名字呼びが多め。
8.初めての出来事
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「玄弥、この問題答えてみろ」
実弥は血走った目で後ろを振り返った。
当てられた玄弥は慌てて立ち上がり、勢い余った椅子は後ろにバタンと倒れた。
うわぁ……ご愁傷様。
クラスのほとんどの者がそう思った。
これから始まる兄弟の惨劇を想像し、玄弥が答えられなかった後に自分が次に当てられでもして飛び火しないようにと目を逸らし下を向いた。
教室内は緊迫した空気が漂っている。
「俺の解説を理解してたら解けたはずだァ。時間をくれてやるから答えてみろ」
実弥は手にしていたチョークを黒板のヘリに置き、指についた粉を手を叩いて振り落とした。
当てられた玄弥はとっさに机の上に広げてあるノートに何やら書き始めた。立ったまま机に向かっているので、腰を大きく折り不自由そうに見える。
しかし玄弥は授業の内容を理解していたのかシャーペンを走らせ問題を解こうとしているようだった。そんな光景はとても珍しい。初めてのことかもしれない。
いつもは当てられるとはなから諦めて「わかりません」を即答するというのに。
実弥はもの珍しくなって、腕まくりをしながら玄弥の机に近付いた。
背の高い玄弥は背中を折り曲げて机に向かって一生懸命にシャーペンを走らせている。
生徒達の視線を一身に浴びているのがわかった。
胸ぐらをつかまれ、また激しく殴られるのではないかとハラハラしながら玄弥と実弥の動向をクラス内の生徒達はうかがっている。
誰かの小さな咳払いが聞こえた時だった。
「ほぅ……式は立てられてるじゃねぇか」
実弥がノートを覗き込むと、殴り書きのような字で式が書かれている。
字が汚くてわかりにくいが書かれている記号や数字はどうも合っているような気がした。
もう一度良く見ようと実弥は玄弥を後ろから覗き込む。
「式はあってるぞ。あとは簡単な計算だけだろうがァ、さっさと答えろ」
「ちょ……ちょっと待って」
実弥は嬉しくなって、つい茶々を入れてしまった。
玄弥の額からは汗が薄っすらと滲んでいた。
「え、エックスの9乗プラスワイの9乗……」
「…………」
玄弥は自分のすぐ後ろからノートを覗き込んでくる実弥が恐ろしかった。
この距離ならいつでも首をつかまれ殴るなり、窓から放り出されるなりどうとでもなる。やけに大きな心臓の鼓動を感じる。玄弥は緊張していた。
実弥は血走った目をノートに向けたまま黙っている。
まさか、間違えた?
玄弥は自分で導き出した解答にはあまり自信が無かった。だが光希の家で事前に予習をしていた範囲で同じ問題をやったはずだった。出した解答があの時と同じであったかは記憶に無かったが、解き方は何となく分かっていた。
まさか、間違えたか?
何も言わない実弥に玄弥は震えた。また殴られるかもしれない。反射的に目をギュッとつむる。
「……良く分かってんじゃねぇか。正解だ」
どっと教室中から歓声が上がった。
「へ、本当?」
「間抜けな声を出すなァ、正解は正解だ。良くやったじゃねぇか」
実弥は玄弥の頭に手を置くと乱暴に逆立っている髪をガシガシとかいた。
「へ……正解?」
「よぉし! お前ら! 今日の授業は終わりだァ。問いの3と4をしてねェヤツは宿題だ。やっとけェ」
実弥は教壇の上に置いてあった教科書類を取るとさっさと教室から出て行った。
ちょうどそこへ終礼を知らせるチャイムが鳴り、生徒達は一気に緊迫した空気から解放された。
玄弥はどっと気が抜け、へたりと椅子に座って机に突っ伏した。
開いていたノートの上のシャーペンが顔に当たり、少し居心地が悪かった。