名字呼びが多め。
5.小さな気遣い
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それは中学二年の一学期。クラスの係決めの時であった。このクラスはクラス全員が何かしらの委員や係に就かないといけない決まりであった。
委員はだいたい責任感の強い者、内申点が欲しい者、一年生の時に委員をやっていた者などが就く為に、クラスの大多数は係をやるハメになる。仲の良い者同士でだいたい同じ係になり、楽しげな声と共に次々と係が決まって行った。
一年生の時より特に親しい友達もいない光希は余った係、とりわけ一番面倒そうな「花壇係」をすることとなった。仕事内容は週に何回か花壇の水やりをすること。仕事をさぼれば花が枯れる為にすぐに気付かれる。
学校の園芸部も活動しているはずだが、光希の担当する花壇は管轄外なのか、手入れをしているのかしていないのかもよくわからなかった。
それからと言うもの何となく放課後、帰宅する前に花壇に水をやる流れが出来た。
ある日、花壇に水をやっていると天狗の面をつけた校務員の鱗滝左近次が近づいて来た。
「君は園芸部か?」
「いえ、係の仕事です」
話を聞けば、誰も花壇の手入れをしていないので時間を見つければ鱗滝が花を植え替えたりとしていたらしい。
「急に花壇に水やりがされているのに気がついてな。君だったのだな。ありがとう」
それからと言うもの、学校では校務員の鱗滝と少し話をする間柄になった。面をつけている為に、顔は一切わからないが落ち着いた物腰の、いろいろなことを教えてくれる優しい人だった。
そんな日々を過ごしていた一学期のある日、放課後いつものように花壇に水やりをしているとふと鱗滝が尋ねてきた。
「夏休みに入るが……夏場の水やりはどうするつもりだ?」
「あ、そうですね。私、来ます」
鱗滝は腕を組み、唸った。
「係りは光希以外にいないのか? 夏休みにわざわざ学校へ来るのも大変だろう」
「考えてもみなかったです……」
しかも夏場は土がすぐに乾く為に、比較的頻繁に水やりをしなくてはならない。七月中は鱗滝が毎日学校に来る為、水やりをしてくれるそうだが、八月中は鱗滝も休みに入るらしくどうしようかという話になった。
「そもそも、花壇係が一人しかいないのは配慮に欠けるな。担任は何を考えているのか。これでは光希ばかりに負担が増えるというのに」
はぁと深いため息をついた鱗滝は頭をかいている。こんな年上(と思われる)の鱗滝に気を使わせてしまっていることに光希は申し訳なさが先に立った。
「私、来ます。花壇係は一学期中で終わりですし、せっかく鱗滝さんが植えてくれた花を枯らしたくないので」
「そうか……わしも時々気に掛けて来よう」
二人の視線の先では花壇に規則正しく植えられている向日葵が今か今かと緑の茎を伸ばしていた。
・・・
夏休みに入った。灼熱の太陽は容赦なく地上に降り注ぎ、足元から熱を発している。
朝起きて学校に行くことがこれ程辛いとは。光希は何度も「今日は行かなくて良いんじゃないかな」と自分が甘やかして来るのを跳ね返し、何とか起床していた。
制服を着る気にもならず、適当な普段着で学校へと向かえば、鱗滝が来ている日には校務員室へと招き入れてくれ、二人で涼んだ。時々、参考書を持って行くこともあり、空いたテーブルで静かに勉強をすることもあった。その時は鱗滝はその横で団扇を仰ぎながら読書や書き物をしていることが多い。
いよいよ八月に入った。太陽はさらに激しさを増し、何かに怒っているのではないかと思う程に熱風を暴力的に地上に振り下ろしている。
いつものように花壇へと行くと、既に土はしっとりと色濃く濡れていた。
(あれ? 鱗滝さんかな?)
しかし今日は鱗滝は休みの日である。水やりをする日を二人で何となく決めていた。必ずではないが、だいたいこのくらいの日に花壇に水やりをしようとアルバイトのシフト表のように相談をしながら作っておいたのだ。
念の為、校務員室を覗くが部屋には鍵が掛かっており鱗滝が来て帰った気配も無かった。やはり鱗滝が水やりをしたとは考えにくい。
(誰が水やりをしてくれたんだろう。園芸部の人かな?)
不思議に思いながらもその日は何もせず光希は家に帰った。
また次の水やりの日。光希が普段着で学校へ行くと、この日はじょうろを持ち花壇に水をあげている人物がいた。特徴的な髪型ですぐに分かった。同じクラスの不死川玄弥だ。見た目が怖いので話したこともなければ、挨拶も数える程しかしたことがない。
(何で不死川君が?)
思ってもみない人物で、光希は玄弥の前に出て行くタイミングを見失った。ひとしきり土が水によって湿ると、彼はじょうろを水道の近くに置き静かにその場を後にした。
また次の水やりの日。光希が花壇へ行くとやはり既に水やりがされていた。今日も鱗滝の来る日ではない。また同じクラスの不死川玄弥がしてくれたのかと、射撃部の活動している場所の近くまで行ってみると、テンポ良く火薬の破裂音が聞こえて来る。射撃部がどうやら活動しているようだった。
(また不死川君かな……部活のある日は水やりしてくれてるのかな)
確信が持てない為に、自分が水やりをする日には必ず登校していたが、その内のかなりの日数で既に花壇に水があげられていた。
やがて花壇の向日葵は大袈裟なくらいに誇らしげに大輪を咲かせ、光希と鱗滝は満足そうに眺めるのであった。
「鱗滝さん、私達以外に水やりをしていた人がいるんですけど……何か知ってましたか?」
「同じクラスの不死川玄弥だろう。彼は光希が声を掛けたのではないのか」
鱗滝も玄弥の存在は認識していたらしい。
「確か……水をあげた翌日の向日葵が良く伸びているので、それを見るのが楽しくて水をやっていると言っていた気がするな」
何だ、自分の為ではなかったのか。ほんの少し淡い期待を抱いたが直ぐに打ち砕かれた。
(でも……不死川君、花好きなのかな。すごく意外。けっこう頻繁に水やりしてくれてたみたいだし)
凶悪な人相の生徒が、じょうろを持って向日葵に水やりをする姿は思いの外可愛らしかった。この夏を通し、光希の中で玄弥の存在が大きく印象を変えたのだった。