかったです」
炭治郎はなるべく落胆した様子が伝わらないよう、明るくつとめた。
日の呼吸という全ての呼吸の元となる呼吸があるらしい。それがヒノカミ神楽と関係しているのだろうか。日の呼吸を扱える者の証が炭治郎の耳にある耳飾りなのだとも。少し近付いたようで近付いていない気がした。炭治郎はヒノカミ神楽を扱えていない。
もっと鍛錬しなければ……炭治郎は膝の上に置いている手を強く握った。
「それと、ひとつ言っておくが」
「はい」
槇寿郎がすっかり冷めている茶を飲み、とんと卓に湯呑みを置いた。
「派生と言っても炎の呼吸は歴史も長く、鬼の肉や骨を焼き尽くす業火だ。強力で扱いも難しい。それを扱うのが我々歴代の炎柱だ」
「はい」
「特に杏寿郎は俺が教えなくても、三冊しかない指南書を読んで自力で会得した」
「すごいですね!」
さすが炎柱だと。杏寿郎の圧倒的な剣技を間近で見て感じている炭治郎はあの時も今もずっと変わらず心から尊敬している。槇寿郎の言葉を聞きやはり煉獄さんは凄い人なのだと、そう思った。
「あれは俺よりも実力がある……と思う。君が日の呼吸を会得したとしても、その辺のところを……だな。杏寿郎の方が年上だろう?」
「はい! 煉獄杏寿郎さんは素晴らしい柱です。おれも杏寿郎さんのように立派な柱になりたいです」
「……良い心がけだ」
口の端を一瞬だけほんの少し上げ、槇寿郎はこほんと咳払いをした。そのほわんとした匂いから息子を褒められて嬉しい気持ちが前面に出ているのが分かった。
「そうだ……遠慮なく食べてくれ。家の近所の羊羹だが、品切れになることもあるらしい。評判が良いらしい」
「そうなんですか、頂きます! ありがとうございます」
二人はそれぞれの皿に置いてある羊羹を和菓子切で二つ三つに切り、小さく食べ始めた。
炭治郎は鬼殺隊で活躍する杏寿郎のことをぽつりぽつりと話し、それを満足そうに聞く槇寿郎であった。